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第九片-薔薇園宮殿狂い咲き-

今回の話はかーなーりドギツイ描写が多々見られます。閲覧の際は御注意くださいませ(汗)

現在の魔界を支配する女帝・燐神嵐(リン・シェンラン)率いる『不死鳥の軍勢』により殲滅・制圧されてしまった魔界(ヘルブラッディア)の地域・魔樹原(ヘルフォレスト)から亡命した元・領主の少女…リクス・ヴァジュルトリアとの出会い、そして刺客であるゼオム・ガイラの攻撃から命からがらなんとか逃げおおせて以降、時が流れてはや三日が経過した…。


禍津町・久我山家にて。





「何故だ…何故、私は牧志の家ではなく、響少年の家にいなければいけないのだ…?」


「だぁあああ!!もう!ジメジメと鬱陶しい!!いつまで落ち込んでンのよッ!?この根暗ッ!!そら!朝飯よッ!!」


「う!?もが!?なんだこれは…熱っ!?ゲホッ!?ゴホッ!ゴホッ!!」


リクスは久我山家のリビングの真ん中で体育座りになってひどく落ち込んでいた…彼女は愛する牧志と一緒に居るのではなく、どういうわけかバズソード襲来の時の一件から現在に至るまで、今まで響の家で御世話になっていたのだ。どんよりと頭上に黒雲でも浮かばせてるのかと思うくらいに暗い気持ちになっているリクスの姿を毎日見ていたサンディアはイライラするあまりに彼女の口に朝食代わりの茹で卵を押し込み、無防備極まる彼女を盛大に噎せさせた。


「仕方ないさ、マッキとリューカさんの家には両親がいるし、そんな所へ『牧志の恋人です』なんて言ってみなよ?追ン出されるのがオチだよ?」


「う、ぐっ!?ぐぬぬぬ…うぅ~!!」


リクスが牧志と一緒に居れない理由と久我山家の御世話になっている理由は非常にシンプル且つ現実的なものだった。まず単純にどこの誰とも解らぬ見知らぬ…それこそ見た目リューカと同年代くらいの少女がいきなり何の説明も無く鳴我家の御世話になる事さえ普通にアウトであるし、また、御両親の前でまだ年端もいかぬ小学生である牧志(おこさん)を『恋人』などと呼ぼうものならば彼のパパとママがお冠の激おこ状態になるのは言うまでもない…サンディアと同じく人間界で他に行く宛の無いリクスを引き取って御世話出来るのは現状では仕事で両親が家を空けている久我山家、つまり響の家しか行き場が無いのである…と、響は茹で卵をモソモソ食べながら説明した。至極当然な理由にリクスは反論が一切出来ず、恨みがましそうに響を睨みつける。



「………大丈夫なのだろうか?愛する牧志の元を離れて別に好きでもなんでもない男なんかの家に居て、もしも浮気と見なされたら…私は…ぐすっ…。」


「家主が眼前に居るのにディスるなんて度胸あるね?文句があるなら出てけ。」


「このまま引き続き御世話にならせて頂きます。」


「あーら!この御嬢様ったら、魔族としてのプライドをお捨てになってるわ!アヒャヒャヒャヒャ!!」


「おいコラ、居候一号。調子に乗ってるとまとめて追い出すからな。」


「うっ!?んぐぐぐ~!!」


居候二号(リクス)がサラッと失礼な事を抜かしたため響はイラついたのか?迷わず追い出す権利はこちらにあることを言い出したため二号は非礼を即座に詫びて謝罪した。その有り様を見てバカ笑いするも居候一号(サンディア)もまた同じ立場であることに図星であったか…頬を膨らませて何か言いたそうな不服顔で押し黙るしかなかった。そもそも響自身がドライな性格である上に、本来ならば縁もゆかりも無い二人を家で御世話する義理など初めっから無いのだから彼の薄情な発言ももっともである。


「…ん?あぁ、そうか…悪いけど、今日は僕は出掛ける…昼は適当に何か残ってるの食べてて、解らないことがあったらリューカやマッキの家に行ってくれ。午後には戻るから。」


「はぁーん?一体何処行くのよ?」


ふと視界に入った壁に張られていたカレンダーの日付を見て響は思い出したかの様に今日は朝から外出することをサンディアに告げ、着替えなど出掛ける準備をしに自室へと向かう…。


「これでも忙しい学生の身なんでね…。」




禍津町・涅槃(ねはん)中学校前にて。


(部活ある日とは面倒だな、ま…僕の場合、夏休みに行く日はほんの数日だけだけだし…。)


夏休み期間の真っ最中、今頃は学校で運動部員達ならば毎日汗水垂らして各々活動に勤しんでるが響の場合は文化系の部活なのでほんの数日、決められた日にだけ顔を出しに行けば後は帰宅部の生徒達と大して変わらない立場だった。その上、美術部員はなんとたったの三日間だけで済み、無事に終われば夏休みを存分に謳歌出来るというから面倒臭いことも嫌いな響としては破格の好条件である。


「やぁ、響君。奇遇だね。」


「…久しぶりー。」


「ん?あぁ…遥夜と鏡四郎、しばらくぶりで…。」


夏期制服姿の響が校門を通ろうとした時、二人のクラスメイトに出くわす…一人は褐色肌に毛先をツンツンおっ立てたウニみたいな黒髪に全体的な線は細いが中学生ながらも鍛えられた体格をした野球部員のユニフォーム姿をしている爽やかな面構えのスポーツ少年・武見遥夜(たけみ・ハルヤ)。もう一人は青紫の髪に左目が前髪で隠れており風邪を引いてるでもないのに何故か口をマスクで隠し首元にバンダナを巻いてる根暗な雰囲気の少年…響と同じく美術部員の座上鏡四郎(ざがみ・キョウシロウ)、なんと二人は響の普段の性格を考えると信じられないことではあるが数少ない学校での友人である。


「はー…クッソだるっ…俺みたいなヒッキーにはたった三日だけでも外出るなんて苦行だっつーの。響もそう思わね?」


「解る解る。僕らインドアにそれは酷だよ。」


「だろ?俺、例えコンビニや本屋が家のすぐ前にあったとしても行きたがらないレベルだからね?夏休みもずっと家でゲームとかして寝てたわ。」


「筋金入りだな…流石にその領域には達したくないぞ…。」


この鏡四郎という男は夏休み期間に美術部の活動に行くのが三日でも嫌だというくらい外出が億劫な程の引きこもり気質という超インドア派であり、また、響も彼ほど酷くは無いがどちらかというとインドア派であるため鏡四郎に通ずるものを感じたのか?今ではすっかり気が合う友人同士の関係になっていた。


