表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢の歩き方  作者: 高坂千穂
  1月。
97/161

97、恋愛と結婚は違うもの

 リルルはマックスとなら大丈夫だと、もうあんなことはないのだと思いながら歌う。


 響け 大地の息吹よ

 実れ われらの夢よ


 ちょうどそのあたりに立っていた令嬢と目が合い、歌いながら小さく頷く。こいこい、と、煽るように手を振った。


 令嬢は頬を染めながら一緒に歌い出した。なんて私はついているのかしらと誇らしく思う。今年一番の出来事になるわ、と喜びに頬が緩む。両親に興味本位でついてきたパーティだったけれど、まさか王族と一緒に歌えるなんて思ってもいなかった。


 遠く、は6時の方角だったわね、とリルルはまた歌いながら指を差し、こいこい、と煽るように手を振る。


 遠く彼方まで 駆け抜けよ 正義の光


 指を差した先の老齢の品の良い貴族の夫妻と目が合ってしまった。歌ってもらえないかなとリルルは思ったけれど、二人も顔を見合わせ嬉しそうに歌い始めた。


 爵位を譲った息子夫婦と一緒にやってきたパーティは、懐かしい顔ぶれが揃っていて、領主として統治していた若かりし日を思い出して胸がいっぱいになっていた。グロケット公爵の交流の広さに感銘を受けているところに王女様までおいでになった。

 在任中に女王陛下とお話する機会は幾度とあったけれど、指名を頂いて一緒に歌ったことなど今までになかった。なんて幸せな出来事なのだろうと老夫婦は微笑みあった。


 歌え、は8時だったかしら。リルルは歌いながら指を差し、目が合った中年の貴族たちのグループに微笑みかけこいこいと手を振った。

 リルルの父よりも高齢な貴族たちは堂々と胸を張って歌い始めた。


 グロケット領での公爵と王女と領民の合唱は素晴らしかったと聞いていたけれど、一緒に歌うから素晴らしいのだと彼らは実感していた。

 グロケット公爵の粋な演出に胸が躍る。女王陛下とは政治の話しかしてこなかったし、王女様は見たことしかなかった。国歌なら自分にも歌える。指名して貰えてよかった。選ばれた喜びは誇らしくもある。


 歌え 讃えよ 手を重ね


 最後は7時の方向ね、とリルルは、歌いながら指を差し、こいこいと煽るように手を振った。


 目が合った若い貴族の男性が、照れながらも一緒に歌ってくれた。若い人なのに感心ね、とリルルは目を細めた。傍にいた母親らしい夫人は誇らしげに微笑んでいる。


 小さな領地で目立った功績も目立った活躍もない自分は、いてもいなくても同じな貴族だと思っていた。でも、王女様はきちんと自分を見つけて、優しく自分を指名してくれた。嬉しかった。グロケット公爵様のパーティだからと緊張して母とやって来たのが嘘のようで、今はここに来れてよかったと思った。


