第八片-共闘-焔花と礫花--
お待たせしました。どうしてこうなったと言いたくなるくらいに前回以上に長くなってしまっているため、閲覧の際はご注意くださいませ…(汗)
リューカの心臓停止から数分後…。
「………なんて、死んでたまるかぁああああああ!!キェアアアアアアア!!クェッ!クェッ!クェエエエエエエエ!!」
「「あ、生きてた。」」
怪鳥の様な奇声を上げてリューカは両腕を広げて大地から大空へと飛び立つ鳥を思わせる変なポーズで勢い良く跳ね起きた。
「マキ君!!こ、こ、こんなところで…その人と…な、ナニをヤッてるの!?」
リューカは顔を赤らめ、所々キョドりながら、先程の最愛の弟が見知らぬ女性…否、リクスと御互いが溶け合うかの様な熱いキスシーンという目を背けたくなる様なやり取りを自分の記憶から必死に払いのけつつ、真相を本人の口から聞こうと問い質そうとした時だった。
「やぁ、リューカ姉達。どうしたの?そっちこそこんなところで…。」
「「へ。」」
「いや、誰だよ!?」
目の前に居た…牧志と思わしき少年の顔立ちを見てリューカとサンディアは絶句し、響に至っては彼を自分達の知る牧志と認識出来なかった。
「誰って…?ハハッ、やだなぁ!響兄ィ!オレだよ?オ・レ♪鳴我牧志さッ☆」
その少年は無論、牧志である…。
「嘘ごくでねぇ!!おまっ…お前ッ!?本当にッ!あのマッキなのか!?今までそんな口調じゃなかっただろ!?オイイイイイイイ!!」
「そうよ!そうよ!もう完全に別人じゃない!?むしろアンタ、誰かが化けたニセモノじゃないの!?」
(やだ、私の弟…こんなに立派に…)
…で、あるのだが。余程リクスとの出会いとその恋を成就させたことが刺激になったのか?現在の牧志は以前までのおバカキャラを完全にかなぐり捨てており、口開きっ放しで締まりの無いマヌケ面から打って変わって姉のリューカによく似ていて尚且つ彼女を少年にしたかの様な爽やかな美少年フェイスに、口調も軽さが見られるものの流暢になり、一人称も『僕』から『オレ』になってるという今までの彼を知る者が見たら完全に別人としか思えない劇的な変化を見せていた…彼の身に起きた信じられない変貌ぶりに響は驚愕のあまりに何故か少し訛ってしまいながらサンディアと共に激しいツッコミを入れた。ちなみに馬鹿姉はというと新たに発現した弟の魅力に『これはこれでいいかも…』と思っていたりする…。
「………なんだ?貴様らは…?」
自分達の次のステージというべきキスシーンからの濃密な情交の儀に即で移ろうとした所を突然現れた謎の乱入者共…リューカ・サンディア・響の三人を自分を追ってきた神嵐の手の者、或いは単なる出歯亀的な不埒者かと思い、リクスは牧志に見せていた恋する乙女の顔から一転…魔族本来の触れようものならば全てを切り裂く抜き身の刃の如き、冷たく鋭い殺意を静かに己の暗い金色の瞳に宿らせると右腕を鉱石を生やした蜥蜴のものに変化させ、徐々に戦闘形態へと移行していく。
「うッ!?」
「あの人、よく見たらサンディアと同じ…。」
「そうね、なんで人間界にいるかは解らないけどアイツも私と同じ魔族よ。」
魔族であるリクスの変化を見た三人はこれまでの様に戦闘に移るのか、そう覚悟しながら身構えていた時だった…。
「もう一度聞く、貴様らは何者だ?返答次第では…。」
「ボクはマキ君の姉です!!」
「御初に御目にかかります…私はヴァジュルトリア家第十四代目当主・リクス・ヴァジュルトリアといいます。先程の無礼を御許し下さいませ…義姉上殿。」
「誰が義姉だッ!?」
「変わり身、早ッ!?」
「魔族が人間に媚びてるんじゃないわよ!?この恥晒し!!」
リューカが牧志の実姉と知るや否や…リクスは戦闘形態への変化を即座に中断すると魔界の貴族らしく優雅に名乗りながらリューカに彼との仲を認知してもらうべく下手に出た…流石は魔族、やることが汚い。
「では、御義姉様…?それとも…お、お義姉ちゃん…?」
「違う…!言い方の問題じゃない…!!」
「フンッ…冗談はさておき、残念だがこの少年の心は既に我が手中、我が虜…。」
「そうだよ?」
「…………と、りこ…ッ!?そ、その…牧志…う、嬉しいのだが…そ、即答は、困る………。」
「でもさっき言ったじゃないか?リク姉はオレのものさ、逆に言えばオレもまたリク姉のものだから、何も間違ってないでしょ?」
「うぅっ…ま、牧志…。」
「ンッギィイイイイイイ!!バルルルルル!!バウバウバウ!バオォンンンンンンンッ!!」
((グダグダしてきたなぁ…))
