女子高生が親友を繧呈ョコ縺励∪縺励◆➊
耳慣れた目覚ましの音に、私は目を開けた。
「……あれ?」
柔らかいベッドの質感、記憶にも確かな自室の天井が目の前に広がる。病院でもない、ここは……私が両親と暮らす家の、私の部屋だ。
「う、嘘!? また夢!?」
跳ね起きて、スマートフォンを掴む。震える指先でやっとアラーム機能を停止させると、日付が画面いっぱいに現れた。
4月3日午前6時30分
私の頭の中が、一気に混乱する。
前回の夢の時は、4月8日の電車の中から夢が始まった。そのさらに前は、4月10日だった。でもこのスマートフォンの表示を見る限り、今日は、4月3日だ。本当に4月3日なのか、全然分からない。
両親は前日、4月2日から海外へ旅行に行っている。急いで両親の寝室のドアを開けたが、そこには誰もいないし、いつも二人が旅行に使っているスーツケースもない。
「嘘、どういうこと? これ本当なの? 夢じゃないの?」
信じられずに、思い切り顔を叩いてみた。痛みがある。
でも……夢の中で楓に噛みつかれたときは、確かに痛かった。途方もなく、痛かったのを覚えている。あの痛みは、間違いなんかじゃない。
「っ、そうだ、楓!」
慌てて、楓の携帯電話の番号へと電話をかけた。コール音が1回、でない、2回、でない、3回。
脂汗がにじみ、心臓が背中から弾け出てしまいそうなほど高鳴っている。
『ふぁい、もぉしもし……?』
ぷつっ、とコールが途切れ、聞こえてきた声に、安心感とともに叫んでしまった。
「楓っ!」
『うー、どしたの、悠……なんかあった?』
私はそこで、何も言えなくなってしまった。まさか楓がゾンビのようなバケモノになって、私に襲い掛かってきた夢を見たなんて、言えそうにない。夢が怖くて電話したことを、素直に告げられなくなってしまった。
『え? 悠、どうしたの?』
不思議そうな声で楓に問いかけられたのにハッとして、なんとか言葉を絞りだす。
「……えっと、きょ、今日、私学校休むから!」
『へ? え、熱? 大丈夫?』
「だ、大丈夫! インフルエンザかもしれないでしょっ? ね、念のため!」
『そうなの? ……本当に?』
どきん、と、きつく心臓が痛む。
でも私は、心配そうな楓への返事もせずに電話を切った。他に良い言葉が、何も見つからなかったのだ。例え夢だったとしても私は楓を見捨てた、その罪悪感が蘇る。
「……家に、いよう」
学校に行く気分になんて、とてもじゃないがなれなかった。電車に乗ってまたうたた寝したら、今度は別の夢を見るかもしれない。学校に行く途中に、またあの悪夢のように……車が事故を起こし始めるかもしれない。今度は4月10日まで待たなくても、ある日突然起きるかもしれない。
かもしれないばかりだけど、怖い。怖くて、こわくて、まともに考えられない。
(無理……そうだ、お母さんたちにっ)
両親に電話をしようか迷ったが、心配させるだけだろう。
スマートフォンを、ベッドの奥へ押しやる。
(せっかく楽しい旅行中なんだから……。頼っちゃいけない)
なんとなく静かな部屋にいられなくて、居間に降りてテレビをつけた。明るいニュース番組の音楽が、いつも通り流れてくる。
『おはようございます! 4月3日、今日は全国的に晴れの予報です!』
思わず、別のチャンネルに替えた。
『今日は4月3日、だんだんと暖かい季節になってきましたね』
また、次のチャンネルへ切り替える。
『──という発表を受け、現地時間4月3日午前2時に決定が行われました』
もう一度、チャンネルを切り替える。
『4月3日、つまり今日からこのイベントはスタートします! ぜひ皆さん、足を運んでみてくださいね!』
どのチャンネルに変えても、決まった朝のニュースと、4月3日という言葉が飛び込んでくる。新聞も、チラシも、4月3日だ。他にも電話すると現在の時刻を応えてくれるサービスまで活用して、確かめた。
そのどれも、答えは変わらない。
「本当に、4月3日なんだ……」
朝のニュースでは、インフルエンザが流行り始めたというニュースとともに、病院の様子が映し出されていた。
(病院……そうか、本当に病院に行ってみよう……)
何でもいい、私の見る悪夢に、理由をつけたかった。自分の頭がおかしいのだと言ってくれた方が、よっぽどマシだ。
そう思った。
でも、結論から言うと、直接何かが解決することはなかった。
朝一で電話をして訪れた、近所の心療内科がある病院の先生は、私の訴えを真摯に聞いてくれたけど、
「なるほど……。おそらく精神的なものでしょう。最初の夢がきっかけになっているかと思われます」
と、そんなことを言われただけだった。眠剤や精神安定剤といった薬については、親と一緒によく話したうえで処方しないと、副作用が起きた場合に誰かに助けを求めることもままならないから、と断られてしまった。
(でも……言われてみれば、当然のことよね)
こんな訳の分からない夢の話をされて、先生も困ったかもしれない。代わりに、といって、先生は寝る前に軽く運動をしたり、早めの就寝などを心掛けると深い眠りになって、夢を見にくいと教えてくれた。
それから、先生の個人的な連絡先だ。ちょうど両親が『海外へ仕事で出張』していることにしたためか、何かあったら何でもいいから電話するように言われた。
すごく、良い先生だ。
(何かあったら、声をかけてみよう)
頼れる大人が居るだけで、こんなに心が落ち着くとは思わなかった。
自宅に帰る途中で買った菓子パンをゆっくり食べて、その日はそのまま家の中で布団にくるまったまま、じっと過ごすことにした。
「……そうだ、何があったか、書いてみよう」
書くと落ち着く、という話も聞いたことがある。
ノートを開いて夢で見たことを、順番に書いた。まず4月10日から始まり、ファミレスから出た後に死んでしまった私の話。次に4月8日から始まり、やがて夢の話だから、と気にしなくなり、最後には楓と共に4月10日を迎えて死んでしまった私の話。
その2つを書き出して、やはり4月10日が気になる。
今日は4月3日、あと1週間もある。
(そうだ、あと、1週間もあるんだ……)
夢と違う毎日を過ごせれば、それまでの記憶と違う毎日にすれば、大丈夫かもしれない。
けれどそうして、4月10日を迎えた4月8日は……どうなった?
そもそも、それより前の、4月3日は?
思い出そうとしても、何故か、思い出せなかった。
(怖いっ……)
ぎゅっとボールペンを握り締め、私はうつむく。
でもとにかく、今日は4月10日じゃない。電気は通っているし、水道も使えて、ガスでお湯を沸かすこともできる。外を見れば人が普通に歩いていて、血の涙を流している人もいないし、テレビ番組は新聞のテレビ欄通りの放送をしている。
少なくとも、今日はあの悪夢が起きているわけじゃない。
そう思うと、少しだけ緊張がほぐれた。
まず『熱も下がった、インフルエンザでもなかった』ということを、担任の切絵光先生へ電話をすることにした。家族が海外旅行でいないことは切絵先生も知っていたから、
「様子を見に行きましょうか? 何かできることはありますか?」
と、いつもの優し気な声で心配されたが、断った。
先生も万が一、私のこの妙な夢に巻き込まれたら……そう考えると、とても恐ろしい。
「……絶対に、夢なんだってば」
明日からは学校へ行こう。そう誓って、私は眠りについた。