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第二片-星下の花々-

今回の話は二話分ぐらいあるのでは?ってくらいにかなり長いため閲覧の際には御注意くださいませ…

…実はこの時、鳴我姉弟とサラマンダーの盛大なるアホなやり取りの一部始終を鳴我家の居間にある窓を使い、外から見ていた者が居たのだ。それは…。




(ウニャアアアアアーッ!?た、た、大変だァアアアアーーーッ!!)



牧志(にんげん)と虫相撲をして遊んだためにサラマンダーの怒りを買い、ジャイアントスイングで隣の山まで投げ捨てられたユーフォリアであった。しかもちゃっかりカブトムシの仁王丸を連れて無事にここまで戻ってきたらしく、サラマンダーの魔力を辿って鳴我家まで来て現在に至る…。


(サラマンダー様が人間に取っ捕まってるゥウウウウ!!これは私がお助けしないと!さっきの汚名挽回よォッ!!)


…挽回するのは『名誉』であって、汚名ではない。恥の上塗りを知らずにしているユーフォリアはサラマンダーを救出する準備のために一旦この場を離れて何処かへと向かった。




一方、鳴我家では…。


「…そ、それじゃ…食事とか、着替え、ありがとう…私はもうイくから…。」


「は、はい、気をつけて。」


時間が経つのは早くついさっきまでの昼間の明るさが嘘かのようにすっかり夜になっていた…玄関にて、見送るリューカに向かってペコリと丁寧な御辞儀をした。尚、借りた服に関しては返さなくてもいいとのことでそのまま着ている。幸い、この家のすぐ裏がサラマンダーが魔界から人間界へ移動するために使った魔界門(ヘルズゲート)が開いてる不浄山があるらしいので鳴我家を後にしたら一旦、魔界に帰って仕切り直しをするつもりのようだ。


「あ、待って!」


「…?」


「これ、良ければ持ってイッていいですよ!」


「それ、さっきの…。」


リューカは家から出て行こうとしていたサラマンダーを呼び止め、餞別にと先程のアップルパイの残りを詰めたバスケットを渡した。


「全部食べるほど気に入ってくれたのかな?と思って、いい食べっぷりだったし…。」


「やめて、やめて…!その時の事は他に忘れたい記憶もあって恥ずかしい…!!」


リューカはサラマンダーがまるで小さな子供のように惨めに泣きじゃくりながら無意識の内にとはいえ完食したのを見てもしかしたら気に入ったのだろうと思いお土産のつもりであげたが、その事を聞いたサラマンダーは牧志という名の悪魔への恐怖を一刻も早く記憶から消し去りたいためか赤面した顔を覆い隠して首を横へブンブンと振るった。


「うんうん、あるよね。そういうこと。」


「マキ君ッ!?」


「アンタのせいよ!!」


「ええ!?僕の何がいけないの!?」


「「全部だッ!!」」


全ての元凶であるにも関わらずよく解ってない様子でうんうんと頷く牧志の言葉にリューカとサラマンダーは盛大に突っ込んでると…。


「誰かドアを叩いてるよー?」


「こんな時間に一体誰だろう…?」


「音、うるさっ!?しかもなんかリズム刻んでるしッ!!」


夜中だというのにどういうわけかこのタイミングで急な来客がやって来た様だ…しかもドラムでも叩くかの様なリズミカルなノック音でドアを絶え間なく叩きまくる始末、何者かの迷惑行為にサラマンダーは耳元を押さえて顔をしかめた。


「はーい?どなたですかー?」


このままではうるさくてかなわないためリューカは仕方なくドアを開けるとそこにいたのは…。


「お邪魔します!」


「キ、キメラ!!?」


「ええと…?知り合い?」


「あ、カブトムシのおねーさんだ。」


…ただの馬鹿(ユーフォリア)であった。正々堂々、真っ正面から鳴我家の玄関のドアを開けてもらって入り、丁寧な挨拶までしたのだ。突然の部下の来訪にサラマンダーは激しく動揺した。


「キメラ!!一体何しにきたの!?」


「私は確かにキメラだけどそれは私の特徴であって名前ではないです!ユーフォリア・ヴァルキュイエムです!ユーフォリア!ヴァルキュイエムです!ところでサラマンダー様はなんでいつも人のことを名前で呼ばないの?」


