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52 真の共犯者(国王視点)

「子供達とは言いたい事を言い合えただろうから、退出させて構わないな?」


 俺はベッツィ、いや、王妃の返事も待たず、半ば強引にリズとアルバートを部屋から追い出した。


「わたくしも退出したほうがよろしいですか?」


 子供達(リズとアルバート)に聞かれたくない話を始めるから無理矢理追い出したのが分かったのだろう。妾妃が気を利かせたつもりか言った。


 王妃が縋るような眼差しを妾妃に向けた。いつもだったら、彼女がこの世で一番嫌いな妾妃(おんな)に、こんな眼差しを向けるなどありえないのだが、それだけ今、俺が発散している怒気に気圧されているのだろう。


 そう、俺は今この上もなく怒っているのだ、王妃に対して。


「いたければいればいい。ただし、ここで起こった事、会話した事は、他言無用だ」


「言い触らせば、お前の命はない」と言外に告げると、妾妃は神妙な顔で頷いた。


「……わたくし、空気に徹していますわ」


 おとなしくなった妾妃に構わず、俺は王妃に向き直った。


 王妃は、びくりと震える。


 リズの下手くそな演技にすら気づかない脳筋な王妃ですら気づいたのだ。国王として、あえて威圧的な態度で人に接してきた。けれど、彼女に対してだけは、できるだけ柔らかな言動を心掛けてきた。それが、今、他の人間に対するのと同じどころか、それ以上の厳しさを見せている。


「――残念だよ、ベッツィ」


 俺は同じ言葉を繰り返した。


 本当に残念だ。


 やはり神など全く信じていない俺が祈るだけ無駄だった。万が一、神が存在しているとしても、()()()()の願いなど聞き届けるはずがないのだ。


 だって、俺は――。


 今は感傷にふける時じゃないと意識を現実に戻すと、俺は王妃を見据えて、はっきりと言った。


「君がリズを実の娘ではないと知っても愛してくれる事を期待していた」


「陛下?」


 俺の言葉が意外だったのか、王妃は目を瞠った。


「いくらあの子が偽りの姿で君に接していたとしても、君を『母』と慕う気持ちだけは真実(ほんとう)だった。十六年も、あの子を『娘』として慈しんだのに、実の娘ではないと知った途端、簡単に消える程度の愛情(おもい)だったんだな」


「貴方も妾を責めるのですか!? 妾は子を取り替えられた被害者なのですよ!?」


 俺の怒気に気圧されていた王妃も責められた事で感情が爆発したらしい。


「被害者? 間違えるな。一番の被害者は、リズとアルバートだ」


 王妃とは対照的に、俺は冷静に受け答えした。


「なぜ、俺が子供の取り替えを黙認していたと思う?」


 俺の突然の質問に、王妃は首を傾げた。本気で答えが分からないのだ。


「お前の取り巻きが殺させたのは、妾妃(これ)の息子であり()()()()だ。俺が息子(ヘンリー)の死を悲しまなかったと、憤らなかったと、少しでも考えなかったのか?」


 王妃は息を呑んだ。初めて、()()()に思い至ったのだ。


 確かに、俺は亡くなった子供達の死を悲しむ姿を人前では見せなかった。生きている(リズ)息子(アルバート)に対しても、父親としての愛情を態度で示した事もなかった。


「国王は我が子達に対して父親としての愛情がないのだ」と、そう周囲に思われても仕方ない。


 身内を手に掛け、()()()を犠牲にしてまで就いた王座だ。俺は、いついかなる時でも「国王」であろうと誓った。


 息子(ヘンリー)を突然死に見せかけて殺されたのだと知っても、私怨だけで、それを指示した王妃の取り巻きとその家族を断罪する事ができなかった。


 そんな不甲斐ない俺の代わりに妾妃が息子の復讐のために動いた。


 王妃は何も知らない。彼女の取り巻きが勝手にした事だ。それでも、王妃として取り巻きを管理できなかった彼女にも非はある。


 子供を取り替えられた王妃は確かに被害者だ。けれど、その原因にもなったのだ。


「……貴方が子供の取り替えを黙認したのは、妾に対する復讐なのですね」


 脳筋の王妃も、ようやく()()に思い至ったようだ。


妾妃(これ)の真の共犯は、リズとアルバートじゃない。()()


