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真相

 さて、これは大変なことになった。

 どうしよう、困ったぞ。


 辺りの床には本が散乱しており、広い部屋だというのに足の踏み場も無い。どれもこれも難しい図式や過去の歴史、そして天文学まで記されている本だ。


 彼女から案内されたのはいわば図書館であり、この世界での出来事をこと細かく保管されている。これほど質が高い図書館を俺は知らないし、あったところで出入りを禁じられていただろう。


 身体がくさいのは、もう3日ほど寝ていないからだ。

 エギュリッドもつき合ってくれて、本棚を背もたれにして俺をじっと見つめていた。心配して何度も人が来たけれど、今だけは放っておいて欲しいと答えている。


 なので俺は知恵熱寸前であり、ちょぴっと顔が赤い。だいじょうぶ?と言うようにエギュリッドが額に触れてくれると、ひんやりして気持ち良い。

 しかし礼を言う前に、現状の困っていることを呟いた。


「こりゃあアカン。人類は詰んでるわ」


 はてな、と小首を傾げられたけど、あなた魔王様なのですよね?

 がりがりと頭を掻きながら、俺は立ち上がる。そしてうろうろ歩き回りながら考えを整理した。


 まず第一に、侵略しているのは人類側だった。

 徐々に南下を進めており、これまであった文化や宗教などを全て破壊した上で、新たな戦力とするために洗脳した。大洗脳だ。生まれたときから徹底的に刷り込ませて、都合の良い常識を植え付けた。


 第二に、征服できないこの島を、人類側は躍起になって破壊したがっている。

 南部の国の多くは魔物の国と同盟を組んでいる。だが実質は唯一となった敵勢力と言えるだろう。このあいだ俺が戦っていた戦場は、魔物の領土ではなく同盟国だったのだ。


 第三に、いつかこの島と魔族は殺される。この俺の勇者という血のように、戦力を年々増しているのだ。

 そしてこれは本当かどうか分からないが、あと50年で魔力さえもいらない武器を人類は生み出し、この島の半分以上を一発で吹き飛ばすことが可能になる、という予言がある。


 さあ、問題はまだまだあるぞ。

 山積み過ぎて笑っちゃう。


 敵を倒したらハッピーエンドかというと、そうはならない。

 人の敵は人であり、国同士の戦争となる。これまでの開発によって、圧倒的なまでの武力を得ている者たちだ。比べ物にならないほどの死者が出る。敵味方の双方に。


 やがてこの大地さえまともに人は住めなくなるらしいが、もうここまで行くと俺の想像力をとっくに超えている。というか、ここから先は考えなくて良いだろ。どうせバッドエンドなんだから。


 ぺたんと両手を頭に置いて、うんうん俺は唸った。

 そんな様子が可愛かったらしく頭をなでなでされたけど、なんかちょっと気持ち良いので振り払わないでおく。

 エギュリッドは美人だし、事情を知るとさらに肩入れしちゃいそうだよ。でも俺は、振り向いてからこうお願いをした。


「ごめん、少しだけ一人にさせて欲しい。片付けはあとでする」

「えっ?」


 驚いた顔の彼女を見つめることなく、俺は図書館の扉を開いて歩き始めた。




 考えを整理したかった、というのは建前だ。

 ざざあと波打つ砂浜を、目的地もなく歩いてゆく。視界はぐらぐらしており、これは単純な寝不足だろう。3日も起きていたら誰だってそうなる。


 座るのにちょうど良い木陰だな。

 そう思ったら、もう歩けなくなった。

 どすっと木陰に座って、髪を風にあおられながら長い息を吐く。


 ショックだった。

 まんまと俺は騙されて、都合の良い駒にされていた。

 なにが「この地獄のような戦いを終わらせてくれ」だ。そんなクソみたいな言葉を吐いて、エギュリッドに挑んだのは何だったんだよ。


 正義と悪がもう何だか分からない。

 グラグラするのは寝不足だからじゃない。地面がひどく不安定に感じて、俺自身が参ってたんだ。


 うーー、くそっ。子供になったら涙腺まで弱くなるのか。こんなの彼女に見せるわけにもいかないだろう。


 何なんだ。俺はどうしたら良かったんだ。

 戦争をやめようと叫ぶ一団もあった。あれに参加をすれば良かったのか? だけどそういう奴らこそ武装をしているし、今にして思えば現実から大きく乖離をしていた。


 辛い。

 息をするのも辛い。

 目を閉じると罪悪感が押し寄せてきて辛い。

 今まで倒してきた連中を、一人ずつ思い出してしまって辛い。


 ざざあ、と定期的に流れる潮騒は、ほっとする。

 何の思想も無くて、ただ安定をするために繰り返している音は、今の俺には落ち着く音だ。


 水平線は傾いでゆき、こらえようとも思わない。

 ただ砂浜に肩から落ちて、頭も鈍痛を受けて、あの海のように何も考えたくなかった。


 ああ、死ぬべきなのかな、俺は。

 そう思いながら俺の思考は暗転した。




 やわらかく前髪を撫でられて、少しだけくすぐったい。

 ずっと長いことそうされていた気もするし、短い時間だったかもしれない。

 目を開くと暮れてゆく海の光景があり、また頭の下に砂浜は無かった。真っ白でやわらかくて、触れ心地の良い素足がそこにあった。


 ぴちっと閉じた太ももは、エギュリッドのものだろう。

 彼女の甘い匂いがするし、優しく髪をなでてくれるのも生涯で彼女くらいだ。俺は恥ずかしさを感じないように、振り返らずに問いかけた。


「……どうして俺をここに連れてきたんだ?」


 敵である俺を連れてきて、世界の真実を教えたかったのだろうか。

 そして彼女らに協力をするよう求められているのだろうか。

 でもそれだって、あの図書館に書かれていたものだって真実とは限らない。たぶん本というのは半分くらい嘘が混じっているんだ。


 しかし返事がなかなかやって来ない。

 どうしたのかなと想いながら振り返ると、そこには頭を大きく傾げて悩みに悩んでいるエギュリッドがいた。ハテナ、ハテナ、と疑問符を乱舞させているよう俺には見える。


「まさか、特になにも考えてなかった?」


 じいと俺を見つめるエギュリッドは、ごく真面目な表情でコクッと頷いた。呆然とする俺に、彼女は「続きをしましょう」と言うように背中を押し、そっと頭を太ももに押しつけてくる。


 温かいし、ずぶりと頬が埋まると思うほど彼女は柔らかい。

 いや、ほんと、こいつは本当に何も考えていないのか。魔王という座についているのに、驚くほど考えが浅いどころか皆無に近い。


 だけどなぜか、先ほどまでの足元がグラグラしている感じが無くなっている。何を信じたら分からない俺だったが「そうすべきだと思ったからそうする」というエギュリッドを見て、ほっとした。


 宵闇迫る浜辺に流れる歌声は、彼女が聞かせてくれるものだった。

 ぽんぽんと胸を叩くのは、心臓の鼓動よりも少しだけ遅い。

 信じられるものがひとつだけあったことに気づいて、俺は安堵をしたのだろう。


 彼女に救われたのは、これで2度目となった。

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