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悪役令嬢の歩き方  作者: 高坂千穂
第一章 リルル 5歳
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7、なりたいと言ってなれるわけではないもの

 リルルは父から手に入れた鍵を使って、父の夢の世界へ遊びに行く事にした。

 姉リルルの助言通りに、リルルは小さな青い鳥になって姉リルルのポケットの中に納まると、姉リルルと一緒に階段を移動した。姉リルルは本来の年齢の大人の女性のリルルになっていた。ただし、自分自身に魔法をかけて、透明人間になっていた。夢では自分に魔法をかけて動物に変身できるのだから、これくらいできるだろうとやってみたら出来たのだった。

 姉リルルは父から手に入れた薄紫色のつるつるした鍵をドアの鍵穴に差し込んだ。ついでにリルルも外に出してやる。

「リルル、決して声を出してはダメよ。お父さまにバレるのは面倒だわ。」

「お姉ちゃんこそ、透明人間はお話しないんだからね?」

「私、見えてない?」

「全然見えない。きっとこの辺にいるよね?」

 青い鳥リルルは空中をつついた。すぐ隣にいた姉リルルはその様子を見てほっとする。

「大丈夫よ、さっさと要件を済ませてさっさと帰らないと、また寝込んじゃうもの。」

 階段でエレナと話をしてあの疲労なのだから、短い方がいいだろうと姉リルルは思った。

「お父さまの夢をとりあえず観察して帰る、これが今日の任務ね。」

「お姉ちゃんはよくよく覚えてあとで教えてね。私はドキドキしながらこっそり見てるだけだろうから。」

 鳥も透明になればいいんじゃないかなと姉リルルは思ったけれど、小さいリルルはそこまで頭が働かないのだろう。姉リルルがリルルを見失っても困るので、黙っておいた。

「オッケー、リルル。あとは任せて?」

 姉リルルはリルルを捕まえるとポケットに再びしまって、鍵を使った。


 ドアを開けると、どこまでも続く草原が広がっていた。緑の草が風にそよいでいて、姉リルルは爽やかだなと思った。背中に羽が生えたイメージを頭に浮かべて意識して空を飛ぶと、姉リルルの体は風に乗って舞い上がった。

「他人の夢の中でも空は飛べるのね、」

 姉リルルが小さく呟くと、「私もやってみたい」とリルルがポケットから滑り出た。小さな青い鳥が透明人間な姉リルルの横で羽ばたき始める。鳥リルルがどこかに行ってしまわないように、姉リルルは鳥リルルのすぐそばを追いかけた。

「お父さまはどこなんだろう。」

 草原の真ん中に木立に囲まれた四阿(ガゼボ)が見えて、中に人影が見えた。姉リルルはすぐ近く、声が聞こえるぎりぎりまで近付くと木陰に身を隠して四阿の中を見た。

 あ、これはもしかして子供にはあかんやつ…、姉リルルは咄嗟に青い鳥リルルを捕まえて、ポケットの中に押し込んで戻した。

「ごめん、ここにいて、」と小さく囁くと、リルルが顔を覗かせないようにしっかりとポケットのボタンを閉める。

「…リルルは私達のことを夢に見たのかしら?」

 ベンチに座る漆黒の髪の女性の膝の上に頭を乗せてリルル達に背を向けて横たわる父は、シャツを羽織っているだけのだらしない格好をしていた。括らずに胸に漆黒の髪を垂らした女性はどう見ても母なのだけれど、現実でリルルが知っている母の姿ではなく、若くて未婚の女性に見えた。優しく父のサラサラした髪を撫でていた。彼女も、身に付けているのは開けたシャツ一枚だった。

「白い毛のしっぽのある亀は大吉夢だからね。ネズミは繁殖、白鳥は子宝、夏の海は生まれる時期か…、」

 父は嬉しそうに母の太ももを撫でた。

「君のおなかの中に子供がいるなんて、まだ誰にも話をしていないのにね。」

「ええ、おなかが目立つようになるまでは秘密にしたかったけれど、バレてしまったでしょうね。」

 母はくすくすと笑っている。話し方も普通に若い女性で、いつも聞いているような断定的で威圧感があるような話し方ではなかった。

「あなたに似て賢い男の子だといいな。」

「君に似て美しい女の子だといいな。」

 二人は甘く口付けをして、微笑み合っている。

 ポケットの中のリルルが飛び出しそうで、姉リルルは慌てて空に飛び立った。


 遠い空の端まで来てやっとドアを見つけて、急いで父の夢の世界から飛び出した。階段をひとっとびに急いで進んで自分の部屋のドアが見える辺りまで来ると、ポケットからリルルを取り出した。姉リルルの周りをくるくる飛び回って、リルルはキイキイと怒って姉リルルをつついた。

