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第十四片-SNOW DROP-死と希望の花--

予定の大半が大幅に狂い大いに遅れてしまいました…(汗)皆様、本当にごめんなさい…(泣)今回もメチャクチャ長くなってますので読む際にあたっては御注意を…

時は戻り、現在…。


「凍牙ァアアアアアアア!!」


「ヒャッハァアアアアーッ!!来いやぁっ!!蒼牙ァアアアアアアア!!」


あの日から成長した二人の子供達…蒼牙(ソウガ)・ヴォルフと凍牙(トウガ)・ヴォルフは降り頻る雨に打たれながらお互いに本気の殺意を以って同じ血を分けた兄弟同士の殺し合いをしていた。


「~♪~♪~♪」


「余裕コイてんじゃねぇよ!!クソがッ!!」


鼻唄混じりに凍牙が無音の高速移動に入るとすかさず蒼牙も同様の行動に移る。彼ら縛鎖狼(フェンリル)族という魔族は魔界において『風の化身』と呼ばれる韋駄天(イダテン)族や魔界一の俊足を誇る鎌鼬(カマイタチ)族に迫るか、或いはそれ以上の速さに秀でている種族であるが故に互いにこの高速戦闘が可能なのだ。それも二人は幼い頃、『凍影(イテカゲ)』に追われてる内に本能的にその片鱗を発現しており成長した今となっては容易にこなせるようになっていた。


「ホラホラ!どうした!?どうした!!全然当たってねぇぜー!?」


「ギャアアアアアア!!?」


「っせぇ!!邪魔な奴が多いんだよ!!」


「「「びゃあああああ!!?」」」


「「「こ、こっちに来ん…なっばっあああああ!!」」」


山狗(ヤマイヌ)族や人狼(ワーウルフ)族を盛大に巻き込みながらコンバットナイフによる斬撃、サブマシンガンやハンドガンによる銃撃、縛鎖狼族特有の氷の牙による咬撃、様々な攻撃の応酬を繰り返す蒼牙と凍牙。やがて二人の動きが止まり、それぞれの武器を構えながら牽制し合う頃には山狗族ならびに人狼族の大半が血の海に沈んでおり、降り注がれる雨のせいで更にその赤い色が地面に広がる事により一層凄惨な有り様を醸し出していた…。


「ひぇええええ!!?な、仲間がこんな…!!」


「ボスがイカレてるのは知ってたが、あのボスと同族の奴もイカレてんじゃねえか!?ふっざけやがって、狂犬がぁ!!ブチ殺してや…ぽあ。」


「おいおい、今なんつった?仮にも蒼牙(アイツ)はオレの弟だぞ?次に誰か同じ事言ってみろよ、テメェら…この場にいる残り全部…まとめて殺すぞ?」


「「「ヒッ…!!?は、はひぃいいいいいい!!」」」


人狼族と山狗族の内の誰かが言った蒼牙に対する侮辱の言葉を凍牙は一切聞き逃さず…そう言った奴を的確に見抜いてコンバットナイフを投げつけ額に命中させて死という名の沈黙で永久に黙らせ、先程まで狂気混じりにだが実に楽しそうに遊んでいた子供じみていたその表情を一変…蛆虫でも見るかの様な見下した目つきで生きてる残りの連中をも黙らせた。


「…ケッ…こんなスットロいド素人共掻き集めやがって。アンタにしちゃあらしくねぇな?あ?それになんだ今の茶番は…?何が『オレの弟』だ?コラ。テメェーの口からそんな言葉出てくるとか吐き気しかしねぇんだよ、ゲロクソが。腹の底じゃオレさえもどうでもいいとか思ってるクセしてよぉ…!なぁッ!?オイッ!!」


「…っと、危っぶねぇな!!別にオレは頼んでねぇっつーの、誰が『雇われてくれ』って言ったよ?あ?端金(はしたがね)目当てにホイホイ着いて来なきゃこんなチンケな世界で無駄死にしなくてもよかったのになぁー?ま、死のうが殺そうがオレの勝手だし?殺されて死んだ方が悪いんだよ!!ヒャッハッ!!」


蒼牙は邪魔な傭兵達の屍を蹴り飛ばし、貪食鎖(グレイプニール)を振り回しての鉄鎖術による攻撃をしながらすかさずそれを回避する凍牙・ヴォルフという男の本性をこの場で暴露する…今思えば凍牙は(ガキ)の頃から悪い意味でずっと変わってない、確かに時折の喧嘩こそあれど兄弟らしく仲良くやれた楽しい時期もあった。蒼牙に危険が迫ったり、他人から悪く言われれば即座に全力で排除してきた。だがそれは蒼牙が血の繋がった弟だからの話だ…仮にそうでなければ凍牙は躊躇いもなく彼さえも平然と切り捨ててるだろう。基本的にこの男は他人を信じず、餓えを満たすためだけに奪っては殺すことこそが自身の中での生きるための標準的な常識(ルール)であると信じて疑わずに育った悪童(ワルガキ)のまま大人になった…そういう存在であった。現に一応は手下であるはずの人狼族や山狗族さえも平然と巻き込んで殺した事に関してはなんら感情も抱いていない。


「ホラまた言った…テメェの『頼んでねぇ』が出てんぞ!クルァッ!!思えばそれ使い始めたの『あの時』からだよなぁ!?オイ!!オレは忘れちゃいねぇからなッ!?テメェが起こしたあの事をなぁっ!!」


「『あの時』ってどの時?オレ、バカだから解っかんねッ☆ヒャッハッハッ♪」


「てんめぇえええええ!!」


蒼牙の言う『あの時』とは雪崩母娘の惨殺に関しての事だが当然ながらバカ丸出しにヘラヘラと笑い飛ばす凍牙にはその様な記憶は無きに等しく、既に忘却の彼方…クソ兄貴の素晴らしき健忘症の持ち主ぶりに蒼牙はますます激昂させられてしまった。


「…ってか、いいのかー?オレにばかり構ってよぉ?あの女の子、今頃どうなってんのかなー?サンディアちゃんと…なるほど、あれがリクスちゃんか?だろ?あの二人間に合うかねぇ?間に合わないだろうなー?」


「コイツ…!!どこまでヒトの神経を…!!」


凍牙は挑発の意を込め、此処でリューカの事を切り出し、煽りに煽りまくった…今現在リクスとサンディアが救出に向かっているとはいえ人狼族と山狗族のケダモノ共に本格的に身体を蹂躙されるのは時間の問題であり間に合うか間に合わないかは本当に解らない大変危険な状態である。過剰な怒りは我を忘れさせ不要な暴走を招き冷静な判断を欠く、故に必死にその言葉を聞き流して抑えようと努力を試みるもそれとは裏腹に次第に蒼牙の顔に焦燥の色が見えだしてきた。それもそのはず…これは自分と凍牙、 魔族同士且つ兄弟同士の問題であって人間であるリューカは本来ならば全くの無関係な…か弱く傷つきやすい女の子で、決して自分達の様な血で汚れたろくでなし共の争いなんかに巻き込んではいけない存在なのだから。


「ま、いいんだけど?仮に助かったとしてもどのみち一人残らずオレが殺すし?サンディアちゃんは元よりリクスちゃんも依頼主様の抹殺対象だからな、生かして帰す訳無ェだろがッ!!」


「んがッ!?」


その焦りが僅かな隙と油断を生んだのか…致命傷では無いものの次々と凍牙のコンバットナイフによる刺突が蒼牙の肩や手足に段々と命中する様になっていく。狼のクセに蛇の如くネチネチとしつこく、いやらしく、そして容赦無く、凍牙の猛攻が襲い掛かり、ダメージが着々と蓄積していく…。



(早く…!サンディア!リクス!頼む!!間に合ってくれェッ!!)



