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6 婚約者の本性

 アーサーが妾妃(メアリー)以上の食わせ者?


 そんなのありえない。


 その美しさを《鈴蘭》に讃えられている妾妃メアリー。


 彼女は、まさに鈴蘭のような女だ。


 可憐な鈴蘭が毒を持っているように、妾妃も見かけ通り女ではないのだから。


 儚げな印象の絶世の美貌。誰をも魅了する微笑み。


 だが、それらからは考えられない怜悧な頭脳と冷酷で冷徹な心で平然と他人を陥れる。


 確かに、アルバートの言う通りアーサーは私に自分の全てを見せていないかもしれない。


 いつもいつも邪険にしか接してこない婚約者(わたし)相手に心を許せるはずがないのだから。


 文官の最高位、宰相のペンドーン侯爵家。武官の最高位、将軍のウィザーズ侯爵家。


 その二つの血が融合したアーサーは文武両道、冷静沈着でカリスマ性もあり、まさに「王」に相応しい。


 そんな彼が食わせ者?


 アルバートの勘違いとして思わなかった私だが……数時間後、嫌というほど弟の言葉を思い知らされる事になる。





「本当に姫様の御髪(おぐし)は、さらさらしていて梳きやすいですわ。私の髪は絡まりやすくて」


 寝間着を着て鏡台前の椅子に座っている私の髪を梳きながら、ケイティは、いつも同じ事を言う。


 ケイティの栗色の髪は少し癖毛で柔らかそうで艶やかで綺麗だと思うが彼女曰く「絡まりやく」髪の手入れには苦労しているようだ。


(……私は、あなたの髪質のほうが羨ましいわ)


 私はケイティの言葉を聞いてない風を装いながら心の中だけで呟いた。髪色こそ違うが彼女の髪質は王妃と同じだからだ。


 私と同じ黒髪の直毛でも国王と弟の髪質は細く硬い。


 だが、私の髪質は細く柔らかい。……あの女(・・・)と同じだ。


 髪質だけではない。この耳の形や白く華奢な手まで、あの女(・・・)譲りだ。髪色は違うし顔も似ていないというのに、こういう些細な所が似ているとは……仕方ない事とはいえ全く忌々しい。


 不快な気持ちを振り払おうとしている私に、ケイティが「あの」と遠慮がちに声をかけてきた。


「どうした?」


 いつもなら就寝の支度(入浴の手伝いや髪を梳いてもらったりだ)が終われば、ケイティは「失礼します」と一礼して部屋を出て行く。こんな風に声をかけられたのは初めてだった。


 少し前までは三人の侍女が王女(わたし)の身支度を整えていた。王女の侍女達の中で一番年少のケイティは押しつけられたのか、今では彼女一人が王女(わたし)の世話係だ。


 本当は身支度くらい一人でできるのだが、侍女達の仕事を取る事になるし、何より高慢で手のかかる王女、将来の女王に相応しくないと思われたいので、やってもらっている。


 どの侍女も仕事に手を抜いたりはしない。さすがは王女付きに選ばれた侍女達だ。けれど、高慢な王女として振舞っている私の自業自得なのだが、そんな王女(わたし)に仕えなければならない不満が態度の端々に表れていて正直、侍女達が傍にいると落ち着かなかった。何度「一人でやるから下がって」と言いそうになった事か。


 ケイティも内心では一人で高慢な王女(わたし)の世話をするのが不満なのだろうが、それを一切表に出さず丁寧な仕事をしてくれている。ケイティには申し訳ないが世話係は彼女一人がいい。そのほうが、ずっと落ち着ける。


「……誕生日のパーティーで妊娠していると仰ったそうですが……なぜ、そんな嘘を?」


 意を決した顔で尋ねてきたケイティに、私は表情ひとつ変えずに答えた。


「嘘ではない」


「嘘です。だって、姫様の月の物は三日前に終わったばかりですもの」


 ……さすがは私の世話係の侍女。ばれないようにしていたつもりだが無駄だったようだ。


「……何が言いたい?」


「ばらされたくなければ、お金を寄こせ」とでも言うつもりか?


「もっと別のやり方があったはずです。あんな下劣な男の恋人になった上、妊娠したとまで嘘を吐いて……姫様が、ご自分を貶めてまで婚約破棄する価値など、あの男(・・・)にはないです」


 ケイティは大きな栗色の瞳を潤ませて切々と訴えてくる。


「……あなた、何言って」


 数秒後、ようやく出た私のかすれた声は外の騒ぎにかき消された。


「おやめください!」


「王女様は就寝の支度に取りかかっています!」


「御用がおありなら、どうか明日お出で下さい!」


 こちらに来る誰かを侍女達が押し止めようとしているようだ。


「……誰だ? 妾は、こんな時間に人と会う約束などしていないぞ」


 現在午後九時。


 約束している相手なら侍女達が押し止めるはずないが、こんな時間に会わねばならない相手など私にはいない。


 私は夜更かしなど滅多にしない。ケイティに就寝の支度をしてもらった後、読みかけの本を少し読んで寝るのが定番だ。


「見て参りましょう」


 ケイティが扉に向かう前に外から乱暴に開かれた。


 そこにいたのは――。


「……アーサー?」


 私の婚約者、アーサー・ペンドーンだった。


 アーサーの後ろで侍女達が困惑顔で立ち尽くしている。いくら婚約者とはいえ、こんな時間に約束もなしに来るのは彼らしからぬ行動だ。侍女達が困惑するのも無理はない。私だって驚いている。


 私と目が合うとアーサーは、ほんの少し動揺したそぶりを見せた後、目をそらした。


 今の私は寝間着姿で長い髪は梳き流し化粧もしていない。全く無防備な状態で彼と対峙しているのだ。


 彼と対峙する時は高慢な王女と思わせるために、きつく見える化粧を施し完璧で隙のないドレス姿だった。普段の私とは違いすぎる姿に、さすがに冷静なアーサーも動揺したのか?