「二回言うな!あんたの名前なんてどーでもいいのよッ!!そんでもって質問を質問で返すな!ド低脳!!」


「サラマンダーさん!落ち着いて!!」


上司(サラマンダー)の質問を自身のどうでもいい名前の呼び方への訂正とその理由を求めてきたユーフォリアにイライラしてきたサラマンダーは怒りのあまり思わず声を張り上げてしまったため、見かねたリューカが制止させるが…。


「また会ったわね!クワガタ派の少年!再戦よ!!」


「わーい!!わーい!!」


「…解った。あんたに自殺願望があるってことがよーく解った…!!」


「サラマンダーさん!?火!火が出てる!!全身から!!家が燃えちゃうぅううううう!!」


サラマンダーの質問に答えるどころかこの流れで牧志に再び虫相撲に興じ始めるという愚行を犯すユーフォリアを見た瞬間、魔界の人鬼(オーガ)族さながらの鬼の形相に歪ませたサラマンダーは今にもこの家ごとユーフォリアを焼きつくさんばかりの勢いで全身から焔が出てくるほど激怒していた。尚、牧志とユーフォリアの虫相撲の第二ラウンドのゴングが鳴らされることがなかったのは言うまでもない…。


「ちょっとー!ユーフォリア副隊長ー!もういいー?アタシ、突しちゃってもー?」


「ニャハハー♪ごめんごめん♪いいよー!!」


「んもー!待機中ヒマだったしー!」


外からもう一人誰かいるらしく、『待ちきれない』と言わんばかりに不満を漏らしてたがユーフォリアの許可が降りたと同時にドアからその何者かが押し入る。


(まさかコイツと一緒だったとは…。)


「へ、変態だぁあああああ!!?」


「あははー。風邪引きそうな格好してるなー。」


一目見た瞬間、サラマンダーは呆れ果てた様な表情になり、リューカは痴漢にでもあったかのような悲鳴を上げ、牧志は印象だけで如何にもお子様チックな呑気な感想を述べたりしたが無理もない…。


「変、態…?ん?変態?誰が?アタシが!?変態!?この由緒正しい魔女族伝統の格好をしているヘルデローザ様の…ど、どこが!?」


毛先が全てカールした金髪ロングヘアー、エルフか何かのような尖った耳、トリカブトをあしらったトンガリ帽子、黒いマントを羽織るなど全体的に西洋の童話やハロウィンなどに登場しそうなオードソックスなタイプの魔女さながらの姿をしてる魔女(ウィッチ)族と呼ばれる魔族の女性・ヘルデローザは入ってきた早々に鳴我姉弟からの散々な言われように激しく動揺したが本人にとっては至って普通の格好であり、曰く『魔女族の伝統の格好』らしいが…『問題』はマントの下の胴体部分だった。


「全部だよ!!どこが魔女なの!?」


「私も最初に会ったとき、エンプーサかと…」


「全部!?ってか、誰がエンプーサ!?あんなカマキリなんかと一緒にしないで欲しいし!おっかしいなー?人間界だとこれくらいがよそ行きレベルのオシャレなんだけどー?」


「そんな痴女ファッションしたらよそ行き以前に刑務所行きだぁぁあああああ!!」


胴体部分はなんというか…ビキニか下着なんじゃないか?と言うくらいの必要最低限の布面積しか着ておらず、ヘソ出しスタイルでの尋常じゃないローライズ…それもV字の紐みたいなのを履き、両腕や両足、首や胸など全身のあちこちの素肌にトリカブトを巻きつけ、トリカブトが口から生えた黒い髑髏の紋様が刻まれた胸元は谷間が丸見えという露出度の高過ぎる見た目完全に魔女ではなく『痴女』としかいいようのない黒いドスケベ衣裳を纏った自称・魔女という名のナニカであった。しかもこれがよそ行きのオシャレなどと抜かす始末…そんなヘルデローザを見たリューカは魔族と人間との大きな常識に対する認識の違いを痛感させられてしまった。サラマンダーに至っては彼女の見た目から淫蟷螂(エンプーサ)族という露出度の高さなら同レベルかそれ以上であるカマキリに似た姿をした別種族と誤認した程である。