一方、頼みの綱であるサンディアとリクスは…。


「ハァッ…ハァッ…!!何処だ!何処に居るんだ!?義姉(あね)上!義姉上ェエエエエ!!」


「「「ぶぎゃぱっ!?」」」


「「「あげぇえええ!!」」」


息を荒げ、巨礫の斧を振り回しては迫り来る人狼族と山狗族の傭兵達の上半身と下半身をお別れさせ、雨水で洗い落とされる暇もない程の夥しい返り血を全身に浴びつつも、悲痛な叫び声を上げながらリューカを必死に探すリクス…


「今だ!撃て!!撃てェエエエエ!!」


「ちぃっ!?私、は…!こんな所で、足止めされるッ…わけ、には…!!」


「いいぞ!!動きは封じた!!次はコイツ、で…!?」


だが探せど探せどリューカは見つからず、それどころかいくら倒しても敵は中々減らない…四方八方全方位からのマシンガンやアサルトライフルなどによる執拗な銃撃に逢い、リクスは被弾こそしてしまっているが戦闘形態による強固な鎧の如き鱗や黒い鉱石で覆われた外皮のおかげで銃弾は貫通して肉体そのものに直撃せずに全て弾かれてるものの絶え間なく撃たれ続けてるためか思うように身動きが出来ず、歯痒い思いをしていた…それをチャンスとばかりに傭兵の内の一人が手榴弾のピンを抜きリクス目掛けて投擲しようとした時だった。


「あーもうっ!!じれったい!どけっ!!」


「がっ!?」


「アンタ達ッ…しつっ!こいっ!!てのっ!!」


「「「アボォオオオオ!!?」」」


「いづっ!?痛ッダァアアアア!!腕が!オレの腕が…!!ぎぇあぁああああ!!」


いつの間にか身動き取れないリクスの眼前にサンディアが立ち…なんと、邪魔だと言わんばかりに一応は味方であるはずのリクスの顔面に裏拳を叩き込んでその場に崩れ落とさせると同時に目を赤く輝かせ全身の至る所に鳳仙花を咲かせ即座に破裂させると焔の種子による散弾が飛散し、山狗族と人狼族の傭兵達に次々命中しては絶命し、手榴弾を持っていた者に至っては腕が千切れ飛びながら死亡…リクスへとお見舞いする予定だった手榴弾は目測を誤ったあらぬ方向へと飛んで行ってしまった。


「あーっ!スッキリした♪これで此処は全部かしらね!」


「貴様…!何故私を殴る必要があった!?こんな時にふざけてる場合かッ!!」


「あーら?ごめんなさいねー☆アンタに突っ立ってられるとさっきの技が出せなくって邪魔だったのよねー♪ったく、どっかのノロマな誰かさんがさっさとあの雑魚共片付けてくれれば私もやり方を考え…ん?」


サンディアは鬱陶しい多くの雑魚共の始末が出来たせいか非常に清々しい表情をしていた…尚、何故裏拳を放ったかというとサンディアの言うように身動き取れないとはいえリクスに立っていられると焔の種子の散弾が彼女に命中してしまう…しかもこの散弾は傭兵共の銃から放たれる鉛玉以上の威力を持つためいくらリクスの鱗や外皮でも貫通して肉体を傷つけてしまう恐れがあるので気の毒な事だが寝転んでいてもらうことにより散弾から避難させ、そのおかげで遠慮無く四方八方全方向の配置についていた傭兵達の大半を殲滅出来たのだ。


「ククッ…ハハッ…そうか、そうか、貴様は私を助けたつもりなのか?そうなのか?それはそれは…気づかなくて申し訳ない…ど・う・も・あ・り・が・と・う!!」


「ごぁっ!?が、ぐっ…!げ…!!」


「一発は一発だ。」


リクスとしては当然そんな助けられ方に納得出来るハズもなく、ニコリと笑った後…仕返しとしてサンディアの鳩尾目掛けて強烈なローリングソバットを放ち、鈍い打撃音と共に崩れ落ちる彼女を冷たい視線で見下ろした。


「ん…?…ッ!!」


「ま、待ちなさいよ…っぐぅうう…あの馬鹿力、お腹まだズキズキする…」


悪ふざけはさておき、ただならぬ様子でリクスが何かに気づき、ますます降りが激しくなる雨で濡れた大地に豪快な足音を響かせ水飛沫を派手に飛ばしながら疾走…サンディアは未だに痛む腹を押さえつつもそれに続いてフラフラと歩き出す。


「ほぎゃあああああ!!?」


「あっぢゃああああああ!!じぬっ!じぬぅううううう!!」


「なんだ!なんだ!?何が起こった!!」


「チクショウ!こんな時に敵襲かよ!?折角のお楽しみがパーになっちまっただろうが!クソが!!」


「んっ…!?んぐっ…!あっ…!!」


一方、リューカが監禁されている倉庫にて、サンディアに殺害された傭兵の手から離れあらぬ方向へと飛んで行った手榴弾が着弾し倉庫の入口付近にいた傭兵達の数人が火だるまと化して死の間際のファイヤーダンスを踊る羽目になり、リューカを蹂躙しようとしていた中の者達も突如起きた爆発でそれどころではなくなってしまい、八つ当たり気味にリューカの髪を乱暴に掴みながら顔を殴りつけたが…これがいけなかった…。




「オイ、貴様…その人に今…何をした?」


「はっへ?」


(リクス、さん…?)


「…貴様ら…よくも…」


「「「ひぇっ!?」」」


リューカも含めこの場に居た全員がその侵入者…リクスの気配にまるで気づかず、目視によって漸くその存在を初めて認識出来たが…もう遅い。リクスはリューカの殴られて酷く腫れた顔や引き千切られて乱れた着衣などを見て何をされたかを瞬時に悟り、周囲を睨みつけ、邪眼発動時でもないのに金色の目を血走らせて禍々しい赤一色に染める…。


「義姉上、お待たせして申し訳ない…だが。」


「ぐぎゅうううう!!?」


「抑えきれない私の醜態(いかり)を貴女に見せたくない。今暫くの間、目を瞑って待っていて欲しい…大丈夫、瞬く間に終わりますから…。」


「…んっ。」


リクスは一瞬だけ人型の通常形態に戻り、リューカを安心させるため優しい口調で語りかけ先程の殺意剥き出しの表情が嘘のようにニコリと微笑みながらそんな細い腕の何処にそのような力があるのか?リューカに手を上げた人狼族の顔面を掴んで持ち上げ万力の如くメキメキと締めつける…これから起こる惨劇の序盤に過ぎない事を示唆してるのか、余程見せたくないらしくリューカには決して見ないことを推奨し、彼女もまた素直にそれに従うかのようにコクリと頷き目を閉じた瞬間…詳細を語る事さえおぞましい『地獄』が始まった。


「ガァアアアアアアアア!!アァアアアアア!!シャギャアアアアアアアア!!」


「ぱぎゅっ!?」


「助け…べろっ!!」


「フー…フー…!!フシャアァアアアアアア!!シィイイャヤァアアアアアア!!」


「ひぎゃあああ!?この女マジにイカレてやが…ごっぽぁ!?」


即座に戦闘形態に戻ったリクスは完全に理性をかなぐり捨てた獣じみた怒号を発し、掴んでいた人狼族の顔面を豪快に潰して目玉や舌などの顔のパーツが大量の血飛沫と共に飛散して自身の全身が汚い赤で染まるがそれに構わずに両腕を石礫の剣に変え、残りの人狼族・山狗族の混成傭兵部隊も抵抗どころか恐怖に顔を歪める事すら許されずにその肉体は縦半分や横半分に真っ二つになりながら臓腑を撒き散らしたり、人形の手足の様にいとも容易く五体が跳ね飛ばされた首の無い肉の達磨と化す…。


「シェヤァアアアアアア!!ゴァアアアアアア!!シィギャアァアアアアアーーーーッ!!」


「うひぃいいい!!?こんなトチ狂った化け物まともに相手に出来るか!此処は逃げ、ぴゅーーーー!?」


「ぎゅばっ!?」


「びっ!?」


文字通り尻尾巻いて逃げようと試みた者も居たが今のリクスがそれを逃すハズもなく、倒れていた者を避ける事無く頭を踏み潰して脳獎と砕けた頭蓋骨を足にこびりつかせながら手斧サイズに生成した石礫の斧を投げつけて逃亡者の頭部を破裂させ赤い花火を披露した…そして気づけばあっという間に殆どが内臓物や骨や肉片混じりの即席血の池地獄に沈んでいた。


