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20 結婚に愛を求めている

「……いえ、おもしろいとすら思っていないでしょう。あなたには、『どうでもいい』事ですものね」


 私の必死な様子を楽しんだり嘲笑うなら、まだ私に少しでも関心がある証拠だ。アーサーには、そんな気持ちすらないだろう。


「……私が馬鹿だった」


 最後だから楽しい思い出を作りたいなどと思いながら本当は何かが変わるのを期待していたのだ。


 本音で話す事で彼が少しでも私に好意を持ってくれればと期待した。そうなれば、私が望む相愛の夫婦になれるかもしれない。そうすれば、きっと女王の重責にも耐えられると。


 ……アルバートやエリックの言う通り、私自身として話さなければ意味がなかったのに。


 いや、私自身として向き合ったとしても結果は変わらなかった。


 アーサーは誰も愛せないのだから。


「……最後だから言っておくわ」


 絶対に言ってやらないと決めていた。


 けれど、もうこれで会うのが最後なら心の片隅にでも憶えていてほしい。


 私という婚約者がいた事を。私が彼を愛していた事を。


「最後?」


 怪訝そうなアーサーに構わず私は言った。


「……あなたを愛しているわ。あなたにとっては、どうでもいい事だろうけれど、その優れた記憶力で生涯憶えておいてね」


 それだけ言って、私はアーサーに背を向けて歩き出そうとした。


「……好き放題言って、妙な誤解をして去るのは、やめてください」


 いつの間にか傍に来たアーサーに再び腕を摑まれた。


「放して。もう話す事はないわ」


「私にはあるんです」


「聞きたくない」


 聞いたところで何も変わらない。


「それでも聞いていただきます」


 力で敵わないのは分かっているが(……それ以外でも敵わないけど)私はアーサーに摑まれた腕を振りほどこうとした。今度はできなかった。さっきは彼が動揺していたからできたのだ。


「王子殿下から伺いましたが、貴女は結婚に愛を求めているのですよね?」


 アーサーの言い方は決して私を馬鹿にするものではなかった。


 冷静ならば私にも、それくらい分かる。だが、これまでのやり取りで神経過敏になっているのだろう。私はひねくれて解釈してしまった。


「……悪い?」


 いろいろと私には理解不能な人間のアーサー、自分でも「人間として何かが欠けている」と言い切る彼だが、これだけは分かる。


 彼は義務だけは果たそうとしている。


 テューダ王国宰相を代々務めるペンドーン侯爵家に生まれた義務だけは。


 そんな彼にとって結婚に愛を求める私など「くだらない」以外のなにものでもないだろう。貴族にとって結婚は義務だ。そこに愛を求めるのが、おかしいのだから。


「だったら、私と結婚しても問題ないでしょう?」


 アーサーは国王と同じ言葉を遣ってきた。


「……何、言っているの?」


 最近アーサーに対して、こればかり言っているが、この時も本当に彼が何を言っているのか分からなかったのだ。


「貴女が信じなくても私は貴女を愛しているし、貴女も私を愛している。だから」


「ふざけないで!」


 アーサーの言葉の途中だったが私は怒鳴りつけた。


 私の剣幕に驚いたのか、さすがのアーサーも口を噤んだ。


 腕を振りほどこうとしたが今度はできなかった。余計苛立ちが募る。


「私をおとなしくさせるために、そんな嘘を吐くの!? あなたが人間として何かが欠けているのは分かったけど、これはひどいわよ!」


 私のこの言い方も充分ひどいと後になって気づいた。この時は自分の事しか考えられなかったのだ。


 殴られても仕方ないのにアーサーはそうしなかった。


「……貴女が何に怒っているのか分からないのですが」


 アーサーは、いつも通り冷静だった。私の「人間としか何かが欠けている」発言に怒ったり傷ついている様子は全くない。……自分でも「人間として何かが欠けている」と自覚していても、そんな事すら彼には「どうでもいい」のだろう。


「……『何も分かってない』と私に言ったけど、あなたのほうが何も分かってないじゃない」


 あれほど頭に上っていた血が急激に下がってきている。……妾妃と彼だけだ。これだけ私の感情を翻弄させられるのは。それだけ二人が私にとって無視できない存在という事なのだ。


「……それについては反論したいですが、長くなるので今はよしましょう」


「……そうね。もうあなたと話すらしたくないわ」


 私はこう言っているのに、アーサーは構わない。先程と同義の質問をしてきた。


「なぜ怒ったのか、その理由を知りたいのですが」


 私は溜息を吐いた。言わなければ放してもらえそうにない。


「……私が結婚に愛を求めていると知ったから『愛している』などと言い始めたんでしょう? 私をおとなしくさせるために」


「聡明な貴女なら、あのような真似、二度としないでしょう?」


 婚約破棄と妊娠発言の事だ。


 アーサーの言う通り、二度とする気はない。……したら、私がどんなに泣き叫んでも本当に(・・・)婚前交渉すると確信できるからだ。何より、国王はアーサー以外の男性を王女(わたし)の夫だと認めない。だったら、同じ事をしても無駄だ。


