第四片-妖華繚乱-
今回は2話連続投稿です。本編に加えて後書きなども含めるととてつもなく長くなってしまってるため閲覧の際には御注意を…。
久我山家。
「………ッ!!」
魔族といえど女を捨てた羞恥の悲鳴を通り越し…実際そうだが怪物じみた咆哮を上げたり、汗や涙、鼻水、涎など顔から出るもの全て出し尽くした放送禁止ものの醜悪な顔面崩壊、見苦しい駄々っ子ダンス…それら全てをやり遂げたサンディアは無言でプルプル小刻みに震え、全身に毛布を被った状態でうずくまっていた。ちなみに尻尾だけやはり隠れきっていなかった。
(二人共!!いい!?サラマンダーさんにさっきのことで何かしら言うのは止しなよ!?これ絶対イジったらダメな奴だから!!)
(…そこまで言われて解らないほど…空気読めない訳じゃない。)
リューカはこれ以上サンディアの傷口を広げないようにするために真っ先に響と牧志に釘を刺す。響とてサディストでは断じて無いのでその忠告に従うも…。
「夜はおたのしみ?」
「うわぁああああん!!」
「やめろぉおおおお!!」
「う。」
…やはり牧志だけは案の定、要らんことをしでかし、最早死に体のサンディアに蹴りをかますような追い討ちをしてきた。このまま好き放題させたらサンディアが自殺しかねないため普段なら弟に手を上げる事など決してない優しい姉で通してるはずのリューカが珍しく怒鳴り散らしながら彼に物凄い力でヘッドロックを決め、そのまま絞め落とした。
「ごめん!本気でごめんなさい!!」
「くぅううっ…どいつもこいつもバカにして…もう嫌ッ!!」
リューカは即座に頭を下げたのだがそれがかえっていけなかったのか、神経を余計に逆撫でてしまったらしくサンディアは周囲の三人を睨みつけ、毛布を乱暴に投げ捨てて立ち上がり、この場から出て行こうとする。
「…何処に行くの?」
「うるさいッ!どこ行こうが勝手でしょッ!!」
「…行く宛てはあるの?」
「…人間如きが魔族の心配?アンタ、何様のつもり?」
響がやんわりと制止に入るが激昂しているサンディアには効果は無かった。ただでさえ人間界の地理や常識などに疎く、ましてや現地で頼れる者もいない彼女に行く宛てがないのに外に出るなど無謀の極みでしかない…そう忠告する響に対してサンディアは一晩泊めて貰った恩を仇で返すかのように悪態をつく。
「私の心配なんかよりも自分達の心配したらどう?」
「「?」」
「そ、それってどういうこと…?」
(フンッ…どうせ私はもう切り捨てられた身なんだし?だったら上層部のジジィ共に嫌がらせでもしてやるか…。)
この発言に響と牧志は首を傾げ、リューカは戸惑いを見せる…サンディアはこの三人の人間に翻弄され、魔族の名を汚すという大罪を犯したため既にこの事は自分を置き去りにしたユーフォリアが上層部に報告しているだろう。ならばせめてもの嫌がらせと称した反抗として魔界の魔族達の企みをこの場で暴露して彼らの不安を煽ってやろうと考え、悪どい笑みを浮かべた。
「この平和ボケした人間共の世界は近い内、私達魔族によって支配される。」
「…なッ!?」
「ん?劇でもするの?」
「マッキ、それは芝居…支配ね、支配。」
(そうそう、そういう反応を待ってたのよ!それに比べて野郎二人は反応薄っ!!)
案の定、リューカはサンディアによってブチ撒けられた魔族による人間界の支配という計画に驚きを隠せなかった。もっとも…相変わらずボケまくるマヌケな牧志は通常運転であり、そんな彼に響は真っ先にツッコミを入れた。約二名はこの際捨て置き、リューカの予想通りの反応に気分を良くしたのかニヤニヤ笑いながら更に話を続けた。
「…具体的にどうやって支配するの?全人類抹殺とか?」
「そんなことしなくっても簡単に出来るわよ、『あるモノ』をこの世界に一つでも…うえ、ぐぅっ!?」
響の質問に答えようとしたその時、サンディアの口にどこから入ってきたのか?一枚の紅葉が張りつき、それ以上の発言を阻止した。
「貴っ様ァアアア…人間に我らの計画の『要』を話すなど血迷ったか?」
「んぐっ…!?んんっ!!」
「サラマンダーさんが…消えた!?」
「それになんだあの紅葉は?声もどこから…?」
「わーい、紅葉キレー。」
どこからか何者かの声が聞こえると突如、無数の紅葉がサンディアの全身を覆うと同時にまるで神隠しにでも遭わせたかのように彼女の姿を消し去ってしまった。こんな非常事態でもマイペースな牧志は呑気に季節外れな紅葉狩りを楽しんでいた。
???