「フー…フシュルルル…ッ!!シャオァアアアァアァアアアアーーーーッ!!シギィヤァアアアアッ!!」


殺戮の限りを尽くしたリクスはやがて咆哮を上げ、そして気づけば傭兵全員のミンチ状の内臓物や肉片混じりの即席血の池地獄の中心に立っていた。普段の彼女ならばほぼ最終的には石化の邪眼で相手を石にして砕くのだが、リューカが受けた仕打ちを考えるとそれすら生温いと感じ、普段の彼女らしからぬこの様な蛮行に及んでしまったようだ。


「…義姉上、終わり…ました。」


「…っはぁ…!はぁっ…リクス、さん…」


リクスは石礫の剣で鎖を切り裂き、拘束が解かれたのを確認したリューカが猿轡を投げ捨て最後まで言われた通りに閉じていた目を開くと其処に居たのは全身に夥しい返り血を浴び過ぎて最早訳の解らない色に染まり、さっきまで山狗族や人狼族だったモノの肉塊が転がる赤い湖に足を浸からせている通常形態のリクスの姿だった。


「リクスさん…」


「見苦しい姿ですまない。だが、今は…その、近寄っては駄目だ。私に触れたら…貴女が汚れてしまう。」


殺戮マシーンと化した姿を直接見られなかっただけでも救いだがそれでも流石にこの終わった後の惨状だけは隠しようが無かった。それを恥じてるためか、リューカが声をかけたと同時にリクスは血で汚れた今の自分に触れてはならないと忠告する。無理も無い、初めて出会った時のバズソード戦以上に凄惨な惨状を作り、ましてや相手が殺されて当然の獣畜生とはいえ過剰なまでの殺戮の果てに全て皆殺しにしたのだ。こんな血で汚れた魔族(バケモノ)は拒絶されたとしても…そう思っていたが。


「うっ、うぇえええん…!!わぁあああんん!!」


「あ、義姉上…?」


それでもリューカは汚れる事さえも構わずに無意識にリクスを抱き締め、体を震わせながらボロボロと涙を溢し大声を上げて泣いた。この行動に困惑し、どうすればいいのか解らず狼狽えながら抱かれているリクスは背が低いためちょうどリューカの胸元に顔が埋まる位置に居り、そのためか顔には絶え間無く今尚外で降り続ける雨水の如くリューカの涙が落ちる度に当たっていた。


「ぐすっ…ひっく…ごめんっ…ごめんなさい…ボクのせいで、リクスさんに…こんな辛い事、させて…こんな事、本当なら…させたく、なかった…。」


「…私は貴女があのケダモノ共に穢れかけた事や涙を流される事の方が辛い、私は貴女にはいつもの…私の様な魔族(バケモノ)相手でも気遣ってくれる明るく優しい貴女のままでいて欲しい。」


「リクス、さん…ボク、今まで…リクスさんの事…マキ君から突き放そうと…。」


「知っている。魔族と人間は寿命が違う、本当の意味で結ばれ共に生きる事は出来ない。それでも、例え刹那の幸せでも私は構わない、牧志も同じ気持ちだ…フフ、貴女の優しさと温もりは牧志によく似てる…。」


最愛の存在・牧志を巡り、リューカがリクスを牧志から遠ざけようと必死だったがそれは二人の種族間の寿命差、若しくは何かしらの要因による死別なども有り得る…己の手を血で穢している様な魔族(リクス)は決して争いなどとは無縁の人間(牧志)と共に永遠の幸せを得る事は出来ない、だがそれでも…限り有る命で育み、分かち合う愛こそが尊くあり、美しい。


「義姉上…」


「…名前で呼んで欲しいな。リューカって、呼び捨てでいいから…。」


「なっ!?え、えぇと…その…リュー、カ…?」


(…!?え、あ、あれ…?なんだろう…?呼ばれ方が変わっただけなのに、なんでこんなにドキドキするの…?リクスさん、本当にお人形さんみたいで可愛い…って!?違ぁああう!いや、無い!無いよ!それは!?それにボクにはやっぱりマキ君が…あう~!!)


(ううっ…慣れない事は、存外に恥ずかしいな、しかし、なんだこの気持ちは…?まさか私は義姉上、いや、リューカも愛して…?うぁああああ!?違う!これは牧志に対する背徳(うわき)では無い!!ましてやリューカは女性で牧志の姉なんだぞ!じょ、女性同士で何をどうしろと…!?)



「…?いつまで抱き合ってんの???」



「…ひゃっ!?ご、ごめんなさい!」


「…うぁっ!?こ、こちらこそすまない…」


リューカは時間が掛かったものの、リクスを魔族という名の人外ではなく名前を呼び合える一人の『友達』として認めた…御互いに相手を尊敬し合い、種族を越えた友情を築いたはいいが雰囲気に飲まれて危うく二人は道を踏み外しそれ以上に性別を越えた関係に危うくなりかけてしまったが存在を忘れられかけたサンディアが不思議そうに首を傾げながら放った一言によりリクスとリューカは頭から冷水をかけられたが如く我に返り、激しく動揺且つ赤面しながら思わず変な声が出てしまうがようやく離れた。生憎と二人は至ってノーマルな人種でありソッチ系の趣味は断じて無い。


「…ったく、敵地のド真ん中で何ベタベタしてるんだか…それにアンタ、戦えもしない奴なんて放っておきなさいよ、足手まといにしかならないんだから。」


「貴様!義姉、上っ…いや…リュッ、リューカ…リューカは傷ついるんだぞ!もう少し言い方が…!」


「…うん、解った。」


「リューカ!?」


「悔しいけど…サンディアさんの言う通り、だから…後はお願い、あの人を…カムイさんを止めて。」


(…そうか、忘れていた…!リューカはまだあの者が別人であることを知らないままだった…!!)


サンディアは無力な人間であるリューカは御荷物でしかないなどといつもの調子で告げるもその辛辣な物言いに立腹したリクスはまだ名前で呼ぶことに抵抗があり若干気恥ずかしいのか?顔を赤くしながらも友達(リューカ)を名前で呼びつつ身心共に傷ついている事を気遣う…それに反してリューカは涙を拭って気丈に振る舞い帰還する事を承諾した。だが、拉致されてしまった間に明かされた『真実』を知らないままだという事を思い出し、リューカにとっても、今この場に居ない蒼牙にとっても悲しい誤解になりかねない状況のまま帰してはマズイと思ったリクスは手短にでもその事を伝えたいのか、リューカの前に立ち塞がる様に制止する…。


「…?リクス、さん?」


「ま、待つんだ!リューカ!貴女は誤解している!違うんだ…!『彼』はっ…!?」


「お?呼んだかい?」


「あ、あぁ…う、あ…!!」


「なんで此処に貴様が…!?リューカ、後ろへ…!!」


…なんと運の悪いことか?蒼牙の誤解を解くにあたって極めて最悪なタイミングで今回の『元凶』の方が来てしまい、拉致された時の恐怖を思い出してしまい、顔を青ざめさせて身体を震わせ始めたリューカを見たリクスはやむを得ず彼女を物陰へと下がらせる。


「ハッ…真っ先にブッ殺したかった奴が自分からやって来てくれて丁度良かったわ…!!」


「凍牙・ヴォルフ…!!」


辛酸を舐めさせられた獲物(あいて)との再戦と屈辱を晴らす絶好の機会にサンディアは鳳仙花を咲かせた右腕をまるでナイフを舐める漫画の悪党の様なノリでペロリと舐めながら舌舐めずりし、凍牙とは初対面のリクスもリューカの件も有ってか表面には出さないものの静かな怒りが宿る瞳をギラリと輝かせながら生成した巨礫の斧の刃を地面にめり込ませるという威嚇行動をする。


「ヒャヒャヒャヒャッ!!サンディアちゃん、お久~☆それとアンタとは初めてになるなぁ?リクス・ヴァジュルトリアちゃーん♪」


「それはどーも、私も会いたくて会いたくて堪んなかったわよ?もっとも…次に会う事は二度と、永久に有り得ないんだけどねッ!!」


「…貴様、彼はどうした?」


「あ?アイツなら…もうまともに相手すんのバカくせぇからザコ共押しつけてこっちに来ちゃったッ☆ったく、何が悲しくてタイマンなんぞしなくちゃいけねぇんだか?ヒャハハハハッ♪」