「お姉ちゃん、ズルいよ、自分だけお父さまの夢を見て楽しむなんて!」

「リルル、わかったから、もう止めて。」

 でもなあ、あの父と母の様子を子供のリルルに見せるのは、大人としてあかん気がしてならない。姉リルルにとってリルルの両親は『寄生先の娘さんの御両親』という認識でも、リルルにとっては実の両親だった。

「お父さまの部屋はもう行かなくていいわ。」

「どうして?」

「部屋に戻ってから話すから、急いで帰ろう!」

 階段を一段飛ばしに駆け上がると、姉リルルは、自分の部屋のドアを開けた。


 自分の部屋のごちゃごちゃ加減がこんなに落ち着くなんて! 姉リルルがほっとしていると、リルルはくるりと一回転して本来のリルルの姿に戻って身を寄せてきた。

 二人は仲良く一緒にこたつの中に入った。

「はー、やっと落ち着く~!」

 暖かいこたつに目を細めた姉リルルに、リルルは口を尖らせた。

「で、もう行かなくていいってどういう意味なの、お姉ちゃん。」

「あれはお母さまよ。お父さまの夢の中に直接自分で遊びに行ってるの。」

「え?」

 姉リルルは聞いた話からそう推測した。夢の中の登場人物が、あんなに具体的に現実の生活の会話をしているとは思えなかった。夢を見ている本人が話すのならともかく、相手があんなにはっきりと意志を持って話をするなんて考えられなかった。

「私達みたいに、お父さまから鍵を貰って、お母さまは、お父さまの夢の中に遊びに行ってるんだわ。」

 遊びに行くというよりも、デートしているみたいだったなと姉リルルは思った。仕事が忙しい二人は自由に出かけられないから、夢の中の世界で自由に出かけているのだろうなとも思う。

「え、それってすごいよね、お姉ちゃん。お母さまは他人の夢に遊びに行っても、疲れが影響しない程丈夫なのね?」

「そうね、きっと、私達なんかよりも精神が鍛えられているんだわ。」

 父もそれに影響されていないのだろうからすごい精神力なのだろう。姉リルルは、明日リルルにどう影響が出るのか観察が必要だなと思った。

「わかった。お母さまにバレたら困るから、お父さまの夢にはいかないようにする。」

 リルルは興奮した面持ちで答えた。

「そうね、私もそれがいいと思う。」

 姉リルルは頷いて、リルルの頭を撫でた。


「よしよし、いい子のリルルにはお姉ちゃんが美味しいおやつをあげよう。」

 パチンと指を鳴らしてこたつの上に出現させたのは、可愛いお椀に入った善哉だった。お盆の上には可愛い猫の箸置きも添えられている。

 ハシをリルルに握らせて、姉リルルは自分の分の善哉を食べて見本に見せてやる。

「これ…、すごいね、お豆いっぱい。」

 リルルはハシを器用に使ってお餅を小豆に絡めて食べると、嬉しそうに微笑んだ。

「甘くて美味しいね。これってこの国にもある?」

「たぶんある。庶民の食堂に行ったらある。」

 姉リルルはこの(ヴァーリャ)(・ギリア)にはハシがあることから、お米を食べる文化もあるのだろうと推測していた。お城の食事に善哉は出てきたことはないが、黄な粉餅が以前、十五夜の夕食に添えられて出てきたことがあった。懐紙の上に盛り付けられ楊枝が添えられていたので、この国はかなりゲーム作成者の中では日本よりの国扱いされているんだろうなと思った。

