38 幸せになってほしい
「俺が何を言っても、貴女自身が納得しないなら無意味ですね」
エリオットは溜息を吐いた。
「……他人から見れば分かりやすいのに、当人同士だと案外分からないものですね」
私とアーサーの事を言っているのだろうか?
確かに、妾妃も「あんなに分かりやすいのに」とアーサーについて語っていた。妾妃とアーサーは同じ種の人間だから「分かりやすく」感じているのだと思うが。
「まあ、それでも貴女方は結婚するのだから、長い年月一緒にいればわだかまりもなくなるでしょう」
エリオットは結婚さえしてしまえば全て解決すると思っているようだ。
(……結婚。結婚ね)
貴族にとって結婚は義務だ。それでも長い年月一緒にいれば家族の情が芽生えもするだろう。
私とアーサーもそうなれるだろうか?
……アーサーの為人からして、それは期待できない。自分も他人も愛せない彼が妻というだけで「特別」に想ってくれるとは思えないからだ。
愛してくれなくても、愛する男性と結婚できるなら、それで充分幸せであるはずだのに――。
「では、俺はこれで」
考え込んでしまった私に、これ以上話しても無駄だと思ったのか、エリオットがそう言って立ち去ろうとした。
「あ、待って!」
急に思いついた。
(そうだ! エリオットに相談すればいい! 彼はエリックの兄なのだから)
「まだ何か?」
呼びとめた私にエリオットは怪訝そうな顔だ。これ以上、話す事はないだろうと言いたげだ。
エリオットは誤解している。私が呼び止めたのは、私とアーサーについて話すためではない。……これに関しては、何を話し合っても無駄なのは分かり切っているのだから。
「……エリックの事で話したい事があるの」
「弟が何か?」
エリオットは少しだけ驚いた顔になった。
従兄の親友とはいえ、王女とエリックは、さして交流はない。婚約者がいる王女だ。常識のある男性なら近づいてきたりはしないのだ(……あの馬鹿は王配狙いで私に近づいて来たけど)。
その王女が弟について話す事があると言ってきたのだ。エリオットには想定外で驚くのは無理もない。
「……彼が平民の女性と結婚したいと言ったら、あなた、どうする?」
相談しようと思いつつ、エリックがまだ兄に打ち明けていないのなら全て話すのもためらわれて遠回しに尋ねたのだが――。
「ああ。ケイティの事ですね」
エリオットは、あっさりと何でもない事のように言った。
今度は私が驚いた。
「……知ってたの?」
「弟が養子にいったとはいえ全く交流がなくなる訳ではありません」
エリオットとエリックは仲のいい兄弟として有名だ。自分の恋愛についてエリックは兄に相談していたのだろう。
「エリックの選んだ女性なら俺も両親も伯父上も反対しませんよ」
エリオットが言っているのは、先程の私の質問に対する答えだ。
「……平民でも構わないの?」
「伯父上の奥方も俺の母方の祖母も平民ですから気にしません。ただ――」
そこまで言うと、エリオットは軽薄だと言われている評判とは程遠い厳しい顔つきになった。
「――辺境伯の奥方になる覚悟だけは、してもらわないと駄目ですが」
「……そうね」
エリックの身内は、ケイティでなくても彼が選んだ女性なら認めてくれるようだ。ただエリオットの言うように、貴族の奥方に、辺境伯の奥方になる覚悟だけはしておかないとやっていけないだろう。
貴族は何不自由ない生活と絶大な権力を与えられる代わりに重い責務も生じるのだ。領民の命と生活を守る義務と責任があるのだから。
特に辺境伯が与えられているのは国境の領地。いざ戦争になれば真っ先に戦わねばならないが、交易の要所ともなるため他の貴族の領地よりも栄えている。それだけに、彼らは侯爵並み、いや国によっては小国の王並みの権限を持っている。
将来、そんな辺境伯となるエリックと結婚するのなら、ただ愛し合っているだけでは駄目なのだ。辺境伯夫人として相応しい能力を示さねばならない。
聡明であるだけでなく、あのアーサーにも食ってかかるほど胆力のあるケイティなら大丈夫だとは思う。
何にしろ、ケイティの気持ちを確かめるのが先か。彼女もエリックと同じ気持ちかどうか――。
「突然そんな事を仰るということは、弟が貴女にケイティの事を打ち明けたのですね」
確認のために訊いてきたのだろうエリオットに私は頷いた。
「ええ。ケイティが自分と結婚したくない理由に、生涯王女に仕えたいからだと言ったらしいの。だから、その王女が説得すれば、結婚してくれるんじゃないかと思ったらしいわ」
「……それは、弟には可哀想ですが、弟と結婚したくない彼女の言い訳では?」
エリオットも私と同じ結論に達したようだ。
「……そうかもしれない。でも、ケイティがエリックとの結婚を拒む理由が私への不要な罪悪感ならなくしてあげたい。ケイティもエリックも想っているのなら、私の事など気にせず結婚して幸せになってほしいわ」
私には望めない相愛の男性との幸せな結婚生活を――。