「知っていて黙っていた自分も共犯だ」と、あの子達は言ったけれど、違うのだ。


 愛する女(メアリー)が非難される事態を避けたいアルバート。


「母」の愛を失う事を恐れていたリズ。


 どちらも言えなかっただけだ。


 妾妃の共犯者は俺だけだ。


 だから、「子供を復讐の道具にした」と責められるのは、妾妃だけでなく俺もなのだ。


「父親」である前に「国王」だからというだけじゃない。子供の取り替えを黙認した()()()()、俺もまた、あの子達の「父親」ではなくなった。


 ……あの子達に生物学上以外で父親だと思われないのは仕方ないのだ。


「君は俺を国王としてではなく一人の男、リチャード・テューダとして愛してくれた。だから、俺も一人の男として君を愛した。


 けれど、俺は君と妾妃の『夫』である前に、リズとアルバートの『父親』で、さらにその前に『国王』なんだ。


 一人の男として愛されなくても俺は生きていけるけれど、あの子達の父親、さらには、国王でなくなれば生きていけない」


「……陛下?」


 王妃の顔を見れば、俺が言っている事が完全には理解できていないのが分かる。


「君が今まで通り、リズを娘として慈しんでくれるのなら、俺も変わらず君を愛した」


 愛してくれるから愛した妻と愛したいから愛する娘。


 どちらが大切なのか、比べるべくもない。


「だが、リズの君を『母』として慕う想いを、今までリズを娘として慈しんでいた想いを切り捨てるなら俺も君を切り捨てる。俺の娘(リズ)を切り捨てる君など俺にはもう必要ない。


 (リズ)の事だけじゃない。俺の国王としての領域にまで口を出した。『自分の息子であるアルバートを次代の国王にする』と言い放った。到底許せる事じゃない」


 ここまで言われて、ようやく王妃も理解したようだ。


「なぜです! 妾が実の娘ではない、それもよりによって、妾がこの世で一番嫌う女の娘であるリズを切り捨てて何がいけないのですか!? この女だって!」


 王妃は宣言通り「空気に徹している」妾妃に指を突き付けた。


「子供を取り替えたくせに、妾の息子であるアルバートに全く愛情を注いでないではありませんか! だのに、どうして、妾だけ切り捨てるのですか!?」


 王妃の言う事も尤もではある。


 妾妃は子供を取り替えるという「罪」を犯した上、取り替えた子供(アルバート)に全く愛情を注がなかった。


「妾妃は切り捨てず、なぜ子供を取り替えられた被害者である自分だけを切り捨てるのか!?」と王妃は理不尽に思っているのだろう。


「確かにな。君などよりも、この女のほうが、ずっと質が悪い」


「だったら」


 俺が考えを変えると思ったのか、王妃の顔には喜色が浮かんだ。


「でも、国王である俺には、君などよりも、ずっと必要な人間だ」


 一人の人間として見れば、アーサーと同じで傍に置きたくなどない。


「言っただろう? 俺は何よりも国王である事を優先する。そのためなら、どんな質の悪い人間でも重用する」


 妾妃()だからではない。


 俺の娘(リズ)を産んだ母親だからでもない。


 この女の怜悧な頭脳や冷徹で冷酷な心が国王である俺には必要なのだ。


 呆然としている王妃に、追い打ちをかける。


 君の中の最後の支えになるだろう俺への(おもい)を無残に打ち砕く。


「俺が、君が愛する夫が、どんな人間か教えてやろう」


 今まで自分がどんな男を愛したのか、知って絶望するといい。





 









 


 



















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