「はぁあああ…で?キメラ?ウィッチなんかと一緒に何しに来たのよ…?」


「なんか人間に捕まってたみたいなんで助けにきました!!」


「ひょっ!?」


「アッハッハッ!隊長、人間に捕まるとかってマジィ?って思ったんだけどー?事実そうだったからチョー受ける!アヒャヒャヒャ!!」


「全然違う!!フザケンナッ!!」


溜め息をつきながらサラマンダーは何故部下の二人がこんな人間の一般家庭なんかにやって来たのかを聞いてみたらユーフォリアの言葉に思わず仰天した。同時にその話を最初こそは半信半疑だったヘルデローザがそれが事実だと解った瞬間に思い切りゲラゲラと品のない笑い声で爆笑したため、サラマンダーは顔を真っ赤になるほどムキになりながら全力で否定した。


「しかも土下座を強要されてたよ?あんなキレイな土下座、私は今まで見たことない…!人間相手に!人間相手に…!!」


「あの人、アタシの格好がカマキリ女と同じ云々言ってたけど『お前が言うなっつーの』って、話じゃん?魔族としてのプライド丸投げじゃん?」


「うんうん、そうだね、私だったら迷わず自害しちゃうな~。だ・け・ど、それを言わないであげるのが親切だと私は思うの。アウトかセーフでいうとギリギリアウトだけど。」


「…シンセツ?。」


「シンセツ。」


「「…シンセツ!!」」


「。」


…ユーフォリアとヘルデローザの上司を舐めきったバカなノリとテンションの会話は本人のすぐ目の前でやっていたため、当然ながらサラマンダーには全て丸聞こえだった。部下達の全てをさらけ出した本音トークに最早怒りはピークに達し、彼女は激情のあまり視界に映るもの全てが真っ赤に染まるかのような錯覚を覚え、そして…。




「グルルル…ヴゥアアアアアッ!!ギシャアアアアアァッ!!オマエラァアアアアアーッ!!」


「え!?いやぁああああ!?またこの展開ィイイイイ!!」


「はぁ!?やっば!ガチギレじゃん!?大人気なっ…!大人気なっ…!!」


一気に爆発させた。リューカに御馳走してもらったアップルパイ+紅茶で体力が戻ったせいか、火山の噴火の如く怒号を轟かせながら戦闘形態に戻り、それを見て外へと逃げ出す馬鹿二人を追跡し始めた。


「な、なんだったんだろう…今起きたこと全部…。」


「おー、鬼ごっこだー。たのしそー。」


…人外の魔族達の未知との遭遇、嵐のような出来事の前に呆然と立ち尽くすリューカ、それとは対照的に牧志はやはりマヌケ面のまま能天気な発言をするだけであった。


鳴我家を出たすぐ裏側、魔界門を開いている不浄山の山頂に続く夜の山道…牧志が言う楽しいものとは明らかに正反対である命懸けの鬼ごっこをする三人の魔族の姿があった。


「殺す!!この事実を知った奴は全員殺してやるぅううううう!!」


「ひっ!?ひぃいいいい!!ヘルちゃんったら、もっとスピード出せないの!?」


「ムチャ言うなし!?このホウキはアタシ専用の完全一人乗りなんですけど!っていうか!副隊長飛べるっしょ!?降りてくんない!?」


「無理だよぉおおお!!私の飛ぶスピードなんかじゃあ、すぐ後ろのバケモノ…じゃなかった!サラマンダー様に追いつかれちゃうよぉおおおおお!!」


ユーフォリアは現在、ヘルデローザの魔女族伝統のホウキに乗せてもらって暴走状態のサラマンダーから逃走してるが、これでもかなり速いのだが一人乗りのものに無理矢理乗ってるため本来のスピードを出せていない、一応、戦乙女(ヴァルキリー)族の翼を持つユーフォリアは飛行可能な混合血種(キメラ)なのでこんな狭いホウキなんかに相乗りする必要はないのだが彼女の飛ぶスピードは本人も認めてる様に特別速いものではないため、今ここでホウキから降りたら確実にサラマンダーに捕まり、八つ裂きにされた上に骨肉の一片どころか消し炭さえも残らずに焼きつくされかねない…というか、仮にも上司であるサラマンダーをバケモノなどとまた本音がポロッと出てしまってるが気にしてはならない。


