34 エリオットの告白
学院から王宮に帰って来たものの、ケイティにどう話せばいいか分からず、後宮の外れにある林に入って行った。
ここで落ち着いて考えたかったのだが――。
私のいつもストレス解消で使う樹にもたれて立ったまま眠っている人がいた。
その姿が見えるまで近づいて、私は内心(げっ!)と思った。
……今、できるだけ会いたくない人物だったのだ。
なぜ、彼がここにいるのかは分からないが、こんな気持ちのままで向き合いたくなかった。
幸い彼は眠っている。気づかれないうちに離れて――。
「――王女殿下」
くるりと背を向けた私に声がかけられた。
「……エリオット」
眠気などまるでない顔で、瞳の色以外エリックに酷似した美丈夫が、仕方なく、本当に仕方なく振りかえった私を真っ直ぐに見つめている。
「ここなら二人きりで話せると思いましたが、今日、ここにいらっしゃるかは分かりませんでした。お会いできてよかった」
エリオットは、ほっとした顔になった。
「……来るかどうか分からない私を待っていたの?」
王女の従姉の婚約者とはいえ、エリオットが一人で王女の私室を訪れるのは外聞が悪い。まして、馬鹿従弟が王女と問題を起こしたのだ。
誰にも内緒で王女と二人で話したいのなら人気のない場所で待ち伏せするしかない。
けれど、なぜ、こんな人気のない場所に王女が来る可能性があるとエリオットには分かったのだろう?
「私が勝手に待っていたので、お気になさならないでください」
いやいや気になるんだけど。
何にしろ、こうまでして私を待っていたのだ。……今、できるだけ彼に会いたくなかったが話を聞くべきだろう。
「……話って?」
「本題の前に訊かせてください。私は何か貴女を不快にさせる事をしたでしょうか?」
「は?」
エリオットの言っている事が理解できず、私は思わず間抜けな声を出してしまった。
「ここに私がいると気づいた瞬間、離れようとしたでしょう?」
……気づかれていた。
目は閉じていても眠っていたのではなく考え込んでいたのだろう。そして、その状態でもエリオットは周囲の気配にも聡く反応できるのだ。
確かエリオットは学院を卒業後、文官になったはずだが、それでもさすが武術で名を轟かせる国の伯爵令息だ。
「それはいいんです。ここは、貴女の一人になりたい場所の一つで、私でなくても先客がいては、お嫌だったのは分かります。けれど、それだけでなく、私といるのお嫌みたいだったので」
……何だか、さっきから驚く事ばかり聞かされている気がする。
「……えっと」
どう取り繕えばいいのか分からなかった。
「……ごめんなさい」
謝るしかできない。
「いや、謝ってほしいのではなく、ただ理由を知りたいだけです」
「……言えない」
そう、言えない。下手に藪をつついて蛇を出したくない。
「……あなたは悪くない。私の心の問題だから」
私がそう言うと、エリオットはしばらく私を探るように見つめてきた。
「……分かりました。では、その事は、もう追及しません」
ほっとする私に、エリオットは続けて言った。
「それでも、私の話を聞いていただけますか?」
「ええ」
来るかどうか分からない私を待ってまで聞いてほしい話なら聞くべきだろう。
そう思ったのだが――。
「最初に言っておきますが、私は馬鹿従弟とは違います。王配など絶対に望まない。将来伯爵になるのすら面倒だと思っているので。何より、命が惜しいので、あのアーサー殿と争いたくありません」
エリオットは何が言いたいのだろう?
「長々と前置きをしましたが、つまり、俺が言いたのは――」
怪訝そうな顔をする私を見据えるとエリオットは意を決したように言った。
「貴女を愛しています。王女殿下」
エリオットの口から絶対に聞きたくなかった「言葉」だった。
だから、彼を避けようと思っていたのに――。
「……さして、驚いていらっしゃいませんね」
互いに何を話していいのか分からず沈黙が支配する林の中、数秒後か数分後、エリオットが言った。
「……できれば、間違いであってほしいと願っていたけれどね」
真剣に告白してくれただろうエリオットには申し訳ないけれど、間違いであってほしかった。
もしかしたらと思っていた。
仮面舞踏会の帰り、馬車乗り場で会った時、リジーは言っていた。別れた愛する男性、エリオットには想い人がいて、その想い人に似ているから自分を情人の一人にしてくれたのだと。
……私とリジーは似ている。
――貴女は私の大事な人の大事な方。
そして、リジーのこの言葉で確信した。
エリオットの想い人は……王女ではないのかと。
間違いであってほしかった。
だって、私は――。
「……答えは分かっています。でも、言ってくれませんか? きっぱり振られて、この想いに決着をつけるために貴女に告白したのです。……貴女には、ご迷惑なのは分かっていますが」
エリオットは軽薄な男性だという噂とは大違いな真摯な顔をしていた。兄弟だから当然なのだが、そんな顔をするとエリックによく似ている。
この顔だけで、あの長々とした前置きを抜きしても、エリオットがあの馬鹿とは違い王配狙いで王女に告白してきたのではないと分かる。
……いっそ王配狙いであってくれたほうがよかった。
「……ごめんなさい。私はアーサーを愛しているの」
エリオットがなぜ突然、私に告白する気になったのかは分からないが、それでも来るかどうか分からない私を待ってまで、そして、勇気を振り絞って告白してきたのだ。
誤魔化さずに、きちんと答えるのが礼儀だと思った。……たとえ、それが彼を傷つける答えであっても。
「……ありがとうございます」
エリオットは微笑んだ。悲しそうではなく何かが吹っ切れたような清々しい微笑だった。
「私の我儘に付き合ってくださって、本当にありがとうございました」
「……聞いていいかしら?」
エリオットは満足して心が晴々したようだが、私は逆に疑問だらけで頭の中がもやもやしている。
「……私のどこが好きなの?」
エリオットは王配狙いで私に告白したのではないと明言したし、それは嘘ではないと思う。
私が将来女王になる王女だからではなく、私という一人の女が好きで告白してきたのだ。
けれど、自分で言うのも嫌だが、私のどこがいいのだ?
確かに、容姿は国王と弟に似ているので絶世の美少女だとは思う。
軽薄だという噂のエリオットだが、それは彼の一面にすぎないのだと今では分かる。あのアーサーと互角に渡り合えるほどの彼が女性を容姿だけで判断するはずがない。
「高慢で馬鹿な王女」が私の演技だと気づいていたのだとしても、だからといって、素の私に惹かれたとは思わない。
私は無責任で卑怯な人間だからだ。
宰相の言う通り、王女に生まれたのなら女王になる運命も受け入れるべきだのに、その義務を放棄しようとしている。
そして、女王になりたくなくて親しい人間相手でも素の自分として接してこなかった。……たとえ、それが、ばればれな演技だったとしてもだ。
……何より、「真実」を知りながら、あの人を二重の意味で騙し続けている。
「なぜ、私が貴女を好きになったのか知らないと、貴女のもやもやは晴れないみたいですね」
「ええ」
「私の目的は達成したから、このままお別れしても構わないのですが、貴女をずっと煩わせるのも気が引けるので、お話しましょうか」
そうして、エリオットは語り始めた。
王女を好きになったきっかけを――。
次話はエリオット視点になります。