 それでも、ずっと婚約者(わたし)に「あなたとは絶対に結婚しない!」などと喚かれれば、さすがのアーサーも、うんざりするだろう。だから、私をおとなしくさせるために「愛している」などと言い始めたのだ。


「……義務感だけで結婚されても嬉しくないのよ」


 愛する人と結婚できれば充分幸せだろう。相手の心が手に入らなくても。


 愛する男性(アーサー)から恋愛対象として見られないロクサーヌや絶対に結婚できない女性を想っている弟からすれば、私の悩みなど贅沢で我儘なものだろう。


 ……けれど、私は嫌だ。他人から見れば贅沢で我儘だろうが何をしても愛し返してくれない男性となど結婚したくない。


「……そもそも、それが間違っている」


 今度はアーサーが溜息を吐いた。


「何が間違っているのよ?」


 アーサーは私を抱き寄せると間近で顔を覗き込んできた。整い過ぎた美貌が迫り私の心臓がどきどきしてきた。


「……義務など、そんなもの、私には」


 アーサーの言葉に第三者の声が被さった。


「王女殿下とアーサー・ペンドーン?」


「エリック?」


 私がそう言ったのは、その声が、あまりにもエリックに似ていたからだ。


 私とアーサーが振り返ると中庭から美丈夫が歩いてきていた。エリックと同じ逞しい長身。簡素な仮面をつけているので、その顔立ちまで彼に酷似しているのが分かる。だが、外灯に煌めく瞳は彼とは違う水色だ。


「エリオット・ラングリッジ?」


 エリックの年子の兄でロクサーヌの婚約者だ。


「はい。王女殿下」


 私の呟きが聞こえたのだろうエリオットは頷いた。もう仮面も鬘もしていないので私が王女なのは明らかなのだ。


「先程、弟と一緒にいらっしゃいましたよね?」


 エリオットの言葉に私は目を瞠った。その時はロクサーヌ曰くの「御大層な変装」をしていた。だのに、王女(わたし)だと気づいたのか?


 エリオットとはパーティーや園遊会などで見かけたり挨拶する程度だ。そんな彼にすら気づかれたのだ。……私の「高慢な王女」の演技同様、「御大層な変装」も簡単に見抜かれるものだったのか。アーサーが「どんな恰好しようと貴女に気づく」と言ったのは、あながち間違いではなかったのだ。


「……成り行きでエリックと一緒に行動したの」


「今、彼は会場にいますよ」


 私に続けてアーサーが言った。


 アーサーに抱き寄せられたままなのに気づき私は慌てて離れようとしたができなかった。私の腰にまわっている彼の腕に力が入ったのだ。


「放して!」


 何とか離れようと抵抗する私に構わずアーサーは私の顎をしゃくった。


 間近に再び彼の美貌が迫って息を呑んだ。その圧倒的な美しさとカリスマ性で黙っていても迫力がある彼だ。だが今、私が気圧されているのは、それら(・・・)が理由ではない。外灯に照らされ間近に迫るアーサーの漆黒の瞳には明らかな不機嫌さや苛立ちがあったのだ。


 確かに、今までの言い合いで苛立つ気持ちや不機嫌になる気持ちは分かる。だが、エリオットが現れるまで、アーサーに、そんな様子は微塵もなかった。むしろ、それら(・・・)を露骨に見せていたのは私のほうだ。彼は、いつも通り冷静に対応していたのに。


(エリオットが現れたから?)


「……そういう事は人目のない所でしてください」


 エリオットまで、どういう訳か、不機嫌そうな苛立ったような様子だった。


「あなたが気を利かせて去ればいいだけでしょう?」


 私は驚いた。アーサーの言い方がどこか挑戦的だったからだ。誰に対しても常に素っ気ない言い方しかしてこなかったのに。


「なぜ、俺が気を利かせなければならないんだ?」


 エリオットより年下とはいえアーサーは侯爵令息で王女(わたし)の婚約者だ。伯爵令息である彼は上辺だけでも敬意を払わなければならない。それで敬語を遣っていたのだろうが、ついにそれをやめ、これまた挑戦的に言ってきた。


「数多くのご婦人と浮名を流してきたあなただ。婚前交渉した婚約者同士の語らいに割り込むなど野暮な事くらいお分かりでしょう?」


 アーサーのほうは変わらず敬語だった。それは、いくら自分のほうが身分が上でも年下だからではなく慇懃無礼に聞こえるように、わざと遣っているようだった。実際、いくら丁寧な言葉遣いでも、どこか皮肉さや尊大さが感じられる口調だったからだ。


 普段なら驚いただろう。だが、この時の私は、彼の科白のほうに気を取られた。


「してないわよ!」


 私は我慢できず叫んだ。


「噂は嘘だから! こんぜん……そんな事、してないから!」


「婚前交渉」と言いたくなくて私は慌てて「そんな事」と言い直した。


 私の頭上でアーサーが溜息を吐いた。


「……婚前交渉してないんですか?」


 どこか呆然とした様子でエリオットが呟いた。


 私が力一杯頷くと、エリオットはアーサーに呆れたような視線を向け思いがけない発言をした。


「……君、へたれか?」


 私は爆笑した。いつの間にか体にまわっていたアーサーの腕が放されている事にも気づかず私は笑い()けていた。










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