 われらの 母なる国を われらの 祖国を


 マックスを見ると、大きく頷いていた。マックスと手をあげて、会場全体に、こいこいと手を振ると、パーティ会場にいた者たちがすべて、一緒に国歌を歌ってくれていた。

 部屋の中を見回すと、部屋の奥の方や入り口付近で給仕の仕事をしていた執事や侍女たちも手を止めて、一緒に国歌を歌ってくれている。

 伴奏のラザロスをちらりと見ると、アーリャがピアノを弾いているように見えた。俯き加減に楽しそうに演奏する姿は、アーリャそのものにしか見えなかった。


 ごめん、アーリャ。私、本当に何もしてあげられなかったのだわ。

 リルルは夏の演奏会でのアーリャの姿を思った。本当なら生きていたはずの彼は、もうここにはいない。

 ピアノを週二回習っていると言っていただけあって、上手だったもの…。


 次第に涙が溢れてきて、リルルはそれでも、最後まで歌った。

 いつの間にかマックスがリルルの手をしっかりと握っていた。ぽたぽたと涙を流し歌うリルルに、マックスは歌いながら優しく微笑みかけていた。


 この人はいつも私の傍にいてくれる。手を握って前を向いて、未来を指差してくれる。

 リルルは涙を流し歌いながら、微笑み返した。

 私はこの人の傍にいられて嬉しい。まだ何かをしてあげられていないけれど、何かをしてあげたい。


 歌も演奏も終わって、涙を拭っているリルルを見て、拍手をしながらグロケット公爵が近付いてきた。

 会場では多くの貴族が肩を抱き合って涙を流していた。嬉しそうに興奮して微笑む令嬢や夫人たちもいる。

 リルルに深々と頭を下げて、グロケット公爵は言う。

「リルル様、今年はきっといい年になります。私たちの国はひとつなのですから、どんな困難も乗り越えていけます。」

 顔を上げたグロケット公爵に、誰もが拍手喝采を浴びせていた。リルルも自分は王女なのだと自分の立場を思い出して、優雅に微笑みながら拍手した。

「リルル、」とマックスは優しく抱きしめて、まだ泣いているリルルの涙を指で拭った。


 ※ ※ ※


 リルルがマックスに連れられて休憩室に向かおうと廊下へと出ると、大広間の入口で、サミラとヨネアが待っていた。傍にはオルスやハンスたちもいる。もう一人は騎士なようで、もしかすると王都へサミラと一緒に馬を飛ばした護衛の騎士なのかなとリルルは思った。リルルとマックスを見て、顔を紅潮させてお辞儀をしている。

「サミラもヨネアも、こんなところにいたのね、」とリルルが微笑むと、サミラはリルルの泣いた顔を見て優しく提案する。

「リルル様、お化粧を直しましょうか、」

「そうね、お願いするわ、」

 小さく微笑んだリルルを取り囲むようにサミラとヨネアは付き添ってくれて、マックスに案内されて休憩室に入った。

 部屋の真ん中に置かれたソファアにリルルが座ると、サミラとヨネアがさっそく王城から持ってきていた化粧箱を手に直してくれた。

「私たちもご一緒に歌わせてもらいました。すごい盛り上がり方でしたね、」

 興奮冷めやらない様子で、ヨネアは嬉しそうに言った。

「リルル様が涙を流されたので、私も泣けてしまって。国歌ってあんなにいい歌だったのねと改めて思いましたわ。」

 サミラはリルルの足元に立膝をついてリルルの化粧を直しながら、リルルをしっかりと見つめた。

「新年の祝祭の広場で、リルル様が公爵様を庇ってお立ちになったとは聞いていましたが、まさかこんな風におやりになったのですね。ああやって自らが的になって、舞台の上から賊を見つけて指を差してお捕まえになったとオルス(オーギュスト)様からお聞きしました。」

 そんなことを話していいの? とリルルがびっくりしてマックスを見ると、小さく頷いている。

「グロケット公爵様が、私たちにご褒美として、再現をお願いしてくださったのだと思いました。あの時あの場にいられなかった私たちに、どうやって賊を捕まえたのかを教えてくださったのですね。」

 まったくそんなつもりはなかったリルルは、少し驚いて、でもそれは当然の思いよね、と思った。サミラたちは知る権利があると思えた。

「そうね。サミラには雨の中、馬を走らせてもらったもの。言葉では感謝しきれないわ。私を信じて王都まで行ってくれて、とても感謝しているわ。」

 リルルはサミラの手に自分の手を重ねた。「ありがとう、サミラ。」

「あんな危ないこと、おやめになってくださいね。私の命などいくらでも代わりはあります。でも、リルル様は私たちの唯一無二なのですから、」

「それは違うわ、サミラ。代わりなんて誰にもないもの。失くしてしまうと、それっきりなのよ。」

 ラザロスがピアノを弾く様子を思い出し、リルルはまた目に涙が浮かんできてしまった。

「いけません、リルル様。お泣きになってはお化粧がまた崩れます、」

 そう言いながらもサミラは自分も目に涙を浮かべていて、リルルに無理矢理に微笑んだ。


 ※ ※ ※


 休憩室を出たマックスとリルルに、大広間の入口で待っていたラザロスが足早に近づいてくると深々とお辞儀してきた。

「ラザロス様、素晴らしいピアノをありがとう。」

 差し出されたリルルの手の甲にキスをして、ラザロスはリルルの瞳をまっすぐに見た。こうやってみるとあんまり似てないわね、とリルルは残念に思った。ラザロスは切れ長の二重で綺麗な顔だけれど、アーリャみたいな可愛らしさがない。