 ケイティが私を隠す位置に進み出た。


「アーサー様、婚約者とはいえ女性の部屋に無断で入られるのは無礼ではありませんか?」


 王女の侍女とはいえ、ケイティは平民だ。王女の婚約者であり宰相令息であるアーサーに対して随分強気な発言だ。


 それに、私を庇う言動が意外だった。侍女という仕事柄、王女(わたし)を庇っているだけなのかもしれないが。


「お前に用はない。出ていけ」


 アーサーはケイティに冷たい一瞥をくれた。それだけで大抵の人間は逃げ出すだろう。整い過ぎた容姿に相応しいカリスマ性を持つ彼は何気ない視線ひとつにも他者を圧倒する迫力があるのだ。


 だが、ケイティは高慢な王女(わたし)の言動に何ひとつ動じない胆力の持ち主。


「出て行かれるのは、あなたのほうです。アーサー様。姫様に御用がおありなら明日出直してきてください」


 ケイティは私が感心するくらい冷静に切り返した。


「出直してこなくていい。妾は、お前と話す事などない」


 ケイティに続けて私は言った。


「どうせ、お父様から何か言われて来たんだろう? 他の男に婚約者(わらわ)が寝取られたのは、お前にも隙があったとか。二度とそんな事が起きないように妾を躾けろとかな」


 国王の命令ならば婚約者(わたし)が他の男の子を孕んでも(実際は違うけど)構わず婚約継続するアーサーだ。こんな時間に約束もなしに来たのは国王に何か言われてとしか思いつかない。


「陛下は、そんな事仰いませんでしたよ。私が貴女と結婚できさえすれば、貴女が愛人や私以外の男の子を持とうと、どうでもいい感じでしたね」


 確かに、国王はアーサーを「王」にしたくて王女(わたし)の婚約者にした。


 ……(わたし)の事など、実際どうでもいいのだ。


(……分かっていた事じゃない。私だって、あんな男、どうでもいいんだから。こんな事くらいで傷ついたりしない)


 ……分かっている。そう自分に言い聞かせている事自体が私が今傷つている(あかし)だと。


「だが、私にとっては、どうでもいい事ではないので」


「え?」


 アーサーから聞けるはずがない科白だった。それをさらりと言われたので、私の頭は、すぐに彼の言葉を受けつけなかった。


「だから、来たんですよ。仕事(・・)を片付けていたら、こんな時間になってしまいましたが、明日まで、とても待てないので」


 この時の私はアーサーが「仕事」という言葉に妙な含みを持たせている事に気づかなかった。彼の些細な言葉よりも、彼の凄まじい気迫のほうに気を取られたからだ。


 アーサーが私に近づく。優雅な足取りなのに、まるで獲物を追い詰める肉食獣のようだ。そう、彼は今この上なく怒っている。それに、ようやく私は気づいた。一見冷静に見えても抑えきれない怒りが凄まじい気迫となって表れているのだ。蛇に睨まれた蛙の気分で私は動けなくなった。


「アーサー様! お下がりください!」


 アーサーは私の前に立つケイティを突き飛ばすと私の腕を摑んで強引に立ち上がらせた。


「ケイティに何をする!」


 アーサーの行動は異常だ。この時間に約束もなしに現れた事自体そうだが女性を突き飛ばすなど彼らしくない。


 この国は「脳筋国家」と揶揄されている。他国のようにレディーファーストなどありえない。男性が女性に敬意を払うのは、その女性の武術の腕が優れている場合のみだ。


 そんな中で、アーサーは決して女性に乱暴な真似はしなかった。高慢な婚約者の私に対してすら丁寧に接してきたくらいだ。……私が婚約者だからというよりも王女だったせいかもしれないが。


「放せ! 放せと言っている! 聞こえないのか!?」


 いくら私が喚いても振りほどこうとしても私の手を摑むアーサーの手は外れなかった。彼は強引に私を引きずったまま寝室に通じる扉に向かおうとする。


「アーサー様! 姫様をお放しください!」


 ケイティがアーサーの腕に取りすがり必死に言い募ってくれる。


 開いたままの扉の向こうでは侍女達が、どうしていいか分からないという顔で立ち尽くしている。無理もない。身分を抜きにしても絶大なカリスマ性を持つ彼は無意識に他人を従わせてしまう。普段でもそうなのに、今の彼は怒りで威圧感が倍増している。


 そんなアーサーに物申せるケイティは、やはりすごい胆力の持ち主だ。だが、侍女達はケイティではない。アーサーを、どうにかできるはずがないのだ。


 アーサーは煩わし気な視線をケイティに向けると長身を屈め小柄な彼女の耳元に口を寄せ何事か囁いた。私には聞こえなかったが途端にケイティは固まった。


 その隙にアーサーは私を連れて寝室に入っていった。















 

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