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5 異母弟アルバート

 予想通りといおうか、私は国王から謹慎を命じられた。


 それを伝えにきたのは国王の侍従ではなく異母弟のアルバートだった。


「王子が侍従の真似事か?」


 王妃が去ってしばらくした後、アルバートはやってきた。


「私が伝えに行くと言ったのですよ。姉上」


 二か月後の誕生日になれば十五になる私の異母弟。母が違っても私達は父親似なので、そっくりだ。同じ黒髪紫眼。異性になった自分を見ているようだ。


 顔は似ていても長身で逞しい国王は精悍な印象だが、今はまだ中背で痩身なアルバートは儚げな印象の絶世の美少年だ。


 だが、その容姿を侮った人間は痛い目を見るのだ。伊達に、あの妾妃の「息子」をしている訳ではない。


「私に話があってきたの?」


 紅茶とお菓子を持ってきてくれたケイティには、アルバートと二人きりで話したいからと、しばらく誰も部屋に近づかないように命じておいた。アルバートと二人きりの今の私の一人称は「私」だ。


 妾妃やアルバート相手に王妃の真似をしても無意味なため素の話し方になる。


 生まれた時からの付き合いだのに、妾妃とアルバートは私という人間を見抜いているのに、国王と王妃は私の演技に気づかない。それは、きっと私に興味がないからだ。


 国王にとって私とアルバートは我が子ではなく王女と王子なのだ。王位継承権を持つ者達。自分の兄弟姉妹(きょうだい)を殺して王位に就いた男だ。いつ、自分の子供(わたし)達に寝首を掻かれるか不安なのだろう。常に国王の部下に監視されているのを私もアルバートも気づいている。


 それを悲しいとは思わない。国王が我が子(わたし)達を何とも思っていないように、私にとっても国王はどうでもいいのだ。でなければ「クソ親父」などと言わない。


 王妃()の愛を失う事を思うと胸が痛むのに、国王()に愛されない事に対して何とも思わないのは、父親と母親の違いだろうか? 


 王妃は彼女なりに私を愛してくれてはいる。だが、それは、(わたし)が愛する夫である国王に似ているからだ。私の表面しか見ていないのだ。……私という人間を理解して愛してくれている訳ではない。


「そうです」


 アルバートは紅茶を一口飲んで頷いた。この国では暗殺は日常茶飯事、毒殺など常套手段だ。父親を同じくする姉弟でも私達は王位を狙う敵同士。世間では、そう思われている。敵地で敵が用意した物を飲食するなど普通ならありえない。


 だが、アルバートは分かっているのだ。私が決して彼を殺さない事を。


 アルバートの事は嫌いではないが肉親の情は抱けない。それでも、たった一人の弟だ。周囲が彼の死を望んでいるとしても、私は殺さない。


 幸いというべきか、「高慢な王女」として振舞っている私は侍女達に敬遠されている。侍女達が王女(わたし)のためだと勘違いして王子(アルバート)を殺す事はありえない。


 お陰で、侍女達がアルバートのために、お茶を用意する時も警戒せずにすんでいる。


 ――主の気持ちを忖度したつもりになって勝手な行動をする部下など敵よりも厄介だわ。


 妾妃の言葉を思い出す。


 自業自得とはいえ身近にいる侍女達とすら親しくなれないのは悲しいが、異母弟(アルバート)を殺す事が王女(わたし)のためだと勘違いされるよりは、敬遠される主のままでいたほうがいい。


 アルバートだって私を殺さない。私を姉として慕っているからではない。彼も私と同じだ。私を姉と認識していても肉親の情はない。


 それでもアルバ―トが私を殺さないのは彼も私同様、王位に興味がないからであり、何より――。


 ――わたくしなりに、あなたの幸福を願っているのよ。


 見かけと違って腹黒い女だ。誰をも魅了する微笑みで平気で嘘を吐く。


 だが、あの言葉は嘘ではないと分かってしまう。


 嘘ならばよかった。


 嘘だと思い込めればよかった。


 そうすれば、あの女を嫌う事に罪悪感を抱かずにすんだのに。


 ……どれだけ反発しようと、私は、あの女の「愛」に守られているのだ。


 アルバートにとって唯一無二の存在である妾妃は彼女なりに私を愛している。


 だから、アルバートは私を殺さないのだ。


「あんな嘘を吐いてまで婚約破棄を宣言するとは、正直、驚きました」


 妾妃から聞いたのか、アルバートは、すでに私の妊娠が嘘だと知っている。


「私に説教しにきたのなら聞くつもりはないわよ。帰って」


 自分がどれだけ愚かな行動をしているかは、よく分かっている。誰に説教されても腹が立つが、特に、この異母弟相手では余計にだ。


 私と同じ「真実」を知っているくせに、元凶となったあの女(・・・)を憎むどころか慕っている異母弟が裏切り者に思えて仕方ないのだ。私の勝手な感情だと分かっている。姉弟であっても違う心を持つ人間なのだから。


