第五片-悪の華-
此処は魔界に存在する地底領域・魔深淵。
魔界の氷河地帯である魔氷河に次ぐ程の凍てつく暗黒の地下世界で暮らす魔族達は触れただけで全身を焼き尽くす鬼火を電灯やランプ代わりに使用して生活しており、主に棲息しているのは悪魔族や魔羯人族、猛豹魔人族といった魔人種、吸血魔獣の大蝙蝠が常に飛び交い、この地に打ち捨てられた竜の死骸が不死魔族化したことにより誕生した腐屍竜…それら全てがアチコチで徘徊していたりとトップクラスの危険度を誇る。
加えて此処には魔界の権力者や貴族達によって構成された上層部の魔族達が集う拠点である宮殿があり、彼ら上層部が人間界への侵攻を進めるためサンディア達先遣隊を派遣したのだが…。
「なに…これ…?」
烏眼坊へ相談し、迷いに迷って結局上層部へ報告しようとやって来たユーフォリアは宮殿内にて信じられないものを見てしまい、顔を青褪めさせ全身を震えさせた。何故なら…。
「みんな死んでる…!?しかもこれ、この『死に方』!有り得ない!」
上層部の権力者達は全員殺されていた。それも共通して床や壁などに人型に黒焦げた跡と灰だけを残して焼き殺されていたのだ。
(これって…こんなことする人は…)
この惨状を見てふとユーフォリアの脳裏に浮かんだのはサンディアであった。彼女は焔を司る魔族達が集う魔界の熔岩地帯・魔熔山出身の魔族の中でも一・二を争う程の実力者である火精蜥蜴族だけあって人間界でヘルデローザを焼き尽くした様な強力な焔の使い手、故にやろうと思えばこれくらい余裕で出来るのだが…。
「有り得ない!サラマンダー様は人間界にいるはずなのに、あの人以上に此処までの焔を使える人はそうそういないのに…なんで!?」
…しかし、ユーフォリアはそのバカな考えをすぐさま捨てた。激昂したサンディアから命惜しさで逃れるために自分が魔界門を閉じて人間界に置き去りにしてきた、一度閉めたらあちら側から魔界に入ることはほぼ不可能、どう足掻いてもこの宮殿に舞い戻って権力者達を全員殺害することが無理なのは明白である。
「ふぁ…ふわぁあああ~…よく寝た…。」
突如、このただならぬ異常事態の雰囲気をブチ壊すかの様にさっきまで眠っていたのか?大口を開けながら呑気な欠伸をし、宮殿のテーブルに行儀悪く足を乗せながら椅子に座っている一人の魔族がいた。
見た目は人間によく似てるが腰どころか踵にまで届きそうな真紅のロングヘアーの髪、耳に当たる部分には赤い羽根が生え、寝ぼけ眼な暗い赤と金色のオッドアイ、背中には赤く煌々と輝く翼、首や胸、腰などには赤紫の葡萄が実った蔓草が巻き付き、葡萄と同じく豊かに実った胸の谷間やヘソが剥き出しの露出度が高く裾が短い赤いチャイナドレス風の衣装を纏い、手首や赤いブーツの踵部分に赤い宝玉を埋め込み、虹の如く鮮やかな色彩の尾を臀部に生やしてる女性の鳥人型の魔族だった。
「だ、誰…!?アンタ!?」
「どーもー…怪しい奴でーす…」
この惨状の最中、明らかに怪しい人物を目の当たりにしたユーフォリアは当然の如くこの鳥人の女性に何者かを尋ねると…気だるそうに自ら怪しい奴だと名乗った鳥人の女性は眠たげに目を擦りながら御丁寧にユーフォリアに向けて一礼した。
「も、もしかして此処の人達殺したのって…!!」
「んむ…?んぁあ~…そだよ?アタシが殺った…。」
「ヒッ…!?」
宮殿内の上層部の各首脳達を跡形もなく焼き尽くして殺した犯人は自分だと鳥人の女性は特に隠す様子もなくアッサリと眠たそうに自白したため、ユーフォリアは彼女に対し得体の知れない恐怖を感じた時だった。