悪魔の気紛れとはこの様な事をいうのだろう…凍牙は蒼牙との戦いを途中で放棄するという暴挙に走り、急遽、予定を変更してリューカ救出に向かったサンディアとリクス達の方へと来たという…。


その頃、外では…。


「凍牙ァアアアアア!!あっ…あンの卑怯者のクソッタレがァアアアアア!!オレをとことん舐めくさりやがって…それだけはやらせるかよッ!!どけっ!!テメェらに用は無ェんだよォオオオオオオ!!」


「うるせぇ!!ここで足止めしなきゃどのみちボスに殺されちまうんだよ!オレ達はァアアアアア!!」


「相手は手負いだ!全員でかかれッ!!」


あのまま押していれば勝てていただろうに予告無しでいきなり敵前逃亡というふざけた行動を取った凍牙…その意図を瞬時に悟った蒼牙は進行妨害してくる人狼族や山狗族を視界に映った者から手当たり次第に殺すが一体何人雇っていることか?いくら始末しようが虫か何かの様に次々と沸いてきてキリが無い。ましてや今の蒼牙は完全に冷静さを欠いており、この鬱陶しい障害(てき)を排除せねばという気持ちだけが先走って凍牙を追わなければならないという優先事項に中々移行出来ず無為無益な殺戮を強いられる事となった。


「…何故かって?見たいんだよねぇ~…人間なんざと関わって、人間大好き野郎になったあの愚弟(フヌケ)がどんな顔するか、そこの女を殺して、なぁ…♪」


「…ひっ!?」


「まともじゃないな、いや…魔族がまともでいる方がおかしいのだが…貴様にリューカは殺させない…!」


(コイツ、どんだけ歪んでるのよ…?仮にも…兄弟、血が繋がった唯一の、弟に対してどうして…?どうしてそんな事が出来んのよ…?あぁっ…!あぁもうっ!!訳解んないッ…私と関係無い奴らの事でどうしてこんなにイライラするのッ!?)


蒼牙の不安は的中していた。凍牙はリューカを殺す事によって彼を絶望させようとしていたのだ…血の繋がった兄弟同士が争ってる事さえ受けつけられないのにましてや兄が弟の全てを滅茶苦茶にしようというのだからリクスはそんな歪みに歪みきったドス黒い凍牙を完全な狂人として見なし、両親から愛されて育ったサンディアとしてもそれが全く理解出来ずモヤモヤした気持ちが募り段々とイライラし始めていた。


「貴様も手下共を使っていたんだ。まさかこの二対一の状況を今更卑怯とは言うまいな?」


「あぁ?ンな事ァ頼んでねぇよ、と言いたいところだが…いいぜェ、別に?来な、二人がかりで…本気でよォ♪もっとも、何人束になろうが関係無ェ…他のカス共に頼るまでもなく実力だけでテメェらなんざ充分屈服させられっからよォッ!!ヒィヤッハッー!!」


「早速調子コイてんじゃないわよっ!!」


リクスが言うように人数(かず)の不利すら物ともしない凍牙の余裕ぶりを見て以前完膚無きまでに圧倒されていたサンディアはその雪辱を晴らすため真っ先に動き、戦闘形態に転身しながら両腕を焔の蔦植物の鞭に変えて凍牙を攻撃しようとしたが…。


「おやおやぁ…?忘れてたか?オレには『コレ』があるって事を♪」


(チッ…コイツ、相変わらずちょこまかと…!!)


やはりこの程度ではその場から動きすらせずに簡単に避けられてしまう、凍牙の厄介極まりない無音の高速移動…初見の時とは違ってそれを使ってくると解っているだけ幾分かはマシだがそれでもこのスピードには対処出来ずいくら攻撃しようとも一向に当たらず前回と同じように翻弄させられてしまう。


(話には聞いていたがこれでは邪眼()が使えん、ならば…。)


事前に凍牙の事を聞かされていたリクスもそれは同じ事…石化の邪眼を使おうにも常に高速で動き回る捕捉が困難な相手では視線を合わせる事すら不可能、よってやり方を変えるためか…リクスは逸る気持ちを抑えて静かに目を閉じ、両足をしっかりと地面に踏み締め全神経を集中させて何かを探ろうとしていた…。


「…そこだっ!!」


「ウッ…!?」


リクスは石礫を右手に纏わせて作った石の杭を打ち出し、クリーンヒットとまでは言えないものの今まさに真横から噛みついてこようとしてきた凍牙の脇腹を僅かに掠める。


「ケッ…そんなまぐれ当たり、どうって事…ンギィッ!?」


「は、はぁ!?アンタ今のどうやったのよ!?」


(やはりな、いくら足音を消したところで『ソレ』だけは隠せまい…!)


どういうわけか?その一撃を機に最初は掠めるばかりに止まっていたリクスの攻撃が段々と命中していく様になると偶然(まぐれ)などと見くびっていた凍牙の右頬を大きく抉る事に成功、何が起きてるのかサッパリ解らないサンディアは自身が出来なかった事を着実にこなせるようになってきたリクスを見て困惑するばかり…


「クヒ、ヒヒッ…ゲハッ…ははぁーん?なるほどねぇ?バカみてぇに突っ込むだけのサンディアちゃんと違ってちったぁ考えてんなぁ?」


「あぁッ!?誰がバカよ!誰が!!」


「さぁね?だがな、いい気になってるところ悪いが、リクスちゃん♪もう『ネタ』はバレてんだよぉっ!!ブハァアアアアアア!!」


「…っくぁっ!?目が…!!」


…だが逆転は長くは続かなかった。凍牙はどうやらこの手品のタネが解ったようであり、サンディアをシレッとバカにするくらいの余裕たっぷりにニヤリと不敵に笑った直後…頬を抉られたせいでただでさえ裂けた口を更に大きく開き、滴り落ちる自身の血液混じりの赤い吹雪を吐いた。避ける間も無く真っ正面から受けてしまいリクスは両目を押さえながらその場にうずくまる。


「ヒャッハァアアアァッ!!どうした!?えぇ!?どうした?あぁんっ!?さっきまでの威勢はどこ行った!?」


「ギッ!?がぁああああ!!」


「はぁっ!?こっちに来るんじゃ…キャアアアア!!?」


凍牙は瞬時にリクスの背後に回り込み、蜥蜴じみた戦闘形態で解りにくいが人間でいえば耳が付いてる側面を凍気を纏わせて生成した氷の爪を容赦無く突き刺し、すかさず腹に向かって鋭い蹴りを叩き込んでサンディアを巻き込む形で両者を吹き飛ばした。


「痛たた…何やってんのよ!?なんだか解らないけど折角押してきたのに!このチ、ビ…?」


「…はぁ…はぁ…うぅ?なんだ?なんて言っているんだ?お前…?私は、どうなっているんだ…?」


偶然巻き込まれただけとはいえ自身を巻き込み吹っ飛んできてリクスに対してサンディアは理不尽な怒りをぶつけるが…戦闘形態が解けた通常形態に戻ってるリクスの様子がおかしい、左目こそは霞んで虚ろになっているもののなんとか開いているが右目は未だに血液入りの吹雪による目潰しで開かず、そしてなにより至近距離にいるにも関わらずサンディアの言ってることが何一つ聞き取れず狼狽していたのだ。無理もない…人間でいえば耳にあたる皮膜部分から夥しく流血していたのだから。


「リクスさん!?耳、耳が…!?」


「…!?ちょっと、まさかアンタ、何も聞こえないんじゃ…!!」


リクスの身に起きた異変を察し、物陰に隠れていたリューカは顔を青褪めさせて力なく崩れ落ち、基本的に相手を気遣うことなど一切しない自己中心的なサンディアも流石にこれでは怒るに怒れず、非情に徹して突き放す訳にもいかず対応に困り果ててしまう…。


「ヒャッハッハッハッ!!やっぱりなぁ!厄介なのはその邪眼(おめめ)だけじゃなくって皮膜(みみ)もだったようだねぇ?リクスちゃーん♪これじゃあもうどう足掻いても探れやしねぇぜぇー☆地面に伝わる『振動』が…な♪」


リクスが探ろうとしていたのは『振動』だった。凍牙は確かに無音にして最速のスピードを誇っているものの足が地面に接触した際に僅かでも振動が起きてしまうのだ。


(…もうバレ、た…だと!?なんて勘の鋭い奴だ…!だから、私の皮膜(みみ)を潰したのか…おの、れぇ…!!)


