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悪役令嬢の歩き方  作者: 高坂千穂
第一章 リルル 5歳
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4、無限大になっても戻ってくるもの

 暗闇の中に浮かび上がる長い階段の続く道を歩いている最中で、リルルは見たことのある女性を見かけた。

「おばあちゃん!」

 急いで姉リルルはリルルに変身すると、肩に止まらせていた青い鳥リルルを捕まえて紺色のジャケットのポケットに隠した。リルルが着ている水色のワンピースには沢山のレースが縁どられていて揺れるとかさかさと音がした。

「おや、リルル、どこへ行くんだい?」

 若い娘のなりをしたエレナはパチンと指を鳴らすと、リルルの歩く道へと自分の道を繋げた。

「今からおばあちゃんのところへ行こうと思ってたところなの。」

 毎日はいけないと言われたので、あれから一週間待った。

「私もリルルのところへ行こうと思っていたところだよ。元気だったかい?」

 二人は手を取り寄り添うと、階段に腰かけた。

「私は元気よ? おばあちゃんは?」

「ああ、私は疲れが出てしまってね。つい昨日まで床に臥せっていたのだよ。夢の鍵を使うと、疲れてしまう年になってしまってね。」

「鍵を使うと疲れるの?」

「ああ、情報が直接頭の中に入ってしまうからね。処理をするので疲れるのだよ。」

 リルルのふりをして首を傾げて聞きながら、姉リルルはコーヒーをフィルターを通さないで直接原液を飲み込むような感じなのかしらと思った。

「まあ、お前はまだ若いから、鍵を使う影響はそんなに出ないだろうが、鍵を使うのは毎日はやめておいた方がいい。眠ることで情報が処理されていくのも重要な作業だからね。」


 一晩寝て忘れろって人を励ましたりするけれど、あれってきっと、眠ることで嫌な記憶を処理して心の奥の方へ片付けてしまって、気が付かないうちに倉庫で消去してしまっているんだろうなと姉リルルは思った。

 本来その処理をしている時間に誰かの夢で情報を直接仕入れていたら、そりゃ脳に疲れが蓄積してしまうだろう。でも1週間もその疲れが残るなんて、人の夢の中って思っている以上に情報量が多いのか、単に年によるものなのか、よく判らないわね。

 一度誰かで経験してみたいわ、と姉リルルは考えた。


「ここでお話してても大丈夫? おばあちゃん。」

 鍵を使って部屋に入った方が楽ならその方がいいんじゃないかしら。

「ありがとう、リルル。ここでも私の部屋でも、同じなんだよ。お前の部屋じゃないならね。」

「ここは、いったいどこなの、おばあちゃん。」

 リルルの部屋ではなくて、おばあちゃんの部屋と同じって、意味わかんないわね。姉リルルは眉を顰めた。リルルがここへ来るのは初めてのことだった。何しろ今まで自分達以外に部屋がつながることがあるとは知らなかったのだ。

「ここはすべての無意識の集合体の中だよ?」

「ん?」

 リルルが何度も目をぱちくりしている様子を見て、エレナはくすくすと笑った。

「世界中の人の無意識がこの暗闇に溶けているんだよ。お前は信じないかもしれないが、この暗闇が、死だ。人が死んだ後に帰っていくところだよ?」

「えええええ?」

 びっくりしてエレナにしがみついたリルルが可愛くて、頭をそっと撫でてやる。

「それって落ちたら死ぬんだよね? 」

「落ちたりしてもまた階段が拾ってくれるから大丈夫だ。私達は自分の部屋に帰る鍵を持っているだろう? 鍵がある限り自分の部屋に帰っていける。」

「おばあちゃん、じゃあ、誰かにつながっている道って、どうやってつながっていくの?」 

「私は私の祖母に聞いたのだけど…、誰かの部屋につながる道は誰かの部屋に行こうと決めた時に作られるから、部屋のドアを開けて願わないと道はつながらない。決めずに部屋のドアを開けると道は現れるけれどぐるりと一周回ってまた自分の部屋に戻ってくる道が現れるのだそうだよ?」

「不思議ね…。」

 姉リルルはメビウスの輪みたいなんだろうなと、頭の中で8の字を思い浮かべた。今度一度、実験してみたいなと思う。


「ところで、リルル、今日は私に何の用だったんだい?」

「私? おばあちゃんに聞いてほしいことがあったの。」

「なんだい? 言ってごらん?」

 エレナは姉リルルが化けたリルルの頭を撫でた。

「今日ね、ずっと我慢してた中央の塔の小姓部部屋に久しぶりに行ったの、」

 この前書類整理をした後、姉リルルに言われて以来リルルは小姓部屋に行くのを我慢して、毎日自分の部屋で本を読んだりお城の中庭で駆け回ったりして時間を潰した。

 中央の塔の小姓部屋は、執務官達が雑用を任せている部屋だった。そこに所属しているミーシャに会いたかったけれど、会ってまた迷惑をかけて嫌われたら、困る。ミーシャが忘れた頃に行って機嫌が良さそうなら好きと言ってみようと思っていた。ミーシャは優しいから、好きといえば好きと言ってくれるだろう。

