1.森の主
狼たちの案内で着いたのは洞窟だった。
同じ木々ばかりで方向感覚もなく、あそこで食べられるか、着いていき食べられるか実質一択、選択肢はなかったのである。
(しかし、やせ細りすぎないか?)
骨むき出し程ではないが、なかなか骨ばっており肉付きの悪さはうかがいしれた。
毛並みも乱れ、鳥も見えなかったことを考えると、狩りがあまり上手くいってないのだろう。
とはいえ、なぜここに連れてきたのかがよくわからず、案内されるがまま慎重に洞窟を進む。
耳には狼たちの息づかいと足音、ポタっと定期的に水たまりに落ちる水音、そして自身の心音が聞こえている。
周りからよく楽観的と言われたことがあるが、さしも命の危機ともなれば表情が固く引き締まる。
入り組んだ洞窟の最奥の間、狼たちは定位置らしき所に座り、最奥に寝そべる1匹の白狼を指す。
しかし、ここは真っ暗で、洞窟に入る前に付けていた松明で明かりを確保する。
幸いにして火を消すことにはならず、風道があるのか定期的な酸素供給はあるようだ。
どこかしらか風がはいりゴオと音がしているため、そう判断できた。
本来自身の首を絞めることになるのがこの密閉空間での火だが、狼達に強制的に連れてこられて、あげく食べられるのであれば酸欠で死ぬも食いちぎられて死ぬも同じで、そこは視界の確保をとって火を消さずにいたわけだが。
(中で暮らしてるなら酸欠にならない場所を選ぶし、風道があって当然か。)
死の局面がずっと続き、緊張が最大になったためかむしろ冷静だった。むしろ受け入れざるを得なかった。しかし。
「綺麗な毛並みだな……」
思わずその主らしき白狼の見事な毛並みに驚き出た言葉だが、すぐに訂正することになる。
「血か?」
かの白狼からは赤黒い血で毛が汚れていた。
ぐったりした様子で周りの狼たちはくぅんと心配そうに鳴いている。
「……こいつを治せってことか?」
もし実際こんな大きな白狼がいたなら乱獲されるだろう。毛皮の価値ははかれない。
狼は警戒心が強いと聞く。いくら治すためでも人をあんな自然のセキュリティともいうべき迷宮を案内するはずもない。
しかも、目の前の白狼は大型犬よりまだ少し大きく、もしやが確証に変わっていった。
異世界に来たのでは?と。
まだ確信の一歩手前ではあったが、次の出来事が確信に変わった。
かの白狼が淡く光を発したかと思うと、小さく縮み1人の少女が寝そべっていた。
「……は?!いや……え?!」
驚きを隠しきれず発した言葉は洞窟に木霊していった。
1~2分固まっていたが、目の前の怪我人……いや怪我獣?どちらにせよ放っては置けない。頼まれた?からには助けてあげたい。
ひとまず、治すまでは食われたりしないだろう。
「松明を咥えて、支えていてくれないか?」
警戒しながらも近づいてきた1匹は差し出した松明を咥えて、おすわりの姿勢でじっとしている。
「通じる……みたいだな。ならこれと同じ草を集めてくれないか?」
恐怖や驚愕はどこへやら、助けたい一心が自身をつき動かしていた。
狼たちは、ポケットから差し出した薬草(仮)の匂いを嗅いだ後、各々洞窟の外へと走っていった。
「あと適当に食べ物を狩ってきてくれないか?」
またも通じるらしく、先程とは違う集団が狩りへと向かった。
統率が取れているのは狼故かさすがだった。
傷口を詳細に確認した後、足りない薬草などを採取するためにひとまず松明を咥えていた狼を連れて、外へ出た。
医療知識はないが、簡単な手当ぐらいはできるだろうと、包帯代わりになりそうなものなど、持ちうる知識をフル活用して必要なものを集めてまた戻る。
既に薬草(仮)集めと狩りは終わっていたらしく、洞窟にはそれらが置かれ、各班は定位置に居た。
「ありがとう」
思わず礼をいい、なでてしまった。
本来噛まれてもおかしくはないのだが、なぜだかまた勘で大丈夫だと思ったからだ。
フンと鼻で笑うように伸ばした手を振り払われてしまったが。
白狼改め、彼女の傷口をすり潰した薬草(仮)で消毒し、水で傷口を洗う。体力もあまりないのか、肉は松明で火を通し、自分である程度かみ潰してから与えた。水も少し含ませ、あとは様子見である。裸だったこともあり、自身のシャツを着せてある。つまり自身は上半身が裸なのだ。