「ああもう!うっざッ!なに熱くなっちゃってんの!?くたばりなッ!!」


どのみちこのままでは追いつかれると悟ったヘルデローザは、一族伝統の魔女ファッションそのままの格好ではあるが顔や全身が毒々しいトリカブトの花弁に包まれた戦闘形態に変化すると自分の乗るホウキに指で魔方陣を描くと毛先から事前に仕込んでいた魔界原産の複数の有毒植物とコブラ型の魔族である闘蛇(ナーガ)族の牙から分泌される毒液を塗った毒針を無数に発射した。この矢に当たれば最期、魔界の『森の魔獣王』と呼ばれる巨大魔獣・鬼熊(オニグマ)さえも全身が紫色に変色した後に腐臭を放ちながら骨も残さずドロドロに溶け落ちると言われてる。


「ウガァアアアアアア!!」


「やっりぃ!!全部命中した!ついでにダメ押しッ!!うん!アタシ、頑張った!!」


「いや…待って!違う!全然しとめられてない!!」


「へ?あ…おあぁああああ!!嘘でしょおおおお!!?そんなぁあああああ!!」


毒針は全弾見事にサラマンダーに命中した上に更に追い撃ちと言わんばかりにヘルデローザは全身のトリカブトを伸ばして紫色をした毒液を噴射した。ようやくバケモノ上司をしとめたかと歓喜したもののユーフォリアはすぐさままだ終わってないことを告げた直後、ヘルデローザはすぐさま青ざめた顔で絶叫した。そう、絶望は終わってなどいなかった…。


「こんなもの!!身体に当たらなきゃ全て無意味なんだよぉおおお!!」


「「あ、あぁあああああ!!そんなの有りィイイイイ!!?」」


全身から焔が常に発火してる状態のサラマンダーの肉体に触れる前に全ての毒針は燃焼し、毒液は熱で蒸発…サラマンダーを殺すどころか足止めにすらならず、必死の抵抗は無意味に終わってしまい、走る巨大な火の玉と化してるサラマンダーのスピードはますます上がっていった。


「殺す!殺す!殺すぅううううう!!」


「ひっ!?ひぃいいいい!!って、ヤベッ…木が目の前に…ぶへぇええええ!!」


「ニャーーーー!?ヘルちゃんのおバカァアアアアア!ウニャーーー!!」


理性ゼロになってんじゃないかというくらいの勢いで激昂しながら怒りの限り叫びまくるサラマンダーに追われる恐怖の余りに運転を誤り、目の前にあった木に激突してしまい、ヘルデローザとユーフォリアは哀れ…ホウキから投げ出されて地面を無様に転げ回った…。


「あ、いてててて…お尻打っちゃっ…。」


「…。」


「…や、やぶ、やば、ヤベッ…ヤバババババ…!!あばばばばば…!!」


衝突と伝統の魔女ファッション故に剥き出しになってるため尻を強打したショックで元の人間じみた本来の姿に戻ったヘルデローザの目の前には今ならば余裕で(ドラゴン)でも焼き殺せそうな程の怒気を放ちながら無言で自分を見下ろし、立ち尽くすサラマンダーの姿があった…。


「ご、ごめんなさ…!!」


「自分の身が危うくなってからする謝罪になんの意味があるの?許せると思う?ん?」


「ダメ?テヘッ♪」


「死ね!!」


「ですよねぇええええ!?うぐ、うげ、ゲボッ…!?いぃいいいいやぁあああ!!熱い!熱ッ!?熱い熱い熱い熱い熱いィイイイイ!!誰かァアアアアア!!水を!水をちょうだいィイイイイ!!ひぎぃいいいいいいいいいい!!」


遅過ぎる謝罪、しかも笑って誤魔化そうとした。反省の意志、皆無…ヘルデローザには判決を下すまでもなく死刑執行が為された。サラマンダーは眼を赤く染めさせると同時に右手でヘルデローザの首を万力の様に締め上げた状態で高らかに全身を持ち上げ、右腕全体を鳳仙花の花弁で包み込むと風船のように腕がドンドン膨張していき、最後は鼓膜どころか耳が弾け飛ぶ程の大爆発を起こした。爆発から生じた爆焔に包まれた魔女(ヘルデローザ)は火炙り通り越して火ダルマとなり、悲痛な絶叫と共にやがて元が誰なのかも解らないほど全身真っ黒に焼き焦げてしまい、そのまま風と共に成れの果てである灰が飛ばされて消滅した。