リューカへの呼び方を模索したり、かと思えば魔族らしい悪人顔で牧志は既に自分の物だとアピールするものの…何の迷いもなく牧志もまた彼女の虜も虜、彼女だけの物であると認めてるというストレートな好意を包み隠さずに言ってのけためリクスは嬉しさと羞恥の余りにひどく赤面した顔を両手で覆い隠し俯いた。二人の相思相愛ムードにリューカは嫉妬の怒りのあまりに人語を捨てて闘犬じみた咆哮を上げながらハンカチを噛み千切り、憤慨した。こんな感じの展開にサンディアと響に至っては最早蚊帳の外状態であった…そこで。
「ちょっと聞きたいことあるんだけど。」
「ん…?お前は…その尻尾、魔族…牧志の言っていた奴か?」
サンディアは自分も魔族であることをアピールするために自身の蜥蜴の尻尾をリクスに見せながらある質問をした。
「あのガキんちょに何を聞かされたか気になるところだけど、そうよ。で…アンタ、魔界のどっかのお偉いさんなんでしょ?」
「何故それを…?」
「此処に来る途中、アンタを追っていた奴らの一人シメたらそう白状したんだけど?」
「そういえば、さっきの奴からそんなこと聞いてたね。」
「マキ君の事で頭が一杯ですっかり忘れてた…。」
サンディアが道中で見かけた殺人蜂族の内の一人を捕まえて人間界に来た目的を吐かせたところ、彼らは魔界から此処まで逃げてきたある人物を探してるとのことだが…読み通り、その人物はリクスで間違いなかったようであり、事実本人もそれを言われて反応する。牧志とリクスとの発展し過ぎた関係の衝撃のせいで響もリューカもサンディアから話題を振られるまで完全に忘れていたようだ…ちなみに白状させた後、その殺人蜂族は口封じに既に始末している。
「リク姉、追われてるって…?」
「…牧志、そうだな。牧志に隠し事はしたくない。だから、私の身に起きた事を話そう…。」
「ハンッ…別にアンタの事情なんて知ったこっちゃないわ。」
「なんだと…!?これは魔族である以上、貴様も決して無関係ではないんだぞッ!『現在の魔界』がどんな事になってるか…解っているのかッ!?」
「ぐっ…な、何よッ!?」
「リク姉!?どうしたのさ!急に!!」
「落ち着けよ、どっちも…。」
「二人共、やめて!!」
牧志がリクスの置かれてる状況を聞いて不安そうな顔になると、リクスは最早知らぬ仲ではないこの小さな愛する者に対して全てを打ち明かそうとした。質問しておきながらもサンディアとしては自分と全く関係の無い赤の他人である彼女の事情など知ったことではなく、興味関心も持たずに話をスルーしようとしたがそのあんまりな反応にリクスは我を忘れて激昂し、サンディアの胸ぐらを掴み、牧志や響、リューカに止められながら次の様に話す…。
「魔深淵は知ってるな?魔界の権力者達がいる所だ。」
「…チッ…知ってるわ、嫌ってくらいにね…。」
リクスからその名前を出された際にサンディアは舌打ちしながら明らかに不機嫌そうな表情を浮かべた。家族も仲間が居らず天涯孤独の身である彼女が最後に行き着いた取り敢えずの居場所…そこでの立場は人間界支配に向けての任務を遂行する先遣隊の隊長でこそあるが所詮はいつでも切り捨てられる使い捨ての駒に過ぎなかったのだ。故にサンディアにとって魔深淵はロクな思い出が無かったし、上層部や先遣隊の連中から切り捨てられても特に未練も無かった。
「…魔深淵は陥落した。」
「…な…!?」
…無かったのだが、流石にその言葉には驚きを隠せなかった。
「魔深淵だけじゃない!魔海、魔密林、魔山脈、魔氷河、魔熱砂、魔墓場、魔工都…!!同時進行で他の地域も次々に壊滅した!!私の一族が統治していた故郷・魔樹原もだ…!!」
「嘘、でしょ…?一体、誰がそんなこと…」
「…魔熔山だ。奴ら、いつの間にか魔界全域を侵攻出来る程の大規模な戦力を揃えていた…!」
「え…?」
リクスから聞かされた話はどれも信じ難いものだったが人間界に取り残されて大分時間が経つためサンディアが知らないのも無理もない…。
「ただでさえ魔熔山の魔族達自体が強大だというのに…!そればかりか奴らは他の地域の投降してきた者や裏切り者、最初から同盟を結んでいた者…それらの魔族も戦力化して取り込み、投入してきた。ほぼ無尽蔵の戦力だ。最後まで抵抗していたのは私の魔樹原だけで…結局は、どんなに足掻いても…ダメ、だった…我が眷属達に逃げる隙を与えられ、追っ手を振り切って最後に辿り着いたのが人間界なんだ…。」
「リク姉…。」
「リクスさん…。」
リクスは殆ど抵抗出来ずに最終的に魔樹原を陥落させられ自分一人だけが眷属たる蜥蜴人族達に逃がしてもらった時の屈辱を思い出し、俯きながら歯を強く噛み締め、サンディアの胸ぐらを掴む手を震わせ己の無力さを改めて痛感した…リクスの味わった悔しさはいつしか牧志のみならず彼女に対して余り良い印象を抱いてなかったリューカにも伝わっていた…。
(魔熔山…?私の、故郷…?)