「ははっ…鏡四郎君も響君も相変わらずだね。」


「遥夜達野球部は俺らと違ってほぼ毎日じゃん?うっへぇ~…そこまで汗水垂らしながら、タマを棒で打って投げたりするのがそんなに楽しいんかねぇ~?」


「うん!僕は皆と一緒に楽しく運動して汗とか流すの好きだからね。もしも鏡四郎君や響君が興味あるなら是非、いつでも歓迎だよ?」


「はぁ!?ムリ!ムリ!ムリだっつーの!!体力も筋肉も、ましてや野球の基礎も備わってねェのに出来るわけねぇーだろ!?っつか、ゲロッて死ぬわ!!」


「僕もパス、大体大事な全国大会控えてるのに足手まといを二人増やしてどうするのさ?」


「うーん…それは残念だ。」


遥夜は本人も野球好きなだけあってか、野球部のエースピッチャーの座を自ら勝ち取った実力を持ち、進学すれば甲子園も夢ではないと噂される程野球に打ち込んだ根っからのスポーツマン気質であるがよくいるタイプの暑苦しい硬派な性格ではなく人当たりのいい爽やかな性格なためか男女関係無く誰とでも仲良く出来るという絵に描いた様なリア充野郎だが不思議なことに正反対な立ち位置にいる響と鏡四郎も例外ではなくこうして仲良く喋ってるのがその証拠だ。


「鏡四郎も遥夜もそれぞれの夏を過ごしてるね…。」


「あん?そういう響は今までナニしてたんだよ?」


「是非とも聞かせて欲しいな。」


「え。あ、うん。まぁ、その…普通だよ、普通…?」


「…んん?」


「随分と歯切れ悪いね…?」


二人から響がこれまで夏休みの間に何をやっていたのかを聞かれ、響は思わず適当な事を言った。いや、話すためのネタにはなるだろうが、本当の事など言えるわけがない…あの居候女(サンディア)の事など、しかし、この世にはどうやら神など居なかったようだ…。


「あ、いたいた!ちょっとアンタ!!聞きたいことあるんだけど!!」


(…ーーーーーッ!?)


どういうわけか…当の問題人物御本人が直でやって来てしまった。予期せぬ来訪者…否、サンディアの乱入により、響は顔こそは平静を装っていたがその実内心では激しく動揺、絶句してしまった。


「聞こえてるんでしょ!?聞いてないフリすんなっての!!」


沈黙して突っ立っていたままなのが不味かったか?響が返答を寄越さない事に業を煮やしたのだろう…気の短いサンディアはイライラしながら彼目掛けてズカズカと足早に近づいてきた。ちなみに久我山家では普段リューカから借りた適当なTシャツ姿で過ごしていたが現在は同じく彼女からもしもの外出用にと借りたもので上半身は黒地タートルネックのノースリーブ、両腕にベルトを幾重にも巻いたアームカバーを付け、下半身はスカートに革製のブーツという軽装の私服姿である。しかもサイズが合ってないものを無理に着てるせいか服がパツンパツンに張ってしまった胸に持ち上げられたせいで微妙にヘソ出しになってしまっている。


「…なんで此処に居るんですかねぇ…?」


「冷蔵庫にも棚にも食べるもの残ってなかったから聞きに来たのよ。最初はあの姉弟の所行ったけど、弟の方は蜥蜴女とどっか行っちゃうし、姉の方はアンタと同じで学校とやらに行くから相手に出来ないって言われてこの場所教えてもらったわ!」


(しまった、朝早くにコンビニにでも行っておけば良かった…僕のバカ!!ってか、ナニ勝手に学校の場所教えてんの!?恨むぞ!リューカさん!!)


他人の振りをしようかと思ったがそれはそれで後が面倒になるだけなので観念して渋々事情を聞くと案の定しょうもない理由だった。居候(リクス)が増えた事で気づかぬ間に買い置きの食料が無くなるスピードが思いの外早かったのだ…寝ぼけ眼で何も考えずに茹で卵を作り、備蓄の確認を怠った響は自身の失態にもそうだが無断で涅槃中の場所までサンディアに教えたリューカに対して怒りが沸々と沸いてきた。


「…はぁ、解ったよ…なんか買ってあげるから大人しく帰ってね?友達に遅くれるって伝えてくるから、ちょっとだけ待って。」


「…あーら?友達?聞き違いじゃなければそう聞こえたんだけど?オトモダチですってー?プッ…アーッハッハッハ!!血の通ってない鉄の塊で非人間的なアンタにも友情なんて青臭過ぎてゲロ吐きそうなものが存在していたなんてね!!」


「本物の非人間に言われたくないんだけど…?」


仕方なく響は部活動に遅れるのを覚悟でサンディアをその辺のコンビニに連れて行く事にしたが自分に友人が居ることに対して盛大に吹き出しながら侮辱罪としか思えない様な罵詈雑言で煽りまくる目の前の馬鹿女に対して『本気で追い出してやろうか?』と今後の処遇に対して考え始めながら鏡四郎と遥夜の所へ行く。


「ごめん、鏡四郎。僕、部活に遅れるから先生にそう言って、遥夜も気にせず野球部行っていいから…それじゃ。」


「…どこが『普通』だって?なぁ、久我山君よぉ?」


「なんで急に名字呼び?」


「フ・ザ・ケ・ン・ナ。誰だよ?あの怖そうだけどエッチなスタイルで美人な御姉様は…?オメェよぉ…俺がヒッキーしてる間に一体どんな夏休み過ごしてたんだ?あぁ?」


「ぐぇっ!?ギブ!ギブ!!ギブだって!!」


部活に遅れ、尚且つ、気にせず先に行って構わないことを二人に伝えてそそくさと戻ろうとした次の瞬間、鏡四郎は陰鬱なオーラを放ちながらドス黒い嫉妬に狂った目つきになり響にヘッドロックをかけてきた。それはそうである…何故ならば、自分達以外の誰かと親しい人間関係をとても築けそうにない響がどういう経緯で知り合ったかは知らないが謎の女性…サンディアと何かしらの関係を持っていると思ったからである。


「うがああああ!!」


「ヤメテーーーーー!!」


「僕も是非とも聞きたいな、あの人と何があったのか、ね?」


世間一般的な目から見たサンディアはどうやら鏡四郎の言うように本当の意味で人間離れした容姿の美女だった事が余計に嫉妬心を爆発させたのだろう、暴走して響をシメる鏡四郎とは対照的に遥夜はクスッと穏やかに笑いながら二人のやり取りを眺めていた。


「いい加減、離せ!ぜぇ、ぜぇ…ごめん、二人とも…説明は、後でするから!!」


「ちょっ…待てよ!おい!響、テメェッ!?」


響は鏡四郎のヘッドロックと制止を振りほどき、サンディアの元へと走っていった。


「遅い!」


「無茶言うなよ…ほら、イこう。」


「全く、この私を待たせるなんていい度胸して………?」


「…サンディア?」


(…どこのどいつかしら?私に向かって殺意を向けるなんて…。)


「…どうしたの?」


「フンッ…取り敢えずアンタには関係無いわ、イくわよ。」


サンディアは響がグズグズしてるのに腹を立てつつ彼と一緒にコンビニに向かおうとした時…ほんの一瞬であったものの、何処から放たれたかは不明ではあるが何者かの視線と自身に対する殺意に気づいたが相手にするほどでもないと判断し、無視してこの場を離れた。


