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49 弟の憤怒

「いいから叩き起こせ!」


 弟の怒鳴り声が聞こえた。少年である彼の声は国王よりは若々しいが、やはり親子だけあって国王に似た美声だ。


 アーサーほどではないが王子である彼は同世代の少年よりは、ずっと落ち着いている。だのに、今は感情の昂ぶりを隠そうとしていないのは声だけでも伝わってくる。


「落ち着いてください! 王子様! 姫様は昨夜なかなか寝つけなかったのです!」


 ケイティが怒っている(たぶん)王子(アルバート)相手にも果敢に言ってくれるが、アルバートは取り合わない。


「寝つけなかったのは自業自得だ! お前達ができないというのなら、私が姉上を叩き起こしてやる!」


 アルバートは有言実行するつもりらしく蹴破るような勢いで寝室の扉が開かれた。


「……おはよう。アルバート」


 さすがに、こう騒がれては寝ていられない。


 私は寝台の上に半身を起こした格好で、弟で王子とはいえ王女(わたし)の寝室に突撃するという最大の無礼を行ったアルバートを迎えた。


 予想通りといおうか、弟は憤怒の形相だった。いつもは国王に似た顔ながら華奢な体格と優しげな表情で国王(父親)との相似を感じさせないのだが憤怒で周囲を威圧する様は、アーサーのカリスマ性とは違うが覇気に満ちた国王にそっくりだった。


「……起きられたのなら着替えてきてください。話があります」


「叩き起こす!」と息巻いたものの、さすがに寝間着姿の姉とはいえ女性相手と会話するほど紳士としての礼儀は忘れていないらしい。アルバートは寝室から出て行った。


 私は溜息を一つ吐くと、開いた扉からこちらを心配そうに覗いているケイティをはじめとした侍女達に声をかけた。


「アルバートに紅茶やお菓子を用意してあげて。私もすぐ行くから」


 時計を見ると九時を示している。いつもより、ずっと遅い起床だ。ケイティが言っていた通り、寝つけなかったのだ。……王妃に「真実」を告白した事で。


 弟の言う通り、自業自得だ。





 寝間着からドレスに着替えた私は、弟が待っている応接間に入った。


 弟が突撃してきた理由は一つしか考えられないため、侍女にはしばらく応接間に近づかないように命じている。


 ソファに座った弟は未だに憤怒の表情で腕組みし、せっかく侍女達が用意してくれた紅茶やお菓子にも手を付けていない。別に毒殺を心配しているのではなく、とても飲食する気がおきないからだろう。


「……妾妃から聞いたのね。私が王妃様にお話しした事」


 普段穏やかな弟が憤怒を露にし、姉を叩き起こそうとする彼らしくない行動をした原因は、()()以外考えられない。


「……本当は昨日、それについて貴女とお話したかったのですが、メアリーに止められました」


 弟は妾妃には逆らえない。一刻も早く私を問い詰めたかっただろうが、妾妃に止められたので翌日に持ち越したのだ。


 王妃に「真実」を明かした上、妾妃と話した事で精神的にかなり疲れた。とても弟の相手までできなかったので、止めてくれた妾妃には一応心の中で感謝した。


「……最初は王妃殿下に『真実』を明かして出奔するつもりなのかと思いました」


 けれど、(わたし)は今も後宮にいる。出奔する気配はない。私のその行動をアルバートは訝しんでいるのだ。


「……数日前までは、そのつもりだったわ」


 エリオットと話しているうちに、大切な人達を苦しめてはいけないと思い直したのだ。


「でも、思い直したのでしょう? まさか」


 アルバートの私に向ける目には呆れが含まれていた。


「王妃殿下がアーサーとの婚約を邪魔してくれると思ったから話されたのですか?」


 私は苦笑した。


「確かに、そう思った時もあったわ。おかあ……王妃様に『真実』を明かす事が、私がアーサーとの婚約を破棄できる、女王にならずに済む切り札だと」


 私が愛する国王()との間に産まれた娘だと思ったからこそ、王妃は私を慈しんだ。


 けれど、「真実」は、「誰よりも嫌っている女が産んだ娘」だったのだ。


「真実」を知った以上、王妃の私への愛情は木っ端微塵に砕け散っただろう。


 可愛がっている甥であるアーサーとの結婚、()いては女王になるなど、絶対に認めるはずがない。


 当然、国王に、私とアーサーとの婚約解消を願い出るだろうが、無駄なのだ。


 王妃がどれだけ懇願しようと、国王は私とアーサーとの婚約解消だけは認めない。アーサーを王配に、「王」にしたいのなら、唯一の王女である私との結婚が絶対条件だからだ。


 国王は王妃の事を「俺を一人の男として愛してくれるから愛している」と言った。彼なりに王妃を愛しているのだろう。


 けれど、国王は、いついかなる時でも「夫」や「父親」でななく「国王」である事を優先する。


 それを誕生日の翌日、国王と二人きりで話した時に理解したのだ。


()()が切り札にならないと分かったのなら、なぜ、王妃殿下に『真実』を話されたのですか?」


 一生後宮に、王妃の元にいるのなら、なぜ今更、「真実」を明かすのかと、アルバートは疑問に思っているのだろう。


「……あなたに事前に話さなかったのは申し訳なかったけれど、言えば、止められるのは分かっていたからね」


「……止めるに決まっているでしょう。今更、『真実』など知ったところで、何になるんですか?」


「ただ王妃や貴女が苦しむだけだろう」と言いたげなアルバートに、私はほろ苦く微笑んだ。


「……私が楽になるわ」


「真実」を、素の私を明かした事で私は楽になった。


 ……勿論、王妃を騙していた「罪」は生涯、消えはしない。実際に子供を取り替えたのは妾妃であっても、知りながら黙っていた私も共犯なのだ。


「……分かりました」


 アルバートは溜息を吐いた。今まで発散していた憤怒の気配がなくなっている。どこか仕方ないと言いたげな諦観の表情に変わっていた。


「どっちにしろ、貴女が王妃殿下に『真実』をばらしてしまった以上、いくら私が騒いでも、どうしようもできませんからね」


「……ここに来るまで、何か言われた? 私の侍女達の態度は、いつもと変わらないように思うのだけれど」


 妾妃の元部下で、最初から私とアルバートの「真実」を知っていたケイティはともかく、他の侍女達が知ったのなら、もっとこう、好奇の視線を王女(わたし)に向けてくるものだと思うのだ。王子(アルバート)(わたし)の部屋に突撃してきても、ただそれに対する困惑以上の何かを感じられなかったし。


国王(あいつ)が王妃殿下に口止めしているのでしょう。余計な事を言い触らさないように」


 隠し事ができない王妃であっても、国王に「黙っていろ」と命じられたのなら必ずそうする。王妃は、誰よりも敬愛する夫であり国王である彼にだけは逆らえないのだから。


「王妃殿下が『真実』を知ったところで、私は変わりませんよ」


 王妃が「真実」を知って自分への態度を変えたとしても、アルバートにとっての王妃は生物学上の母親でしかないのだ。


「……そうね。今更、なのよね」


 そうであっても、「真実」を明かした事を後悔はしない。
























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