「いつもいる…、6人の子供がいるんだけど、増えてたのね。」

「増えるのはいいことじゃないか。」

 エレナは笑って合の手を入れる。中央の塔にいる小姓なら賢い子なんだろうなとエレナは思った。

「いいことじゃないわ。だって、なんだか、嫌な感じだったんだもん。」

 姉リルルはリルルから聞いた話を思い出しながら説明する。

「あとから来た子達の方が年が上だからって威張っていたの。みんな教えてあげているのに、年が上だからって新しい子達はお喋りしてて、小さい子達にやらせているの。だから仕事はちっとも減っていかないの。」

 おかげでリルルはミーシャと話をすることすらできなかった。不満たらたらで一日を終えたリルルは不機嫌なまま眠りについた。姉リルルは自分の部屋で暴れるリルルを宥めすかして連れ出して、今この階段にいたのだった。

 エレナは顔を見ながら微笑んだ。

「リルルはその話を私にして、どうしようと思ったんだい?」

「どうもしないわ。ただ文句が言いたかったの、私が王女だからって、小姓部屋のやり方に口を挟むのはいけない事だってわかってるわ。お姉さまに叱られたことがあるもの。見てるだけってわからないなら、小姓部屋に行かせませんって言われたもの。」

「それはラウラが正しいね。でも、不正は良くないともおばあちゃんも思うよ?」

 ぽんぽんとリルルの頭を優しく叩いて、エレナは微笑んだ。

「明日おばあちゃんのお仕事を小姓部屋に頼んでみるよ。その時に、おかしな様子だったら一度、侍従達に指導をし直してもらおうかね。」

「わあ、嬉しい! おばあちゃん、ありがとう!」

 これでリルルも機嫌が直るわ、とっても素敵だわ! 姉リルルは心の底から嬉しく思った。私の部屋を荒らされなくて済むのだもの。

「じゃあ、おばあちゃんは自分の部屋に帰るよ。明日はお仕事が待ってるからね。」

 夢の鍵を使うと疲れるんだっけ? 「おやすみなさい、」と手を振りながら、姉リルルはさっき聞いたばかりの話を思い返した。


「ねえ、おばあちゃんは私に何の用事があったの?」

 姉リルルは、パチンと指を鳴らして階段を元来た道につなげたエレナの後ろ姿に問いかけた。

「ああ、たいした用事じゃないよ? あれから誰かに鍵をさっそく貰ったのか知りたかっただけさ。」

「おばあちゃん、実はまだ、誰にも貰ってないの。」

 リルル達がお互いの鍵を交換しただけだった。そんなに容易く誰かに好きと言ったり言われたりしない。

「ちゃんと誰かに貰ったら報告した方がいい?」

「いいや、しなくていいよ、リルル。鍵のことは内緒だ。私達もお互い誰の鍵を持っているのかは、知らない方がいい。その方が、秘密が秘密であり続けるからね。」

「私がもし、もう誰かに貰ってたとしたら、おばあちゃんはどうするつもりだったの?」

 振り返ってリルルの顔をじっと見つめた後、エレナはゆっくりと言った。

「婚約していない者の鍵を貰ったんなら、お前に話があったんだ。」

 姉リルルのポケットの中で、青い鳥リルルが震えた気がした。姉リルルは落ち着いて尋ねてみた。 

「婚約していない人から鍵を貰ったらいけないってこと?」

「ああ、お前だって、結婚する気もない男性に鍵を渡すことになったら、お前の部屋にそんな男が来るようになったら、嫌じゃないか?」

 エレナは諭すように言った。

「嫌だわ。」

「わかったなら、やってはいけないからね? 女性同士でも、容易く鍵を手に入れてはいけないからね?」

「わかったわ。鍵を手に入れるのはとても慎重にしなくてはいけないってことなのね。」

「そうだよ、リルル。じゃあね、おやすみ。」

 若い女性のなりをしたエレナはスキップするように階段を駆け上っていった。座っていたリルルも立ち上がり、自分の部屋に急いで戻った。


 ※ ※ ※


 部屋に帰ると、姉リルルは本来の自分の姿に戻って、青い鳥リルルもポケットから出してやった。

 リルルが暴れたおかげで散らかり放題の部屋を見てうんざりすると、ゲームソフトやディスクの山をまた元あったように積み上げ直す。

 リルルはくるりと旋回してリルルの姿に戻ると、椅子に座ってぶーたれた。

「つまんない。」

「つまんなくない。」

 リルルのおかげで私は片付け仕事が増えたわ。姉リルルは怒りを抑えて答える。

「おばあちゃんの部屋、行き損ねた。」

「私はあれでよかったけどね。」

「どうして?」

「おばあちゃんが鍵を使って誰かの部屋に行くと疲れるって言ってたじゃない? リルルは子供だから、疲れて寝込んだら困るもの。」

