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28 弟の婚約破棄の余波3

 アントニアが教師達に連れていかれると、ようやく生徒達もこの場から去り始めていた。


「……大丈夫ですか? 王女様」


 そっと声をかけられて、ようやく私は我に返った。


 いつの間にか、横には心配そうに私を見ているエレノアがいた。


「……ええ。私は大丈夫。それより、ごめんなさい。弟のせいで、あなたに迷惑をかけたわね」


「そんな! 王女様が私に謝る事などないです!」


 王女(わたし)の謝罪にエレノアは慌てた顔になった。


「お前! よくも我が家に恥をかかせてくれたな!」


 突然の大声に驚いてそちらを見ると、青年がリジーを平手打ちしようとしていた。


 私が「やめなさい!」と制止の声を上げる前に、エリックが「やめるんだ」と言って青年の腕を摑んだ。


「放してください! これは我が家の問題で、あなたは関係ないだろう!」


 青年はエリックの手を振り払おうとしているのだが、できないようだ。青年もエリックほどではないが長身だ(アーサーと同じくらいだろうか)。けれど、いかんせん細身で、自分より一回り大きい体格のエリックの腕力には敵わないらしい。


 青年は黒髪に灰色の瞳の美形だ。大抵の女性なら憶えているだろうが超絶美形の婚約者(アーサー)を見慣れた私では印象に残らない。制服を着ている以上、彼もこの学院の生徒で貴族だろう。けれど、私には彼が誰か分からなかった。


 王女とはいえ、この国の貴族全員の顔と名前を憶えていないのだ。……アーサーや妾妃なら余裕で憶えているだろうが。


「私の兄も係わっているなら関係なくないだろう。それに何より、女性が暴力を振るわれようとしているのに放っておくなどできない」


 女性(わたし)が連れていかれると誤解して王子(アルバート)相手でも物申したエリックらしい言葉だ。


「庇ってくださってありがとうございます。エリック様。ですが、私なら大丈夫ですわ」


 男から平手打ちされそうになったのに、リジーは平然としている。


「やられたら倍は返しますから」


「お前! よくもぬけぬけと!」


「なぜ、そんなに怒っていらっしゃるの? 貴族なら浮気や不倫は珍しくもないでしょう?」


 理解できないと言いたげなリジーを青年は憎々しげに睨みつけた。


「ああ、陰で言われるのならな! だが、お前は、あんなに大勢の前で言い触らしたんだ! 我が家の恥を!」


 喚く青年に、リジーはあからさまに馬鹿にしたような視線を向けた。


「結婚前に私はちゃんと『浮気します』と宣言して、ジョージ様は笑って許してくださいました。あなたも一緒にいたでしょう」


(ジョージって誰?)と私は一瞬思ってしまったが、リジーの夫、グレンヴィル子爵の名前(ファーストネーム)だと気づいた。


「父上だって、この事態を知れば怒るに決まっている!」


 青年の言葉で、私はようやく彼がジョージ・グレンヴィル子爵の息子だと気づいた。リジーの一つ年上の義理の息子だ。


「ジェローム・グレンヴィル。責めるのなら私の兄にしろ」


 エリックの言葉で、私は彼、グレンヴィル子爵の息子の名前が「ジェローム」だと知った。


「いいえ! 責められるのは私です。私が誘惑したのですから。エリオット様は何も悪くない!」


 義理の息子(ジェローム)相手の時は淡々と会話していたのに、この時のリジーは必死な様子だった。愛する男性(エリオット)が係っているからだろう。


「いや、兄だ。いくら絶対に手に入らない女性を想う苦しみから逃れるためとはいえ、複数の女性と付き合う言い訳にはならない。何より、あなたをこんな目に遭わせた」


「エリオット様のせいではありません。それに、こんなの、大した事では」


「ありません」と続けようとしたのだろうリジーをエリックは首を振って遮った。


「震えていただろう」


 エリックも気づいていたのだ。大勢の前で不貞を暴かれて震えていたリジーの両の拳に。


「……お前……いてっ!」


 エリックの言葉に驚いた顔をしていたジェロームが悲鳴を上げた。


 こちらに走ってきた双子(兄妹)がジェロームの膝をそれぞれ左右から蹴ったのだ。


「リック! ポリー!」


 リジーが驚いた顔で双子の愛称を叫んだ。双子は彼女の十歳になる弟妹なのだ。


「「あっかんべー、だっ!」」


 双子は(リジー)の後ろに隠れると、顔だけ出して指で下まぶたを押し下げジェロームに向かって舌を出した。


「……このガキ共!」


 ジェロームはエリックに腕を摑まれていなければ双子を取っ捕まえそうな勢いだ。


 双子の名前は、兄はリチャード(愛称はリック)、妹はメアリー(愛称はポリー)……国王と妾妃の名前から取ったのが丸わかりだ。


 リジーの弟妹である双子を知らぬ者は、この学院にはいない。


 なぜ、双子が有名かというと、飛び級して六歳上の姉のリジーと同じ高等部一年の特Aクラスだからだ。アーサーに次ぐ最速で学院を卒業するのを確実視されている。


 双子は頭脳だけでなく、その容姿もまた優れている。


 茶髪の双子は黒髪の(リジー)とは全く似ていない。同じなのは、真っ直ぐな髪質と勿忘草のような淡い青の瞳だけだ。


 小柄で華奢な体は、今はまだ服の上からでは男女の違いは分からない。その上、幼いながら整った顔はそっくりで、皆、髪の長さ(リックは短く、ポリーは長い)と制服がスカートかズボンかで双子を判別している。


「義理でも息子なんだから、あの女からお姉様を庇ったらどうなの?」


「庇わないどころか、暴力を振るおうとするなんてな」


 ポリーに続いてリックも言うと、そろって、はっきりと蔑んだ目をジェロームに向けた。


「だから、姉上を父親に奪われるんだ」


「だから、お姉様を父親に奪われるんだわ」


 双子の科白は同時で、ほぼ同じだった。


(リジーを父親に奪われた?)


 どういう意味だろう?


 疑問に思ったのは私だけではないらくし、この場にいる皆が怪訝そうな視線をリジーやジェロームに向けている。


「……リック、ポリー、余計な事は言わなくていいわ」


 先程とは違う意味で注目されている中、リジーは溜息まじりに言った。


「奪われたのは事実だろう」


「お姉様に求婚して『浮気しますけれど、それでもよければ』と答えたお姉様に逆上したあいつの代わりに、『それでも構わない』と仰ったグレンヴィル子爵様と結婚したじゃない」


 リックに続きポリーが言った。


 ……グレンヴィル子爵とリジーの結婚には、そういう経緯があったのか。




















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