リクス達、邪眼蜥蜴(バジリスク)族の能力は石化の邪眼や石礫や鉱石を集めて武器を生成する戦闘に纏わる力、そして種族特有の耳代わりのエリマキトカゲじみた皮膜である…これにはソナーの様な役割を持ち、地面から伝播する振動音を聞き取り高速で動き回る凍牙の気配を察知していたものの、そういう相手の戦術や対応策には恐ろしく敏感な凍牙に直ぐ様それを読まれて、早々に逆転の芽を摘まれてしまったのだ。


「この…!!」


「おっと!誰が『無駄な抵抗しろ』なんて頼んだ?頼んでねぇーっての♪」


「ぐぅっ!?この…!卑怯者!こんな汚い手に頼らなければ私一人が怖いのか!?ケダモノめっ!!」


振動による察知が出来なくなった今のリクスでは抵抗も虚しく、先程の優勢ぶりが嘘みたいに石礫の杭による攻撃は全て素通りする形で空振るばかり…そんな彼女を嘲笑うかの様に凍牙は目にも止まらぬ速さでリクスの腕を掴んでは両手首を貪食紐で素早く括り、天井に吊し上げた。魔族を無力化する魔族殺しの鎖の効能はリクスとて例外無く発揮しており、いくら手に力を入れようが必死に体を揺らそうが拘束は解けない。


「あー?ハイハイ、怖い怖い、後で処刑してやっから大人しくしててねー♪後は本当にノロマなだけのサンディアちゃんだけだから対応は楽だけど…オレにも気紛れってもんがあってなぁ…♪」


「…え?」


「よーし♪ブッ殺そっ☆」


最も厄介と判断したリクスの拘束に成功した凍牙は前回殆ど圧倒していたサンディアを後回しにしても問題無いと判断し、当初の予定通りにリューカを殺害しようと彼女の前に立ち、サブマシンガンの銃口を額へ突きつけた。


「リューカ!?リューカァアアアアア!!」


(…ここからじゃ間に合わない…!クッソォッ!!)


「あばよ☆お嬢ちゃん♪」


リクスの悲痛な叫びが響き渡ると同時に、身動き出来ない彼女に代わってサンディアが地を駆けるも距離があり過ぎて手が届きすらしない…完全なる勝利を確信し、邪悪に歪む笑顔で凍牙は右手に握られたサブマシンガンのトリガーに指を掛けようとした瞬間。




(あ、れ…?オレの右手、こんなもの『生えてた』っけ…?)




…いつの間にか…丁度、蒼牙の狙撃により撃ち抜かれていた右手の傷口(まんなか)に氷の刃を纏わせたコンバットナイフが突き刺さっており、その異物の存在に気づいた時には既に遅く。




「ゼェッ…ゼェッ…や、やっと…はぁ…はぁ…追いついた、ぞ…!凍っ…牙ァアアアアア!!」


全身返り血塗れの見るもおぞましく汚れに汚れまくった姿をしたもう一人の『狼』…蒼牙が満を持して到着し、自身が付けた凍牙への傷口を一切の慈悲も無くグリグリと執拗に抉った後、氷の刃で右手の中指、人差し指、親指、ならびに右腕の肉全体を削ぎ落とした。


「ギッ…!?ギギャアアアアアアアア!!?な、な、なっ…!?」


現在進行形で飛散する鮮血を顔面に浴び続ける蒼牙の姿と自身の切り裂かれた右腕の悲惨な状態を視認し、ようやく事態を理解した凍牙は情けない悲鳴を上げて惨めに地面をのたうち回るハメになった。


「はぁっ…はぁっ…!!ふぅー…!!…ったく、面倒なことさせやがって…!!テメェの自慢の傭兵(つかいすて)共は全員始末した…!後はテメェ一人だけだ!クルァアアアアアッ!!」


「そ、蒼牙ァ…テメッ…ぎゃがぁあああああ!!?」


「グルルルル…ヴルルル…!!オォオオオオオオオオオォオオーーーンッ!!アォオオオオオオォオオオオーンッ!!」


荒くなった呼吸を整えながら人狼族ならびに山狗族の混成部隊を孤軍奮闘の後にキッチリ全滅させたと告げた蒼牙は転げ回る凍牙の右目目掛けて分厚い氷を纏わせて強化した足による蹴りを叩き込んで外へと叩き出すと興奮のあまり忘我の極地に達してしまい縛鎖狼(フェンリル)族特有の咆哮を轟かせた。


「大丈夫か!?皆ッ!!」


「蒼牙殿…すまない、こんなザマで…」


「良かった…全員無事で何よりだ…」


「良くないッ!!遅過ぎだっつーの!バーカ!バーカ!」


「本っ当に口悪ィなぁッ!?アンタッ!!仕方無ェだろ!!アイツらしつけぇのなんのって、頭に血が上って気づいたら皆殺ししていたんだよ!つい!昔の血が騒いで…んん、な、なんでもねぇ…」


蒼牙は吊し上げられていたリクスを降ろし、サンディアとリューカの無事を確認しホッと胸を撫で下ろすも、恩を仇で返すかの様にサンディアからこれでもかと罵倒されてしまう。先程リューカの危機を救ったというのにこの扱いの酷さは一体…?


「…え?あれ…?カムイさん、が…二人…?」


リューカは混乱していたが無理もない…バス襲撃ならびに自分の拉致監禁、そしてサンディアとリクスの殺害、それをしようとしていた者と瓜二つの姿をした者がどういうわけか自分を助けてくれたのだから。


「な、鳴我さん…っぐぉっ!?」


「いやだッ!こ、来ないでッ!!」


(ハッ…ハハッ…だよな?当然の反応だな…)


「ちょっ!?待てっての!!」


最低最悪の兄・凍牙のせいで危うくケダモノ共に怪我される直前だった恐怖とその理不尽さに対する怒りはどうしても押さえられず、リューカは声を掛けようとした凍牙ととてもよく似た姿の蒼牙を反射的に睨みつけてはその辺に落ちていた資材を投げつけてしまい彼を拒絶した。この反応に蒼牙は悲しそうに顔を俯かせ、凍牙にトドメを刺すために無言で高速移動で外へと駆け出し、それに気づいたサンディアも慌てて続いた。


(あの酷い姿…オレが、オレが巻き込んだも同然だ…クソォッ!!やはりあの狂犬には殺す以外の選択肢は必要無ェ…!!)


未だ激しく雨が降り注ぐ外を駆け抜けながら蒼牙は歯を強く食い縛り、拒絶された事への悲しみに耐えつつも、リューカの腫れた顔や乱れた着衣という痛々しい姿を見てより一層凍牙への殺意を深めるのであった…。


「嫌だ…もう、いやぁ…グスッ…もう、帰りたいよぉ…」


「…リューカ…。」


小さな子供の様に泣きじゃくり、小刻みに震えるリューカの肩に手を優しくそっと乗せ、真っ直ぐ見つめながら全ての『真実』を語った。


「…気持ちの整理のつかぬ今の状態で悪いが無理を承知の上で、落ち着いて聞いて欲しい…。」


「リクス、さん…?」


「私は今、耳が聞こえないから一方的に喋らせて貰うが…彼は蒼牙・ヴォルフ。貴女がアルバイトとやらで出会った人間・狼威蒼牙(かむい・ソウガ)の正体だ…魔族ではあるが彼は今回の件の犯人じゃない、信じられないかもしれないが本当の話だ。」


「ど、どういう…事、なの…?」


「…蜥蜴女を殺すためだけにバスを襲撃して無関係な人達を殺した挙げ句、貴女を誘拐した犯人であった先程の下劣な男…あっちは凍牙・ヴォルフといって外見こそはよく似てはいるが中身は似ても似つかない完全な別人、そして蒼牙殿の兄なんだ。」