 片付けをする姉リルルの後ろ姿を見ながら、リルルは心配して貰えて嬉しいなと思った。

「明日、おばあちゃんがミーシャのこと助けてくれるの、見に行きたいから、寝込むのは嫌。」

「見に行ったら怒られると思うよ? ラウラに。」

「それも嫌。」

「この子は嫌しか言わない困った子だねえ。」

 姉リルルは片付ける手を止めて、優しく微笑んだ。同じリルルでも私達の関係はまるで親子だわ。

「私、思ったんだけどね、」リルルは可愛く口を尖らせた。

「うん」

「ミーシャってお菓子は食べるのかな?」

「食べるだろうねえ。」

 子供だし、男の子だし。甘いのは嫌いじゃないだろうなと姉リルルは思った。前世でそこそこいい年をした弟は、甘いお菓子ばかり食べていた。

「ミーシャにお菓子あげたいから、誰かに頼んで何か作ってもらおうかな。」

「そうだねえ。きっと面倒事を増やしてって言われそうな気もするけどねえ。」

「何もやらないよりは何かが変わるから、明日言ってみることにする。」

 前向きだね、と姉リルルは思った。

「だから私、明日の為に用意するから今日はもう帰るね。」

「そうね、私も片付けをするわ。」

 やっと自分の時間だわ、と姉リルルは思った。ゲームの続きを頑張らないとなあ…。

 リルルは姉リルルを後ろから抱きしめて、背中に頬ずりをした。

「今日はごめんね。お姉ちゃん。」

「わかってるなら、もうああいうのは嫌よ?」

 この部屋に物があり過ぎるのも悪いんだろうと自覚はあるけれど、リルルの部屋のように花畑と最低限の家具という簡素な部屋は落ち着かない。姉リルルはこればっかりはどうしようもないことだしねえと思った。

「うん。ごめんね。」

 リルルは姉リルルにくっつくのをやめて、壁に出現したとても小さなドアの前に立つとネズミに変身した。担ぐように鍵をカギ穴に差し込むと、ネズミリルルはドアを小さな手で開いた。   

「明日頑張るから、また来るから。」

 キイキイと高い声で言うと、ネズミリルルはドアを閉めた。

「おやすみ。」

 そりゃあんな小さなドアで毎回来られてたんなら、私、気が付きもしなかったわ、と姉リルルは思った。


 ※ ※ ※


 翌日、案の定というべきなのか、想定の範囲内というべきなのか、リルルは熱を出して寝込んでしまった。

 侍女達は大慌てで医者を呼んで、ただの風邪だろうと聞くと、火照った顔でベッドに寝ているリルルのお世話を甲斐甲斐しくしてくれた。

「明日はきっと大嵐だわ。」

 見舞いに来たラウラがニヤニヤしながら言った。

「お姉さま、お見舞いがないなら帰って下さい。」

「あら酷いわね。リルルは何が欲しいの。」

「甘いお菓子。たくさん。」

 貰ったらミーシャにあげようとリルルは思った。

「熱が出て食べられないのに贅沢な子ね。まあいいわ、明日届けさせましょう。何が欲しいの?」

 ミーシャは何が好きなんだろう。私はチョコレートが好きだわ。滅多に貰えない貴重品だけど、貰うと嬉しいもの。でもなあ、お見舞いに高価すぎるってお姉さまは文句を言いそうだわ。

「クッキーでいいです…。」

「いいですって、なあに、リルル。クッキーでも高価なのよ?」

「それをください。」

 果物でもいいけど、果物は腐ってしまう。パンだとお菓子じゃない。

「熱が下がったらね?」

 くすくす笑いながら、ラウラはベッドの横に腰を掛けて、リルルの赤い頬を撫でた。

「あなたみたいな煩い子はこれぐらいがちょうどいいけど、これが毎日続くのは考えものね。明日には元気になるのよ?」

 無理言うなよー、とリルルは思ったけれど、熱で言葉を言う気力もなかった。

 涙目のリルルを見て、ラウラはくすりと笑って「じゃあね」と言った。

「今日はおばあさまが珍しくこちらに来ておられるの。お仕事を依頼しに、あちこちで侍従に指示を出しておられるわ。私は采配の仕方をお勉強させていただいているの。また来るわね、リルル。」

 ああ、私も見たかったな。自分の侍女達を連れて部屋を去って行くラウラの後ろ姿を見送って、リルルは悔しく思った。お姉ちゃんが言ってた通り、夢の鍵の影響は子供の私にはまだ大きいのだろう。階段に行っただけでこのざまだ。

 早く元気にならなくちゃ…。そう思いながら夢の世界に旅立っていった。

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