一方、リクスから出た魔熔山の名を聞いてサンディアは何故自分が天涯孤独の身であるか、魔深淵の上層部からの仕事よりも本当に忘れたかった記憶が突如フラッシュバックした…。
思い出した光景、それは幼き頃の時の記憶…絶えず噴火する火山から隕石の如く降り注ぐ火山弾の雨嵐、魔熔山全域の大地を突き破って現れる火柱と流れ出るマグマの河、悲鳴を上げて逃げ惑う住民たる魔族、サンディアと同じ火精蜥蜴族とその眷属達、そして彼らを次々と殺し回るドス黒い業火に包まれ燃え盛る『四つの影』…。
一つ目は炎の剣、非道なるその刃は触れる者全てを斬り刻みながら、甲高い高笑いを響かせる…最早その悪鬼外道の如き所業は八つ裂きを通り越し百裂きに達していた。
二つ目は炎の獣、子供の様に無邪気に笑いながら、当人は殺してるというよりも遊んでるという感覚だろうがそれがかえってコイツが残虐無比である事を際立せている。
三つ目は炎の鬼、終始無言で淡々と炎に包まれた拳で住人達を紙を破るかの様にすんなりと貫き、黙々と手にかける鬼畜無頼の権化。
そして最後の四つ目は…炎の鳥、記憶の限りサンディアが覚えてるのはソレが当時の自分と大して変わらぬ幼き身で狂気に満ちた眼で縦横無尽に空を飛び回り、目につくもの全てを背中の翼から放たれる熱風で灰塵に変えていった…。
かつての自分にも存在していた家族や眷属達が断末魔の叫びを上げ、四つの炎によりそれぞれの命を焼かれる恐怖に歪んだ顔で黒い消し炭に…。
「…ハァッ…!ハァッ…!!」
「…サンディア…?サンディア、大丈夫、か…?」
思い出したくもなかった忌まわしい記憶が心を蝕む、恐怖という名の見えない鎖で全身を締め付けられる様な感覚が襲い、サンディアは息を荒げ、体を震わせながら青褪めた顔で膝を地につけた。響は彼女の様子を見て声をかけた時…。
「よぉ!探したぜェ!!リクス御嬢様ァッ!ギッヒッヒッヒッヒッ…!!」
「バズソード…!!」
場の空気を読まず、バズソード・ニードルビット率いる殺人蜂族の一団が耳障りな羽音を響かせながら空から押し寄せ、遂に発見した抹殺対象を見つけ、歓喜の声と共に彼女達の周囲を完全に包囲した。
「あわわわ、囲まれているよー!?」
「まずいな、これは…」
「コイツらがリク姉を追ってる奴ら?うへぇー、デカイ蜂じゃん…。」
「ますます神経が図太くなりすぎでしょ、アンタ…。」
(私だけならともかく、牧志達人間を巻き込む訳には…!!)
大勢の魔族に包囲されたためリューカと響は流石に身の危険を感じたものの性格が激変しても相変わらずのマイペースな牧志は何故か意外と冷静だったためサンディアが即座にツッコむ意味で彼の頭に軽くチョップを入れた。一方、リクスはというとこの状況は自分一人なら切り抜けることは容易いのだがただの人間三人…特に牧志をこれ以上危険に晒すわけにいかない、しかし彼らを守りながら戦う余裕
が無く焦りが生じてきた彼女にどうしようもなく無情な追い討ちが待っていた。
「…ったく!散々逃げ回りやがって、メンドくせぇ!テメェもさっさとお仲間と一緒にマウザー様やザイオン様、そしてオレ達に殺されときゃ良かったのによぉ!!」
「…今、なんと言った?」
『やめろ』…リクスはバズソードがふと口走った戯れ言を聞いた瞬間、表情こそは辛うじて冷静を保っていたが、これから告げられるだろう残酷な過程と結果に既に心が震えていた。
「あ?聞こえなかったか?あの雑魚共とくたばっておきゃ良かったのにっつったんだよ、おっと…知らなかったか?あの後、アイツら全員どうなったのか?」
「皆を、どうした…」
『聞きたくない』…これ以上聞いていたらもう冷静でいられなくなる。心の震えはやがて両腕にも浸透していき、鼓動が早まってきた。
「ギャーハッハッハッハ!!もういねーよ、皆なんて!!特にテメェの眷属の蜥蜴人族は一人残さずになぁ!!徹底的に残党狩りもしたし、魔樹原の他の魔族はオレ達の様に神嵐様の傘下に入った奴等以外は全部!皆殺しだ!!」
「………。」
『解っていた』…大体察しもついていた。あの戦況と圧倒的な戦力差で彼らが助かる可能性など皆無に等しい、ましてや最前線に『不死鳥の軍勢』のトップ直属の最高幹部が二人も直々にやって来た時点で詰んでいたのだ。
(………コイツも、もう私と同じってことか…。)
故郷を追われ、親しかった者達も眷属が一人残らず…サンディアは今のリクスが自分と同じ境遇に置かれてる状況であると理解し、思うところがあるのか複雑な心境に陥った。
「なんだよ、それ…!?おい!そこの偉そうなクマンバチ!!」
「あん?人間?ってか、誰がクマンバチだ!?オレらはスズメバチだっつーの!!」
「…そこまでする必要、あるのか?聞いたところ、もう事は全部済んでいるのに…。」
「ハンッ!弱っちぃソイツが悪いんだろぉ?それに御嬢様よぉ、いくら箱入りのテメーでもバカでなけりゃ知ってんだろ?オレ達魔族の『掟』って奴を、なぁ?」
聞くに堪えないバズソード達も加担した『不死鳥の軍勢』のしでかした鬼畜の所業にリクスに対して複雑な感情を抱いてるリューカでもこれには怒りを爆発させて食って掛かり、響もまたバズソードの悪辣な発言の数々に僅かながらも憤りを感じざるを得なかった。だが二人の言葉も意に介さず、初めから抵抗しようという気も起こさず裏切って甘い汁を啜る気満々だった自分達の種族全体のことを棚に上げ、バズソードはニヤニヤと笑いながリクス自身の口から魔族ならば例え子供だろうと知ってる摂理たる『ある言葉』を言わせようと誘導した。
「『弱さは罪、弱者の死は罰』…。」
「はい!よく言えました!!ゲヒャヒャヒャ!!」
「…。」
魔界という世界は力こそ全てが当前の弱肉強食、毎日毎時毎分毎秒…何処かで誰かが死んで殺され、死者が出ない日など皆無に等しい。そして何より生存競争に敗北した弱者に価値など欠片も無く、勝利した者に例え何をされようが一切文句は言えないのだ。魔界という異世界の掟の全てがリクスが呟いた弱者の罪と罰の標語に集約されていた。自分も知っていてわざわざ彼女の口からそれを言わせたバズソードは汚い嘲笑をしながら最早勝ったも同然な雰囲気に浸っていた…その時だった。
「…牧、志…?」
「…」
(…こんな小さな手で…こんな私を、まだ支えてくれるのか…?)