「そんな、そんなっ…!?じゃ、じゃあボクは…なんて、事…!!」


蒼牙と凍牙が別人であると同時に双子の兄弟である事、凍牙が今回の犯人である事、凍牙と違い蒼牙は『不死鳥の軍勢』とは一切の関わりが無く人間社会に溶け込んで暮らしていただけの比較的善良な魔族である事、それら全てを聞かされたリューカは先程やらかした己の愚行を恥じた…知らなかったとはいえ単に凍牙と姿が似てるだけの蒼牙を心無い拒絶で傷つけた。その短絡的な拒絶の重みが急激にのし掛かり良心の呵責へとなり、涙が自然と溢れ落ちてしまう…。




一方、蒼牙とサンディアはというと…。



「ゼェッ…ゼェッ…!!こ、今度は早過ぎんのよ!もうちょっと程々の速さで動けっての!!私でも追いつくくらい!!」


「フ・ザ・ケ・ン・ナッ!!遅いだの早いだのどうしろってんだ!っていうか程々の速さってなんだよ!?歩けってか!アホ!!っつーか、なんで着いて来てんだッ!アンタッ!?」


無音の高速移動に無理矢理着いて来たせいか息切れし、バテているサンディアから程良い速さの高速移動をしろなどという無理難題(クレーム)を叩きつけられ蒼牙はすかさずツッコミを入れると同時に何故着いて来たのかというもっともな質問をした。


「あのいけ好かないクソ犬に一発だけでもいいからブチかましてやりたいってのもあるけど…アンタ、アイツの弟なんでしょ?本当に殺す覚悟あんの?」


「あぁん?どういう意味だ?」


「…言葉通りよ、それを聞きたかっただけ…で?どうなの?あるの?無いの?」


先程の傍若無人な振る舞いとはうって変わってとても真剣な眼差しで蒼牙を見つめ、今一度覚悟を問うサンディア…凍牙は最早どうしようもない外道ではあるものの一応は血の繋がった兄弟である彼を蒼牙は本当に自分の手で殺せるのか?迷いは無いのか?と。


「覚悟なら…出来てる。オレとアイツが全く違う生き物だと自覚した…小さい頃から、ずっと…な。」


「…。」


「アイツの強過ぎる殺戮衝動は最早病気の域だ。このまま放っておいたら一時の快楽のためだけにまた同じ事を繰り返す…例え魔族や人間を全員皆殺しにしたとしても飽き足らないだろうってくらいにな。」


「…だから、殺すって?」


「あぁ、そうだな…ナリはデカくなっちゃあいるがアイツは罪も自覚出来ないくらいに永遠にガキのまんまなんだ。久々に会ってみて解ったが本当に変わってねぇしこの先変わる事は一生涯無ェよ…悪い意味でな…あんなことをしでかしたんだ。だからオレが終わらせる。その覚悟が…奴の死が、オレにとっての希望(のぞみ)だ。」


(…相手の死を強く願ってるってのに、私が抱いてる憎しみとも怒りとも違う…相手が血の繋がった兄弟ってだけでこうも違うものなの…?)


単に殺すというよりは『因縁に決着を着けて全てを終わらせたい』と口ではこうは言ってるものの、やはり兄弟の縁は最後の最後まで簡単には切り捨てられないようであり、どうしても割り切れない悲哀混じりの感情を無理矢理押し殺してはいるものの、実害が出ている以上…蒼牙の凍牙殺害に対する強い意志は決して揺らがなかった。兄弟としての責任を背負っての決意故か?サンディアの様に両親や眷属達を殺されて憎いから殺したいという『不死鳥の軍勢』へと向けられただただ突き進む以外の道が無い復讐心とも違う相手の死の望みに複雑な心境に陥った…。


「死ィッ…ねぇええええ!!」


「…後ろッ…!?」


「…グガァアアアアアッ!?とっ…凍牙、テメェって奴はッ…!!」


突如、雨とその轟音に紛れ込む様に気配を殺しながら無音の高速移動で蒼牙の背後に忍び寄り彼の右足目掛けて凍牙は残った左手に握り締めたコンバットナイフを深々と突き立てた。


「クソ!クソ!クソッタレェッ!!痛っでぇっ…痛っでぇよォオオオオ!!ア゛ァアアア゛アアア!!クソがァアアアアア!!」


最初の余裕綽々とし、常に相手を小馬鹿にしたような舐めた態度をしていた時の凍牙は何処へやら…豪雨から現れたのは文字通りの手負いの獣。まんまと奇襲を許してしまった蒼牙にしてやられ右目は蹴り潰されてグチャグチャになり、右手は小指と薬指以外の指を右腕の肉ごと削ぎ落とされ、苦悶の絶叫を上げているという外道に相応しい自業自得の惨めな姿だった。


「ウダラァアアアアッ!!ガフッ…ゴッフッ…!ガゥアアアッ!!ハァッ…ハァッ…もうッ…もう、依頼なんざァこの際どーでもいいッ!!ブッ…殺して、やんよ!蒼牙ァアアアアア!!」


自分の物とはいえ使い物にならなくなった右目を抉り出してあろうことか口に放り込んで咀嚼した後に飲み込み、同様に右腕も食い千切って胃に納めるという常軌を逸した奇行に走った凍牙は再び無音の高速移動に入り、この屈辱を蒼牙の死を以って倍返しにせんが為に襲いかかる。


(チッ…どうする!?この足じゃアレをやるのは…)


(…適当に時間を稼ぎなさい、私がなんとかする。)


(…解った。アンタに賭けてやるよ。)


凍牙の無音の高速移動に対する唯一の対抗手段そのものであった蒼牙だったが先程の右足の損傷は思いの外深く、立ち上がるのもやっとであり、今凍牙に襲い掛かられたら反撃しようがない…そんな最中、サンディアには何か対策があるようでその提案に乗る事にした。


「オラァッ!!」


「はぁあああああっ!!」


「ヒャハッ…遅ェッ…遅いんだよ…!ゲヒッ…ヒャヒャヒャッ…!!この鈍亀(ドンガメ)共がァアアアアアッ!!」


「ごがっ!?」


(くっ…コイツをとっととブチのめしてやりたいけど、まだ…まだ『仕込み』は始まったばかりだ…!!)


ハンドガンや焔の種子弾を放つが当然ながら何の考え無しで当たる程甘くはなかった。二種類の弾丸は掠りすらせずに全て素通りしてしまい、逆に凍牙の攻撃を許してしまう…擦れ違い様にコンバットナイフや氷の爪などで全身のアチコチを切り刻まれ、しまいには顔面やボディに鋭い蹴りが入る始末…二人は防戦一方となり、それを強いられるが…。



(焦るな、慌てるな、悟られるな…私っ!アイツは勘がイイから、何かしようとしただけですぐバレる…だから、すっごくっ…!ムカつくし何も出来ないのが悔しいけど…今だけは…!!)


(本当に大丈夫なのかよ!?一か八かの賭けとはいえ具体的に何をどうするかも聞かされてねぇから不安しか無いが…けど『賭ける』って言った以上、サンディアを信じるしかねぇっ…!!)



