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26 弟の婚約破棄の余波

 翌朝、私が登校した時には、もう騒動は起こっていた。


 馬車から降り校舎に向かって歩いていた私は、校庭の真ん中で人だかりができているのに気づいた。人だかりの間から声が漏れ聞こえてくる。


「あなたがアルバート様を誘惑したのね! だから、アルバート様は婚約破棄などと言い出したのよ!」


 いつもは舌足らずな甘い声が今は金切り声で、はっきり言って聞き苦しい。まあ普段でも、私は彼女の声ばかりか存在自体に苛つくのだが。


「……誤解ですわ。どうか落ち着いてください。アントニア様」


 金切り声の持ち主、アントニアよりも余程落ちついた様子で諭しているのは、聞こえてくる声からしてエレノアだ。


 なぜ、アントニアがエレノアに突っかかっているのだろう?


 ともかく騒動の原因が弟の婚約破棄なら姉として放っておく事などできない。


 私は人だかりに近づくと大声を上げた。


「何の騒ぎなの!」


 王女(わたし)の大声に、人だかりは一斉に私に注目した。


「王女殿下!」


「王女様!」


 人垣が割れたので、私は中心にいるアントニアとエレノアに近づいた。


「お義姉様!」


 なぜかアントニアは私を見ると満面の笑みを浮かべた。


「婚約破棄されたんでしょう。私をお義姉様と呼ばないで」


 私は冷たく言ったのだが、今回もアントニアは私の話など聞いちゃいなかった。自分の言いたい事だけを訴えてくる


「聞いてください! お義姉様! エレノア様って、ひどいんです! アルバート様を誘惑して、わたくしと婚約破棄するように仕向けたんですわ!」


 ……いつもながらアントニアの言っている事は理解不能だった。


 私は思わずエレノアを見てしまった。エレノアは狼狽えるというよりも、はっきりと困惑した様子だ。「どうして、そんな事を言われるのか分からない」という顔だ。


 そのエレノアの代わりという訳ではないのだろうが、アントニアに食ってかかったのは、エレノアの傍らにいる彼女の弟、レイモンド・フォゼリンガム侯爵令息だった。


「何、ふざけた事を言っているんだ! 姉上がそんな事するはずないだろう!」


 エレノアの二つ下、今年アルバートと同じ十五になるレイモンドは、飛び級しているので最終学年である高等部三年の特Aクラスである。一時期はアルバートともクラスメートで親友でもある。


 エレノアが王子(アルバート)を好きになったのは、アルバートが自分の弟(レイモンド)と親しく顔を合わせる機会が多かったからかもしれない。


 (エレノア)と同じなのは黒髪だけで顔立ちは全く似ていない。琥珀の瞳。中背痩躯。父親のフォゼリンガム侯爵に似た美形だ。


「だって、昨夜、婚約者のわたくしを差し置いて、アルバート様と仮面舞踏会で踊ったでしょう!?」


「……確かに、昨夜、王子様と仮面舞踏会で一曲踊りましたが」


「ほら、ごらんなさい!」


 冷静に答えるエレノアに、アントニアは鬼の首を取ったように言う。


 なぜ、アントニアがここまで得意そうになるのかが理解できない。それは私だけではないようで、彼女以外のこの場にいる人間全てが、はっきりと困惑を面にだしていた。


「婚約者のわたくしを連れて行かないで、あなたなんかと踊るなんて、おかしいじゃない! あなたがアルバート様を誘惑したからに決まっているわ!」


「……えっと、仮面舞踏会でアルバートがエレノアと一曲踊っただけで、誘惑した云々とか言い出したの?」


 呆れながら確認する私に、アントニアは、はっきりと頷いた。


「仮面舞踏会に限らずパーティーに参加した以上、婚約者以外のいろんな令嬢と踊るわよ。その度に誘惑したとか言うのは、おかしくない?」


「でも、アルバート様は、お義姉様とわたくし以外の女性と踊るなんて事、しませんでしたわ!」


 アルバートはパーティーも舞踏もさして好きではない。断れない集まりで、どうしても踊らなければならない時は、アントニアの言うように、婚約者(アントニア)(わたし)としか踊らないようにはしていた。


「それは、無理矢理、わたくしがエレノアを王子様と踊らせたからよ」


 口を挟んだのは、集団の中にいたロクサーヌだった。これまで王女(わたし)に向けていた険しい眼差しを今はアントニアに向けている。


 絶世の美少女の険しい眼差しは、かなりの迫力で、アントニアも怯んだ様子だ。


「そもそも婚約破棄されたのは、あなたの今までの行いのせいでしょう? エレノアに突っかかるのは、おかしいのではなくて?」


 ロクサーヌの正論に、アントニアは私には理解できない事を喚き始めた。


「わたくしは何もしてませんわ! 突然、アルバート様が婚約破棄を言い出すなど、エレノア様が誘惑したとしか考えられませんわ!」


「……お前、よくも姉上に向かって」


《脳筋国家》のこの国では珍しくレイモンドは女性に敬意を払うほうだ。女性に対しては「君」もしくは「あなた」だ。けれど、今は「お前」呼ばわりするほどアントニアの発言は許せないのだ。


 その気持ちは分かるが、今は抑えてもらおう。フォゼリンガム侯爵令息まで騒ぎだしては収拾がつかなくなる。


「エレノアは関係ないわ。アルバートは、もうずっと以前から、あなたとの婚約破棄を考えていたと言っていたもの」


 私は冷静な口調で言った。


「そんなのありえませんわ! だって、アルバート様は、わたくしを愛していますもの!」


「……あなたは、そう(・・)思ったのかもしれないけれど、それ(・・)だけは絶対にないわ」


 なぜなら、アルバートには愛する女性がいる。アントニアが彼女に似ているから婚約したにすぎないのだ。


 けれど、それを言う事はできない。


 弟が誰を愛してるのか、知られてはならないのだ。絶対に――。


「あなたは、アルバート曰く『王子妃に相応しくない』。おまけに、婚約者(アルバート)以外の男の子を妊娠したんでしょう。婚約破棄されて当然じゃない」


 王女(わたし)の「婚約者(アルバート)以外の男の子を妊娠した」発言のせいだろう。周囲がざわめいた。人々のアントニアに向ける眼差しが呆れと嫌悪が混ざったものになっている。


「ひどい! お義姉様! お腹の子はアルバート様の御子ですのに!」


 両手で顔を覆い、わっと泣き出すアントニアに、私は醒めた眼差しを向けた。


「アルバートは、一度もあなたと肌を重ねた事はないと断言したけど?」


「そんな! わたくしはアルバート様としか」


 涙に濡れた顔を上げ言い訳(私にはそうとしか思えない)しようとするアントニアに、人垣から呆れた声が上がった。


「よく言うわ」


 声の主は、リジーことエリザベス・グレンヴィルだった。















 





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