「リルル様、マクシミリアン様。今日は良い経験をさせていただきました。」

「泣いてしまったりしてごめんなさいね、」 

「お気になさらないでください。私も、感動して心が震えました。国歌をあんな風に演奏したことも、あんな風に感動したことも初めての経験です。」

 マックスを見上げると、リルルは小さく微笑んだ。

「あなたは、ご結婚はされていないのですか?」

「はい。私にはピアノがありますから。なかなか生活も安定しませんし、それに、」

「それに?」

「ああいうことがあったので、なかなか縁もつながりません。」

 ラザロスの諦めたような表情に、リルルは血縁というだけで何も悪いことしてないのにね、と同情してしまった。

「来月、グロケット公爵様の誕生パーティでも私はピアノを弾かせていただくことになっております。」

「そう、それは素敵ね。よろしくお願いするわ。」

 リルルが微笑むと、ラザロスはにっこりと微笑んだ。

「アリョーシャが愛した姫にピアノを捧げることが出来て幸いです。」

 リルルに丁寧にお辞儀して大広間の中へと帰っていった。

「リルル?」

 下を向いて泣き顔を隠すリルルにマックスは驚いて、優しく腕の中へとリルルを隠した。


 もしかして、さっき歌いながら泣いていた理由も、彼なのか?


 もういないアレクセイの影を見るようで、マックスは忌々しく思えた。

 少し歩いて、休憩室のひとつに入る。部屋の中央に置かれたベッドの縁にリルルを座らせて、マックスは隣に座った。

「どうしたんだ?」

 リルルの涙をそっと手で拭う。美しい瞳にジワリと滲む涙に、マックスは胸が締め付けられる思いがした。

「何でもないの、ただ、」

「アレクセイのことか? アリョーシャって。」

「ええ、私、もっとアーリャに優しくしてあげたらよかったわって思ったの。もっと、違う結果になったかもしれないのに。」


 学校が違うからと勝手に距離を置き、仲のいい友達以上に思えないからと会いに行こうともしなかった。持参金目当てかと勝手に勘繰り、勝手に恐怖を感じて会うのを躊躇っていた結果が、永遠の別れだった。


 リルルの頬を優しく撫でて、マックスはリルルの背を抱きしめて、リルルを自分の胸に抱き、静かに頬を寄せてきた。

「マックス?」

「忘れてしまえとは言わない。でも、リルル、どうしようもないことだった。シャークス公爵に振り回されたのはアレクセイだけではないと、先程のラザロス殿もだと判っただろう? リルルも、巻き込まれて、ヴァルター殿下の接待をする羽目になった。そうだろう?」

 マックスはリルルを抱きしめる腕に力を込める。

「ヴァルター殿下を庇って矢面に立つ羽目になったのは、もともとはシャークス公爵が原因だ。そうだろう?」

 リルルは顔を上げて、マックスを見つめた。

「傍にいてほしい、リルル。生きて、いつまでも私の傍にいてほしい。私はあの時、目の前でリルルが射抜かれてしまうのではないかと気が気ではなかった。今日あの時の再現をしてみてよくわかった。父は、死ぬつもりであの場に立っていたのだな。」

「そんな、」

 リルルは口を手で覆った。そこまでも覚悟をしてあの場に立っていたなんて。

「ヴァルター殿下が矢に討たれて国と国とが戦争になるきっかけになるよりはと、死ぬ覚悟があったのだと、私には思えてならない。」

「マックス、」リルルはマックスの頬に手を触れた。

「そんな父をリルル、君は庇ってくれたのだな。」

 リルルを見つめて、マックスは優しく微笑んだ。

「ずっと一緒にいたい。輝くような朝も眩しい昼も、安らぐ夜も、君が傍にいてほしい。」

 リルルはマックスを見つめ返した。

「君の瞳に映るのは、私であってほしい。君の傍を歩むのは、私でありたい。君とこのまま、喜びを分かち合って生きていきたい。」


 マックスの熱い思いが、リルルの心を揺らした。こんな言葉を、ミーシャは囁いてもくれない。こんな思いを、ティンクは口に出してもくれない。一人で生きていく怖さに、この人は寄り添っていてくれる。

 でも…。


「恋愛と結婚は違うって、ヴァルターは言っていたわ。私もそう思う。恋愛しているだけなら誰とだって出来ると思う。でも、結婚は、相手の人生が掛かっているもの。私にはまだ相手の人生を背負っていける自信がないもの。」