「ったく、響のヤロー…いつの間に、はぁー…羨ましいな、チクショー。」


「まぁまぁ、そんなに落ち込まないで…。」


一方、鏡四郎はというと現在遥夜に慰めてもらっていた。まさか自分の友人が知らぬ間に大人の階段を登りつつあるところまで来ていたとは思いもよらず、未だにそのショックが抜けてなかったからだ。


「あぁー…悪ィ、遥夜…俺、部室行くから…って、痛ェなッ!?なんで壁が目の前、に…?」


立ち直り切れてないものの鏡四郎は重い足取りで部室に向かおうとしたところ、前を見ていなかったため障害物にぶつかる…しかし、校門の前なのに何故壁みたいなのものがあるのか?その答えは…。





「それはワガハイの腹筋でアール!」


「…え!?え…?えぇっ!?な、な、な…なんだお前ェエエエ!?誰!?ってか、ナニ!?なんなのこの人ォオオオオ!?」


「だ、誰ですか!?一体…!!」


…一人の筋肉(マッスル)が立っていたからだった。





「ワガハイはヒトではなーい!我こそはランプマン!!突然ですまぬがキサマを拉致するでアール!」


「なんで!?なんで拉致するの!?俺、金持ちでも人気のアイドルでもないんだけどォオオオオ!?」


「そうですよ!鏡四郎君をさらってもなんの得にもなりませんよ!?」


「遥夜!テメェ!そこはフォローくらいするところだろ!?」


頭に碧の宝玉を埋め込んだ白いターバンを付け、口元から顎まで立派なカイゼル髭を蓄えており全身は青い肌、首や両腕に黄金の装飾を付け、鎖骨部分全体にトレニアの花を咲かせ、右肩には黒いランプを握る悪魔の腕の刻印を入れているまるで『アラジンと魔法のランプ』に登場する様なランプの魔神そのものな姿をした筋肉モリモリのマッチョマンな魔族…妖魔精(ジン)族のランプマン・ディザドナイトが目の前に見るも暑苦しいマッスルポージングで身構えており、ランプマンは事もあろうに初対面の鏡四郎をいきなり拉致するなどと犯罪実行宣言を抜かしながら彼にじり寄る…だが、本人や遥夜も言ってるように鏡四郎は特別な人種の人間ではなく単なる引きこもり気味の男子中学生でしかない彼を誘拐したところでなんのメリットも無いのだが…。


「少年よ、許すでアール!理由(ワケ)は聞くなでアール…渇ッッッッッッ!!」


「『理由は聞くな』!?ムチャクチャ言うなよ!!おいィイイイ!!うわぁああああああ!!」


「きょ、鏡四郎君ーーーーッ!!」


「フッハッハッハッハッ!!サラバでアール!!とうっ!!」


それにも関わらずランプマンは理由を話すつもりも誘拐をやめるつもりも無いらしく、どこからともなく黄金のランプを取り出して手でこすると砂嵐が巻き起こし…なんと、鏡四郎は虹色の宝石を幾つも散りばめたランプの中へとみるみるうちに吸い込まれてしまい、遥夜の叫びも虚しく鏡四郎はまんまと誘拐された。ランプマンは用済みと言わんばかりに高笑いを上げながら両腕を突き上げ、ジェット噴射の如く煙を出しながら鼓膜が破れかねない轟音を鳴らし天高く飛び去ってしまった。




その後、暫くして…。



「ウマー♪」


「…満足した?それで足りなければまだあるから後は家で済ませて。」


「フンッ…解ったわよ。まぁ、用は済んだからもういいわ。」


コンビニでの買い物を済ませ、腹を満たせて御機嫌そうなのか?アップルパイを頬張り満足気な笑顔のサンディアに予備の菓子パンや弁当の類が入った袋を渡して学校の部室へ向かうために彼女と別れようとしたがそこへ…。


「ひっ、響君!響君ーッ!!」


「…遥夜?どうしたの?」


血相変えて響の元へと遥夜が駆けつける。彼のタダ事では無い雰囲気に響は首を傾げながら彼に話を聞く。


「鏡四郎君が…鏡四郎君が誘拐された…!!」


「…は?ナニかの間違いじゃ…いや、でもアイツならともかく遥夜が冗談を言うわけが…。」


「本当なんだよ!鏡四郎君が、見上げる程大きくて青くてムキムキな髭の大男が連れ去って…こう、空へとジェット噴射して飛んで行き…!!」


「遥夜、君は疲れてるんだよ…今日の部活、休んだらどう…?」


「違うっ!僕は正気だッ!!」


最初こそは遥夜がこういうタイプの冗談を言わないだろうと思ったものの、実際に起きたありのままの事実を話されるや否や響は彼が日々の厳しい野球部の練習に疲れてしまったために見てしまった幻覚か何かだと…可哀想な人を見る目で遥夜の肩に手を置いたその時だった…。


「フッハッハッハッハーッ!!我こそはランプマンッ!!いきなりではあるがそこな少年ッ!大人しくワガハイに拉致されるでアール!!」


「うわぁあああ!!?また出たぁっ!!」


「まさか本当に居たとは…。」


「はぁ?なに?うるっさいわね、このヒゲ筋。」


大量の煙と共に再びランプマンが現れ今度は響を標的として彼目掛けて手を伸ばそうとしたが、まるで邪魔するかの様にサンディアがいつの間にか目の前に立っており、初対面の相手にも関わらず明らかに第一印象だけで言ってるような暴言を吐いた。


「む?そこなお嬢さん、ヒゲ筋ってなんでア…ムボサァッ!?」


「普通に『ヒゲもじゃ筋肉ダルマ暑苦しいから今すぐ死ね』の略よ、マヌケェッ…そんな奴この世のどこ探してもアンタしかいないっつーの。さっさと消えろ、この青肌(ブルースキン)親父。」


「いっだぁああああ~…!!本来の意味が長ッ!?内容もひどいんだけどォオオオオッ!?痛い!?痛い!痛い!痛いってば、ちょっ…ヤメテッ!!なんでこんなに力強いでアール!?やめるでアール!」


滅茶苦茶な罵詈雑言をこれでもかと吐き続けながらサンディアはやめろと言われようが構わずランプマンへと蹴りを入れ続けるが突如としてピタリと止む。


「アンタ、魔族でしょ?一体ナニしてんのよ?人間界で…どこのどいつ?『不死鳥の軍勢』とか?」


「…ヒィッ!?や、やめるでアール!!その名前は聞きたくないでアール!!」


サンディアは人間界に何故か居る魔族であるランプマンに対して前日にリクスからある程度聞かされていた新たな魔界の支配者・神嵐が率いる『不死鳥の軍勢』の一員かと訪ねたが、その名を聞くや否やランプマンは青い肌の顔をますます青ざめさせては本気で恐怖に駆られたかの様に怯えだした。どうやら彼は神嵐達とはなんら関わりの無い魔族の様だ…