「やれることはやった、あとは続けて様子見だな……。」
やはり通じたのか用済みと襲われることなく、首を低くして彼女を心配そうに見ていた。
ともあれ、人に出会わなければ情報もないので、狼達が狩ってきてくれる肉を火を通して食べることでその日は食いつないだ。その際作った石器ナイフで解体はしている。
切れ味は言わずもがなではあったが、ないよりマシだった。服はもはや解体した時についた血で汚れたが、文句も言えない。洗いたいのは山々だが、彼女に着せている。
「異世界に来て身についた能力とかあればいいんだが、ステータスウィンドウとかないからわかんないなぁ。」
狼たちとの生活に慣れてしまってこの異常空間を異常とはもはや考えていないので、染まっていると言える。
襲わないのであれば狼たちは凛々しく可愛いもので、指示したことをやり遂げる度にモフモフしていた。数日すれば、狼たちもやや嫌がるような雰囲気があったが、それでもモフモフは嬉しいようで、もはや忠犬並に懐いてしまっている。
自力で食べることが出来なかったために衰弱していた見立ては間違いではなかったらしく、およそ10日ほどで、彼女の容態は安定した。
日陰にずっと居るのはどうかと思い、これ幸いと洞窟の入口付近で寝かしている。
狼たちがそばにいるため一時離れても問題ないだろう。
念願だった近くの沢で今までろくに出来なかった水浴びを行う。
正しくつきっきりだったため、時間感覚も狂っていた。
「久々の風呂は格別だな、風呂というか水浴びか。……湯船にお湯があればなお良かったが」
ないものねだりは仕方がないが、日本人としては湯船に浸かれないのはどこか寂しい。
ろくに体を洗えなかったからか、思わずでた自身の言葉に苦笑する。
水浴びを終え、洞窟に帰ると入口前に彼女が立っていた。
「お……目が覚めたのか……。」
ようやく目覚めた彼女に、思わず呟く。
「ん……」
彼女は恥じらうようにわずかにコクンと頷いた。
「ありが……と」
「え?……あ、いや……成り行きで……ていうか喋れたんだな」
思えば当たり前だったかもしれないが。異世界で白狼が少女になって喋れるなんて小説のような出来事に適応しきれていなかった。
「……ん」
相変わらず口数が少ないことに眉をひそめる。
少女は照れつつ返答したことは気づかなかった。
「で、依頼?と言うべきか?は果たしたがあとはどうする?場所を秘匿するために食い殺すか?」
狼たちとはかなり仲良くなったが、あくまで利害の一致程度に考えている。
少女が無事目を覚ましたのだから用済みだろう。
くぅんと指示を求めるように周りの狼たちは少女を見上げている。
「っ……!……や……」
「ん?」
「や!」
思わずたじろいだ。
「……え?」
「~!」
伝わらないのがもどかしいのか彼女は頬を赤く染めながら手をブンブン振っている。
(可愛い……)
能天気なことを考えつつ、そう言えばこれから俺はどうなるか決まる場面だった。と今更ながらに思い出した。
「うーん……とりあえず俺は食べられるわけじゃないのかな?」
むぅと頬を膨らませていた彼女はようやく伝わったと言わんばかりの表情変化で肯定した。
「とりあえず、これからどうすればいい?街に行こうにも迷っててどこにも行けないんだけど」
事実、道が途切れて狼達に囲まれたわけだが結果的には助かったと言える。
「行く……」
ボソッと呟いた彼女の言葉を耳は拾わなかった。
「え?」
「行く!」
「ど……どこに?」
「街」
「連れてってくれるの?」
「ん……。」
願ってもないことだが、大丈夫だろうか。
こうして疑問はまだあるが、ひとまず狼たちと、彼女の案内で街へ向かうことになった。
(道中質問していけばいいか。)
歩きながら俺は色々彼女に問いつつ街へ向かう。
あることを忘れていながら_________。
フラグ立てましたがなんてことはありません(オイ)
ここまで一応書いていたので投稿しますが、次からは1からなのでどうなるかは作者にもわからないです笑