 マックスはくすりと笑った。王女が降嫁するということは、初めから相手の財力に頼って生きるということだ。リルルは気が付いていないのだろうか。

「ヴァルター殿下の言葉は違う意味なのだろうが、リルルはそう受け取ったのだな。」

「違うのかな。」

「あの方は、相手の人生を背負うつもりなんてないだろな。」


 そうでなければ、結婚の約束なしに子供をあちこちで作るなんて事態にはならないだろう。

 ヴァルターの言う『恋愛と結婚は違う』は、『恋愛は誰とでもできても、結婚相手は身分のある女性とする』という意味だろうと思う。

 王子であるヴァルターの結婚後に生まれてくる子供が自分の出自に苦しまなくていいように、一番いい条件の女性と子供を作るという意味だろうと、マックスは思う。

 彼は王族で、子供には王位継承権がついてくる。出自で差別される世界では、母親の身分は大きくものを言うのだろう。


「リルルはどうやって背負うつもりなのだ?」

 マックスは目の前の王女様が何を考えているのか興味を持った。彼女も王位継承権を持っている。彼女の子供も、黒髪の女の子なら王位継承権を持つだろう。

 リルルは首を傾げて真剣に悩んでいる様子だった。

「そうね、まずは子供が産めるくらい健康な体になることかしら。」

 子供を持つ未来を考えてくれているのか。自分のいつか言った言葉を真摯に受け止めて未来を考えてくれている。そう実感して、マックスはリルルを優しく見つめる。

「他には?」

「いざという時に相手を養っていけるくらいの資産も必要ね。あとは、私、家事ができないから、寄宿学校へ行くついでに自分のお世話くらいできるようになりたいわ。」


 リルルの言う結婚するために必要なことは、マックスにとっては重要としていないことばかりだった。まさか相手を養うつもりでいるとは、驚きだった。

 私の家は7大公爵家と評価される公爵家のひとつなのだと知っていて、資産の心配をしているのだろうか。

 そうか、またシャークス公爵の亡霊に付きまとわれているのだな。シャークス公爵のようなことがないように、備えるということだろう。


「それに…、結婚した後どうやって生きていくかの目標も持ちたいわ。お父さまが未来に希望を持つことが長生きをする秘訣だろうって仰ってたの。希望をいくつも持って、結婚相手の為にも長生きしたいわ。」


 堪え切れなくなって、マックスはくっくっと笑い始めた。

 なんだ、君は無自覚に私を選んでいるのか。私が君を欲しているように、私との未来を考えているのか。悩むよりももっと早く、君に尋ねればよかった。


 リルルに顔を背けてくっくと堪えながら笑うマックスに、リルルはきょとんとして見つめていた。

「私、変なことを言ったかしら?」

 嬉しくてほっとして、愛おしくて。マックスはリルルを抱きしめる力が抜けてしまう。

「リルル、ヴァルター殿下の言う『恋愛と結婚は違う』とは…、リルルとは、本当に違うと私は思う。私は今のリルルでいい。私との未来に希望を持ってくれればそれでいい。それ以外は私がすべて解決しよう。」


 抱きしめてもいないのに自分から離れようとしないリルルに、マックスはこれほど警戒されていない関係なのに、どうして自分は最後まで関係を進めてしまわないのだろうと思った。

 ああ、そうか、私は本当にこの目の前の王女が好きなのだ。彼女が何を考えて何を望むのかを大切にしたいのだ。

 自分の考えている結婚は、リルルとの未来を守ることだ。リルルとの恋愛は、それまでの準備段階だと思っていた。結婚してリルルを見つめて、リルルを公務から守り、リルルを手の中で大切に愛おしむことが、自分の中での恋愛であり結婚だった。

 

「マックスとの未来は、まだ決められないもの。私、待てないなら婚約は解消でいいと思っているわ。」


 は?

 何を言い出すつもりなのだ? 

 私との未来を前提に置いての前向きな改善ではないのか?

 こんなに好きなのに? こんなに愛おしく思っているのに?

 いま私たちは心が通じ合っただろう?

 私たちは他のどの人間たちよりも、理想的な婚約をしている二人なのに?

 私の誠実さが足りないのか? 

 私の何が足りないのだろうか?

 具体的な未来を見せることが出来ないからか?


「リルル、愛している。一生かけて君を愛すると誓おう、」

 自信をぐらつかせながら、マックスは自分の気持ちを丁寧に伝え、そっとリルルを抱きしめた。

「マックスはいつでも優しいよね。でも、結婚するかどうかなんて、もっと先の話なのよ?」

 口を尖らせたリルルに、マックスはどうしてそんなに余裕なのか聞きたくなる。やはり決めているのか?

「今すぐに結婚してもいい。婚約者なんだから当然だろう? リルルがいてくれれば他には何もいらない、」とマックスは堪え切れなくなってベッドにリルルを押し倒し、優しくリルルの頬を撫でた。

「愛している。言葉では言い表せないくらい、君が欲しい。」

 この気持ちをどうやったら君は理解してくれるのだろう。

 マックスはリルルの瞳をまっすぐに見つめた。

ありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