…サンディアと蒼牙はそれでもその場から一歩も動かずに、堪えた。


「さっきはよくもやりやがったなぁ!?おぉ!コラ!?テメェら!!ただ殺すだけじゃあ飽き足らねぇぞ!!このままサンドバッグにしたらぁっ!!」


「ゲボッ!?」


「ぎぅっ…!!」


堪えた。


「オラァ!とか言ってんじゃねえぞ!?オラァッ!!下利便クソ共の分際でイキりやがって!!ゴラァッ!!」


「がぁああああ!!?ゴハッ…ゲフッ!?」


「誰がンな事頼んだ!?あっ!?頼んでねぇって何度も何度も言ってンだろが!頭ン中に脳味噌入ってねぇのか!?ボゲェッ!!」


「うぐっ…!?くぁっ…んあああああ!!」


堪えた。


「オレを誰だと思ってやがるゥウウウウ!?大体、弟が兄貴に勝てる訳ャ無ェだろがァアアアアアッ!!謝れ!詫びろ!跪けぇえええッ!!土下座だ!土下座ァッ!!」


「ぐぶふぅっ…!?」


「オメェもだよ!ダボがッ!!女が男に勝てると思ってんのか!?男が…いや、この凍牙・ヴォルフ様が一番偉いんだっつーの!!魔界の常識だぞ!ゴラァッ!!」


「あ、ぐっ…ひぁっ…!!」


堪え抜いた。




「カハッ…ゲファッ…!!おい、まだ…なのか!?」


「はぁ、はぁ…ええ、お陰様で…」




そして、ようやく満を持して…




「…準備完了よ!!」




逆転の一手を発動した。


「ケヘッ…キヒッ…ヒャーハッハッハッハッ!!バカじゃねえのッ!?そこの愚図はもうオレと同じ走法(アレ)は出来ねぇ!!オレに指一本触れられねぇ時点で既に終わってんだよ!テメェらは!!」


蒼牙は足の負傷で無音の高速移動どころかロクに動けず、ましてやサンディアは高速の世界へ突入する手段は持っていない…何をどう攻撃しようが全て回避されてしまう。最早凍牙の独壇場と化してるこの状況で一体どうするつもりなのかというと、その答えは実に『シンプル』なものだった。


「ハッ!当たらないんだったらやることは一つよ!全部纏めてブッ飛ばす!!」


「おい、何を言い出し、て…?熱ッ!?なんだ!?地面が熱いぞ!?これは一体…!?」


そう言った直後、蒼牙は踏み締めていた地面が突如、思わず跳び跳ねてしまいそうになるくらい熱くなるという不可解な現象に逢い、困惑する。



気づけばサンディアの足元の地面からボコボコと音を立てながら根っ子が突き出てきた。彼女の足から直接生えてきたそれは雨に触れた程度では消えない程にメラメラと燃え盛り、敷き詰められた絨毯の如く廃工場の敷地内の地面のほぼ全てを覆い尽していた。


「なんだ?その足元の…花が咲いて…まさか!?しょっ…正気かッ!?テメェエエエエエエエエエェエエエーーーーーッ!!?早く逃げ…!!」


張り巡らした根っ子の至る所全てにサンディアが戦闘に用いる時に生やしている焔の種子弾を放つ鳳仙花が無数に咲き乱れ、サンディアがやろうとしてる事にようやく気づいた凍牙は慌ててこの場から離脱しようと高速移動に入るが今度ばかりは全く意味を為さなかった。


「…プッ…アッハハハハハハハッ!!『逃げる』?何処に?そんな場所なんか此処には一つも無いってーの!ばーーーーかっ!!」


「ぎゃあぁああああああ!!?熱い!熱ぃいいいい!!うっぎぃいいいい!!誰が助げッ…ぐげぎぁあああああああ!!」


サンディアの勝利を確信した高笑いと共に無尽蔵に広がる根っ子の鳳仙花畑が一斉に破裂し、無数の散弾となった焔の種子弾が全身を貫き、飛び出す際に巻き起こった爆発による炎で焼き尽くされ、来るはずの無い助けを求め惨めな悲鳴や絶叫を繰り返し、炎を消そうと必死に地面を転げ回る。


「ハーハッハッハッハッ!!ざまぁないわね!!イキがってた罰よ!罰ッ…って、痛いッ!?」


「バ・カ・か・オ・マ・エ・は・!!0か100しか無いのか!?極端過ぎんだろ!!」


…尚、凍牙一人の逃げ場を完全に封殺するためだけに敢行したサンディアの地上版絨毯爆撃作戦は同時に周囲の被害をガン無視した無謀極まりないものであり当然ながらその中には何も聞かされていなかった蒼牙も盛大に巻き込まれてしまっており、火達磨と化した彼から拳骨を食らってしまい、更には…。


「貴っ様ァアアアアア!!一体ナニをしたァアアアアア!!?この辺一帯全て火の海だぞ!!リューカまで殺す気かァアアアアア!!」


「なんで!?私、結構頑張ったつもりなの…にがぁっ!!」


「フザケンナ!魔密林(ヘルジャングル)の野蛮人でもちったぁマシな事考えるぞ!?ナニをどうしたら周囲一帯もろとも消し飛ばすなんて考えに至るんだよ!バカなの!?バカなの!?バカなのかァアアアアア!!」


「殺せ!殺せ!殺せェエエエ!!このバカは死ななければ理解しない…いや、バカは死んでも治らんものだったなァアアアアアッ!!」


「嫌ァアアアアア!!?なんでこーーーーなるのォオオオオ!!?」


…被害は遠く離れてた場所に居たリクスにも及んでおり、黒く焼け焦げ激怒した彼女が猛スピードで駆け込みサンディアの後先考えない頭にドロップキックを放ち、同じく未だ怒り心頭の蒼牙と一緒にこの大逆転の最大級の功労者にして最大級の愚か者たる馬鹿女を滅多打ちにしてまう。ちなみにリューカに関してはリクスが全身全霊を以って必死に守り通した。


「て、テメェら…オレをハブッてナニ遊んで…」


「「「うるっさいんだよォオオオオッ!!」」」


「もぎゃああああああああーッ!!!?」


ボロボロになった凍牙が立ち上がり、左腕全体を巨大な氷の爪にして三人に突撃するも、三馬鹿達はほぼ反射的に何も考えず適当に拳を振るって殴り飛ばした。


(アレ?オレって、こんなアホ共相手に喧嘩を売って…)


戦いを挑む相手を盛大に間違えた事に気づいた時には既に遅し、宙を舞いながら凍牙は地面から頭から落ちて複数回バウンドし、ピクピクと身体を痙攣させ、やがて動かなくなった。


「やった…のか?」


「やったようだ、な…?」


「…ったく、決まってんでしょ?勝ったのよ、私達は。」


「「…そうだな。」」


蒼牙はこれ以上凍牙の被害を増やさないために、リクスはリューカを助けるために、サンディアは自身の雪辱と響が傷つけられた時の謎の苛立ちを晴らすため…それぞれの利害が一致し、一時的に組んだだけに過ぎない関係の三人だったが全てを終わらせた後は不思議と清々しい気持ちになり、力無く地面に座り込み、雨が降る空を見上げながら無意識に穏やかな笑みを溢していた。


(謝らなきゃ…ボク、カムイさん…蒼牙さんに謝らなきゃッ!!)


一方、リューカはというと先程リクスから聞かされていた蒼牙の全てを聞き、何がなんでも自分の口で謝りたくて、居ても経ってもいられず外へと飛び出し、彼の元へと急いでいた。


(…一番辛いのは蒼牙さんなのに!リクスさんやサンディアさん以上にボクの事を助けようとしてくれた優しい人が…これ以上傷つくなんておかしいよ!間違ってるよ!)


擁護しようの無い外道とはいえ実の兄である凍牙をどういう想いで手にかけようとしていたのか?弟の牧志を深く愛してる姉の身としては想像もつかないが…蒼牙自身に救いが無いことは明らかだ。


「居た…蒼牙さん!リクスさん!サンディアさん!」


リューカは三人を見つけ、更に走る速度を早めて駆けつけようとした…謝りたい、彼の傷ついた心を救いたい、そしてまだ男性恐怖症が治った訳ではないがそれでも彼に手を差し伸べたかった…ただ、それだけだったのに。




非情な運命がそれを許さなかった。




「だ、誰が一人で死ぬ…かよ…!」


「…!?」


「コイツ、まだ生きて…!?」


「お前だけは…道連れにしてやんぜぇえええ…カハァアアアアアッ!!」


倒れていた凍牙が顔だけを起こし、最後の力を振り絞った悪足掻きとして裂ける程大きく開かれた口から鋭利な氷柱の矢を発射…無情にもそれは…





「ゴッ…ブッ…!?」



「「「…え?」」」





…蒼牙の脇腹を刺し穿った。



(あぁ、そうか…あの時の『報い』が来たのか…ったくよぉ、よりにもよって今かよ。)