「うう…ワ、ワガハイの故郷の魔熱砂の者達はもう完全にアイツらの言いなりでアール…アイツら、魔熱砂のみならず、もうどの地域でもやりたい放題で…怖くてワガハイこの世界に逃げてきたでアール!」


神嵐の猛威は最早魔界全土に振るわれており、ランプマンの故郷である魔界の砂漠地帯・魔熱砂(ヘルディザート)とて例外ではなかった…『不死鳥の軍勢』の圧倒的な戦力と残虐非道さのあまりランプマンの故郷の魔族達は神嵐達に屈し、服従を誓ってしまった。ランプマンはそんな状況に嫌気が差してしまい、魔界門(ヘルズゲート)を使って人間界へと亡命してきたようだ…。


「ハンッ…そんなこったろうと思ったわよ、まぁソイツら気に入らないからもし仲間だったら殺すつもりだったけど。」


「え。」


「ま、アンタが誰に何しようと勝手だけ…がぁっ!?」


ランプマンに対して何かとてつもなく物騒なことを言い放った次の瞬間、サンディアの後頭部に謎の衝撃が襲いかかる。全く以って予期せぬ事態に対応出来ず、鈍く重々しい打撃音と共に意識がそこで途絶え、地面へと倒れてしまう。


「サンディア!?おい…これ、どういうことなんだ…?説明しろよ、『お前』…うわぁっ!?」


「隙有りでアール!!」


響はサンディアに危害を加えた人物の名前を言う間も無くそのままランプマンのランプへと吸い込まれてしまった…。






「ふぅ~…助かったでアール!サンキューでアール!」


「ハハッ♪気にしなくていいよ、ランプマン。いやぁ~…危なかったよ、今のは…。」


ランプマンは思わぬ手助けをしてくれた人物に礼を言った。そのおかげで邪魔者(サンディア)は気絶して、『獲物』の一人である響もこうして確保出来て御互いに万々歳だからだ。





「しかし…先程さらった…確か、鏡四郎?とかいう少年といい、この少年といい…彼らを巻き込んで良かったでアールか?『遥夜』。」


「うん♪彼らは僕にとって大切な『友人』だからね♪しっかりとした『おもてなし』をしてあげないと♪」


ランプマンを助けたのはなんと遥夜だったのだ。一見すれば偶然怪物に出くわして響と共に襲われそうになった加害者と被害者なのが実は繋がっている協力関係であり、遥夜は何かしらの目的があって先程の響は勿論、鏡四郎をランプマンの力を使って拉致していたようだ。



「遥夜!遥夜!このレディはどうするでアール???」


「…僕はこの人の存在が許せない。然るべき罰を与えるべきだ。まぁ、本来なら君の協力のおかげで築き上げられた『僕だけの理想郷』に連れていく事すら憚られるが、致し方無いよね?ランプマン?」


「了解したでアール。それも遥夜に任せるでアール。」


響や鏡四郎に関する話に対しては嬉しそうな笑顔をしていた遥夜だったが気絶しているサンディアに対しては一変…感情の失せた冷やかな視線で彼女を見下ろし、何らかの処罰を下す事を決意した。サンディアが許せないのもあるが真っ昼間に年若い少女を路上に転がしたままだと騒ぎにされそうな恐れがあるためランプマンに担がせて自分達の理想郷なる場所へと運び込むことにした…。





それは幼い頃、まだ故郷の自分の家である小城に居た頃の夢だった。火山弾が常にミサイルの様に降り注ぐ赤黒い空、常にあちこちで噴き出す有毒の火山ガス、一度沈めば例え出身者でも命が危うい熔岩の河などといった地獄としか思えない、端から見たら良いところなどほぼ皆無な光景をしているがそこは人とは異なる種族である魔族…それを普通の事と受け入れ平然と暮らすほど逞しかった。


「はーっ!やっと今回の戦も終わったぜ!たっだいまー!!」


「サンディア、今帰ったぞ。」


「御父様!御母様!お帰りなさい!」


故郷…魔熔山(ヘルラーヴァ)の広大な土地の一角を領地としていた魔界の軍人の家系の一つである火精蜥蜴(サラマンダー)族の一族・オルテンダーク家の領主である自身の父・植物の花弁で象った火竜の様な顔と赤黒い全身の至るところが血管の様に伝う蔦植物と先端部分に鳳仙花の花を咲かせた尻尾を持つ人型の大蜥蜴といった外見をした魔界将軍ザウガス・オルテンダークとその副官たる母…煤けた赤い毛先がある灰色の腰まで届くロングヘアーを

揺らし眼帯をつけてるがそれでも隠し切れない程に痛々しい傷跡が目立つ左目に胸を放り出すかのように露出させてる着崩した黒い鱗が至るところについた軍服姿をしておりそして尻尾の先端にやはり同じく鳳仙花を咲かせているサンディアを大人にした様な顔立ちの女性・サンドレア・オルテンダーク。父と母が戦から無事に帰還した事もあってか、眷属の使用人達が周囲に居たとはいえまだ幼く、一人不安で一杯だったサンディアの表情は二人の姿を見て一瞬で明るくなり、思わず駆け寄った。


「ははっ♪サンディア~!良い子で待ってたかー?んー?」


「むぎゅう~!!お、御父様、潰れちゃうよ~!!」


「やめんか、阿呆が。サンディアが嫌がってるだろう。」


「あだっ!?なにすんですかい!?姐さん!?」


「バカ者ッ!娘の前で昔の呼び名はやめろ!!大体サンディアは女の子だぞ?あまり男がベタベタ触るもんじゃない…っと、す、すまないな…痛くなかったか?サンディア。」


「平気、私は大丈夫よ。御母様♪」


「ん…♪ありがとう、サンディア。」


自身に夢中で駆け寄ってきた愛娘のサンディアの愛しさと嬉しさのあまりにザウガスは過剰な力が入ってることに気づかず全力で抱き締めてしまいサンドレアに厳しいダメ出しを食らいつつ頭をド突かれてしまった。この馬鹿親父(ザウガス)の暴挙をサンドレアはすぐさま申し訳なさそうな表情で謝罪したがサンディアはニコリと静かに笑って許した。


他者からすれば有名な軍人の家系である魔界将軍と女副官…何より一見すれば近寄り難い容姿の上に戦場では如何なる敵も容赦無く殲滅してきたザウガスとサンドレアの二人…今でこそ将軍と副官という立場だったが昔はその逆であり、オルテンダーク家の令嬢たる女軍人のサンドレアに対して事もあろうに上司である彼女へ無謀にも猛烈なアタックをし、どんなに手酷く突き放してもめげずに求愛してきた元部下・ザウガスに根負けして結婚したというのはここだけの話である。そして今では自宅である小城に帰れば見た目大蜥蜴の怪物ながらも陽気且つ楽天家でだらしない部分が目立ち妻に頭が上がらぬ父親と隻眼で険しく厳そうな見た目に反して穏やかで謙虚な母親…双方ともにサンディアにとっては誇りであり、最高の両親となっていた…。