「お父さまが今日、婚約者は長男にしなさいって言ったわ。」

 リルルは湯気が上がる善哉をふうふうしながら言った。

「そうね、夢の話をしたからかもしれないわね。」

 姉リルルは考える。今まで父は婚約者の話をしたことがなかった。相手に条件を出すこともなかった。リルルの好きに任せてくれていたけれど、今日初めて、条件を出してきた。

「旅行中にも婚約をしてはいけないって言ってたし、リルルはこの国の貴族と結婚しなさいってことなんだと思うわ。」

 それは困るんだけどな、と姉リルルは思った。どうしてもゲーム開始時には中つ国に行っていたい。この国ではない結婚相手をゲーム通りに中つ国で見つけたい。

 そうするには、リルルがこれ以上婚約者を増やさない方がいいだろうと思った。この国での婚約者の人数が増えれば増えるほど、中つ国に行くチャンスが無くなってしまう。

「リルル、お父さまがああいってるんだし、しばらく婚約者は増やしちゃダメよ?」

 どうしても私は中つ国の寄宿学校に行って『ときめき四重奏』が始まるのを、主人公ローズがゲームを攻略していく様子を間近で見たい。出来ればローズにはうまくノーマルエンドにたどり着いてもらって自分自身がミカエルと結婚したい。

「どうして? だって、ミーシャとまだ婚約してないんだよ?」

「これ以上増やしてお父さまにもお母さまにもあれこれ言われだすと、本当にミーシャと婚約させてもらえなくなっちゃうよ? いいの?」

 長男と婚約してしまえば、その者だけに絞りなさいと命令されてしまうだろう。ここは誰も増やさないのが一番な気がした。姉リルルは慎重にリルルを説き伏せる必要があるなと思った。

「それは嫌。」

 不満そうな顔のリルルは、姉リルルを見上げて、小さく言った。

「ミーシャと結婚できないんなら、リルルは誰とも結婚したくない。」

「お父さまの言う通りに長男と婚約したら、その人に決めなさいって言われちゃうよ? 嫌ならもう増やさないよ? わかった?」

「わかった。我慢する。婚約者は増やさない。」

「リルルはいい子だね。」

 姉リルルは笑ってリルルの頭を撫でた。

「この人数のまま増やさないでいたら、きっとお父さまの方からそのうち『もっと増やしなさい』って言われると思うわ。その時まで我慢よ、リルル。」  

 ぱあっと明るい笑顔になって、リルルは嬉しそうに微笑んだ。

「ミーシャと結婚したいから我慢する。」

 リルルは上機嫌で善哉を食べ始めた。

 そんなに言う程ミーシャって魅力があるのかな。姉リルルはこっそり思ったけれど黙っておいた。かといってリルルがミーシャと婚約してしまうと、中つ国に留学できないので、これもどうにかしないといけないなあと思った。

 善哉を食べながら姉リルルは考えた。ゲーム開始までの間に、使節団に入り中つ国に行くという公務がやってくる。この機会を逃してはいけない気がする。リルルを上手く誘導して結果を残そうと心に決めた。


 ※ ※ ※


 翌日、リルルは朝起きられなくてすっかり寝坊してしまった。夢で出かけるのってやっぱり疲れちゃうんだわ、と思った。初めての時よりは体が慣れてきてはいるけれど、眠くて仕方なかった。

 クグロワたちに大急ぎでドレスを着せてもらい身支度を整えてもらうと、朝食も食べられずに謁見の間に向かった。国王である母に呼ばれたのだった。母の隣には父や、前女王である祖母、その王配である祖父の姿が見えた。宰相たちの姿も見える。重要な話っぽいなとリルルは思った。

 みんな朝ごはんちゃんと食べたんだろうな、とリルルは思う。大人は夢を覗いても元気に朝起きれるんだからすごいよね。

「リルル、顔をあげなさい。」

 母の前で丁寧に淑女の礼(カーテシー)をしたリルルは、ゆっくりと母を見上げた。

「そなたには役目を与える。時見の巫女(ときみのみこ)の見習いとして、前女王陛下の薫陶を受けるように。なお、この役目は内密にするように。我ら以外に役目を口外してはならぬ。よいな。」

 昨日お父さまの夢で聞いたのと同じお母さまの声だけど、話し方が全然違うわ。お父さまには特別なお話の仕方をするのね、とリルルは思った。

「畏まりましてございます。…前女王陛下、御指導、よろしくお願い申し上げます。」

 リルルは祖母に向かってお辞儀して、祖母の「よかろう」という言葉を聞いて、ほっとした。家族間で教えてあげるから頑張ろうね、という軽い感じではなく、今は公的な場で王女としての任務なのだと判っていても、ちょっと、寂しかった。