「「「ンケケケケケケケケケケェーッ!!」」」
「「「ゴォオオオオオオオオオッ!!」」」
「「「ギィイイイガァアアアアア!!」」」
「「「ガルルル!!グルルル!!」」」
「な、なに!?コイツらは!?」
突如として今まで何処に忍び込んでいたのか?頭部が燃えている人間大サイズの手足が生えた蝋燭の姿をした燭魔族、背中に巨大な火山を彷彿とさせる突起物を生やしてる赤熱化した熔岩のボディを持つ大太法師族、のっぺりとした顔の縄文時代の鎧兜に身を包み体の節々から炎を漏らす素焼きの埴輪を思わせる姿をした迦具土族など魔熔山出身の魔族を中心に魔界各地に住まうありとあらゆる種族の魔族達がゾロゾロと現れる…よくよく見れば彼らの手の甲や腕には共通して黒い鳥の紋様が刻まれていた。
「見なよ?コレ、ぜーんぶ…アタシの兵隊…こいつら束ねるくらいにちょっとは力には自信あるつもりなのにねぇ…?何を勘違いしてるのか、此処の老害共は事もあろうにアタシに人間界を攻めるから『下につけ』とか抜かしやがった。だから燃えカスにしてやったのさ…。」
「あ、あぁああああ……!!」
上層部の権力者達は無謀にもこの明らかな一大勢力を率いる鳥人の女性を相手に人間界侵攻の新たな戦力として加えるために『配下になれ』などと言いのけたらしく、当然ながらそれが彼女の逆鱗に触れてしまい、結果…一人残らず灰になってしまったようだ。その恐ろしい事の経緯を聞いてユーフォリアは完全に恐怖に震えていた。
「ところで…アンタも誰?まさか此処の老害共の手下とか?」
「ヒッ…ヒッー!?ちが、違いますゥウウウウ!!ワタクシはユーフォリア・ヴァルキュイエムといって御覧の通りの一角獣と戦乙女の混合血種でして、此処のジジババ共とはなんの縁も所縁もございませンンンンンンーーーーッ!!ですから、こ、こ、殺さないでェエエエエーーーーッ!!」
鳥人の女性がユーフォリアに何者かを訊ねた…このまま正直に答えたら確実に殺される。それに加えて周りの魔族達の視線が一斉に殺到したためユーフォリアは魔族らしくかつての上司達であった権力者達とは一切無関係だと情けなく言い張り、土下座しながら命乞いをした。
「いいよォ?」
「ほ、本当…?」
「た・だ・し。」
「!?」
意外にもすんなりとユーフォリアの命乞いを聞き入れた鳥人の女性、だがユーフォリアがホッとしたのも束の間…近くに立っていた燭魔族達に右腕を押さえつけられてしまった次の瞬間…。
「アタシの『兵隊』になってくれない?」
「い、いぎゃにゃああああああ!!?熱ッ…熱いィイイイイイイイ!!嫌ァアアアアア!!」
鳥人の女性のその一言を合図に燭魔族の持つ超高温で熱され赤熱化した焼き印がユーフォリアの右手に押しつけられ、あまりの熱さを通り越した皮膚を焦がす拷問の様な激痛にユーフォリアは宮殿内にこだまする程の悲鳴を上げた。
「うぐっ、あぁ…あぁああああ………!痛い、痛いよぉおおお……!!」
「ククッ…いいねぇ、いいねぇ…最高に良い声で鳴いてくれたよォ…これで今日からアンタもアタシの…いや、オレ様のモノ!オレ様がアンタの御主人様だよ!御主人様ァッ!!ヒャーハッハッハッハッハー!!」
床に踞り右手を押さえながらボロボロと涙を溢すユーフォリアの惨めな姿を見て、先程の眠たげな雰囲気は何処へやら?完全に覚醒した様子で狂笑を響かせる鳥人の女性のその吊り上がった口から覗かれる舌に刻まれた黒い刻印…描かれていたものは先程無理矢理忠誠の証として焼き印を入れられたユーフォリアの右手の甲のものと同じく、燃え盛る焔の翼を広げた『不死鳥』。
