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3 私が落ち着くためにしている事

 自室に戻る前に私は後宮の外れにある林の中に分け入った。


 私が「本当の私」をさらけだせるのは妾妃と異母弟(アルバート)の前だけだ。けれど、そんな二人を前にしても心を許した事はない。


 そんな私が落ち着くためにしている事――。


 周囲に誰もいない事を目視や気配で確認するとハイヒールを脱ぎ捨て盛装のドレス姿なのも構わず、私は目の前の樹を蹴って喚き散らした。


「なぜ、今、婚約破棄するかって!?」


 バシッ! ドカッ!


 私の蹴りを受けて樹が大きく揺れた。


「そんなの! 決まっているじゃない! アーサーを私から一日でも早く解放したいからよ!」


 物心ついた時から好きになった婚約者。


 けれど、私は彼に対して想いとは真逆な態度をとっていた。


 そんな婚約者(わたし)に対してすら彼は常に冷静に丁寧に接してくれた。


 それは、私が従妹で婚約者だからというだけでなく……王女だからだろう。


 脳筋国家と言われるくらい、この国の貴族の大半は感情で行動する人間ばかりだが、アーサーはその中で数少ない冷静沈着に行動する人間だ。それでいて武術の腕も優れカリスマ性もある。


 ……国王は娘である私を女王にしたいんじゃない。


 アーサーを次代の「王」にしたいから王女(わたし)の婚約者にしたのだ。


 いくら彼が王家に次ぐ名家の跡取り息子でも、王子でなければ、この国の王にはなれないのだから。


 アーサーが好きだ。けれど、彼を夫とすれば、私は女王となる。それは、絶対に嫌だ。


 だから、いつもいつも彼との婚約解消を考えた。嫌われるように仕向けた。


 そんな婚約者ではなく、彼にとって最適な相手と結婚してほしかった。


 ……それで、私の胸が痛んだとしても構わない。


 アーサーが幸せならば、それでいい。


 だから、早く私から解放してあげたかった。


「クソ親父! そもそもあんたが国を改革してくれれば、私もアーサーもアルバートも、いらん苦労をせずにすんだのよ! 自分の兄弟姉妹(きょうだい)を殺しまくってまで国王になったんだから、それくらいしなさいよ! 役立たず!」


 誰かが聞けば王女といえど不敬罪で牢にぶち込まれる言葉を私は叫びまくっていた。


 ドン!


 今度は樹をぶん殴る。


「あの腹黒女! どうせなら自分がこの国を乗っ取ればいいのよ! そうすれば、私だって……」


 私は、がっくりとその場に跪いた。


「……私だって、アーサーとこんな風にならずにすんだのに」


 分かっている。腹黒女もとい妾妃や国王だけのせいじゃない。


 この国とこの国の中枢にいる人々のあり方が今の私に影響しているとしても、現在の私を形作っているのは過去の私の思考と行動だ。


 ……アーサーに嫌われようと決めたのは過去の私自身だ。


 女王にならないために、アーサーに嫌われると決めたのは他でもない私自身なのだから。


 後悔だけは絶対にできない。


 アーサーとは物心つく前から会っていた。アーサーの父親と王妃である母は兄妹で、何より国王である父が自分の子供達(わたしとアルバート)よりもアーサーを気に入って、よく王宮に招いていたからだ。


 幼いながら整った容姿と賢さを持つ従兄が大好きだった。


 母親が違うとはいえ同じ父を持つ弟よりもアーサーのほうに親しみを感じていたのだ。


 彼と婚約すると聞いた時は素直に嬉しかった。


 王女として国のためには意に染まぬ相手とでも結婚しなければならない。王女としての心構えなどは物心つく前から叩き込まれていた。


 意に染まぬ相手ではなく大好きな従兄と結婚できる。


 けれど、すぐに気づいた。


 将来の宰相である彼との結婚は、即ち、私が女王になる事だと。


 それだけは絶対に嫌だった。


 アーサーの言う通り、私の一存だけでは婚約解消はできない。


 いくら文武両道なアーサーが王配になろうと「こんな高慢な王女では、とても女王は務まらない」そう周囲に思わせるために、王妃のような言動をとるようになった。


 だが、無駄だった。


 どれだけ「高慢な王女」を演じても、婚約者(アーサー)以外の男の子供を孕んだと嘘を吐いても、国王はアーサー以外を王女(わたし)の夫として認めない。


 アーサーが「王」になるのは構わない。


 むしろ、この国のためには、私やアルバートよりも彼が「王」になるほうがいいに決まっている。


 だが、彼が「王」になるための絶対条件が王女(わたし)との結婚、即ち、私が女王になる事だから問題なのだ。


 ……妾妃の言う通り、後二年だ。


 その間に私にとってもアーサーにとっても最良な解決策を見出さねば。


「……このまま、おとなしく結婚などしない。絶対に」


 そのためには――。


「……ところで、あいつは、今どうしているのかしら?」


 あいつ、エドワードだ。


 婚約者のいる王女を孕ませたのだ(嘘だけど)。いくら彼がヴォーデン辺境伯の息子でも、ただではすまない。


 王配になりたくて婚約者のいる王女に迫った男だ。同情など全くしないけど。


 妾妃に無理矢理彼女の私室に連れてこられたので、その後の事は知らない。


 妾妃ならば私の相手をしながら、しっかり部下に、あの後のパーティー会場の様子を探らせただろう。だが今更、彼女の所に戻って、どうなったか訊くのも嫌だ。


「……仕方ない。侍女にでも命じて、どうなったか調べてもらうか」


「高慢な王女」を演じているため侍女達に好かれていない事は熟知している。けれど、私には妾妃のような諜報活動をする部下などいない。そもそも女王になどなりたくないのだ。諜報員など必要ない。


「それに、着替えたいし」


 今は初夏で真夏に比べれば格段に涼しいが、さすがに盛装のドレス姿で喚き散らして樹を蹴っ飛ばしていたので、少々汗ばんできた気がする。


 だが、くさくさした気分のまま自室に帰ったら、ふりではなく本当に王妃のように周囲にいる侍女に当たりそうだったのだ。


 王妃の事は嫌いではないが彼女のようになりたい訳ではない。……時々、「王妃のような高慢な王女」を演じているうちに、これが「本当の私」になりそうで怖かった。


 そもそも「本当の私」とは何だろうと考えてしまう。


 アーサーとの婚約が決まってから、それこそ物心がついてから、「高慢な王女」を演じていた。


 自分の姿など鏡や水面、ガラスなどを映してしか見えない。そこに映るのは紛れもなく「自分」だが、まるで他人を見ているような心地がする。


 本人ですらそうなのだ。他人は私の表面しか見ない。いくら私が「高慢な王女」を演じているのだと思っていても、他人からすれば、それこそが「エリザベス・テューダ」以外の何者でもない。


「……でも、今更、この仮面は外せない」


 今更アーサーに愛しているなどと言えない。


 それが言えるのは、私が女王になると決意した時だ。そして、それだけは絶対にない。


 生まれは選べない。王女として生まれてしまった事は仕方ない。それに付随する義務は果たす。


 だが、女王にだけはならない。絶対に。


 そのために、アーサーと結ばれなくても構わない。


 愛する人(アーサー)との結婚と女王になる事、二つを秤にかけて、私は女王にならない事を、アーサーとの結婚を諦めたのだ。


 それに胸が痛んでも、それは自業自得だ。後悔だけは絶対にしない。


 
































 



 






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