「んぐぅううっ!ぷはっ!!はぁ、はぁ…今のは…!!」
サンディアは自分の口に張りつく紅葉を剥がし周囲を見渡すと久我山家に居たはずだったのが気づけば何処かの人気の無い工事現場にワープさせられていたことに気づく。
「拙僧の妖術にて貴様のみをこの場に手繰り寄せた。」
「カラステング、一番厄介なのが来たわね…!!」
何処からともなく紅葉と共に吹き荒れ一陣の風と共にサンディアの部下であり、先遣隊の一人である鴉天狗族の烏眼坊法幻が一振りの十文字槍を片手に姿を現した。さっきの神隠しはその口振りから彼の仕業のようだ。
「盗み聞きとは随分趣味が悪いんじゃない?」
「戯けが、貴様こそ人間…それも子供なんぞに何を振り回されておる?さっさと始末してしまえばいいものを。もっとも、我々は『例のモノ』が適応する場所を探すための調査中故に派手に騒ぎたくはないのだがな。」
「…さっきからアンタ、上から目線な口調なんだけど?仮にも私、アンタの上司よ?」
「貴様の様な失態を犯した愚図に払う敬意などノミの毛ほどもあるものか、この役立たずが。」
サンディアは自分に対する口の利き方が気に障ったようだが彼女が人間界でやらかした事や部下のヘルデローザへの理不尽な制裁もあってか烏眼坊は既に見限っており、辛辣極まりない罵声を浴びせてくるばかりだった。
「あぁッ!?こんの坊主ガラスッ!!焼き鳥にしてやらァアアア!!」
遂にキレてしまったサンディアは戦闘形態に変化し、尻尾を前面に突き出し先端に生えてる鳳仙花を肥大化、そして爆発させ焔の種子の散弾を烏眼坊目掛けて発射しようとした…が。
「喝ッッッッ!!」
「へ?何やって…?あがァアアアっ!?」
烏眼坊は何故か自分の武器らしきものであるはずの十文字槍を自分の膝に叩きつけて真っ二つにへし折ってしまい、そこらに乱暴に投げ捨てる…そして深く腰を落とし、身構えながら瞬時に凄まじい轟音を響かせた正拳突きを最初の行動の意味が解らずに困惑するサンディアの無防備な腹へと放った。
「げふっ…カハッ…!!い、意味不明…訳解んない…パンチはまだ解るとしてなんで武器折った!?」
「カッカッカッ…拙僧が『獄門寺』出身だということをお忘れかな?」
獄門寺とはマスター・チーリンと呼ばれる麒麟族の魔族を開祖とし、ありとあらゆる種族の魔界の武闘家達が集う拳法寺のことであり、相手を確実に殺す事のみに特化した殺人拳法を会得することを目的としている恐るべき場所であり、烏眼坊も獄門寺出身の武道家の一人であったのだ。
「武器など無用、己が拳こそ唯一無二の武器よ!!」
「使わないならなんで持ってきたァアアアアアア!!?」
「貴様の様な単純なバカを騙すためのフェイクに決まっておろう?ちなみに一族伝統の妖術も使うつもりはない!!」
「とりあえず自分の同族に謝れッ!!クサレ坊主!!」
油断させるためだけに使うつもりのない武器を持ち込み、それどころか鴉天狗族伝統の妖術さえも戦いでは使わず自身の拳こそが最強の武器であるという烏眼坊のふざけた主張にサンディアはブチ切れ気味にツッコミを入れ、両腕を鳳仙花の花弁で包み込み、肥大化させて今度こそ散弾を発射した。
「無駄な足掻きなんぞしよってからに…ガァアアアーッ!!ガラァアアアア!!」
「嘘…まさかっ!?」
「ガラガラガラガラガラララァアアアアッ!!!」
だが信じられないことに烏眼坊は両手に風を纏い、奇声を発しながら細かい散弾の一つ一つを豪速の突きで全て打ち落としてしまったのだ。
「こんな鈍い鉛玉が拙僧に通用すると思うか?片腹痛いわッ!!」
「うっ!?グハァアアアッ!!」
烏眼坊は翼を広げて空を滑空しながら疾風の如き速さでサンディアの懐に踏み込むと鉄拳を彼女の横っ面に打ち込んでスッ飛ばしてしまう。
「哀れだな、と言っても貴様ではないぞ?貴様が乱心して殺したヘルデローザ殿のことだ。あの者は態度こそふざけてるものの実に優れた人材だったからな。」
「なにが、言いたい…?ごほっ!?」
「それを無駄に散らすとは…いつでも切れる『使い捨て』の貴様よりよっぽど優秀なのになぁっ!!」