「私が言うまでもなく、貴女はご自分の行動が、どれだけ愚かか自覚されているでしょう」


 ……説教されるより応えた。


「……やっぱり帰ってちょうだい」


 げんなりした顔で言う私の言葉をアルバートは無視して話を続けた。


「貴女はアーサーを愛しているのでしょう。彼と結婚できるのなら女王の重責くらい背負ってはいかがですか?」


「……あなたには理解できないだろうけれど、アーサーと結婚できても、女王になるのは絶対に嫌」


 アルバートは真実愛している女性とは絶対に結婚できない。


 政略でも愛する男性(アーサー)と結婚できるのに、それをわざわざ壊そうとする私は、アルバートにとっては理解不能で何より腹立たしいのだろう。


「確かに、貴女は聡明だが女王には向かない」


(……私が愚かだと言ったその口で聡明だと言うのね)


 私は内心おかしかった。


 何にしろ、私が女王の器でないのは確かなので、アルバートの言葉に怒りはしない。


「そして、私は王の器ではない。だから、貴女と結婚できなくても、アーサーが王になるのが一番いいのだが、今のこの国では、それは無理でしょう」


 このテューダ王国では王子や王女でなければ次代の国王にはなれない。


 アーサーが私とアルバートより王となるのに相応しい資質と王家に近い血を持っていても、王子でない彼は王女(わたし)と結婚しない限り「王」にはなれないのだ。


「だから、あいつ(・・・)は、何が何でもアーサーを王女(あなた)と結婚させようとしているのでしょう。貴女が婚約者(アーサー)以外の男の子を孕んだと言ってもね」


 アルバートの言う「あいつ」とは国王の事だ。さすがに人前では「父上」や「陛下」と呼ぶが、私と妾妃の前では「あいつ」や「あの男」呼ばわりだ。弟も私同様、父親など、どうでもいいのだ。


「私もアーサーが『王』になるのは賛成よ。そのために、私と結婚しなければならないのが問題だけど」


 アルバートはカップを口元に運んだ。


「何が問題ですか?」


 アーサーは「王」になり、私は愛する人と結婚できる。


 アルバートにとっては何が問題なのか全く理解できないのだろう。


「アーサーは私を愛していない。義務感だけで結婚するのよ」


「ぶっ!」


 アルバートは飲みかけの紅茶にむせた。


「アルバート! 大丈夫!?」


 ごほごほ咳き込む対面のソファに座る弟に駆け寄ろうとする私に彼は手を上げて制した。


「……大丈夫です。姉上」


 何とか落ち着きを取り戻した弟は、信じられないという顔で私を見つめた。


「……本気で仰っているのですか?」


「何が?」


「……アーサーが貴女を愛していなくて、義務感だけで結婚するという話です」


「……出会った時から嫌われる態度しかとらなかった。こんな私を好きになってもらえるはずないじゃない。いくら『王』になれるからって、こんな私を妻にするアーサーが可哀想だわ」


 今更、この仮面は外せない。


 アーサーと結婚しても、私は今と同じようにしか振舞えない。


「……だからって、アーサーが愛人を作るのなんて耐えられない」


 家同士の結びつきで結婚する王侯貴族だ。よほどのスキャンダルを起こさない限り、妻も夫も愛人持つ事を周囲は黙認する。


 アーサーは結婚後、十中八九、愛人を持つだろう。誰だって身分と外見だけが取り柄の高慢な(わたし)より優しい女性のほうがいいに決まっている。アーサーは身分を抜きにしても素晴らしい男性だ。妻になれなくても愛人でもいいという女性は、いくらでもいるだろう。


 それが王侯貴族の当然の姿だとしても……アーサーが私以外の女性に触れるなど耐えられない。


「……アーサーを愛しているっていうわりには、彼の事を、まるで分かってないんだな」


 アルバートは呆れた顔をしていた。


「……まあ確かに、人が他人に見ているのも、他人が人に見せているのも、その人の一面に過ぎないからな。貴女がアーサーに自分の本当の姿を見せまいとしているように、アーサーだって自分の全てを貴女に見せてない。それで、彼を理解しろというのは酷かもしれないが……」


 アルバートは、しみじみと呟いた。


「……同じ男として、彼に同情する」


「アルバート?」


「どういう意味?」と私が問いただす前に、アルバートは扉に向かった。


「アーサーはメアリー以上の食わせ者ですよ。姉上」


 そう言うと、アルバートは応接間から出て行った。






































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