9月6日 晴れ 『足』
都内の大学に通う二年生のFさんが飲み会を終えて1Kの部屋に帰って来たのは、もう夜中の0時を回った頃だった。大学から三駅のところの栄えている駅前で飲み会を終えて、そこからさらに電車で三十分のところに、Fさんはアパートを借りていた。大学沿線の路線のアパートは家賃が高く、少しでも飲み会代を捻出したかったFさんは、あえて少し大学から遠い駅に住んでいた。閑静な住宅街の真ん中にある、少し雰囲気の浮いた古めかしいアパートだったが、内装はかなり綺麗に使われており、家賃相場以上の居心地の良い部屋だった。飲み会が終わって一時間程経過していたこともあって、かなり酔いが覚めて来ていたはずだったが、Fさんは部屋に入るなり、自分は飲み会の店で酔い潰れており、夢を見ているのかと錯覚することになる。
玄関を入り、廊下を抜けた先、部屋と廊下を仕切るドアを開けて部屋に一歩踏み入れたところ、そこの天井から、若い女性の足が生えていた。右足だった。すらりとした綺麗な足で、透けているわけでもない。膝から下が、高い椅子にかけて足を投げ出しているのかのように、ぶらりと下がっていた。揺れているわけではない。ただ、まさしく、生えている、と表現するのが相応しかった。Fさんはしばらく凝視し、目を擦った。が、相変わらず足はそこにある。足から目線を外さないまま部屋に入り、Fさんはベッドに腰掛けた。足はやはり生えている。少し近づいて見たが、やはり足だった。どの角度から見ても、天井から人間の足が生えているようにしか見えない。触ってみようとしたが、手が届かなかった。
どうしよう、明日も大学があるのに、こんなものをそのままに寝られるわけがない。床拭きシート用のモップの柄を使えば突けるだろうか。でも、突いたところでどうなる、くすぐったからといって足を引っ込めるなんてことがあるのだろうか。Fさんは静かに醒めていく頭をよそに、何もできないまま電気を消してみた。常夜灯に、足の輪郭が浮かび上がる。足はやはりぴくりとも動かない。
Fさんは布団には入ったものの、一晩中足を見つめ続けたあげく、そのまま夜が明けてしまった。足はやはり一晩微動だにしなかった。Fさんは、昨晩帰宅した時と同じように足を見つめたままそろりと横移動で玄関を出た。飲み会で騒いだ挙句一睡もできなかったFさんを見て、教室で昨夜ぶりに顔を合わせた級友は顔を見合わせた。
「何、どうしたの、顔やべーよ」
Fさんは級友に事を説明した。
「やば、『世にも可笑しな物語』みたいじゃん」
と有名なテレビ番組に例えて級友が茶化す。が、心霊体験など今まで一度もなかったFさんは気分が沈んだまま笑えなかった。そんなFさんをよそに、勝手に級友は盛り上がる。
「じゃあさ、今日みんなでFんち行ってみようぜ」
級友たちの相談の結果、午後の授業が終わってから酒を買い込み、Fさんの家に行くことになった。メンバーはFさんの他に三人、TさんとYさん、そして「自称・ちょいちょい見える」というOさんだった。午後、Fさん以外の三人で割り勘で酒とつまみを買い、夕方6時半頃に大学の最寄り駅で集合してFさん宅に向かった。
「俺、幽霊とか見たことないんだよね、見えるかな」
「今まで一回も見たことないFが見えたんだから、見えるんじゃね」
「でも幽霊って、波長があるっていうじゃん?Oでも見えるとは限らないんじゃね? 」
「確かに、俺ら全員見えなかったらマジで悲惨だよな」
電車の中でレジ袋いっぱいの酒を両手に抱える級友たちは盛り上がっているが、正直Fさんは部屋に帰るのが嫌で仕方なかった。危害を加えてくる様子はなかったが、それでも気分の良いものではない。
玄関前に到着すると、ドアに鍵を差し込み、Fさんは級友を従えて深呼吸をした。ガチャリとドアを開ける。部屋のドアは、今朝出て来た時のまま開いている。足は、今度は玄関からでもはっきり見えた。なぜなら、
「の、伸びてんだけど」
Fさんの後ろから部屋を覗き込んだTさんが、うえっ、と声を上げた。Yさんは、えっ、T見えた?としきりにメンバーの顔を覗き込んでいる。Oさんは、Fさんを少し押し除けて玄関から首を突っ込んでいる。Yさんだけが見えていないようだった。
「えっ、Yお前、あれ見えないの? 」
「えっ、逆に見えてんの? 」
「いやマジでやべーってこれ、Y、本気? 」
足は、右足のみならず、左足も生えて来ていた。部屋に入り、四人で廊下から部屋の天井を覗き見ると、天井からは腰から下がだらんと生えている。どこにでも売っているような、スポーティーなデザインの短パンを履いた、綺麗な両足が、天井から生えている。
「お前ら、どこまで見えてる? 」
Oさんが不意にメンバーに問いかけた。
「俺以外見えてんの? 」
Yさんはやはり見えていないようだった。
「右足どころか両足生えてんな」
Tさんが言う。
「うん、短パン履いてる両足」
「そうそう、腰から下だよな」
FさんとTさんは同じものが見えているようだった。すると不意にOさんが言った。
「F、今すぐ警察呼べ。上の人、ドアノブに首吊って死んでんぞ」




