68 不正の噂
飛び級制度のあるテューダ学院は年四回、希望者が飛び級試験を受けられる。
夏休みの後、飛び級試験を受けた私は最下位のDクラスから最高位の特Aクラスになった。
今までは試験では手を抜きまくってDクラスになっていたのだ。
女王となると決めた以上、さっさと学院を卒業して国王の仕事を手伝いたかった。
有能なアーサーに任せておけば大丈夫なのは分かっているが、彼に全てを押し付けるのも気が引ける。将来お飾りの女王でも自分ができる事はしたかった。
初夏の誕生日以降、態度を変えた(というか素の私になっただけだが)王女に、不信感を抱いていた人達もいたようだ。
大多数には私の今までの態度が演技だとバレバレでも、そうでない人達もいたのだ。
だから、こんな噂が広まってしまったのも仕方ないのかもしれない。
――王女がDクラスから特Aクラスになったのは、何らかの不正が働いた結果ではないのか?
「……参ったな」
私は学院の外れにある東屋で石のベンチに座り溜息を吐いた。
個人的には今更私の評価など、どうでもいい。
自分が今までした事の結果だ。受け入れるしかない。
けれど、将来女王になると決めた身には、これはまずい。
いくらお飾りでも、不正で(勿論そんな事はしていない)Dクラスから特Aクラスに編入した王女を誰が女王として認める?
いくら「今までが試験で手を抜いていた」と訴えた所で誰が信じるだろう?
そもそも貴族の規範となるべき王族の一員が試験で手を抜いた事自体、責められる事だろう。
手を抜いた理由も女王になりたくないからという、王女として生まれた義務を放棄する身勝手な理由だ。
Dクラスにいる私の親友達、ローズマリー、マリアンヌ、レベッカは、私を信じてくれている。顔の広い彼女達は、あちこちで噂を否定してくれている。
だが、それでも、不正を否定する決定的な証拠がない限り、学院の人間達は自分が信じたい事だけを信じるだろう。
「……ほんと、どうしよう?」
もう一度溜息を吐いた時、芝生を踏む足音に気づいた。
視線をそちらにやると、驚いた顔と目が合った。
「……王女殿下?」
「皇太子様?」
現われたのはラズドゥノフ帝国皇太子ピョートルだ。
光の加減で白にも銀にも見える淡い金髪、青氷色の瞳、長身痩躯の美形だ。
私と同い年の彼は、高等部からテューダ学院に留学している。
高等部一年の特Aクラスで、つい先日、私は彼とクラスメイトになった。
私の祖父、ハインリッヒ王の時代には、ラズドゥノフ帝国とあわや戦争になりかけた。結局、ハインリッヒ王が暗殺され戦争は回避されたが。
ハインリッヒ王の後、国王となった私の父、リチャード王は「貴国を攻める気は毛頭なく友好を望んでいる」と明言した。
それ以来、テューダ王国とラズドゥノフ帝国は表面上は友好を保っている。
それでも疑うのが人の心だ。
同盟関係を強固するために、同い年のラズドゥノフ帝国の皇太子とテューダ王国の王女が生まれたのを幸い帝国から王女と皇太子の婚約を打診されたらしいが、アーサーという誰よりも王配に相応しい人間と王女の結婚を望んだ国王が断った。
アーサーがいなければ、皇太子が私の婚約者になっていたかもしれない。
王女が駄目なら王子と帝国の皇女や大貴族の令嬢の婚約を考える所だが、帝国には現在皇女がいないし、アルバートと年齢の釣り合う大貴族の令嬢達が《脳筋国家》に行くのを嫌がったという話だ。
代わりに同盟の証として王族や皇族を互いの国に留学させている。留学という名目の人質にされるのだ。
現在テューダ王国がラズドゥノフ帝国に送ったのは王家の血を引く公爵令息だが、ラズドゥノフ帝国は驚いた事に皇太子が留学してきた。
皇太子には十三歳年下の異母弟イヴァンがいる。普通ならイヴァンか皇族の血を引く大貴族の令嬢か令息だろうに、皇太子は望んでテューダ王国に留学してきたという。
《脳筋国家》と揶揄されるテューダ王国だ。他国ほど学問に力を入れていない。まして、留学という名目の人質にされるのに。
なぜ、皇太子自ら望んでテューダ王国に留学しにきたのか、皆、首を傾げている。
「ごきげんよう、皇太子様」
私は立ち上がるとスカートを摘まみ上げ王女らしく完璧な一礼をしてみせた。
以前、婚約者以外の男を「恋人」にしていた王女が微妙な関係にある国の皇太子、しかも、婚約者筆頭候補だった彼と二人きりでいれば、どう噂されるか分からない。
そのまま去ろうとした私に、意外にも皇太子が声をかけてきた。
「待ってください! 王女殿下!」
「何でしょうか? 皇太子様」
どこか必死な様子で呼び止める皇太子に、私は首を傾げた。
「……噂を聞きました。貴女が、その……不正をして特Aクラスに編入したという」
「……そうですか」
微妙な関係にある国の皇太子であり、個人的にもクラスメイトになったばかりの顔見知りだ。どう答えていいか分からず私は何とも気の抜けた言葉を返した。
それをどう思ったのか、なぜか皇太子が必死に言い募った。
「私は、そんな噂、信じていません! 貴女は、そんな方じゃない!」
「……そんな方じゃないって……あなたは私の事、詳しく知らないでしょう?」
「噂を信じていない」と言ってくれるのは嬉しいが、なぜ皇太子が断言できるのかが分からない。
皇太子は驚くべき事を言い始めた。
「……アーサー殿に、婚約者に悪態を吐いた後、誰もいない所で泣きながら謝るような方が不正をするとは思えないからです」
「見てたの!?」
ロースマリーやエリオットに見られていたのだ。他の人間にも見られていた可能性は充分あった。
「……でも、黙っていてくださったのですね。ありがとうございます」
自国とは微妙な関係の国の王女だ。その私の奇行を話すのをためらっただけかもしれないが。
「お礼を言われる事ではないですよ」
「いいえ。言い触らされたら今以上に私の評判は悪くなっていたでしょうから」
まあ、不正で特Aクラスに編入したかもしれないという事で、今の王女の評判は地に落ちているのだろうが。
「……話を元に戻しますが、貴女が不正で特Aクラスに編入したのではないという噂が嘘だと証明したくありませんか?」
「それはしたいですが……でも、どうやって?」
「全校生徒や教師の前で貴女が再び飛び級の試験を受けるんです。公衆の面前での試験結果です。もう誰も貴女が不正をしたとは言えなくなるでしょう?」
もしかして、私に会えたら、それを言うつもりだった?
「……確かに。でも、なぜ、あなたがそんな提案をしてくださるのですか? あなたには何の得もないでしょうに」
なぜ、彼がそんな事を言いだすのかが分からない。
自国と微妙な関係にある国の王女が窮地に立たされようと放っておけばいいのに。
「……ただ放っておけないだけですよ」
皇太子は、ほろ苦く微笑んだ。
微妙な関係の国の王女でも困っている人間を黙って見過ごせないという事だろうか?
それは人としては美質だと思うが、皇太子としての彼を苦しめるのではないだろうか?
いざとなれば、肉親でも切り捨てなければならないのが王侯貴族なのだから。
「あ、でも、全校生徒の前での試験では緊張して実力が出せなくなるかもしれませんね」
「それで実力が出せないなら、私はそれまでの人間という事です」
いずれ女王になれば、民衆の前で演説する事態になるかもしれない。
公衆の面前での試験くらい何て事ない。




