40 弟の元婚約者の処遇
「……それより、王子殿下は王女殿下に話があって、ここに来たのですよね」
王子に感心されて居心地が悪いのだろう。エリオットは、あからさまに話題を変えた。
「私の話は終わりましたので、これで失礼します」
一礼して離れようとするエリオットに、アルバートが「待ってくれ」と言った。
「君も聞いたほうがいい話だ」
アルバートの思ってもいなかった発言に、エリオットだけでなく私も驚いた。
エリオットは王妃の姪の婚約者だ。王妃が毛嫌いしている妾妃の息子であるアルバートとは、お茶会や夜会で顔を合わせるくらいで、当然親しく話した事などない。どうして王子が自分に「聞いたほうがいい話」をするのか理解できず驚くのは当然だ。
「……姉上。今朝の騒動をローリゲン男爵から聞きました」
アルバートは沈痛な顔になった。
「……ああ」
私は嘆息した。娘が起こした騒動について、さっそくローリゲン男爵は王子に謝罪に来たのだろう。娘と王子との婚約破棄から始まった騒動だから。
「私もローリゲン男爵も、その場におらず人から聞いただけです。だから、申し訳ありませんが、その場にいらした姉上からエリオットに話していただけませんか?」
「……別に、エリオットが知る必要はないでしょう?」
確かに、脳内花畑娘がエリオットとリジーの浮気を暴露してくれたが、元は弟と彼女の婚約破棄話なのだ。
「……明日になれば、どうせ知る事になりますよ」
弟の言う通りだ。
怪訝そうな顔をするエリオットに私は仕方なく今朝の騒動を話した。
「チッ!……あのクソ女」
私の話を聞き終わった途端、エリオットは舌打まじりに言った。王族二人の前だというのに、思わず貴族令息らしからぬ言動が出てしまうほど、アントニア(彼の言う「クソ女」はアントニア以外いないだろう)の言動にむかついたのだ。気持ちは分かる。
「……失礼しました」
我に返ったエリオットが私とアルバートに向かって頭を下げた。
「いや、謝らなければならないのは私のほうだ。私の婚約破棄で君とグレンヴィル子爵夫人だけでなく多くの人に迷惑をかけてしまった。申し訳ない」
今度はアルバートがエリオットに頭を下げた。王子であっても自分が悪いと思えば格下の相手でも、きちんと頭を下げられるのだ。あの女の息子として育ち、なおかつ彼女を愛しているのに、まともな人間になったものだと、こういう時、感心する。
「……王子殿下が俺やリジー……グレンヴィル子爵夫人に謝る必要はないです」
悪いのは、クソ女だからとエリオットは言外に言っている。
「……こういう言い方は何だけど、貴族なら浮気は当たり前だわ。あなた達については、あまり噂にならないと思うわ」
リジーはエリオットを本気で愛している。彼女にとっては遊びではなかった。
けれど、世間では、そうとらないだろう。そして、家のために結婚する貴族なら浮気の一つや二つくらいで目くじらを立てないものだ。
だから、気にする必要はないと慰めるつもりで言った私に、エリオットは複雑な表情になった。
「……俺は何を言われても自業自得です。けれど、リジーが何か言われるのは、本当に申し訳ないです」
自分を本気で愛してくれた情人達に恥じない自分でありたいと、自分の想いに決着をつけるため王女に告白してきたエリオットだ。別れた情人でも、リジーがつらい想いをするのは耐えられないのだろう。その優しさもまたリジーが彼に惹かれた要因のひとつなのかもしれない。
「……姉上も彼女から不愉快な事を言われたのでしょう。本当に申し訳ありませんでした」
弟は私にも謝罪してきた。
「……気にしなくていいわ。……私がした事を思えば、何を言われても仕方ないもの」
婚約者以外の男の子を妊娠した(嘘だけど)私がアーサーと婚約続行出来たのは、アーサーが気にしなかったのもあるが……何より、国王がアーサーを王配に、次期「王」にしたいからだ。そのためには、テューダ王国の唯一の王女である私と結婚させるしかないのだから――。
それが、自分の都合のいいようにしか考えられない脳内花畑には分からなかったのだ。
「……彼女は出産後、戒律の厳しい修道院で生涯を過ごすそうです。……生まれた子は里子に出すそうですよ」
アルバートは淡々と元婚約者とその子供の処遇について語った。
「……そう。妥当なところね」
アントニアは王子の婚約者でありながら王子以外の男の子を身籠ったのだ。一昔前なら極刑だ。
問題を起こした貴族令嬢が修道院に送られるのは、よくある事だが、送られるのは戒律の緩い修道院であり、ほとぼりが冷める頃、社交界に復帰するのがほとんどだ。
けれど、アントニアは、この先、社交界どころか修道院以外で暮らす事も許されないのだ。
アントニアのお腹の子も、いくら貴族の血を引いていようと貴族社会では生きていけない。これだけ母親が騒ぎを起こし、何より父親が誰か分からないのだ。《脳筋国家》でも貴族である以上は血筋は重んじる。家を継ぐ大前提は、その家の血を引いているかどうかなのだ。
だから、ローリゲン男爵は実の孫であっても里子に出す決心をしたのだろう。
元々、私はアントニアが嫌いだし、その処遇も自業自得だと思うけれど――。
「……ローリゲン男爵と彼女のお腹の子は気の毒ね」
娘の育て方が悪かったと言ってしまえば、その通りだが、その人間が元々持っている資質は環境だけでは変えられないという。一概に親だけを責められはしないのだ。
「……そうですね」
アルバートは何とも言えない顔になった。ローリゲン男爵は義父になったかもしれない人で、アントニアのお腹の子は、下手をすれば自分の子になったかもしれないのだ。私よりも思うところがあるのだろう。