「時見の力はもう絶えて久しい能力である。兆候が見られただけでも素晴らしい。そなたをこの国内に止め置けるように計らう故、ゆめゆめ国外に嫁ごうなどと思うな。良いか。」

 あら、お母さまにまで旅行中に婚約しちゃいけないって言われちゃったわ。リルルは大変なことになってきたなと思った。

「畏まりましてございます。」

 リルルはぺこりと頭を下げた。ミーシャと結婚出来ればリルルとしては外国に嫁ぐ理由がなかった。

「前女王陛下と王配殿は秋に植樹の旅を控えておられる。それまでは言葉と知識を身に付けるように。今日の午後から適切なものを手配しよう。」

 父が王配としての立場でリルルに指図した。

「ご配慮、ありがとうございます。」

 リルルは父にも頭を下げた。昨日夢で見た父様とお母さまとまるで別人なんだよね、と思った。

「何か質問は?」

 おなかペコペコで早く自分の部屋に戻りたかった。十時のおやつをたくさん用意してくれるといいなと思った。質問なんかしていると、ますます部屋に戻れなくなってしまう。

「時見の巫女が何なのか、気にならないのかい?」

 心なしかそわそわしている様子だな、と父はリルルの顔を見ながら思った。

「教えて頂いてもいいのですか?」

 本当はちーっとも気にならないリルルは、空気を読んで答えてみた。今リルルの頭の中では、クロワッサンとホットミルクと目玉焼きとトマトがラインダンスを踊っている。リルルもナイフとフォークを手にその列に混ざりたい勢いだった。

「時見の巫女の見る夢は、未来を予言する夢だ。夢にはいろいろ意味がある。吉夢と呼ばれるものもあれば、凶夢と呼ばれるものもある。代々王族の者がその能力を伝承してきた。リルルの前の代の時見の巫女は前女王陛下の姉君だった。奇遇にもお前と同じ『エカテリーナ』を名前に頂いておられた。若くして亡くなられたので、私もお会いしたことがない。」

 リルルは、よく判んないからお昼寝の時にでもお姉ちゃんに聞いてみようと思った。姉リルルはリルルと一緒に話を見たり聞いたりしてくれていて、リルルが理解できないことを夢で会った時に詳しく解説してくれるのだった。

 黙っているリルルを見て、父は話しすぎたかなと思った。遠回しに時見の巫女は短命だと伝えたようなものなのだ。子供には聞きたくない話だろう。

「では、もう下がって良い、リルル。昼食が終わった頃に、前女王陛下と王配殿が講師を連れて部屋を訪ねてくださる。感謝するように。」

「ありがとうございます。」

 リルルは頭を下げて感謝を伝えてお辞儀すると、謁見の間を出た。


 ※ ※ ※


 小走りに自分の部屋へと向かうと、大急ぎで部屋に入った。おなかが空きすぎて、リルルの限界は近かった。

「おなかすいたー!」

 待ち構えていたクグロワやカロヨンがくすくす笑いながら、「リルル様、はしたないですよ、」と首周りにナフキンを巻いてくれた。チスエルが紅茶の支度をしてくれる。

 今日はチスエルが出勤していて、リルルは嬉しかった。子爵家出身のチスエルが入れてくれる紅茶は、どういう訳か他の侍女達が入れてくれる紅茶よりもいい香りがした。同じ茶葉なはずなのに不思議、とリルルは思った。味もまろみを感じて、お砂糖が無くてもチスエルのお茶なら飲めた。

「朝ごはんが食べられなかったリルル様にはたくさんお召し上がりいただきたいのですが、もうじきお昼ご飯の時間なので、いつもよりも少しだけ果物を多くしてみましたわ。」

 目の前のお皿の上には、小さなチョコレートのタルトとバナナ、リンゴのコンポートが乗っていた。

「嬉しいわ、ありがとう、チスエル。」

 リルルは大急ぎでおやつを食べた。やがて、紅茶を飲む頃には舟を漕ぎだして、おなかが一杯になった頃にはそのまま椅子に凭れて眠ってしまった。


「リルル様は緊張されていたのでしょうか、」

 クグロワとカロヨンがそっとソファアにリルルを抱き抱えて運ぶと、リルルの足から靴を脱がせてフッドレストの上にそっと乗せたチスエルが小さな声で尋ねた。ベッドで寝かせてあげたいけれど、リルルはドレス姿だった。