「魔界も、そしてあの老害共が狙っていた人間界も!このオレ様!神嵐様の思いのままだぜェエエエエーーーーッ!!ヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!!ゲヒャハッハッハッハッハーーーーッ!!」
この鳥人の女性の名は燐神嵐…魔熔山出身の魔族の中でも随一の戦闘部族・不死鳥族の若き長にして僅か半日足らずで魔界の上層部の権力者達のみならず、魔界各地の地域を治める王や貴族達の大半を殺して回ったことにより新たな頂点となった狂気の女帝である。
「ぐすっ…ひっく…うぇええええん…サラマンダー様、助けてぇ…」
神嵐にこの先一生奴隷として扱われるだろうこの危機的状況に陥ったユーフォリアの脳裏に浮かんだものは自分が人間界に置き去りにしてしまったサンディアであった。あのキレやすく、基本的に他人を信用していないネジ曲がった性格はともかく強さだけは少なくとも信頼に値していたからだ。そんなサンディアが現在、神嵐という名の恐怖にうち震えているユーフォリアを勇気づけてくれる存在になってくれていた…
「サラマンダー?あ、あぁ~…思い出した…まだオレ様が小さかった頃、戯れに『絶滅』させてやった種族がそんな名前だったかな?」
「は…?」
…故に。
「なーんだ…まだ生き残りがいたのか?おっかしいなぁ…女子供老人、老若男女、一人余さず殺して殺して殺しまくったつもりだったのによォ…マジか?一匹見落としてたか?」
…その言葉の。
「…っていうか、まぁどうでも良いんだけどな?アイツらザコ過ぎて暇潰しにさえならなかったからな、そういやアイツらの中に『娘』がどうこう言ってた奴がいたけど『それ』かな?」
…一つ一つが。
「いやー!気づかなかったわー!まさかまだ生き残りがいたのかよ?あのカス共の中に!もっと丁寧に探してキッチリ皆殺しにしてやれば良かったな!そうすりゃ皆仲良くあの世で暮らせたのにな!中途半端に『一人』だけ残したばかりにかえって残酷な事しちゃったかな!?ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!ヒャーハッハッハッハッハー!!」
…許せなかった。
「ーーーーーーーーッ!!」
気づけばユーフォリアは声にもならない叫びを上げ、手元に風を舞い上がらせて槍を生成すると神嵐に向かって突撃していた…。
数分後。
「………。」
「…ったく、意味解んねぇ。ウケ狙ってんのか?この野郎…。」
掠り傷一つも負わせる事もなくユーフォリアは返り討ちにされ、顔の左側は血に染まり夥しい出血をして気を失っており、肝心の神嵐はというとその手に抉り取ったユーフォリアの左眼を握り締めていた。
「だが見所はあるなぁ?近頃はオレ様の名を聞くだけで全員ブルッちまって逃げ出す様な腰抜けだらけだったからな、その殺意と根性に免じて左眼と反省会だけで許してやるよ。おい、誰かこのバカひん剥いて表に吊るしてこい。目が覚めたら焼き印追加な?」
「「「ギーーガーー!!」」」
正面切って歯向かってきた愚か者を久しく見て機嫌を悪くするどころかむしろ良くした神嵐は本来ならばその命を取ることすら躊躇わなかったが彼女の決死の覚悟を評し、部下の迦具土族達に命じて意識の無いユーフォリアを全裸にして縄で縛り上げ、宮殿の頂上に吊るして晒し者にした。再び目覚めた時にまたあの拷問じみた焼き印を追加するというオプション付きで…。
「…神嵐様、御報告が…。」
「なんだ?」
