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皆へのお願い

 ざわざわと食堂はこれまでになく騒がしかった。

 しばらく過ごして分かってきたけど、この島にも男の魔族はちゃんといる。女性と同数ぐらいいるが、そのほとんどは給仕や建物の管理をしており、女性を敬うという文化が根強い。


 またエギュリッドは奔放というか頭のネジがひとつ外れているポンコツで、お風呂上りのときなどは裸でウロつきたがる困った子でもある。

 そのため身の回りのことは全て女性が対応しているため、俺は当初「女性しかいないなー」と思ったわけだ。


 ちょんと彼女の膝に座らされている俺は、十名近く集まった者たちに話しかけた。魔族はもっともっと数がいるし偉い人もいるけれど、まずは身内で顔見知りの人たちと話したかったんだ。


「というわけで、事情はだいぶ分かった。今は火の粉を払えているけど、危うい状況だということは」


 皆は周囲と目配せをして、俺の発した言葉の意味を知ろうとする。これまでの敵である男の言葉を、どう聞くべきかと思案している表情だった。


「それで琥太郎くん、私たちを集めて何を相談したいの?」


 はーいと手を挙げてそう言ったのは、なじみのあるカテューシャだ。これまでせわしなく兎耳を周囲に向けて、この騒ぎの全てを聞き取ろうとしていた。


「うーん、人類も魔物もみな兄弟、なんて出来たら良いけど、状況的にそうも行かないと思うんだ」


 残念ながらね、と溜息と共にそう伝える。

 できることはほとんど無いし、道徳的な道は残されていない。強大な戦闘力を持つ魔族だけど、それだってエギュリッドが言った通り「この島でしか生きていけない」という決まりがある。


 昔々、かつてこの星に高純度な魔鉱石を含んだ隕石が落ちたらしい。

 それは天界からもたらされた力だとも言われているが、定かな情報ではない。結果として彼らはこの島から離れる時間が長いほど知性を失くし、本当の怪物になってしまう。


 そういうわけで人類を滅ぼすような道も、はい消えたーと断言できる。第一、俺には知り合いもいるのだから、そんなひどいことはしたくない。


「というわけで、人類と結果的に共存できるようにしたいんだ。今までそういう考えで何かをしたことはある?」


 バン、と手をテーブルに叩きつける者がいた。おでこに一本角を生やした子で、お風呂に入れてもらった人だ。


「手を結べって? 冗談じゃない。私たちの兄弟はあいつらに殺されたんだ!」

「危ういと言っただろう。こんな俺だって、もう少しでエギュリッドを倒すところだった。千本桜クリムゾンも無くなったし、停戦の間は戦力を拡充しているだろう。停戦破棄したあとはさらに厳しい戦いになるぞ」


 ああ、このちっこい身体で脅すようなことを言うのは無理だね。何人か失笑してんだもん。

 そりゃそうだ。俺だって逆の立場なら笑うよ。魔王様の膝の上に座らされて、頭をなでなでされてたら仕方ない。


 ふすんと諦めの息を吐きながら、俺は再び口を開いた。


「まあ今日伝えたかったのは、俺は敵にならないってことなんだ。それと皆にひとつだけお願いがあるんだけど、できれば怒らないで聞いて欲しい」


 皆にお願いを伝えると、食堂はシンと静まり返った。




 ざざあ、と遠くから波の音が聞こえてくる。

 高台から見下ろすと海は真っ黒で何も見えない。ただ潮騒の音だけが響いており、その暗闇に吸い込まれそうだ。


 坂道をゆっくりと上りながら、普段とは違うことに気がついた。

 エギュリッドがおらず、手がちょっと寒い。いつも手を引いてくれていたので、寂しく感じるんだ。


「むーん、心まで子供っぽくなってる気がしてきた。少なくとも味覚は完全に子供に戻ったな」


 苦いのとか酸っぱいの、あれが駄目だ。もう生理的に無理というレベルだし、周りの大人たちは残さず食べなさいと言ってくる。もうね、そういうのは勘弁してくださいよ。


 ただ楽しかったなと思うのは、歯磨きを一緒にしたり、お布団に入っておやすみなさいと言い、起きたときにおはようと言えることだ。

 そんな相手は今までいなかったし、ちょっとね、ドキドキした。


 そのとき、ざあっと強い風が吹く。

 高台の行き止まりにあったのは、彼らが長年守り続けている場所、墓地だった。石造りのそれは多くが風化しており、崩れているものも多い。


「さすがに良い顔はされなかったな……」


 先ほど彼女たちにしたお願いは、この墓地に訪れる許可をもらうというものだった。

 良い顔をしないどころか、あの場に魔王がいなければ絶対に無理だったろう。たくさんの目が俺を睨みつけていて、これまで隠していた彼女たちの感情を全身で浴びる思いでもあった。


「お、名剣デスイーター。ここにあったのか……」


 錆びた剣や鎧などもあり、とむらい方も様々だと思う。触ったら怒られるかなと思いながら、彼らの文化の中をゆっくりと歩いてゆく。


 かなりの数だ。密集しており年代も古いため、墓の上に墓が建てられている場所もある。その中で、比較的新しい墓所で俺は足を止めた。


「俺が倒した者のなかに、含まれていなければ良かったんだけど」


 けっこうな数を殺した。頭を叩き割り、向かってきたものを蹴散らし、ぶっ殺してやると叫びながら飛び込んだ。


「あれが全て洗脳のせいだとは思わないよ……カテューシャ」


 そう誰もいない暗闇に呼び掛けると、ざあっと風が吹くなかで、兎耳の女性は姿を現した。


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