気づけばリクスがずっと震わせていた腕を牧志は静かに、優しく握っていた。まるで奈落の底に叩き落とされた
絶望で張り裂けそうな彼女の事を頼りないけれども少しでも守るために…ただでさえ暗い色の瞳がますます暗くなりかけていたが彼に勇気付けられたおかげか輝きが宿り始めた…牧志もまたリクスの眼が、心が死んでいない事を確信して安心するかの様に微笑み、そして…。
「ふんっ!!」
「ぐばぁああああ!!?」
「「「バズソードさんンンンンンンーッ!!?」」」
「「いや、どっから持ってきた!そんなもん!?」」
「ま、牧志ィイイイっ!?」
野球選手さながらのピッチング技術でどこからか隠し持っていた蜂の巣を投擲し、バズソードの顔面目掛けてクリーンヒットさせてしまったのだ。いきなりの出来事に対応出来ずバズソードは空中から墜落してしまったために舎弟達は彼の介抱に即座に向かい、サンディアと響は蜂の巣の調達経緯に対してツッコみ、流石のリクスもこれには驚愕を覚えざるを得なかった。ちなみに投げた巣には中の住人は居ないので悪しからず…。
「あのー…すいませーん、ちょっと良いっスか?」
「あ゛んだっ!?ゴラァアアア!!こんのシャバ憎がアアアアア!!」
「さっきから聞いてりゃ、何なの?事情はサラッとしか解んないけどなんでもうそっちの勝ちみたいな雰囲気になってんの?」
「んあ゛ああああああ!!?どういう意味だァアアア!!」
「まだリク姉は、リクス・ヴァジュルトリアは此処に居る。この人はまだ生きている。そして心の底からまだ負けを認めてないし、こんな所で絶対に死ぬわけにはいかない人なんだ。」
魔族という名の異形の存在と脅威にも臆せずマイペースにだが、ただの人間の子供がそんな怪物相手に堂々と啖呵を切るという前代未聞の行為だけでもハラハラさせられるというのに牧志はリクスは本当の意味での単なる負け犬ではないと断言しきったのだ。確かに彼女は壊滅した魔樹原の最後の生き残り、リクスを討ち取らない限り完全な勝利とは言い難い。
「いやぁあああ!!?マキ君ンンンンンン!!本当にどうしちゃったのぉおおおおお!!?これはこれで有りなんだけどね!?うん!!」
「有りなのかよ?リューカさん…というか目の前にいるコイツは本当にマッキなのか???愛の力ってのはこうも人を変えてしまうのか…???」
「フンッ…ガキんちょが、何をカッコつけてるんだか…」
牧志の人間としての早すぎる成長を目の当たりにしたリューカは黄色い声を上げて悶絶し、響は急展開についていけずに頭を痛め、サンディアは悪態をつきつつも彼に対する印象をほんの少しだけだが改めた。最早彼は以前のバカな振るまいしかできぬハナタレ小僧ではない…此処にいるのは愛する人のためならば恐れるものは何もない一人の男だ。
「あ゛あああああ!!ダラッ!ゴラァッ!!ゴチャゴチャとしち面倒ェ屁理屈抜かすな!このボゲェッ!!おいテメェら!このクソガキを八つ裂きどころか百裂きにしてや…!!」
「ぎゃっ!!」
「ぎゅっ!?」
「ぎょーーーっ!!」
「………れ?」
牧志に対してとうとうイライラがピークに達してしまったのか、彼を襲うように命じようとしたバズソードがそう言い切る前に回りにいた舎弟の殺人蜂族の何人かが突如高速で飛んできた黒い鉱石の塊に胴体を撃ち抜かれて地面に頭の方から墜落してめり込んだまま絶命した。またもや起きた予想外の出来事にバズソードは絶句するしかなかった。
「ありがとう、牧志…おかげで死にかけた女が一人…こうして生き返った。」
牧志の言葉に奮い起たされ、完全に目を覚ましたリクスは穏やかな笑みを浮かべながら戦闘形態である黒い鉱石に包まれた蜥蜴型の異形の姿に身を変えた…。
「行っけぇええええ!!リク姉!!」
「ああ!!」
最愛の人に背中を押され、自分は孤独ではないことを痛感したリクスは彼の激励に応えるかの様に背中のライラックの花を満開に咲かせ、地面に両腕を突っ込み、腕全体を黒い石礫を寄せ集めて出来た剣に変化させ、地を蹴って高らかに跳躍した。
「ひっ!?ヒィイイイ!!こっちに来る!?」
「「「う、撃ち落とせー!!」」」
「ハァッ!!」
「いぎゃああああ!!?」
「このアマ、ごぼぉ…!!?」
追い詰めたつもりの相手の反撃に殺人蜂族達は慌てて腕から毒針をマシンガンの様に放つも全てを石礫の剣に捌かれ、次々とリクスの手により汚い緑色の血液を撒き散らしながら首や上半身が切り裂かれてその命を散らしていく。
「アホか!テメーら!バカ正直にその女だけ相手にするんじゃねぇ!!そこの人間のガキ共を狙…!!」
「誰か忘れてない?」
「は?ぎゃああああ!?熱ッチィイイイイイイイ!!」
バズソードはリクス一人に翻弄される情けない舎弟共に苛立ち、この場において最も無力である人間の子供三人に狙いを変えるように指示をしようとするも、いつの間にか自分の背後にいた乱入者…リクスと違ったタイプの蜥蜴型の戦闘形態を取った魔族、否、サンディアの存在に気づかず接近を許してしまい、右腕全体を燃える蔦植物の鞭に変えての攻撃により背中の羽根を燃やされてしまった。
「お前…」
「はぁ?何?まさかアンタの大事にしてるガキんちょを守ろうとしたとかそういう勘違いしてる?ンな訳ないでしょ、バーカッ!私だって魔族よ?殺し合いなら混ぜなさいよ、獲物ならホラ…たーくさん、いるんだし♪アハハハハハハ♪」