ユーフォリアが吊るされるところを眺めていた神嵐の側に背中に巨大な炎の輪を背負い全身が炎に包まれ座禅を組んだまま浮遊する邪悪な三つ目の鬼の首が二つ生えている黒い仏像の様な異様な姿をした邪焔仏族の部下から何かしらの報告があった。
「…魔樹原を遂に陥落させました。」
「ククッ…オイオイ!やっとかよ!あそこは他と比べて中々にしぶとかったからな!!でかしたぜェエエエエ!!」
魔樹原、一歩踏み入れれば二度と帰れない迷いの森や魔獣に野盗などが横行する草原とで構成された魔界の地域であり、主に此処では蜥蜴人族を中心とした魔族が暮らしており、意外にも神嵐達の侵攻に長く耐えていたものの抵抗虚しく本日を以って陥落されてしまったようだ。手こずらされてきた分もあってか神嵐は狂喜乱舞したが…。
「確かに魔樹海はもはや我々の物ですが、しかし、その…。」
「なんだ?」
「申し訳ありません…魔樹原全域を支配する領主を代々勤める邪眼蜥蜴族の娘を取り逃がしました…。」
「チィッ…ついさっき取り逃がした奴の話してたのにまたかよ?で、逃げた奴はどうなった?」
「それが…魔界門を開いて人間の世界へ…」
魔樹原に棲息する大半の魔族は投降して傘下に治めた者を除くとほぼ例外なく皆殺しにしたものの魔樹原の領主たる唯一無二の魔族・邪眼蜥蜴族のとある少女だけを取り逃がし、それも苦し紛れに人間界へと逃亡したとのこと…。
「うへぇー…そいつぁまた面倒だな、おい。誰か寄越してソイツ殺せ、その…なんとかいうトカゲを、名前なんだっけ?」
「えぇ、確か…邪眼蜥蜴族の名家・ヴァジュルトリア家の若き当主…その名は、リクス…。」
「リクス・ヴァジュルトリア。」
どうも2話続けての投稿となります。続いてはいきなり過ぎる下克上的な急展開となりましたが今回の新キャラをどうしても出したくて強行いたしました(←待て)。
本作きっての悪女・神嵐、詳細と経緯は後々別の話で書きますが現在の魔界において火精蜥蜴族という種族は主人公のサンディア一人を残し、神嵐の手で絶滅させられております。それだけに飽き足らず魔界各地を荒らしまくってその勢力を増して支配し、新たな頂点…もはや魔王同然の存在となり、遂にはその矛先が人間界にも…。
またもや情けないところを見せるユーフォリア、しかしなんやかんやでサンディアを侮辱するような発言を繰り返す神嵐のあまりの外道ぶりに思わず怒りを爆発させてしまい返り討ちに…殺されるより酷い仕打ちをさせてしまいましたが反省はしていない。(←おい)
最後に名前だけ出てきたリクス・ヴァジュルトリアというキャラは私の別作品『魔界食糧生産期』のキャラですがギャグ寄りのあちらと違い本作ではパラレル的な存在になっておりまして次回登場予定ですが見た目も名前も同じな完全な別人だと思ってください。
燐神嵐 /不死鳥族(イメージCV:沢城みゆき):本作における明確なド悪党にしてド外道。眠たそうな時は『アタシ』、目覚めてテンション高くなった時は『オレ様』と一人称が変わります(←書くの面倒だろ)。服装がチャイナドレス風なのは元々鳳凰か朱雀にするつもりだった名残でありサンディア以前に既にこのキャラを完成させていました。尚、なんでフェニックスに縁もゆかりもない葡萄が生えてるかというと葡萄の花言葉に『酔いと狂気』という意味がありその象徴としてくっつけました。声のイメージは沢城さん。可愛い役やセクシーな役、幅広い役柄の中でも悪女ボイスのイメージをチョイスして書いてます。
次回は魔界の御嬢様・リクスの人間界逃亡の話になります。それではまた、槌鋸鮫でした!