「さて、残りは…!!」


「ミャーーーーーー!?ひ、人殺しィイイイイ!!サラマンダー様が乱心したァアアアアア!!うわァアアアアア!!」


「あ!?しまった!ま、待てぇっ!!」


爆発により千切れ飛んだ右腕全体をツタ植物を寄り合わせながら瞬時に元の完全な形で再生させたサラマンダーは『次はお前だ』と言わんばかりにもう一人の馬鹿へと視線を移す…ヘルデローザを焼き殺したその狂乱ぶりに極限の恐慌状態に駆られたユーフォリアは悲鳴を上げて『とある場所』へと逃げ込む…。


「ひぃいいいいん!いやぁああああ!まだ死にたくないよぉおおお!!」


「あ、あぁあああああ!?あの馬鹿!!魔界門を閉じやがったぁあああああ!!」


実は彼女達は鬼ごっこをしている間にいつの間にか魔界門がある山頂の廃神社にまで到着していたのだ。ユーフォリアは泣き叫びながら魔界門に自分だけ入り込み、魔界側から即座に門を閉じて消失させたため、サラマンダーは彼女のその逃げ足の速さと咄嗟の行動に驚愕した。


実は魔界門は一度開きさえすれば魔界と別の世界を行き来することが出来るが内側である魔界側から門を閉じてしまったら最後…如何なる方法でも外側である別の世界から魔界に戻る事は叶わず、もう一度開いてくれない限りそのまま置き去りにされてしまうという悲劇が起きてしまうのだ。つまり、サラマンダーは閉め出しを食らい、魔界に居た頃からそうであるが友人・知人どころか同郷の魔界の民さえ今のところ誰もいない人間界に取り残された状態となってしまったのだ。


「ど、どうしよう…私、もう…帰れ、ない…?」


サラマンダーは今更ながら自分のやらかした行為によって引き起こされたこの愚かしい結末に激しく後悔し、放心のあまり戦闘形態が解除されて人間の少女に酷似した様な本来の姿に戻り、その場に愕然と崩れ落ちる…。


「…。」


何故こうなった?人間界の潜行調査、その過程で出会った一人のマヌケ面の人間の子供におちょくられて我を忘れての暴走で幸先から躓き、挙げ句の果てに介抱されただけとはいえ人間相手に命乞いしながらの土下座、それを笑った部下の一人を激情のままに今しがた焼き殺し、もう一人から置いてけぼりにされて帰る手段を無くした…。


「…そういえば、もらったの忘れてた…」


ふと、ここで思い出したかのようにリューカから手渡されたバスケットをどこからともなく取り出し、中のアップルパイの一つ目をかじり、そのまま無言でゆっくりと咀嚼し、ゴクンと飲み込む…。


「甘っ…でも、美味しい…」


一部の人間のみしか見てないとはいえ、それでも人間としてはかなりの変わり者の部類だろうとは思った。初対面の人外であるサラマンダーに対してここまでしてくれるリューカの作ったアップルパイはかなりの甘口だったがそれでも不思議と飽きがこない美味しさがあった。


「…なにやってんだろ、私…それにこれからどうしよう?あいつ、今頃は絶対に上の連中にチクってるよね…」


二つ目に手をつけ、同じく頬張りながら、今後をどうするかを考えたものの、恐らく逃げたユーフォリアは魔界の上層部にこの失態を報告するだろう、そうなったが最後…例え今のまま一人で潜行調査を馬鹿正直にしたり、無事に何かのキッカケで魔界に帰還したところで人間に恥をかかされた魔族の面汚しに居場所などあるわけがない…。


「…」


三つ目を黙々と口に運ぶ、自分はいつもこうだ…怒りに身を任せて全てを焼き、後に残るものは何も無い、魔界に於いては天涯孤独の身故にその事をコンプレックスに感じ、何処へ行っても余所者呼ばわり、厄介者のつまはじき、何もストレスを感じることさえなければ冷静な時はとことん冷静でいられるものの同時に根が短気な性格もあって敵を作り、燃やすことしか能の無い焔で台無しにする。魔界の上層部の連中の眼に自身のその力がたまたま映り、取り敢えずの居場所と仕事を与えられたがこれでまた全部パーになった。


