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21 エリオット・ラングリッジ

「……そんなに笑う事ですか?」


 アーサーの言い方は、いつも通り淡々としている。内心は、むっとしているのかもしれないが表情からはうかがい知れない。


「……だって、エリオットが妾妃と同じ事を言うんだもの」


 何とか笑いをおさめて私は言った。


「……あの女に言われたくないですね」


 アーサーは心底嫌そうに呟いた。それは、宰相の執務室で「あんな女と一緒にしないでください」と言った時と同じ顔だった。


 男性ならまず妾妃の儚げな印象の絶世の美貌に目を奪われて彼女の腹黒さに気づかない。だが、アーサーは、そうではないのだ。自分が完璧な外見を持っているからか、今更、他人の見かけに惑わされたりせず、そのすぐれた観察眼で本性を見抜くのだ。


 だからか、他人どころか自分自身でさえ「どうでもいい」と思っているようなアーサーでさえ、妾妃は、はっきりと嫌悪の対象なのだろう。


 妾妃はアーサーを「同じ種の人間」(さらには「もっと質が悪い」)と言った。これは同族嫌悪というやつだろうか?


 だったら……「私の真実」を話せば、アーサーは婚約解消してくれるだろうか?


 埒もない事を考えたが内心で(それはない)と即否定した。公衆の面前で婚約破棄宣言と妊娠(嘘だけど)発言という屈辱を味わわされても(応えた様子は全くなかったけど)構わず私と婚約続行したのだ。


 国王が望む限り私と結婚するだろう。


 ……これはもう本当に私が消えるしかない。


 そう改めて決意する私の前で、エリオットが余計な事を言いだした。


「なぜ、抱かなかった? 婚約者でも女性を無理矢理抱くのは最低だからとか考える人間ではないだろう? 君は」


 意外だった。さして交流がないはずだのに、エリオットはアーサーという人間を見抜いている。


「……答えなくていいわよ。アーサー」


 アーサーの答えがどんなものだろうと聞きたくない。だから、こう言ったというのに、何を思ったのか彼は律儀に答えた。


「リズが公式の場で妊娠しているなどと言い出したので。この時期に本当に妊娠してしまえば『どちらの子だ?』と世間は騒ぐでしょう?」


 まあ確かに、アーサーの懸念は尤もだ。


 妾妃のいうように他人にどう思われようと気にしないアーサーでも、あれこれ騒がれるのは煩わしいのだろう。


 ……決して私を気遣ってくれた訳じゃない。


「……それでも、結ばれてほしかったよ」


 エリオットは仮面越しでも分かるほど切なそうな顔で呟いた。


 従弟(エドワード)王女(わたし)と問題を起こしたから王女(わたし)には、さっさと婚約者(アーサー)と結ばれてほしいと思っているのだろうか?


 すぐに「違う」と確信した。私の考え通りなら、こんな切なそうな顔で言うはずがない。


「……エリオット、あなたは」


 私は言葉の途中で再びアーサーに抱き寄せられた。


「必ず、そうなりますよ」


 アーサーは、いつもの彼からは考えられない挑むような眼差しをエリオットに向けていた。私は彼の言葉よりも、それに目を奪われた。


「……命のほうが惜しいからな。馬鹿従弟と同じ真似は絶対にしない」


 アーサーに、そんな眼差しを向けられたら大抵の人間は気圧されるだろうに、エリオットは、ただ困ったように両手を上げただけだった。


 エリオットが、なぜ、こう言うのか疑問に思うよりも彼の対応に驚いた。(エリック)と違って複数の女性と同時に付き合う軽薄なだけの男性だと思っていたが、それだけではないのだ。アルバートの言う通り、人間が普段見せている姿は、その人の一面にすぎないという事か。


 それにしても、エリオットからは「馬鹿従弟」、エリックからは「愚弟」とは。この兄弟はエドワードをそう(・・)思っているのだ。無理もない。


「……そう願いたいですね」


 アーサーは冷たく言った。


「ところで、仮面もつけず、なぜ、こんな所に?」


 エリオットの疑問は尤もだ。仮面舞踏会に参加しながら人気のない場所で素顔で婚約者といるのだから。


大凡(おおよそ)、あなたと同じですよ。野暮な事は訊かないでください」


 アーサーの言い方は妙な誤解されても仕方ないものなので私は慌てて言った。


「ただ話していただけよ。それに、もう帰るわ」


「では、一緒に帰りましょう」


「あなたも帰るのは構わないけど、私は一人で(・・・)帰るわよ」


 当然のように一緒に帰ろうとするアーサーに、私は「一人で」を強調した。


「貴女を一人で帰せませんよ。それに、まだ話があります」


「私にはないわ」


「私はあるんです」


「聞きたくない」


 先程と同じような言い合いを始めた私とアーサーに、なぜかまだこの場を去らないでいるエリオットが口を挟んできた。


「何で、こんなに険悪なんだ?」


 アーサーは苛立ったような煩わし気な視線をエリオットに向けた。これだけ他人に対して感情を露にする彼も珍しい。


「あなたには関係ないでしょう? エリック殿か懇意にしているご婦人の所にでも行ってください」


「生憎、振られたんでね」


 言葉の内容とは裏腹に、エリオットの口調は何とも軽いものだった。


「……女性と来たの?」


 私は、ぽつりと呟いた。


 考えれば分かりそうなものだ。エリオットは中庭のほうから歩いてきていた。私とエリックが一緒にいる姿を見たと言った。……中庭の木立で女性と過ごしている時に(エリック)と一緒にいる王女(わたし)を見たのだ。