「…父さん…母さん…」


ここでまだ幸せだった頃の夢から醒め、ゆっくりと瞼が開かれた暗い金色の瞳から無意識に一筋の涙を伝わせながらサンディアが目を覚めると、そこは薄暗い空間…何かの部屋の様な場所だった。そして自身の身体に違和感を感じた。


「…ん…そうか、私…油断して…。」


殴られた後頭部はまだズキズキと鈍い痛みが残り、体は後ろ手に縛られた拘束状態で床に転がされており、起き上がりながら周囲を見渡す…先程の筋肉男…ランプマンとは別の何者かに気絶させられ、今自分のいる暗く広い何かの部屋に監禁されてしまったのだとすぐさま悟ると部屋が瞬時にパッと明るくなる、サンディアの目の前に広がった光景は…。




「誰か助けてー!!」


「もう嫌だァアアアアア!!」


「おうちにかえちてー!!」




「え?えぇ…?」




最悪の最悪だった。部屋の中央にはランプマンに負けず劣らず筋肉ムキムキのモリモリマッチョマンなレスリングパンツ一丁のボディビルダーやプロレスラーといった筋肉に自信のあるイイ男とイイ男同士とが体をガッチリと知恵の輪の様に複雑に絡まり合い、それがタワーの如く積み上げられて出来た筋肉の建造物を高らかに築き上げ、その回りは似たような筋肉男達がフンドシにまわし、ビキニパンツ一丁で強要でもされてるのか?ダンベル上げや腹筋などの暑苦しい意味不明な行動をしていたため、サンディアは突然の事に思考が思わず停止した。そしてあまり関係無い事だがあまりの暑苦しさ故か部屋の温度はサウナばりに暑かった。


「ハーッハッハッハッハッハ!!ようこそ!僕の理想郷たる王国…その名も『性☆男色宮殿(ホモ・ラビリンス)』へ!ポォッ!!」


「おええええ!!ゲロゲロゲロゲロ………!!」


「アンタはアイツと一緒にいた…って、正気なの…?ナニ、その格好…?」


筋肉達磨のタワーの頂上から裏返ったオウムじみた奇声がしたためサンディアはすかさず見上げるとそこに居たのはこの事件の元凶である遥夜だったのだが…何故か目元のみを仮面舞踏会で使う様な怪しい仮面で隠し、首に黒の蝶ネクタイ、乳首を星形で金色のペイントで塗り潰し、黒の極小のビキニパンツ一丁な上にガーターベルトに網タイツという悪夢のような下半身の三連コンボ、外に出たら即座に然るべき場所へと連行されかねない正気を疑うような変態チックないでたちで筋肉男で固められて出来た玉座に座しており、その側に立っていたランプマンは彼の仲間でありながらあまりのおぞましさに盛大に吐いていた。こういったストレートな変態だの筋肉だのといった未知の存在に理解が追いつかないサンディアはいつもの悪態が出るどころか、ただただ困惑するばかりだった。


「貴様ァッ!王の正装にケチをつけるとはなんたる無礼ッ!なんたる狼藉かッ!!」


「あうっ!?」


余程気にくわなかったか?遥夜は手に持っていたスイッチを押すと近場にあったクレーンが作動し、縛られているサンディアはそのまま遥夜の玉座と同じ高さの位置へと吊り上げられ、宙吊り状態になる。


「大体君はねえ?最初に会ったときから気に入らなかったんだよ!この泥棒猫!」


「うあっ!?きゃっ!!ああっ!!」


「悪い子!悪い子!悪い子ォッ!!」


「う、くっ…!痛ぁっ…!くぅ、う…!!」


遥夜はサンディアの髪を乱暴に掴んでは顔面目掛けて往復ビンタを繰り返し、更には鞭を取り出して容赦無く叩きまくるという折檻を十分近く続けた。


「はぁ、はぁっ…」


「遥夜!もう止すでアール!」


「ん?まぁ、いいけどね!」


何の抵抗も出来ずに身体を揺らしながらサンディアがガクリとうなだれて息を切らせる。元々が臆病で悪事などに向いてない性格かランプマンはもう見ていられなくなったのか遥夜にストップをかけて制止した。


「ふぅ、運動なんてしたから喉が渇いたよ、HEY!ボーイ!」


「遥夜ァアアアアア!!後で覚えてろよテメェエエエエエ!!」


「死にたい、本気で死にたい…!!」


遥夜は玉座に座り手を叩いて誰かに飲み物を渡すように頼んだ…すると、どういうわけかマスクを取っ払われ素顔を晒した状態の…何故か、バニーガールの格好をした鏡四郎とフリフリのメイド服姿の響が出てきてワイングラスに入ったプロテイン入りオレンジジュースなどを持ってきた。当然ながら彼らはランプマンに誘拐された上にまさかの犯人である友人だと思っていた変態男の毒牙にかかったせいでバニーガールならぬバニーボーイやメイド少年をさせられるという羞恥プレイに赤面しながら怒りの眼で睨み付けていた。ちなみにマスクを取った鏡四郎は中々の美少年であった。


「クソッ!チクショウ!なんでだ!?なんで体が言うことを聞かないんだ!?」


「ムダだよ♪ランプマンは僕の願い事を叶える力があってね、その強制力で君達は僕の言うことには逆らえないのさ!!ホァーーーー!!」


ランプマンをはじめとした妖魔精(ジン)族という魔族はなんと…主として認めた他者の願いをなんでも一つだけ叶えてしまうというとんでもない能力を持っていたのだ。


「僕の叶えた願いというのが長年の夢だった男による男のための男だけの理想郷『性☆男色宮殿』の建国のための『男を支配する力』だァアアアアア!!うぁっはっはっー!!」


「だからなんだよ!その頭の悪い、いや…頭のおかしいネーミングセンスの変態国家はよぉっ!?」


「と、というか…遥夜、まさかとは思うけど…君ってもしや…アッチ系の人だったの…?」


「大性解!!ポォアアアアアッ!!」


「最っ悪じゃねえかァアアアアア!!しかもガチの奴ゥウウウウッ!!」


「黙れェッ!!男が男を好いてどこが悪い!?ナニが悪い!!」


「「全部だッ!!」」


ランプマンに叶えさせた願いである『男を支配する力』を得たため、遥夜に見初められた男は一切合切抵抗出来ずに彼の言うことを聞くことしか出来なくなってしまう、汚らわしい欲望に塗れた『性☆男色宮殿』にいる響と鏡四郎をはじめとした誘拐してきた男達が自分の意志とは無関係にありとあらゆる変態プレイを抵抗も出来ずに強要されているのはそのためだ。全国大会制覇も夢じゃないと言われた野球部きってのエースであり誰からも認められる満ち足りたリア充であり自分達の友人だった遥夜の正体がこんな男色趣味に走った超絶ド級の変態男だったという史上最悪のカミングアウトを受け、完全に裏切られた気分になった二人は激昂するが抵抗が出来ないため非常に無力だった。