「いつもの事…だし。」


四つ目にもなると流石に口中が甘くなり過ぎてきたか食べるスピードが途端に落ちる。魔族が他者の命を奪う事など自然の摂理にも等しい事だと言うのに今では後悔と激しい罪悪感しか無かった。


「アイツの目…自分もバケモノのくせに、バケモノを見るかのように…」


五つ目、最後の一つを残して手を止め、ユーフォリアの怯えた瞳を思い出した。魔族はほぼ例外無く人の姿からかけ離れたバケモノみたいなものだがそのバケモノの目線から見てもサラマンダーは相当のバケモノに見えてしまったようだ。


「皆、私から離れていく…。」


あの時のユーフォリアの顔に不意にリューカの顔を重ねてしまう。魔族が本格的に侵攻を開始したらどうせリューカも自分を『バケモノ』と呼び、手のひらを返して逃げ去っていくのがオチだろう。


「あ、あぁあああああっ…!うぅううううう…!!」


魔界においても人間界においても自分の存在意義も、その価値さえも無い事を痛感させられ、地面に握り締めた拳を叩きつけ、行き場の無い怒りと悲しみをぶつけながらサラマンダーが慟哭した…すると。




「…そこに、誰かいるの…?」


「…!?」


昼間に会ったリューカとも牧志とも違う別の人間…年齢的にはリューカと牧志との中間か、牧志より少し年上くらいだろう中学生程の外見に見える全体的にか細い体つき、色素の薄い雪でも被ってるかのような真っ白な髪に感情の起伏があまり感じられない表情、山の中だというのに何故か薄着の寝間着姿で肩に絵筆をはみ出させた鞄を提げている少年がサラマンダーの泣きじゃくる声に反応して近づいてきた。


「…?」


少年は何も言わずにジッとサラマンダーを見つめていた。見た目は人間の少女ではあるものの蜥蜴の尻尾なんてものを生やした異形の存在を見たら普通は悲鳴を上げたり、驚いたり、怯えたりするものの、感情表現が乏しいためかそのどれでもなく、不思議そうに首を傾げながら、ボンヤリとした暗い群青色の瞳で真っ直ぐと…。


「…なんで、泣いてるの?」


「うるさい、泣いてなんか…ない…!」


「…一人…?」


「…だったら、どうしたっていうの!!」


「…家に、帰れないの?」


「黙れッ!!いい加減に…いい加減に、して…放っておいて…!」


普通ならば言いにくいことをこうもズケズケと無神経に言い放ちだした少年の言葉にサラマンダーはまた激昂しそうになり、そこで必死に自制しながらこんなキレやすい自分に自己嫌悪を覚え、涙が溢れた。


「…。」


少年は頭をボリボリ掻きながら唐突に無言になる。暫く何か考え込むように頭を捻り…。


「僕の家、この山のすぐ下にあって…ええっと、良ければ…来る?」


「そんな言葉を信じろと…?これ、見えてるんでしょ?」


「あぁ、それ?」


事もあろうにこの少年は見ず知らずの異形の少女を自分の家に来ないかなどという何を考えてるのかサッパリな言葉まで捻り出した。当然ながらサラマンダーはそう簡単に信じるわけがなく、自分が人間でないことを認識させるべく一番の人外としての部分である尻尾をチラつかせた。


「こんなもの生やしてる奴なんてただのバケモ…!!」


「…その尻尾…花?咲いててキレイだと思うよ。」


「…え?」


結果、全く想定外の言葉が出てきた…これまで幾度と無く敵の命を無慈悲に燃やしてきたこの焔の鳳仙花をキレイだと、そう彼は言ってきたのだ。


「尻尾や花が生えてることがそんなにいけないこと?」


「だって、普通はそうでしょう!?こんなもの生やしてる奴なんてこの世界にはいないし、第一気味悪いでしょ!?」


「うん、いないからこそ新鮮だと思う。だから気に入った。」


「…正気…?頭は確か…?」


「うーん…変な奴だって自覚はあるつもり。」


「自分で言う?普通…ンッフ…。」


賢さゼロな牧志とも、異形の存在である自分に戸惑いつつも親切にしてくれたリューカとも違うこの少年の独特の感性とすんなり過ぎる受け入れ具合にサラマンダーから無意識の内の笑みが浮かぶ。