「……舞踏会には、あなたの婚約者(ロクサーヌ)もいたのよ」


 私の冷たい眼差しにエリオットは何とも困った顔になった。


「……失礼ですが、この事で貴女や他人にとやかく言われる筋合いはありません。俺……いえ、私も彼女も割り切った夫婦になろうと決めて婚約したので」


 王女(わたし)相手だからか、言葉遣いが丁寧で一人称も変わっている。アーサーには「俺」だったのに今は「私」だ。


 エリオットの言う通り、私や他人がとやかく言う事ではない。


 ロクサーヌはアーサーを愛している。彼とは結婚できないから都合のいい男性であるエリオットを選んだ。エリオットが婚約者である自分以外の女性と「親密な付き合い」をしていても全く気にしないだろう。


 だが、それでも――。


「……ロクサーヌを大切にして」


「王女殿下?」


「リズ?」


 エリオットとアーサーが怪訝そうな眼差しを私に向けてきた。


「ロクサーヌが私を嫌いでも私にとってロクサーヌは大切な従姉なの。だから、結婚するのならロクサーヌを大切にして。私がこんな事言うのは、余計なお世話以外のなにものでもないのは分かっているけど」


「ええ。余計なお世話ですわ」


 王妃に似た艶やかな低音が聞こえてきた。


 慌てて振り返ると、回廊からロクサーヌが私を睨みつけていた。仮面をつけていても絶世の美少女の睨みは、かなり迫力がある。


 そのロクサーヌの後ろで、エリックが困った様子で立っていた。


「……えっと、アルバートとエレノアは?」


 何とか気まずい空気を変えたくて、私は、ここにはいない弟とエレノアについて尋ねた。


「何とか強引に踊りの輪に加わらせました。その後は、お二人次第でしょう」


 私を睨みつけるだけのロクサーヌの代わりにエリックが答えた。


「……そう。エレノアには、いい思い出になるわね」


 私は微笑んだ。想い人(アルバート)と一曲でも踊れたのだ。エリックやロクサーヌが強引にしなければ控えめなエレノアにはできなかった事だろう。私なら生涯の思い出にする。


「……本当に、私の親戚の事は気に掛けるくせに」


 ぼそりとアーサーが呟いた。


「わたくしの事よりも、ご自分の事を考えてください。ご自分の婚約者との仲を拗れさせている方に、陰で、あれこれ言われたくないですわ」


「……そうね。余計なお世話だったわ。ごめんなさい」


 ロクサーヌの言う通り、私は自分の自業自得で(アーサーの性格も問題だと思っているけど)自分の婚約者との仲を拗れさせている。そんな私に自分のいない所で自分の婚約者(エリオット)に「ロクサーヌを大切にして」などと言われたくないだろう。まして、彼女は私を嫌っているのだから。


「ロクサーヌ、リズに、王女殿下に、その言い方は失礼だろう」


「王女殿下は君を気に掛けて仰ったんだ。その言い方は、どうかと思う」


 アーサーとエリオットが放った言葉は、ほぼ同時で、しかも、ほぼ同じ内容だった。


 それが気に入らなかったのか、エリオットを見るアーサーの顔は実に不愉快そうだ。


 エリオットのほうは、それに気づいているのかいないのか、ロクサーヌを見ているのだが、その目は私が彼に対して一方的に抱いていた軽薄な印象からは想像できない厳しいものだった。


「……エリオット様、あなた」


 ロクサーヌは驚いたようにエリオットを見つめている。


 ロクサーヌだけでなく私も驚いている。


 アーサーは一応、王女(わたし)の婚約者でロクサーヌの従弟。アーサーがロクサーヌをたしなめるのは分かる。


 だが、まさか、エリオットまでそう(・・)するとは思わなかった。彼の言う「馬鹿従弟」と王女(わたし)のせいで身内の彼も迷惑を被ったはずだ。いくら私が王女とはいえ、わざわざ婚約者に苦言を呈するものだろうか?


「私の婚約者が失礼な発言をしてしまい申し訳ありません。王女殿下」


 エリオットが私に向かって優雅に一礼した。


「いいえ。ロクサーヌは間違った事は言ってない。あなたが謝る事は何もないのよ。むしろ、あなたにもエリックにも申し訳なく思っているわ」


 あの馬鹿(エドワード)の身内だというだけで、彼ら兄弟は、そして、ヴォーデン辺境伯は、どれだけ心ない言葉を浴びせられただろう。それを考えるだけで本当に申し訳なく思う。


「あの馬鹿との事を言っているのなら、貴女のせいではありませんよ。あいつが仕出かした事ですから」


 確かに、エドワードが誘惑してきた。それでも乗ったのは私だ。アーサーと婚約破棄したくて、女王になりたくなくて。


 私とエドワードがどんな目に遭っても自業自得だけれど、エドワードの身内が陰口を叩かれる筋合いはないのだ。王女(わたし)を恨んでも当然だのに、なぜか、エリックもエリオットも私を恨まない。


 ……それが、却ってつらい。


 責められない事が却ってつらいと初めて知った。








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