「誉めてくれてありがとう、鏡四郎ちゅわああん♪響たぁああん♪ンーーーーマッ!!」


「いや、誉めてな…?ぎぃいいいやぁあああああああ!!?殺してくれェー!!いっそ殺してェー!!んぶぅうううう!!?」


「待って待って待って!?ナニをどうしたらそうなる!?やめろこのクサレ脳ミソ…!!ぶぉええええええ!!」


遥夜はナニをトチ狂ったのか?鏡四郎と響に熱く濃厚なディープキスをかました。しかも舌まで入れた後に犬のように二人の顔をレロレロ舐め回すという追い撃ちもやらかしたのだ。


「ワガハイ、もう目眩がしてきたでアール…」


こんなものを見せつけられたランプマンは完全に引いていた…『不死鳥の軍勢』を恐れて人間界に来たはいいが、行くアテもなく途方に暮れていたところを遥夜と出会い、取り敢えずの居場所である元・廃工場…現・『性☆男色宮殿』に匿ってもらい、その礼に願いを叶えたはいいものの、こんな歪んだ欲望の持ち主だとは露知らず…今更ながらコイツと出会ったことを激しく後悔していた。


「ったく、あんな何時何処で知り合ったか解らない泥棒猫に前から目をつけていた一人の響たんを渡してなるものでちゅか!バブバブバブー!!」


「ヤメテー!!もうキスはよせェー!!ゲロ流し込むぞ!オイ!コラ!テメェエエエエエ!!」


「いいわ!響たんのゲロならアタシ、喜んで飲み干すわ!!カマン!カマン!!」


「「飲めるのかよ!?オボロロロロロ!!」」


サンディアに対する執拗な折檻は目をつけていた響と非常に距離が近しい存在の邪魔者と思ってドス黒い嫉妬を爆発させたものだったようだ。遥夜は男は好きだが女は大嫌いだったのだ…そしてさっきのでは物足りなかったのだろうか?遥夜は響に再び薄汚いディープキスをしようと唇をタコのようにすぼめて接近する…ゲロを遥夜に流し込むなどという普段の響ならば絶対に言わないような暴言はせめてもの抵抗のつもりで言った事だがなんということだろうか…最早、完全に手遅れ状態の遥夜にとってはむしろ御褒美と言わんばかりに逆に喜んでしまい、響ではなく鏡四郎とランプマンがゲロを吐いてしまった…その時だった。


「…違う。」


「はーーーん?」


「…サンディア?」


サンディアは顔を上げ、今まで響が見たこともなかったこれまでの様な怒りや憎しみ、侮蔑などどの負の感情でもない、暗さのない輝きを宿した金色の瞳で真っ直ぐと見据え、毅然とした態度で一言、静かにそう言った。


「それは、その行為は…そんな汚いものなんかじゃない。」


サンディアが『違う』と思った事は遥夜が先程やらかしていた相手への同意もクソもないディープキスについてだった。サンディアは知っていた。見ていた夢で思い出したことがあったからだ…。


あれは何時だったか?まだ火精蜥蜴(サラマンダー)族とその眷族たる魔族が健在だった。まだ幸せだった頃の話…。


「姐さ…ゲフンゲフンッ!サ、サンドレアさん!んんっ!!」


「んっ…ふふっ♪全く、何時までも下っ端気分の抜けない奴、本当に…私がいないとダメな奴だな♪」


「御父様?御母様?」


「「サ、サ、サンディアァアアアアア!!?なんでこんな時間にィイイイイイ!!」」


一人だと中々眠れずにいたため幼いサンディアが城内の両親の寝室に移動しようとした時、偶然見たもの…それはどういうわけか?父と母の二人が互いを愛おしそうに抱き締め合い、唇をそっと優しく重ね合わせているという不可解な行動だった。


「ご、ごめんなさい…私、眠れなくて…一緒に寝ようとしてたら、二人共、何かしてたからつい、なんだかアレが綺麗なものに見えて、見とれてて…グスッ…ごめんなさい…ごめん、なさい」


もしかしてこれは見てはいけないものだったのかと思い、幼いサンディアは罪悪感からか涙を浮かばせながら何度も二人に謝った。


「な、何故泣くゥウウウウ!?いや、違うぞ!別に見て悪いなんて事は無いんだぞ!?むしろドンドン見て!!そうっスよね!?姐さん!!」


「その呼び名やめ…って、それどころじゃないな、いいか?サンディア、これはな…父さんもさっき言ったように見て悪いものではない。だから悲しまないでくれ。」


「グスッ…うう、本当?怒らない…?」


「怒るものか、バカ者…♪これは母さんと父さんみたいに互いを本当に心から愛し合う者同士とがやる行為で…うーむ、すまん、上手く説明が出来ない。お前にもいずれ、そう遠くない未来にコレを誰かにする日が来る。」


幼い我が子に無用な罪悪感を抱かせた事にショックを受けたザウガスは慌てながら弁明し、サンドレアもサンディアを抱き寄せ、頭を撫でながらキスの意味について簡単に説明した…自分達の様に何時の日にか娘にも出来るだろう、愛する者とキスし合う日を期待しながら。


「私も…?私にも、ちゃんと…出来るの、かな…?」


「出来るって!出来るって!サンディアは母さん似だからな、きっと美人さんになってイイ男見つけ…いや、待てよ?そんな男…もしも、いたりしたらまず俺が八つ裂きどころか百裂きにした方が…?」


「良い訳ないだろ!!バカがッ!!」


「うぎゃああああ!!?」


「ふふっ♪あははははっ♪」


不穏な発言を抜かす親バカなザウガスをすかさず殴り飛ばすサンドレアのやり取りを見てサンディアは罪悪感から解放された様に涙を拭い、子供らしい明るい笑顔で笑った。


(あぁ、そうか…今でも二人は何を伝えたかったのかよく解らない。だけど…アイツらは、バカなガキんちょと新入りの蜥蜴女は父さんと母さんと同じ気持ちでしていた事、してたんだ…)


在りし日の思い出に加え、牧志とリクスが互いを愛し合ってる証としてキスをしていたことも思い出した。両親も、牧志とリクスも…今思えば、この二組はいずれも、どういうわけか見ていてとても美しいものに…サンディアなりの愛の在り方の様に感じた。故に遥夜の一方的で歪みに歪みきった欲望がだだ漏れの汚らわしいディープキスは両親から教った事に大きく反するものだったのが許せなかった。


「きっ、きっ、キッサマァァアアアアアーーー!!この王である僕に対してまたも反抗したなァアアアアア!!」


「…!!」


ただでさえサンディアに対して嫌悪を通り越して憎悪さえ抱いていた遥夜の怒りは再び爆発し、鞭を振り上げて折檻を再開しようとした時…。





「ワガハイ、もう『下りた』でアーーーーールーーーー!!」





「へ?」


「「「え?」」」


突如、そんな叫びが聞こえると同時にランプマンは主であるはずの遥夜を筋肉タワーから突き落としてしまったのだ。


「あ、あぁああああああーーーー!!」


「遥夜が落とされた…?だけどお前が悪い…」


「はんっ…アンタに相応しい末路ね…」


「ケッ!!ざまぁみろってんだ!!バーカ!!」


協力者からの想定外の裏切りにより筋肉タワーから墜落した遥夜は衝撃で全身の関節が曲がってはいけない方向へとネジ曲がり、下の方で悶絶していたのを見て響、サンディア、鏡四郎の三人は彼の顛末に対して因果応報だと思ったため、別段何かしらの感情など抱かなかった…。


