女子高生が親友を繧呈ョコ縺励∪縺励◆❺
彼女は、ゆっくりと笑った。
「ゾンビ映画で、あるでしょ。噛まれた人は、ゾンビになっちゃう。私、あれ、いま、すごくわかる」
「楓……?」
「からだが、あついの。どんどん、頭、かんがえるの、つらくなるの。お願い、おねがい、悠ちゃん……」
楓の手が、震えながら包丁をとった。それを自分の胸に向けて、彼女は言う。
「わたしを、ころして。ここから、てが、うごかないの……」
見ると、楓の手が、ぴくとも動いていなかった。彼女の体は、殺されるのを嫌がっている。それも……彼女の意思とは、無関係なのだろう。
だったら、なおさらだ。
「そんな、できるわけないよっ!」
思わず、私はそう言った。
楓は悲しそうに、首を横に振る。その眼もとに、ぷつぷつと、赤い血の涙が膨れ上がっていた。次第にそれは、白目を覆いつくしていく。
「おねがい、ゆう、ちゃん」
「だめだよ、楓、かえでっ!」
「おね、が……いっ、い、ぃいいいいぃぃいいい!!!」
楓の背が、のけぞった。包丁がぼとりとその手から落ちて、そして。
「うそ、楓ちゃん。目が、真っ赤……うそ……」
雪ちゃんが、震えた声で言う。あの夕暮れと同じように、楓はバケモノになっていた。
まただ。また、私は、楓をバケモノにしてしまった。
自分が戸惑ったばっかりに、彼女の気持ちも全て……台無しにしてしまった。
「そんな……」
「ぁああぁああーーー!」
声をあげた楓が、私に突撃してくる。思わずそれを受け止めようと、腕を広げた私を、楓が無視した。私にぶつかるように奥へ行った楓が、雪ちゃんに飛び掛かる!
「いやっ、いやぁあああ!」
雪ちゃんの喉が、血を噴き上げる。楓の噛み千切った肉片が、床に落ちた。がつがつと、歯と骨がぶつかり合う。もう、一刻の猶予もない。
「っ、かえでぇえ──っ!!」
楓が握っていた包丁、それを手にして、私は突撃した。楓の背中、心臓の裏を目掛け、全体重をかけて包丁を突き刺す。どぶり、と、鈍い音がした。夢の中で、バケモノとなった楓は、頭が半分そげても動いていた。
これだけじゃ、足りない。
(もしかして、頭を落とせば! ……)
包丁を引き抜くと、血が吹き上がって、私の体を濡らした。間髪入れず、頭に包丁を突き刺す。そのまま、雪ちゃんから引きはがした。
楓から流れ出る血の量がどんどん増えて、まるで水たまりのようになっていく。
「雪ちゃんっ! 逃げてっ!!」
楓の首筋に、包丁を突き立てて、馬乗りになる。
真っ赤な血の涙を流す楓に、私はもうこれしか方法がないのだと言い聞かせ、
「ごめんっ……!」
と、謝りながら、体重をかける。ぎりぎり、ぎりぎりと、楓の骨に包丁が食い込んでいく。楓の体がバタバタと跳ねて、踊っているように床を叩いた。
そして。
がづんっ、と衝撃が手に伝わる。指先がじんじんと、痛む。床に、包丁が、くっついていた。ごろり、と落ちた楓の首。床一面の血の海の中で、楓の体は動かなくなっていた。
「……っ、雪ちゃん!」
振り返ると、雪ちゃんは首をおさえながら、泣きそうな顔で笑っていた。
「ゆう、ちゃん。ごめん、つらいの、させちゃった」
分かっていた。分かってしまった。彼女も、楓と、同じだ。
もうじき、同じように、バケモノになる。
「さいごの、おねがい、きいてくれる?」
震える声で言う雪ちゃんに、私は頷き、彼女の心臓に向け、包丁を握りなおす。彼女はそっと、目を閉じた。その目から……赤い、血の涙がこぼれていく。
「ありがと、ゆうちゃん」
小さな声に、私はなにも言えなかった。震えて仕方がない手を、両手を、黙らせるように脇に力を籠める。殺すことへの恐怖より、悲しみより、何もかもより、絶望が上回っていた。
たとえここで、雪ちゃんを殺したとしても……外の世界はきっと、あのままだ。
(それだけじゃない)
きっと、私はまた、目を覚ます。夢だと信じた世界から、現実へと……目を覚ます。
振り下ろした包丁が、雪ちゃんの制服を切り裂き、服を破り、柔らかな肋骨の隙間をかいくぐって、心臓に達する。どくん、どくん、とうごめく心臓が、次第に小さくゆっくり、止まっていく。
ぐい、と、包丁をひねった。
少しでも早く、雪ちゃんが楽になってほしかった。
(……ああ)
3度目の血しぶきが、顔にかかる。
そして引き抜いて、私は迷うことなく、切っ先を今度は自分の胸へ向けた。頭の中はなぜか、スッキリとしていた。死ぬしかない、そう思えたせいかもしれない。
2人を殺した私は、もう生きている価値も、理由もないのだから。
「ごめんね」
呟いて、迷わず私は胸へ包丁を突き立てた。
楓の時とも、雪ちゃんの時とも、違う感触。自分で自分を殺す、その感覚が腕へ伝わる。痛みはない、痛くない、2人に比べれば……断然、優しい。
勝手に、意識が薄れていくからだ。まるで体が痛みを感じまいとするように、自然と頭から血が下がり、貧血の時のように目の前がぐるぐると回りだす。暗がりから、周辺へ、ちかちかと光が瞬いた。
虹のように美しい光の乱舞を見上げながら、私は不思議な感覚に襲われていた。
そうだ。あの時も、あの4月10日もそうだった。楓に食べられながら、私はこの感覚を……感じていた。
雪ちゃんでもない、楓でもない、ここには私たち3人しかいないはず。だけど、もう1人の、いや、もっと大勢の、誰かの視線を感じる。
(あなたは、誰? ……)
私の意識が、ぶつりと途切れた。
4月10日。私は、死んだ。
死んだ。
死んだ。
死んだ。死んだ。死んだ。
「じゃあ、ここは!?」
悲鳴を上げる。自宅のベッドの上に、私はいた。ベッドだ、ベッドの上だ。いつも寝て、何の問題もなく目覚めていた、あのベッドだ。アラームが鳴り響く。スマートフォンの、アラームが、部屋中に鳴っている。
「いやぁあああああっ!!」
そのまま、スマートフォンを、私は壁へ叩きつけた。
ぱりん、と音がして、スマートフォンは停止する。音も、ならない。静かに、なった。
「いや、いや、もういや、いやぁあああっ!!」
目を閉じる。
夢で良い、夢で構わない。この現実から逃げられるなら、夢を見たかった。
その時だ。玄関の、チャイムが鳴り響いた。
直感で思った。これは、きっと、楓たちだ。あの日のように、あの4月3日のように、私を迎えに来てくれたのだ。
「同じだ。同じだ、ああああぁああおなじだっ!!!」
夢じゃない。夢にならない。
「眠れっ、ねむれ、ねむれねむれ!! いやぁああっ!」
もう私は、限界だった。