烏眼坊はダメージを受けて戦闘形態が解除されたサンディアの頭を掴んで更にもう一発殴りつけて乱暴に工事現場のブルドーザー目掛けて投げ飛ばすとサンディアがヘルデローザを殺したことを実に無益な愚行だと罵る。彼女は魔女族の中でも名門のエルダーマギス家の出もあってか魔術や毒物の扱いに長けていた才女であった事を烏眼坊は密かに高く評価していた。対してサンディアに関しては実力のみで特に秀でた才能も後ろ楯も無い天涯孤独の身故に失敗したらすぐさま始末出来るただの捨てゴマだと吐き捨てたのだ。
「やっぱり…アンタも、キメラ…も、みんな…そう思ってたんだ…。」
「キメラ?あぁ、ユーフォリア殿の事か?恐らくそうだろうなぁ?それに捨てゴマというのも聞くところによれば貴様の一族は既に…ガァッ!?」
まるでその先を遮るかの様に突如、サンディアの両手が烏眼坊の口元を塞ぎ、力を込めて締め上げる。
「言う、な…!!」
「ぐげ、ご…がっ!?」
「それ以上言うなァアアアッ!!」
触れられたくない事を口にしようとした烏眼坊をこのまま殺さんばかりに締め上げる力をより増していくサンディアの怒りに満ちた瞳には気づけば涙が溢れていた。
「…一体、何処に行ってしまったんだろう…?」
一方、響は突如自分達の目の前から消えてしまったサンディアがやはり気になり、リューカと牧志も手分けして何処へ行ってしまったか手掛かりさえも解らぬ彼女を捜索するため町中を駆け回っていた…。
「…あ、居た…けど、様子が…?」
そうしている内に響はサンディアとが交戦している工事現場にまで運良く辿り着いた。しかし、サンディアが見知らぬ人外…否、烏眼坊を締め上げてるというただならぬ状況を見て思わず壁に身を隠し、そして偶然とはいえ聞いてしまい…。
「お前に何が解るッ!?お前に………!!」
そして知らずに触れてしまった…。
「一族や眷属全てを皆殺しにされて、たった独りだけになった私の屈辱と怒りが…!!解ってたまるものかァアアアッ!!」
「………え?」
怒りと焔の化身たるサンディアの内に秘められた深い悲しみと孤独の一部に…。
「ぎざ、まッ!?貴様ッ!!さっさとその手を離さんかッ!クソボケがァアアアアッッ!!」
烏眼坊は苦し紛れにサンディアの両腕に手をかけ、力ずくで引き千切ったがそれがいけなかった。
「ハッ…バーカ…引っ掛かった、な…!!」
「しまっ…ガバラァアアアアッ!?」
引き千切れたサンディアの両腕は鳳仙花の花弁に包まれ肥大化すると同時に大爆発し、無数の焔の種子の散弾をまともにゼロ距離で受けてしまった。彼女は体の一部を蜥蜴の如く分離させて散弾が詰まった簡易的な爆弾にすることが可能である。尚、一部が無くなったところで元通り再生することが出来るのでなんら支障は無い。
「あぁああああああっ!!」
「ギィッ!?」
「その翼ァッ!取ったァアアアアッ!!」
「うっ…ギィイイイイ!!?」
両腕がもげたサンディアは接近して烏眼坊の顔面に頭突きをクリーンヒットさせ、すかさず彼の翼の片方に噛みつき、荒々しい野獣の様に喰い千切った。
「ペッ…!どう?翼をもがれた鳥の気分は?邪魔な翼が無くなって軽くなったでしょ?」
「フンッ…邪魔な翼か、嗚呼…まっことその通りよっ!!喝ッッッ!!」
両腕の再生を完了させたサンディアは
形勢逆転したための余裕か、血に染まった翼を雑に吐き捨てて無様に地面に這いつくばる烏眼坊を嘲笑するが、肝心の彼は信じられないことにもう片方の残った翼を自ら引き千切って投げ捨てるという暴挙に出た。
「…この、イカレ野郎…。」
「こんなもの片方だけ後生大事に残こしても仕方なかろう?カカカカッ!!」
「しつこい上にチョコマカと!この…!!」
烏眼坊は片方だけで役に立たなくなった翼をあえて捨てる行為になんら後悔は無い様子で両足に風を纏いながら地面を蹴って高らかと跳躍し、サンディア目掛けて目にも止まらぬ速さの連続蹴りを浴びせた。サンディアは両手を組んでガードするもののドンドン押されてしまいこのままでは腕が弾かれてまともに蹴りを食らってしまううだろう…だが。
「ガラッ?ガァアアアアッ!!」
「へ?」
突如、何処からか投げ込まれた光るナニカ…なんの変哲もないただのガラス玉に烏眼坊は思わず反応してしまい、攻撃を急遽やめてガラス玉を拾いに行ったためにこの予想外の行動にサンディアはすっかり面食らっていた。
「ガラガラガラ…ハッ!?せ、拙僧は一体何を!?」
「カラスみたいな見た目だから…光るものが好きかな?と思ったら、やっぱり正解…」
