53 俺の真実(国王視点)
先代の国王ハインリッヒ・テューダは、テューダ王国史上最多になるほど妾妃がいて、公式に知られている子供だけでも二十人はいた。
《脳筋国家》と揶揄されるテューダ王国は、どの国王の時代でも戦争に明け暮れていたが、ハインリッヒが戦争を仕掛ける理由は、併呑した国の美しい王侯貴族の女性達を手に入れるためだと言われていた。
確かに、ハインリッヒは若く美しい女性が好きだが、彼の夢は大陸統一だ。その過程で美しい王侯貴族の女性達を手に入れているに過ぎない。
ハインリッヒの最初の王妃は、北の大国、ラズドゥノフ帝国の皇女エレオノールだ。彼女との間に儲けた双子の姉弟、姉はリズメアリ、愛称はリズ。弟はリチャード、愛称はリックだ。
エレオノールが亡くなった十年後、双子が十五歳の時、ハインリッヒは二度目の王妃アリエノールを娶った。アリエノールもラズドゥノフ帝国の皇女でエレオノールの姪、双子の従姉だ。
元々、アリエノール皇女はリック王子に嫁ぐ予定だったが、その優れた戦術で周辺諸国を併呑していくハインリッヒに脅威を抱いた帝国が同盟の証としてアリエノール皇女と政略結婚させたのだ。
テューダ王国は最も優れた王族が次代の王になる。長兄であっても、王妃との子供であっても、確実に王位に就けるとは限らない。
帝国の後押しがあれば、リックが次代の王になれるだろうが、彼らは未来ではなく今現在の脅威を対処したかったらしい。
アリエノール皇女を親子ほど年の離れたハインリッヒの元に嫁がせ、生まれたのが――。
俺は形式上は、前国王ハインリッヒと二度目の王妃アリエノールとの間に生まれた息子だ。
けれど、真実は違う。
リックとリズメアリは、双子の姉弟でありながら……愛し合っていた。俺は双子の姉弟の禁断の交わりの結果生まれてきた不義の子供なのだ。
俺もリズ(娘)とアルバートと同じで胎児の頃からの記憶がある。だから、最初からこの事は知っていた。
妊娠に気づいたリズメアリは世間的には自分が死んだ事にして、こっそりと俺を産み落とした。禁忌の結果であっても、愛する弟の子を葬り去るなど彼女にはできなかったのだ。
王妃アリエノールとリズメアリの出産時期が同じなのをいい事に、リズメアリとリックは、俺とアリエノールの子を取り替えようと画策した。二人によると我が子を日陰の身にするのが耐えられなかったらしい。
アリエノールの子は死産だった。長時間の壮絶なお産で彼女は一時間ほど気絶していた。さらには、彼女の出産に携わったのは、リックの息のかかった者達。アリエノールには、その事実を伏せ、赤ん坊の俺を彼女の子として差し出したのだ。
アリエノールは自分の夫となるはずだったリックを愛していた。だから、息子(だと思っている)の俺に、彼と同じ名前「リチャード」と名付けた。……俺が本当は愛する男の息子だとも知らずに。
俺の真実の父親、形式上は俺の異母兄、ハインリッヒ王の長子であるリックは、王族特有の黒髪紫眼の美丈夫で文武両道、まさに王になるために生まれてきたような人間だった。
何事もなければ、リックこそが次代の国王になるはずだった。
ハインリッヒは、その天才的な戦術と優秀な将軍達のお陰で領土を拡大していた。
けれど、戦争ばかりする国の国民に安らぎなどない。息子を夫を父親を徴兵され、戦争で失う国民の嘆きや不満も高まっていた。
「テューダ王国は充分強大な国になりました。戦争で国民は疲弊しています。国内に目を向けるべきだ」
戦争で疲弊する国民の姿に、そう進言したリックだが国王の不興を買ってしまった。
ハインリッヒは根っからの武人だ。歴代の王がそうであるように、彼もまた文ではなく武で国を治める人間だった。生涯を戦いの中で生きると決めた彼にとって長男の進言は煩わしいものでしかなかった。
拗れた親子関係は、最後には父王が息子に刺客を送るまでになった。
王になる王族以外、殺されてしまうテューダ王国王家。
そのため、父王からだけでなく弟妹からも常に命を狙われていた。
だのに、リックは送られてくる刺客に対処するだけで、彼らの雇い主である父王や弟妹を殺そうとはしなかった。
人として最大の禁忌を犯したくせに、なぜ、肉親を殺すのをためらうのか、俺には理解できない。
元々、リックは、リズやシーモア伯爵が望むようにテューダ王国の改革を願っていた。
父親や弟妹を殺して王位に就いても意味がないと思ったらしいが、俺に言わせれば「甘い」としか言い様がない。
改革には力が必要だ。そのためには、王になるしかない。
兄弟姉妹を殺さずに王に就きたいという願いと矛盾していようと、今はまず邪魔な父親と弟妹を「始末」すべきだのに――。