「でしょうね。今日は時見の巫女の御拝命だったそうだもの。」

「やはりお決まりになったのですね。」

 侍女達は片付けをしながら小さな声で話し始めた。リルルが時見の巫女になったことは、リルル付きの侍女たちは決して口外しないと宣誓書を書かされたうえで知らされていた。身の危険が及ぶこともあるだろうからと護身術をもともと習っていた彼女達は、今まで以上にリルルに対しての警戒をするようにも言いつけられていた。

「クグロワ、時見の巫女様は未来を予言なさるのですよね、」

「そうなの、チスエル。先代の巫女様の予言は恐ろしいほどよく当たって、災害への準備や慶事の準備が出来てありがたい方だったけど、随分短命だったんですって。リルル様が選ばれたとなると…、喜ばしいけど、ちっとも喜ばしくなんかないわ。」

「わかる。私も同じ気持ちよ、クグロワ。短命なんて聞いたら、ちっともいいお役目に思えないもの。」

 優しいカロヨンは複雑な表情を浮かべていた。心配性なクグロワは、躊躇いながら続けた。

「何でも、時見の巫女様は予知夢を見るとすごくお疲れになるのですって。昨日リルル様は夢を見られたとヨハネス殿下が仰っておられたので、今日はお疲れなのでしょう。」

 ヨハネスとはリルルの父の名前だった。宰相たちがリルルの夢の話を理解して、医師を手配して女王と王配である父に事実を確認し、夏に生まれてくる新しい御子を歓迎する準備を城中の働く者に通達したので、侍女達も状況を理解はしていた。

「次にお生まれになる御子様が男の子だったら、何世代かぶりの王子様ですね。」

「チスエルは嬉しそうね。女の子様だったらリルル様の妹君よ?」

「だって、あの美しい女王様とヨハネス殿下のお子様ですよ? 女の子でラウラ様とリルル様のように美しいお子様なら、男の子ならどんなか…!」

 チスエルは歌いださんばかりに浮かれて言った。カロヨンもクグロワも呆れている。

「あのねえ、王子様だったとしたら、他国に婿養子に行かれてしまうのよ、おかわいそうじゃない?」

 先々代の女王の弟のルドルフは、この国の近くにある歴史ばかり古い島国の皇室に婿養子として入り、皇王になっている。もう亡くなって久しいけれど、美しい皇王の遺伝子は子供達に脈々と受け継がれている。

 リルルの暮らすこの(ヴァーリャ)(・ギリア)はこの大陸の大部分を支配する巨大な大国で、近隣諸国に比べて豊かで、最先端の技術と莫大な資源を有していた。遠く東方の国と肩を並べる技術大国でもあり、他国に婿に出るということは、この国以下の生活が待っているということだった。下級貴族であるクグロワたちですらそう思うのだから、王族なんてもっと不便を感じるだろう。

「元気にお生まれになるといいわね。」

 カロヨンが窓の外の青い空を見上げながら言った。

「リルル様の予言だと、夏生まれなんですって。」

 3人はソファアで大人しく眠るリルルの顔を見て、自分たちの可愛らしい妹のようなリルルの愛くるしい寝顔を見つめた。昨日までのリルルと同じに見えても、もう時見の巫女のリルルは違うリルルに思えた。

 彼女たちは、リルルが5歳になったのを区切りに自室を与えられて以来、専属としての付き合いで、それまでは沢山いる王族の居住区の侍女の一人だった。

「私達のお姫様は、すごいお姫様なのですね。私達がお守りしないと、こんな小さい体はすぐに天に帰っていってしまわれそうだわ、」万能なクグロワが自分の手をぎゅっと握って言った。

「そうね、私達でお守りしましょう。お疲れなんかが出ないように、」武術の嗜みのあるカロヨンも頷く。

「頑張りましょうね。時見の巫女様のお世話をさせて頂けるなんて、なんて光栄なのでしょう、」薬草学に詳しいチスエルは目をキラキラさせて興奮している。

 お互いの顔を見て頷きあうと、3人はリルルが少しでも眠っていられるように、昼食の時間まで、そっとしておいた。

ありがとうございました

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