『まさか助けたのか?』…そう言いたかったリクスだったが、肝心のサンディアはというと即座に悪態をつきまくりながら否定した。基本的に魔族というものは他人がどうなろうが知ったこっちゃない自己中心的且つドライな性格の者が大半でありサンディアもまたその例に漏れぬどうしようもない性格の外道である。どうやら飛散した殺人蜂族の血肉を見て魔族としての殺戮衝動が疼いての行動らしい…。
「本当に、それだけか?」
「あぁ?そうね、それに単にあのブンブンとうるっさいウ○コバエ共が気に食わないだけよ、ったく…ムカつく事、思い出させて…」
口では単にバズソード率いる殺人蜂族達を殺したくなったというとんでもない理由故に参戦したサンディアだがその実、悪辣さ全開なバズソードに思い出したくなかった忌々しい『過去の記憶』に居たあの『四つの炎』の姿と重ねてしまい、衝動的に飛び出してしまったのが本音だがそこは彼女らしくそんな事情は更々告げるつもりなど微塵も無かった。
「…そうか、私の邪魔にならないようにならば好きにするがいい…。」
「ウッザ、偉そうに仕切んな、バーカ。」
リクスは何かを察したか、勝手にしろと言わんばかりに振り向きせず背中越しに相変わらず態度の悪いサンディアにそう告げ、二人は背中合わせになるように自分の武器を持ちながら身構え立っていた。
「私の故郷から出た裏切り者の不始末は…今、此処で終わらせる。覚悟はいいな?バズソードォオオオオオッ!!」
「キャッハハハ♪アンタ達、聞いた?終わらせちゃんだってさ?せいぜい良い悲鳴上げて死んで頂戴♪」
「うぎゃああああ!!?く、来るな!来るな!!来るなァアアア!!このバケモン共がァアアア!!オイイイイイイ!!誰か!誰かオレを守れ!早く来いってんだよ!このドチクショウ共ォオオオオオ!!」
リクスとサンディア…二人の魔族は爛々と輝く金の瞳を血に染まった様な赤い眼に変えながら殺人蜂達の群れへと突撃していった。
…バズソード達は可能な限り必死の抵抗をした。だがしかし、結果は一方的な虐殺だった…全身から鳳仙花の花を咲かせながら自動砲台と化したサンディアから放たれた燃える種子の弾丸の雨嵐により大半が射殺されるか、故郷を滅ぼされた怒りと新たに守るべき者の愛を手に入れたリクスの黒い鉱石の斧の一振りでほぼ全員が縦に綺麗に真っ二つにされるか…殺人蜂族達にはその二択の死しかなかったのだ。
「バカ、な…そんなバカなァアアア!!」
「ひ、ひぇええええ!!?あれだけいた仲間が!?」
「やべぇよ!やべぇってコイツら!!」
最早、バズソードはおろか他の僅かに生き残った数人足らずの殺人蜂族の舎弟達に至っては完全に戦意喪失状態だった。
「何?まだヤる気?まぁ元々皆殺しのつもりだったからいいけど?アッハッ♪」
「フンッ…いい気味だな、なぁ?バズソード?」
「あ、が…!!」
サンディアは殺した殺人蜂族の死体の頭部を掴んでズルズル引きずり、リクスは石礫の剣で串刺しにした連中を乱暴に振りほどいて投げ捨てながらこの世の終わりを見たかの様に青ざめた顔をしたバズソードににじり寄る…。
「貴様は単に殺すだけではつまらん…そこのお前、知っているか?何故私の一族が邪眼蜥蜴と呼ばれているかを。」
「はあ?そんなもの知るわけないでしょ?」
「だよな、ならば教えてやる。そこの愚者を使ってな。」
「や、やめろ!!一体何、え…ひ、ひぃえええええええ!!?」
リクスはサンディアに自身の種族である邪眼蜥蜴の由来をどういうものかを教えるべく、自身の眼を血に染まった赤い眼に変えると同時に彼女と目が合ったバズソードの肉体が下半身から徐々に石と化していく…。
「びゃああああああ!!ぶぇっ!ぶぇあああああ!!嫌だァアアア!こんな最期は嫌だァアアア!!オレが何したってんだよ!?あ゛ぁ!?ふっざけんな!ふっざけんなよ!楽して甘い汁啜って生きて何が悪いんだ!?こんなんで死ぬなんてジョーダンじゃねぇよーーー!!おい!誰か!早く秒で助けに来いよ!?ゴルァ!」
「「「……ッ!!」」」
まだ動く両腕をブンブンと聞き分けの無い駄々っ子の様に振り回し、遂に死への恐怖に怯えてバズソードは顔面崩壊レベルの醜い顔で泣き出してしまい、見苦しく悪態をつきながら助けを呼ぶも石化していく彼と違い普通に動ける生き残った舎弟達は『自分達のリーダーはもう助からない』という最悪の状況に心が折れてしまい、最早これ以上の抵抗は無駄だと悟ったのだろう…青ざめた顔になり、無言で首を横に振りながらバズソードのヘルプ要請を受けることを拒否した。
「あ゛ぁああああ!!せめてテメェを道連れにして…!!」
バズソードは最後の悪足掻きとしてフック状になっている毒針が生えた右腕をリクス目掛けて降り下ろそうとしたものの…。
「残念だが、バズソード………。」
「して、して…やろ…ば。」
「………それが降り下ろされることはない、永久にな………。」
リクスの頭頂部寸前の当たるか当たらないかくらいのスレスレのタイミングでバズソードの動きはピタリと止まり、精巧な彫像かと思う程の見事なまでの物言わぬ石の塊となった…己の欲望の為だけに故郷を裏切り、領主達を裏切った下衆の末路は実に惨めで同情する余地さえない最期であった。
「どうだ?私の石化の邪眼の力は?」
「あばばばばば…!ブクブクブクブク…。」
「なんて悪趣味な力持ってんのよ、アンタ…うへぇ、固ッ…本当に石ね。」
「いや…ソイツはまだ死んではいない。だが意識はそのまま残ってるが…言っただろう?タダ殺すだけではつまらんとな。」
「うっわ、残酷ゥ~。」
