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勉強会を始めましょう

 手を繋ぎながら歩いてゆくと、まだ新しいお墓があった。

 俺の知らない名が刻まれており、たぶん他にもたくさん俺が殺した魔族もいるのだろう。


 情報というのはとても大事で、嘘と真実が誰にも分からない状態にされている。あの図書館に書かれていたのも嘘が半分くらいあるだろうし、鵜呑みにできることは何もない。


 でも浜辺で過ごしていたときに、ひとつだけ教わることがあった。一緒にしゃがみこんで小さなお墓に手を合わせながら、ぽつりと俺は呟く。


「一人でいるのはすごく辛いんだ。カテューシャはそういうの分かる?」


 肩が触れそうなくらい近い距離で、彼女の視線を感じる。どういう意味なのか考えているようだったし、どうすべきかを悩んでいる節もある。

 そして俺の声と同じくらい小さな声が、ぽつりと耳元で聞こえた。


「うン、兎族はね、寂しいと死んじゃうんだって。子供のころにそう聞かされて、嘘だって兄と一緒に笑ってた。でも最近、本当かもしれないと眠るときにいつも思うの」


 ぐすっと鼻を鳴らして、彼女は目元をぬぐう。

 ふっ、ふうっ、と嗚咽を漏らしており、それは俺の胸をぎゅっと絞めつけるものだった。


「琥太郎くんもそうなんだって、思った。私と同じなんだなあって。ひぐっ……兄は、優しくてっ、うっ……」


 ぼろっと涙が溢れてきて、もうカテューシャには止められない。

 彼女自身、そんな感情の爆発に驚いているようだった。鼻水まで垂れてしまい「あうっ」と言いながら慌ててポッケを漁り始めていた。


「こっちを向いて、カテューシャ」


 まだ胸がズキズキするけど、取り出したハンカチで彼女の目元、そして鼻を拭く。震える声で「ありがと」と言いながら、ぷんっと兎族は鼻をかむ。


 幾分か呼吸は落ち着いて、すーはーと深呼吸を繰り返す。それから兎と似た瞳をこちらに向けて、涙をにじませたまま話しかけてきた。


「いいよ、一緒にいてあげる。私たちは寂しがり屋みたいだし、きっと一人だと眠れないと思うから」


 そう腫れぼったい瞳をした彼女が言ってくれた。




 屋敷へと戻る道に、ざざあと波の音だけが聞こえてくる。

 真っ暗闇で、そのかわりに手を繋ぎ合っている感触だけがあり、そして空にはたくさんの星がまたたいていた。


 それを見あげながら、これから俺が出来ること、すべきこと、できないことを整理していく。

 そのなかで、ふと思い浮かぶものがあった。


「カテューシャ、もうひとつお願いがあるんだけど言っても良い?」

「いいケド、私の名前のあとに『お姉ちゃん』ってつけて」


 うーーん、難度が高いな。

 恥ずかしいし照れもある。だけどそれくらいの苦労ならすべきだろうし、ちょっと嫌そうな顔を彼女に向けた。


「カテューシャお姉ちゃん?」

「おっふ! う、うん。な、なんか良いね。すごくしっくりきたよ」


 もじっと尻尾ごと腰のあたりを揺すって、カテューシャは何だかよく分からないことを言った。


 さて、彼女にお願いをしていたときに、ベッド脇の水晶球を覗き込んでいた魔王エギュリッドは小さな微笑みを見せていたらしい。

 それからふうっと息を吹きかけると、俺と兎族の姿はかき消えたそうな。




 きゃーー、という声が通路に響いた。

 声の主は何人かの魔族であり、みな女性だ。

 対する俺は仏頂面であり、そんな彼女たちの玩具にされている。


「見て見て、すっごい生意気そうで可愛いっ!」

「なんだろ、これからピアノの発表会にでも行くのかなっ。おめかししちゃって可愛いったら!」


 鏡の向こうには彼女らの言う「おめかし」をされた俺が写っており、半ズボンをサスペンダーで吊っている姿があった。はっきり言って屈辱だ。


 蝶ネクタイを整えようとするのはカテューシャで、ふすふすと鼻息を当ててくる困った人でもある。

 さらにその向こうにエギュリッドがおり、なかなか近づけなくてオロオロしている。手を伸ばしているものの誰も見てくれなくて……って、あなた本当に魔王様なんですか?


 などと思っていると、ひょいと持ち上げられてしまった。目の前には大きな瞳をした兎族カテューシャがおり、その瞳をキラキラさせている。


「もう脱いでいい?」


 そっけなく伝えたのだが、当の彼女はじっと見つめるきりで返事もしない。そのかわり長い真上への耳をぴくぴくと揺らしていた。

 ん? ん? 私のことはなんて呼ぶの? そう表情は語っており、俺はすごくげんなりしながら口を開く。


「か、カテューシャお姉ちゃん」


 ぞっく、と腰を大きく揺らしながら、彼女から思い切り抱きしめられる。それからうつむいていた顔をあげてきて、「あ、近い」と思った瞬間に、ふかりと唇を覆われていた。


 びしっと凍りついた。だって不意打ちだったし、少しだけ濡れたような感触があったんだ。おまけに甘い匂いがするし、こんなの絶対に誰だって無理だ。


 があんっ、と魔王は悲鳴をあげるような顔をして、目をぐるぐるしながら咄嗟に行動に移した。それはラグビーのように後方から俺をかっさらっていくというものであり、俺はもう完全にボールと化していた。


「えっ、エギュリッド様っ! どこに行かれるのですかーー!」


 その声は遠ざかってゆくものであり、また海岸を一望できる東屋に向かうものでもある。芝生を駆けてゆく魔王の姿というのは、周囲の目を殊更に引くようだ。


 その後、しばらくのあいだ要領を得ないことを言われ続けたけれど、彼女の耳元に「エギュリッドお姉ちゃん」と囁くことで解放してもらえた。

 もうね、どこの生き地獄だよ。




 さて、遊んだぶん勉強するというのは世の常だ。

 遊んだ記憶は無いが、勉強はしなければならないので仕方ない。


 勉強会に集まったのはまだ極少数であり、俺、エギュリッド、そして昨夜に「お願い」をしたカテューシャだ。

 記念すべき協力者第一号であるものの、仇である俺の相手をするのは複雑な心境だろう。……などと思っていたのだが、さっきの言動を見る限り、どうも演技とは思いづらい。


「でも琥太郎くん、勉強会って何をするの?」

「そりゃあもちろん皆が幸せになる方法を考えるんだよ」


 などと、子供らしからぬ「おませ」なことを俺は言う。

 残る課題、人類をどうするかの計画をゆっくりと練らなければ、あのビーチでのんびりと遊ぶこともできないからな。


 時間はまだたくさんあるし、強力な仲間もこれから増えるだろう。その辺りは子供らしく脳天気にやっていこうか。


 そう思いながら、厚手の本をゆっくりと開いてゆく。

 二人の同士はこれから何が始まるのかなと、少しだけ楽しみそうな表情をしていた。


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