「そこのレディも、少年達も今助けるでアール!ワガハイの願いの契約はもうキャンセルしておいたから二人共もう動けるでアールよ!」


「うっ…ダメ…もう、意識が…」


「サンディア!?サンディア!!」


「アレ?この人よく見たらさっきのお姉さん!?大丈夫かよ!おいっ!?」


ランプマンは遥夜から奪い取ったスイッチでクレーンを操作してサンディアを降ろしたものの彼女は遥夜から受けた暴力のあまり意識が途絶えて気絶してしまった。ランプマンの願いの力は実は願いの内容が自身の意にそぐわないあまりにも酷いものの場合はその効果を主に内緒で任意にキャンセル出来てしまうのだ。そのお陰で願いの力から解放されて自由の身になった響と鏡四郎は崩れていく筋肉タワーを上手く降りてサンディアに近寄り、彼女を縛っていた縄を解いた。


「大丈夫、気絶しただけだよ…」


「ほっ…良かったな、無事で…」


暴行こそ酷かったものの気を失っただけと知り、サンディアの無事にホッとする響と鏡四郎であった。


「おい、筋肉のオッサン!なんで俺らを助けたんだ?アンタは遥夜の手先みたいなもんじゃんか!」


「…ワガハイ、さっきのレディの言葉に目が覚めたでアール…」


「え?」


「そういえば、なんか言ってたな…?」


「遥夜には匿ってもらったことは感謝してるでアール。だけどいくら遥夜の願いだからってこんな汚い事に手を貸し続けて、ドンドン間違ってドンドン汚い人間になってしまうのは見ていて辛いでアール…それにワガハイ自身、人間ではない魔族でアールからこういうことを言うのもなんでアールが…結局は遥夜と同じで薄汚い魔族でしか無いでアール…。」


「オッサン…アンタ…。」


ランプマンはもう限界だった…居場所も無ければ、これから先もどうしたら良いか解らない時に偶然出会ったのが

遥夜だったのだ。しかし、サンディアの真剣な眼差しと遥夜に対して言い放った口づけすることの意味に感銘を受けたのがキッカケか?魔族真っ青なドス黒い本性を知って遥夜が自分の力に溺れてしまう様を見て、やってはならないことだと解ってはいても彼に手を貸してしまったランプマンも結局同類の汚れた存在でしかなかったと思い知らされた。


「あ、同じだからと言ってもワガハイにはそんな趣味は無いでアール。というか…もしかして『ワガハイの事をそんな目で常日頃見てたのではないのか?』って、と思うとゾクゾクしてくるでアール!」


「あー…解る、解る…その気持ち。俺らも今日知ってビックリしたもんよ、なぁ?響?」


「あぁ、悪いけどもう今まで通りの関係には戻れそうに無いよ…だから…。」


ランプマンは遥夜と違って自分は至ってノーマルであることを強調し始めたが無理もない…今の今まで男色趣味の持ち主なんかと一緒に居た事さえ恐ろしいのに自分も対象に入れられたのかと考えただけでそんなもの恐怖以外のナニモノでもない。誘拐された身とはいえ鏡四郎はランプマンの気持ちを汲み取りながら慰めた。しかし、響はというとその目は彼らしくもない明確な怒りに満ちていた。


「おい。」


「あががが…痛い、痛いよぉーーーー!!誰か助け…あ♪響たん♪僕を助けに来てく…ぎぇああああああ!!」



落下して潰れたトマト状態の遥夜に近付き、響は彼の急所をなんの躊躇いも無く踏み潰した。


「お前とはもう友達でもなんでもない、絶交だ。」


響の怒りは自分にされた仕打ち以上に本来ならば無関係なサンディアを必要以上に傷つけた事の方が大部分を占めていた。本来ならば、全く無関係の赤の他人でしかないサンディアを、あんな眼を見せることもできて、あんな言葉も言える彼女を傷つけられると…どういうわけか、どうしても許せなかったのだ。この感情がなんなのか?今の響には知る由もなかった…。



「俺も!!」


「ワガハイもでアール!!」


「あんぎゃあああああああ!!」


響に続くように鏡四郎とランプマンも遥夜の急所に強烈な蹴りを叩き込み…更に追い撃ちと言わんばかりに。


「おい!俺達を忘れちゃいないか?」


「立てオラァアアア!!一丁揉んでやらぁあぁああああああ!!」


「あーーーーれーーー!!誰か助け…アッーーーー!」


誘拐してきたボディビルダーやプロレスラー…被害者一同の皆様にボコられまくった。後の話になるがこの時の怪我が元で全国大会出場の夢もパーとなり、ついでに響と鏡四郎ならびに被害者一同の皆様の証言により遥夜の男色趣味が全校生徒と全校教師にバレてしまい、人生そのものもパーになってしまったのは言うまでもない…。


「はぁ…これからどうしたらいいでアール…?」


こうなれば最早この場には居られなくなってしまったランプマンは再び途方に暮れることになるのか?そう思った矢先…。


「あ~…オッサン、アンタが良いなら、俺ん家来ない?」


「…ファッ!?」


「え?鏡四郎?」


その意外な申し出にランプマンも響も驚いた。


「俺ん家、アンタにゃ小せぇかもしんねーけど。屋根裏部屋あるし、それに俺、小遣いだけは困らねーから飯も付いてるよ、どう?」


「い、いやいやいや!!?君は何を言ってるでアール!?ワガハイは君や君の友達を巻き込んで…!!」


「まー…許せるっつったら嘘になるわな、けど俺らの元ダチのせいでもあるし、それにアンタ…なんか放っておいたらまた同じ失敗しそうだし…あ?もしかして願い言わなきゃダメ?じゃあこうだ。『俺ん家の同居人になってくれよ』…これでいいか?」


「鏡四郎殿ォーーーー!!オロローーーン!!」


「おいいいい!!折れる!折れるって!!ギブッ!ギブアップ!!」


(鏡四郎も因果応報かもね。)


遥夜以上の好条件を提示こそされたもののそれでもランプマンは自分のやったことが到底許されるものではないという自覚があったため、最初は断ったが…鏡四郎は照れくさそうな表情で新たな主として願いの力を使い、本格的な同居人として迎え入れてくれた事に感謝で一杯になったためかランプマンは感激の涙を滝のように流しながら鏡四郎を抱き締めたが鏡四郎の全身の骨が落下した遥夜の様に砕けかねない程強かったのを見て響はサンディアとの関係性を疑われてヘッドロックをかけられたことを思い出し天罰が下ったのだろうと思った。響は意外と執念深かった。