リクスの石化能力を持った邪眼の力を目の当たりにしたリューカはガクガク震えながら口から泡を吹き、サンディアはそのエゲツなさに顔をしかめながら石化したバズソードの生命反応を確かめる様にコツコツと軽く叩いてみる…彼女が言うには石になっても死んでいる訳ではなく意識は残ってる様だが今の彼にとってはかえって惨い生き地獄でしかない、しかしこれはどう考えてもバズソードの自業自得だから仕方ない。
「………マッキ、あの…確か、リクスっていったな?あの人は絶対、怒らせない方がいいぞ…?」
「ハッ…!?」
リクスの魔族としての冷酷さを垣間見てしまった響はあまりのエゲツなさ故に軽く引きしながら牧志に対して忠告の耳打ちをしてるのを見てリクスは流石にやり過ぎたと後悔した。今のを見て牧志が自分を嫌いになってしまうのではと思ってしまったものの…。
「んあ?なんで?オレ、リク姉になら殺されたって構わないぜ?」
「は、はぁっ!?」
「オレが原因で怒らせたり悲しませたんならそうなっても仕方ないんだし?むしろ本望だ!」
「え、えぇ~…?」
それは杞憂で終わった。当の牧志はさも当然の様に彼女を受け入れ、何かの過ちを犯して彼女に殺されても構わないと言い切る器の大きさを見せるも、響はまさか牧志がその年でリクス限定で究極のマゾヒストにでも目覚めたのかと思い、ドン引きしながら後退りした。
「ま、牧志……本当に、私が怖くないのか…?あの姿といい、力といい…。」
「んー?そりゃあ響兄ィも言ってたけど、『怒ったらおっかないなー』とは思った。でもリク姉は力の使い方を誤らない人だと信じてるから。」
「私を、信じているのか…?」
「そうだよ!だから、暗い顔しない!誰がなんと言おうとリク姉は胸を張って生きて良いんだよ!一緒にさ!」
「牧志…牧志ぃっ!!」
「ふふっ、リク姉…。」
リクス自身の人格、そして魔族本来の恐ろしい本性や凶悪な異能の力の恐怖、それら全てを承知の上での牧志の愛にリクスは堪らず戦闘形態を解除して通常形態に戻り、こんな自分を正面から受け入れてくれた小さくも勇ましくそして優しい少年を愛おしそうに自身の胸へと抱き寄せて包み込む…。
「む、むむ…なんだよ、マキ君ったら…胸なら、ボクの方があるのに…」
「…?胸って大きい方がいいの?」
「うるさい、黙れ、ヤカマシイ。巨乳の国にカエレ。」
「え!?」
尚、非常に残酷な事実だがリクスには張るほどの胸など無い…慎ましくて可愛らしい貧乳おっぱいである。そして更に残酷な事実だがリューカの胸は年頃にしては中の上といったところか?割と大きめのサイズであるため自信があったものの、特上の特上サイズの巨乳である通常形態に戻った状態のサンディアの全くもって悪気も何気も無い一言によりリューカは殺意を覚えた。
「ひぎゃああああ!!バズソードさんが殺られたぞォオオオオオ!!」
「「「逃げろォオオオオオ!!」」」
「あぁ!?待ちなさいよ!アンタ達!!全員逃がす訳が…!!」
リーダーであるバズソードを失った殺人蜂族は土蜘蛛族の子を散らしたかの様に逃走を始めたため、サンディアはそうはいくまいと言わんばかりに彼らを爆殺しようと再び戦闘形態を取ったその時だった。
「グヴォオ"オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォーーーーーッ!!ガゥア"ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァーーーーーッ!!!!」
「うるっさーい!!誰よ!?こんな山中で叫ぶ奴は!?」
「…なんだ?黒い…雨?」
突然、どこからともなく野生の獣の咆哮が如く何者かの叫び声が穢山全体に響き渡り、あまりの喧しさにサンディアは思わず耳を塞ぐ、それと同時に空から黒いナニカが雨の様に大量に降り注いでることに響が気づくと…。
「…!?バカ!ボケッとしてんじゃないわよ!!」
「サンディア…うッ!!?」
「牧志!義姉上!!」
「うわあああ!?リク姉!!」
「だからボクは義姉じゃ…ひっ!?」
本能的に身の危険を感じてサンディアは響の体に尻尾を巻き付けて引っ張り自分の背中に下がらせながら空に目掛けて焔の種子を飛ばし、同じ様にリクスもまた咄嗟に再び戦闘形態に戻り牧志とリューカを庇うように右腕全体で抱き締めながら残った左腕で石礫混じりの砂嵐を巻き起こして空から降ってきたモノを撃ち落とす。その正体は黒く細長い杭の様な巨大な針だった。
「ぎゃあああああ!!?」
「なんだこの針…って、ウボォッ…!!?」
「ぎょえぇええええええ!!」
逃げようとした殺人蜂族達もまた黒い針の存在に気づくも時既に遅し…針の雨は無慈悲にも彼らの頭上に降り注ぎ、頭部や胴体にグサグサと生々しい音を立てながら突き刺さり生き残った者全てが全滅した。
「なんだこれは!?何者かの攻撃か!一体何処からっ…!!」
「今はンなこと考えてる暇無いっての!コイツら連れて山から離れるわよっ!!」
「「「「賛成ッ!!」」」」
何処から仕掛けられたのかも解らぬ正体不明の何者かからの攻撃に困惑しながらもそれらを弾くリクスだがサンディアの言う通りこのまま此処に居続けては身がもたないので全員一致で穢山からの緊急離脱を決めると即座にサンディアは響を、リクスは鳴我姉弟を抱えて下山を開始した。
(ちょっと待って!?誰か忘れてない!?ねぇ!ちょっと…やめてくれェエエエエ!イヤァアアア!!?死にたくねぇ!死にたくねぇよォオオオオオ!!死にた、く…くわべっ!?)