「僕は、久我山響…君は?」


少年・久我山響(くがやま・ヒビキ)


「私はサンディア・オルテンダーク、一度しか言わないからよく覚えておきなさい…人間の少年君?」


魔界の火精蜥蜴(サラマンダー)の少女…サンディア・オルテンダーク。


この星が輝く満天の夜空の下の偶然の出会いが孤独な焔の花の在り方を少しずつ、やがて大きく変えていくことになる。



どうも作者です。久々の新作投稿とあって二話目が異常に長くなるわ、唐突にコメディ風からシリアスになるわ、当初の予定にいなかったキャラまでブッ込むわ…いやはや、どうしてこうなったのか?(←おい)もうコメディ路線に関しては連載中の魔界食糧生産期に丸投げします。


ついでに言いますと前書きや後書きを書くこと自体が久し振りすぎて何を書けばいいのか…そこでここはキャラの紹介や話の内容でも軽く、と言いつつもこちらも長いため飛ばしてもOKです…。


当初はサンディアが部下や同僚に弄られる→その度にキレて焼き殺す→巻き込まれる鳴我姉弟、という構図のドタバタしたのをやる予定が先にも書きましたが単に短気な性格のキレキャラにしようとしたものの自分自身に激しい自己嫌悪を抱くネガティブな性格を追加してみたため、気づけばシリアス要素追加、出す予定のない響も追加という節操のない結果に…何故だ?(知らん)


ようやく名前を出せました。本作のメインキャラであるサラマンダー改め、サンディア・オルテンダーク、牧志や馬鹿な部下二人から散々な扱いを受けたりとかなり弄られやすい人になりましたがここからどう巻き返すか…壮絶な鬼ごっこは書いてて楽しかったです。種族である火の精霊サラマンダーに弾け飛ぶ種子を持つ鳳仙花→爆弾ならびに爆発物→火属性付与&蜥蜴とベストマッチさせるという連想に至り、本作のメインキャラと同時に作品タイトルに決定させることになりました。ICVは坂本真綾さんです


鳴我姉弟だけではどうあっても話が作りにくいため、当初の予定にいなかったキャラである久我山響を追加しましたが…同じ名前のキャラがこの世に何人もいるため、本気で名前に関しても迷いに迷いました。響といってもどこぞの鬼やらアイドルやら駆逐艦やらではありませんよ…?(汗)尚、イメージCVは島崎信長さんです


鳴我姉弟の二人については当初は彼らとの交流をメインにするつもりが響を出したことにより急遽変更になりました。今後もこの二人との交流の機会はさせるつもりなので決して使い捨てたりしません(←本当か?)なんだか作者の私でもよくわからん奴になってしまった今のところ無敵の小学生・牧志のイメージCVは國立幸さん、地味にボクッ娘キャラにしてる人外相手でも臆さないほど人間できてる爬虫類好きのリューカのイメージCVは悠木碧さんです


ユーフォリア・ヴァルキュイエムは元々は私の別作品の『レヴィル』という読み切りからのキャラをそのまま流用しました。本来はもっと冷酷で狂信的なキャラだったはずですが今作ではコメディ要素を入れてる弊害か単なるお子ちゃまキャラになりました。パラレル的な設定変更とはいえ一番どうしてこうなったんだよってキャラです。イメージCVはレヴィルと同じく後藤沙緒里さんです。


そして…今回の話の一番ヤバいだろうビジュアルを引っ提げてる特撮でいうところの一話毎に出てくるゲスト怪人枠の魔女族のヘルデローザ…響の名前以上に本気で迷いましたよ、なんだこのドスケベ女は…!?変な釜で薬品とか作ってる古い魔女のイメージからメインモチーフや戦闘形態もトリカブトを取り入れています。フルネーム表記では『ヘルデローザ・エルダーマギス』、イメージCVは東山奈央さんです。


次回はサンディアの人間界での初のお泊まりを予定してます。それではまた、槌鋸鮫でした!




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