「おい!お前、俺達をさらったヤツだな!?」


「あ!本当だ!あの変態小僧と一緒にいた青肌マッチョだ!!ぶっ殺せーーーー!!」


「え、あ…やっぱりワガハイ、罰せられる運命でアールか!!えぇい、ワガハイも男、責任は取るでアール!!カモン!マッスル達…って、うぼぉおおおおお!!?」


「オッサーーーンッ!?」


このままランプマンだけお咎め無しなどという都合のいい展開になどならなかった。自分達を誘拐した彼の存在に気づいた被害者筋肉達は一斉にランプマンに向かって雪崩れ込み、ランプマンもまた彼らの怒りは最もだとこれから受けるだろう罰を甘んじて受け、清々しいまでにボコボコにされたという…。



「サンディア、サンディア…しっか、り…?」


「…。」


「ん?なんだ?よく、聞こえな、い…」


「父さん、母さん…」


「…!?」


「私を、一人に…しないで…」


『まただ』と響は思った。


(サンディアはいつもそうだ…初めて会った時も、鴉みたいなヤツと戦っていた時も、今だって…なんだよ?どうしてコイツは…この人は泣いてばっかりいるんだよ…?それに、反則だろ…親の名を呼ぶなんて…)


苛烈な性格で人をバカにするのが大好きで、ひねくれ者で、正直良いところを探すのが難しいくらいどうしようもないサンディア…彼女をこう変えてしまった根本的な問題(ナニか)を抱えてる事には薄々気づいてはいるものの深く干渉すべきではないと今までそう断じて無関心を装ってきたが、流石にこればかりは動揺を隠せなかった。親の名前を呼びながら、小さな子供の様に涙するなんてどう考えてもただ事ではない…。


「はぁ…サンディアの事、何にも知らないな…本当に。」


深い溜め息をつきながら響は取り敢えず、サンディアの顔の涙を拭いて目覚めるまでジッと見守っていた…。





「もっと頼れよ、バカ。弱音…聞くくらいなら出来るから…。」





皆様、お待たせいしました。今回の話は日常とは名ばかりの濃厚な変態ギャグならびにシリアス回でした(←おいこら作者、テメェ)しかし、ギャグとシリアスの同居は難しい…本来ならば遥夜の暴走だけで終わるはずがサンディアの両親の話まで…どうしてこうなった?(汗)


まず読者の皆様に謝罪いたします。本気で今回の濃厚な下ネタ、ごめんなさい!男色野郎に筋肉祭り、果ては女装に主人公が男に唇奪われるという暴挙まで、プラスで遥夜のサンディアへの拷問シーン…一体私は何に取り憑かれていたんだ…?前述の通り、遥夜の性癖の暴走をメインにしたものにするはずでしたがそれだけだとあまりにも酷すぎるためバランス配分としてシリアスも入れた感じですね。しかし、響よ…まさかファーストキスを男に奪われてしまうとは情けない…牧志とリクスを見習え(←おい作者)


キス一つから始まるシリアス展開、無理矢理やらされるものと互いの同意も下にする愛の証とでは価値が全然違います(←当たり前だ)サンディアの「違う」と言った時の真剣な気持ちはひとえに両親の愛を深く受けて育ち幼い頃の一時期は至極真っ当に育った事や今はまだまだ上手く理解は出来てなくてもやがてその意味をキチンと解った上で…と、ここから先はまだ未来の話でしたね。(←どこの予言者だ)


今回は前回の無双ぶりに反して桃の姫の如く捕まって拷問されてしまったサンディア、男の嫉妬って怖いですね(おい)彼女の徐々に明かされる過去に反して響は未だに彼女の事をろくに知らずに今までは無関心でそこまで深く関わるつもりがなかったのが度々涙するその意味を知りたくなったようで彼もまた少しずつ知らず知らず変化をしているのです。


座上鏡四郎(ざがみ・キョウシロウ)(イメージCV:花江夏樹):今回珍しく出した人間キャラその1、引きこもりで陰鬱なキャラですが意外とツッコミが激しく、気づけばラノベによくいる友人キャラみたいな感じに…引きこもりに反して実はランプマンを引き取れるほど割とリッチなお住まいにいますが機会あらばまた別な話で…声のイメージは強気だったり謙虚だったりおバカキャラだったりと色んなタイプの友人キャラが似合いそうな花江夏樹さんです。


武見遥夜(たけみ・ハルヤ)(イメージCV:真殿光昭):同じく人間その2にして今回の話の大半を変態ネタに染めた元凶…まず書くことのないタイプな上に、魔族であるランプマンさえ吐いたレベルのド変態キャラですね(おい)、尚、彼の再登場は二度とありません、というか自分で出しておいてなんですが二度と出したくないです(酷)なんなんだ『性☆男色宮殿(ホモ・ラビリンス)』って…?イメージCVとしてはこちらは何となくですが変態キャラもやってることがある真殿さんで。


ランプマン・ディザドナイト/妖魔精(ジン)族(イメージCV:千葉進歩):今回の話のゲスト怪人枠、見た目としてはモロにランプの魔神そのまんまなキャラですね、主の願いをどんなものでも一つだけ(←三つに非ず)の力は割となんでも叶えられるサラッとチートな能力ですがあんまりにも主の願いの内容が酷い場合には任意で強制的に解除出来たりします。彼と鏡四郎とのエピソードもいずれは書いてみたいかなと思います。咲いている花はトレニア、花言葉は『ひらめき』『愛嬌』など…ですが、遥夜の発想のひらめきは最悪そのものでした(汗)イメージは某ゴリラの声を担当してツッコミなどもナイスな千葉さんです。


ザウガス・オルテンダーク/火精蜥蜴(サラマンダー)族(イメージCV:伊藤健太郎):回想のみに登場したサンディアの父親、見た目は男の魔族のため蜥蜴型の異形で厳めしいですが嫁であるサンドレアは元上司ということもあり立場が逆になった今でも『姐さん』と呼ぶくらいザウガス自身が未だに下っ端気質なため頭が上がらずな婿養子ですが、娘には物凄く激甘な親バカ親父です(笑)。イメージCVはカッコいいキャラは勿論のこと、下っ端気質なキャラもよく似合う伊藤健太郎さんの声をイメージしました。


サンドレア・オルテンダーク/火精蜥蜴族(イメージCV:喜多村英梨):回想のみに登場したサンディアの母親、見た目はフィクションの戦争ものやロボットアニメに出てきそうな百戦錬磨の女軍人ですがそこはザウガスと同じくサンディアに対しては彼ほどではないですがかなりの甘々です。イメージとしては某蛇の学校の褐色ポニテといったワイルド系な女傑や某タコ型の女怪人役などをしている喜多村英梨さんです。


今回はやはり前回と同じかそれ以上に長くなりましてすみません(汗)一話完結さえも長くなるなんて。


今回はサンディア&響編でしたが次回はリクス&牧志編の通常回(←怪しい)の予定です…なんだかこの二人の出番が多い気がする様な…と、言うわけでまたお会いしましょう、槌鋸鮫でした!

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