ちなみに石化したまま放置されたバズソードはというと当然身動きなど出来るわけもなく、なまじ意識が残ってるせいか逃れられない死の恐怖に震えながらそのまま黒い針の洗礼を受け、全身が粉々に砕け散って完全なる死を迎えた…。
一方、サンディア達の現在いる穢山の奥地から一つ先離れた場所にある汚泥山、其処にはバズソードとは別にリクスを狙って人間界にやって来た何者かがいた…。
「マウザー殿は心配性であられるな、小娘一人なんぞを警戒しようとは…まぁ、念には念を入れても問題は無かろう。」
それは全体的に青白い体毛に覆われ、腹部には本来刻まれてるハズの黒い水飛沫と獅子の刻印を塗り潰すかの様に無理矢理不死鳥の刻印で上書きしているかの様に刻み、鍾乳石の様な太い牙を剥き出しにした獅子を模してるアフリカ部族風の色彩豊かでカラフルな羽飾りをあしらった金色の仮面を顔に纏い、後頭部の青い鬣に混じるようにチューべローズの花が生え、野獣の爪牙を彷彿とさせる意匠をあしらった肩当てに傷だらけな胸当てと簡素な防具を装備し、下半身には腰布を巻き、金色の巨大な鈎爪を装備した両腕や丸太の如く太い両足に奇怪な模様のボディーペイントを入れている白き獅子の魔族…。
「故郷の大嵐に比べれば我の力の試運転はそよ風の様なものよ、これでくたばる様では最初から我らの敵では無いということだ。」
ライオン型の獣人の男…『不死鳥の軍勢』と同盟を結んでその傘下に下り、新たな幹部の一人として迎え入れられた魔界の海・魔海の島国を治める領主である戦獅族のゼオム・ガイラは右腕を天高く突き上げた状態で雄々しく立っており、その腕全体は黒い棘だらけである。どうやら先程の謎の咆哮と攻撃は彼が行っていたようだ。
「コロス…!!コロシテヤル…!!」
「此処カラ出セ~~!!」
「オレ達ガ何シタッテンダ!チクショウメーーー!!」
突如、どこからともなくこの場から離れようとしたゼオムに対して怨嗟の声が上がる…それは彼の右腕を覆っている黒い棘は複数体のウニ型の魔族・海棘族が密集して出来たものが発していたものだった。
「喚くな。」
「「「ギャッ!?」」」
ゼオムは右腕を振るっていつまでも恨み言を呟き騒ぎ出す海棘族を近場の木に叩きつけて黙らせ、彼らを自分の肉体へと強引に引っ込める…。
「貴様らは我の『右腕』だろう?いけないな、身体の一部が勝手に喋って、は…おっと?」
次の瞬間、ゼオムの身体からナニカが肉が押し潰れるような生々しい音と骨が折れる様な痛々しい音を上げて蠢き、体内から突き出てきた時には彼の身体全体が見るもおぞましい『異形の変化』を起こしていた。
「少々『取り込み過ぎた』か?」
左腕は粘液まみれでヌメヌメとしたイソギンチャクの触手に覆われ、額から剣の如く鋭いカジキの上顎部分が突き出てくる。右目から燃え盛るクラゲの触腕が何本もウネウネと生え出しており、腹部は巨大なサメの頭が白目を剥いて口を開き唾液を撒き散らしながら暴れ出し、岩のようなゴツゴツとしたウミガメの甲羅がゴトゴト音を立て豪快に揺れ動きながら背中の肉を突き破って盛り上がり、右足はカモメ等の海鳥のものとなり、左足はカニやエビなどの甲殻類の殻を纏いだした…。
「ククククク…我が故郷、魔海の魔族達は我の肉体によく馴染む。」
「ゼオム様…。」
「なんだ?ナギ?」
己の異形と化した肉体を見て仮面越しに口端を吊り上げてニヤリと笑いながら愉悦に浸るゼオムを見て、獅子の耳と尻尾を生やし、首回りには紫のヒヤシンスの花を咲かせ、両腕には勾玉のアクセサリー、背中がバックリと開いたデザインの巫女服と丈の短い袴を着こみ、剥き出しの背中には黒い波と狛犬の紋様を刻んだ小柄な人間の女性に似た外見をした青い髪の少女…ゼオムの眷属たる魔族・狛犬族の凪・ククルは今にも泣き出しそうな悲しい顔をしていた。彼の一族たる戦獅族に仕える一族の巫女として今のゼオムの変貌を嘆いていたからだ。
「もう、もうおやめ下さい、この様な恐ろしい力を求めるのは…。」
「混合血種化手術の事か?実に良き技術だ。魔海どころか他の地域にも無い概念であるが…中々、癖になる力ではないか…グルッ、グルルルッ…!!」
混合血種化手術、異なる二種類の魔族同士との配合により両方の特徴を持って生まれた魔族の子供・混合血種が先天的な存在ならばこちらは後天的に他の魔族そのものを自身の肉体に強引に取り込むという魔界の機械文明都市・魔工都が生んだ技術であり、これにより他の魔族の肉体への変化や固有の能力などを使うことが出来る。ゼオムの場合は彼の出身地・魔海の魔族達を中心に多くの魔族を肉体に取り込んでいるようだ。
「こんなおぞましいものは力なんかじゃないです!このままでは貴方が貴方でなくなってしまう!!」