「アンタは!?まさか私を…ハンッ!余計なことを…でもまぁ…」
先程のガラス玉を投げ込んだのはどうやら響だった。彼はカラスに良く似た外見から鴉天狗族である烏眼坊がもしかしかしたらカラスと同じく光るものに反応する習性があるのでは?と睨み実行したが案の定…現在ガラス玉に夢中になっておりこの策にまんまとハマってくれたのだ。
「利用させてもらうわ!」
「ガッ…!?ハッ………。」
サンディアはすかさず右腕を焔のツタ植物の鞭に変化させ、刀の居合い切りの要領で振るい烏眼坊の首を一閃した。
「み、見事…!」
瞬間、根元から撒き散らされた赤い噴水と共に烏眼坊の首は焔に包まれながら噴き上げられ、残った胴体もメラメラと燃えてしまった…血塗れの修羅の道に生きた一人の男に相応しい、実に凄惨な最期であった。
「…この人のこと、殺したの?」
「…なによ?誰かを殺すのがそんなに珍しい…?魔界じゃこんなもの女子供でも平然とやれる当たり前の事よ?」
普段ならば食って掛かり激昂しているところだったが一応の手助けがあったからか、無言で此方を見てくる響に対して冷静にそう言ってのけた。サンディアや烏眼坊の住む魔界という世界は完全なる『力の世界』でありとにかく争いが絶えない。部族間の小競り合いから大国同士の大規模な戦争、人間界と違い法律などというものは全く無いため殺人や強盗…酷いものになると奴隷などの人身売買や麻薬の横行といった犯罪は当たり前、殺戮・破壊・強奪・凌辱・差別…全てが『弱肉強食』の下に勝者のみに許される権利であり敗者という名の戦利品はただひたすらに奪われ、殺され、犯され、どう扱われたりしたとしても一切文句は言えないのだ。
「…それに口出しするほど僕は子供じゃない。」
「…フンッ…冷め過ぎ、そういうところがガキでしょ…んっ?」
もしもまともな考え方の人間ならば今の話を聞き、人間界の常識を混同して『それはいけない』などと平然と宣うだろうが響はというとサンディアの生きてきた魔界という異世界の常識をすんなりと受け入れて納得した。それが年頃の少年故の感性から来るものなのだろうとサンディアは彼の反応をそう受け取っていたところ、不意に響が手を伸ばして自分の顔についた返り血をハンカチで拭き取ってるのに気づいた。
「…ッ!じ、自分で出来る!そんなもの!!」
サンディアはその行為が気に障ったのか?乱暴に響からハンカチを奪い取り、彼という他人に任せず、あくまでも自分自身の手で血に塗れた顔を拭いていた。
(…この人は、今までずっと独りだったのかな…?)
一方、響は烏眼坊と戦っていた時に偶然にも聞いてしまっていたあのことを…サンディアの過去になにがあったのかを聞くべきかどうか迷っていた。だがそれは本当に自分が踏み入れていいことなのか?彼女も先程そう吼えていたが自分自身にサンディアの一体何が解るというのか?無為にサンディアの心に触れるのは怒らせる以上に悲しませる行為なのでは…?そう思えば思うほど迷うばかり、解らないことだらけだった…。
しかし、本当の意味でサンディアの孤独の意味を理解出来るのはそう遠くないことであることを響はまだ知らなかった。
どうも皆様、今回はペースが進み2話連続の投稿になりました。
冒頭では情けなく泣いたり、戦闘中ではキレまくったり、戦い終わりシリアスだったりそんなサンディアが抱えてる孤独の一つはまさかの一族皆殺し、一体誰がそんなことを…?と、思う方はネタバレしますが次の話へGOです(←間を置け)
やることなすこと全てがやたら勇ましいものの戦死してしまった烏眼坊、やはり出るべき世界を間違えてる…(汗)翼を引き千切る場面は個人的にお気に入りですが槍をヘシ折るシーンは烏眼坊的には真面目にやってますが傍目から見ると完全に悪ふざけです。彼がかつて籍を置いていた獄門寺は人間世界でいうところのカンフーとか習うような拳法寺みたいなものであり結構伝統的な場所だったりします。いつかこれにも触れる日が来るだろうか…?
偶然とはいえサンディアの生い立ちの一部に触れた響、現時点の彼では彼女の心にこれ以上踏み入れ、最悪傷つけてしまうかもしれない様な事はまだ出来ません。触れてはならない禁忌だと解ってはいてもいつかは向き合うことになるでしょう…。
それではまた、次の話へ。槌鋸鮫でした!