ゼオムが魔海のみならず魔界全体と一族の今後を考えて『不死鳥の軍勢』との同盟の話を受諾したものの、首魁である燐神嵐らの圧倒的な力に刺激され、そのせいか彼自身もまた大いなる力を追い求めた結果…ドーピングじみた混合血種化手術という悪魔の技術に取りつかれてしまうという取り返しのつかない事態を引き起こしてしまった。凪はそんなゼオムの姿を見るのが嫌だった。力を得れば得るほどに本来の姿とかけ離れていく事が嫌だった…そう思うだけで悲しみを抑えきれず、涙が彼女の頬を伝っていった。だが肝心のゼオム本人はというと…。
「力を求める事の何が悪い?」
「…え?ゼオム、さま…?」
「グルルル…グククク、クックックック…!!グァーハッハッハッハッハーッ!なんて素晴らしい姿と力なのだろう!嗚呼ッ…最っ高っじゃないかァァアアアアアアッ!!そうだ!ナギよ!お前も手術を受けろ!この力があれば我が一族の今後は安泰だぞ!そうだろう!?グギッ…ギギギギギッ…!!」
「あ、あぁ…うぁああああああああああああああ!!あぁっ…わぁああああああああああああッ!!」
…最早、手遅れだった。神嵐やマウザー、ザイオン達にも迫れる力をこんなにも簡易的に得られるという麻薬が如く快楽に溺れ、周囲の声など聞こえなくなってしまう程に狂ってしまったのだ。身も心も壊れ、狂笑混じりのゼオムの声など途中から既に頭に入らず、涙が止めどなく溢れる凪の目から光が消え、慟哭した…。
どうも皆様、お久し振りです。気付けばまたもやこんな感じで更新が遅くなりました。駆け足気味になって拙い部分も目立ちますが何より何故更新の度に前回の倍以上の文章量になっていくのか…?書いてる自分でもよく解らないです…(汗)
今回の話で遂に牧志の御家族の一人である義姉上ことリューカ、兄貴分の響、同じ魔族であるサンディアと対面したリクス、リューカに牧志との仲を認めてもらうのは困難極まる道程ですが暖かく見守っていてください。
置かれた状況と境遇、サンディアもまたリクスと同じく全てをかつて失った身…その過去にはあの不死鳥の女帝達が関与してます、サンディアの悲劇に関わっているのは全部で四人…炎の鳥・神嵐、炎の剣・マウザー、炎の獣・ザイオン、そして最後の一人である『炎の鬼』に関しては後々の話に出そうと思います(←本当に出せるのか?)。
今回一番キャラが激変しまくった牧志…うん、誰だ?お前…???変化どころか最早完全に別人にしてしまいました。
愛故に、愛故に…一人の男は当初のおバカキャラをかなぐり捨てるという暴挙に走ったということか…いや、もうワケわからんですね、暴走しまくってすみません(汗)。ですがリクスの魔族としての恐ろしい本性や石化能力などを目の当たりにしても
恐怖を認めつつ受け入れるという男を上げる行為の表現は難しいですね…。
悲報:リクス・ヴァジュルトリア嬢は貧乳である…リューカは比較的大きく、そしてサンディアは巨乳、なんという胸囲の格差社会でしょう。まぁ、牧志ならそこも含めて全て愛しますから問題ありませんが…皆様的にはどうでしょうか?有りでしょうか…?(酷)
ゼオム・ガイラ/戦獅族(イメージCV:鳥海浩輔):最後の場面に出てきた乱入者にして『不死鳥の軍勢』の傘下に加わった新たな幹部、混合血種化手術により多数の魔族を己が肉体に取り込んでいる。イメージのコンセプトとしては水属性のライオン+キマイラですがマーライオンとは関係ございませんので悪しからず…種族の元ネタはマイナー過ぎるかもしれませんがインドネシア・バリ島の獅子の姿をした聖獣・バロンです(←どこぞのバナナ男爵じゃないのであしからず…(汗))、声のイメージはマッドな役もこなせる鳥海さんです。咲いてる花はチューベローズ、花言葉は『危険な快楽』
凪・ククル/狛犬族(イメージCV:小倉唯):元ネタは沖縄で見かけるシーサーそのまんまです。狛犬でもあるからかそこから神社を連想して巫女キャラにするというなんとも安直な連想をしてしまいました(汗)声のイメージは小倉唯さんがなんとなく浮かびました。咲いてる花はヒヤシンス、花言葉は『悲しみ』『悲哀』、色が紫だとそんな感じの意味合いになります。
バズソードが前座に見えるくらいのインパクト出して乱入してきた新キャラ・ゼオム、コイツと当初入れる予定が無かった凪の二人…コイツら二人が今回の話が長くなった元凶です。(←まてこら)
互いが互いを思いやる牧志とリクスに対してこの二人…というよりもゼオムは自分の身を案じてくれる凪のことなど微塵も気にかけず、彼女を深く悲しませて泣かせまくっております。一族のためという当初の目的さえも忘れるほどに力に溺れて自我が崩壊してるという危ない状況に陥ってますがこのゼオムに待ってるのは果たして破滅か?否か…再登場の時までお楽しみに。
次回は特撮における通常回、同時に響のピンチ回になりますのでこちらもまたお楽しみに…それではまた、槌鋸鮫でした!