吐血しながら、雪崩母娘の事が脳裏に浮かんだ瞬間に蒼牙は膝をつく。穿たれた脇腹の凄惨な状態を見ても、止めどなく溢れる赤い血流を見ても、不思議と痛みも、これから訪れるだろう死の恐怖も感じなかった…何故なら何時かきっとこうなる事を予見し、ずっと心の何処かで待ち望んでいたからだろう。


(…凍牙に殺される形ってのが癪だけどな、これでいい…これで…結局オレは生きていちゃいけねぇ存在だったって事なんだ…あぁ、残念だ…もう少し、コイツらと…リューカと一緒に、居たかったのにな…)


意識が朦朧としてきた蒼牙は霞む目でリューカ達の方を見つめる。仮に凍牙の件さえ無ければもっといい関係を築けただろう。楽しくバカやって笑い合ったり、願わくば魔族と人間の壁など越えてリューカと添い遂げたいと思ったが彼にとってはそれはどれだけ手を伸ばしても掴めない幻夢、決して叶わぬ儚い夢、否、夢を見る権利さえ無いと切り捨てた。


「そ、蒼牙さん…蒼牙さんっ!!」


「…ハハッ…名前、ちゃんと呼んでくれて、ありがと…ウブゥッ…!ご…ごめんな、巻き込ん…ゲハァッ…!!」


本当ならば自分と凍牙との醜い争いなんかに巻き込まれず平和に暮らしていて欲しかった男に対して臆病ながらも優しく芯が強い最愛の人…リューカが漸く正しい名前で呼んでくれた。最期を迎える自分には勿体無い栄誉だ。同時に呼吸が乱れ、吐血も痛みも激しくなる…嗚呼、最早長くは保つまい。


「アンタ、身体が…!?」


「気に、すんな…こうなる事ァ…最初っから覚悟の上…だったんだよ、ブッ…コフッ…ェハァッ…!」


出会いの悪さから正直悪印象しか抱かなかったサンディアにまさか他人を心配する心があろうとは…そういうタイプの人種ではなかったと思いきや驚きだ。自分勝手で滅茶苦茶ながらも逆転のキッカケになってくれた。マズイ事に、文字通りの身を削る痛みはますます激しくなっている…意識も遠のいてきた、早く楽になりたい…。


「凍牙・ヴォルフ!貴様という奴は最後の最後まで…!!」


「…コイツ、の…トドメは…ェハッ…カホッ…オレが、する…!」


凍牙と同じ姿をしてる自分の顔を見ても冷静に見据え、真相を正しく受け入れ、最も協力的な姿勢を見せてくれたリクス…リューカを大切に想う者同士もっと話してみたかったが今となってはそれも無理だろう。立つのもやっとだ。すまないが、退いてくれ、ソイツの…凍牙の始末だけは、自分の手で…。


「ヒャハッ…キヒッ…!!ざまぁ、みろ…人間なんかの味方するから、人間なんかを守ろうとしたから…そんな目に遭うん、だよっ…」


元凶にして絶対に許してはならない罪を犯した凍牙、幼少の時からあれだけ、憎い、殺したいと…欲望と衝動の思うままに好き放題に振る舞うコイツの存在を何度消したいと思ったことか、あれだけ強く、あれだけ余裕たっぷりないけ好かない顔した凍牙が…今は、死が着々と迫る自分と同じくとても弱々しく見えてくる。


「…ぐぶっ…げぼっ!!大人しく…オレと一緒に来りゃ良かったのに、な…また…あの頃の、様に…」


「…うっ…ぐぅっ…悪いが、やっぱり…ウバッ…ブァッ…!今のアンタとは一緒に行けない。もう、無理なんだよ…戻れないんだ…何時までも、(ガキ)のまんまじゃいられないんだ、誰だって…」


そうか、そういうことか、コイツはとんだ寂しがりやだな…凍牙は、誰とも共存が出来ない、誰とも共有が出来ない、唯一無二の兄弟である自分以外とは。だがどこまでも魔族らしい生まれながらの悪性の強さ、感性が欠如している点では本当にどこまでも自分と違う生き物で、兄弟のクセに全然似てないんだなと苦笑した。




だがそれとこれとは話は別だ。あれだけの事をしでかしたんだ。責任は取って貰う…さぁ、『終わり』にしよう。



「悪ィ…死んでくれ、兄貴。それがオレにとっての…希望(のぞみ)だ。」


「…あぁ、殺れよ…蒼牙、頼んでねぇ…って、言いてぇとこだが、頼むわ。」



…二人の会話が終わった直後、一つの銃声が雨音でも掻き消せない程に鳴り渡る…。


蒼牙はハンドガンに冷気を送り、銃口から氷の弾丸を発射し、凍牙の眉間を貫くと、彼の首周りから胸元にかけて咲いていたスノードロップの花弁が皮肉にも凍牙自身の手向けの花と化し、文字通りの『雪の雫』の如く舞い散り、全身はみるみる内に氷の結晶となり、ガラス細工の如く音を立てて砕け散った…。


彼ら魔族達には自身に生えた花の意味など知らぬことだが、人間界において待雪草(スノードロップ)の花言葉は『希望』『慰め』など一見優しげな意味を持つものの…その一方、この花はその雪の如き白さが仇になったか?それが死装束を思わせ、死に纏わる不吉の象徴の花とも呼ばれている。故にこの花を贈り物にしてしまうと相手の『死を希望する』、転じて『あなたに死んで欲しい』という意味合いになってしまうという。


(これ、で…安心、して…逝け、る…リューカ…)


凍牙は自身の死を蒼牙に希望(たの)み、また、これから訪れるだろう自身の死を希望(のぞ)んで受け入れ、静かに目を閉じる…。


「…ッ…!!」


「蒼牙さんっ!!やだ、やだぁ…!!死なないで!目を…目を開けてよぉ!!」


役目を終えた様にその場に崩れ落ちた蒼牙にリューカはすがり付き涙をボロボロ流しながら必死に声をかけ続けるも返事は無い…。


イギリスの農村地方の古い言い伝えによると、恋人の死を知った一人の乙女がスノードロップを摘んで彼の傷の上に置いたが恋人は目覚めるどころか彼に触れた途端にその肉体は雪の雫と化してしまい、この花が死の象徴であるという印象を更に強めてしまったという…。


「いかん…!この出血量じゃ本当に死にかねん!おい!貴様、火の扱いに長けてるんだろう!?傷口をどうにか焼いて塞ぐとか出来ないのか!?」


「む、無理よ!私の種族の力は焔を操る力じゃない、文字通りの爆発力に変換させる力よ!」


「蒼牙殿をバラバラにする気か!?なんて使えん奴だ!大雑把にも程があるだろ!もういい!貴様はその役に立たん頭でも爆発させてろ!!愚図め!!」


「ヒドイッ!?」


不吉なスノードロップの言い伝えの如く死が刻一刻と迫る勢いで蒼牙の出血の酷さは予想外に激しく、徐々に顔も生気を失ってきていた…リクスは焔の力を持つ火精蜥蜴(サラマンダー)族のサンディアに傷口を焼き潰して応急処置をさせようとしたものの、残念ながら彼女の一族は焔の力そのものを操ってる訳ではなく体内から発した焔の力を鳳仙花などに変えてそれら全てを爆発させる事に特化した生きた爆弾の様な種族なので焔の力だけを器用に扱うなんて細かい芸当は断じて出来ない、それを知ってこの緊急時に自分の思いつきが頓挫したと知るや否やリクスはサンディアを役立たずと罵倒したが無理もあるまい。


「えぇい…仕方あるまい!蒼牙殿!私の邪眼()を見るんだ!」


「な、何を…って、え。」


「リクスさん!?あ、あぁ…!蒼牙さんが石にッ!!」


リクスが第二プランとして即興で提案した事はなんと、邪眼の力による石化だった。倒れてる蒼牙と強引に視線を合わさせて彼を石にしてしまったのでこれにはリューカも涙を引っ込める程に激しく動揺した。


「すまない!リューカ!だが石になってる間も蒼牙殿はまだ生きている。それにこれ以上容態が悪化する心配も無い!」


「はぁーーーん!?人の事大雑把とか言っといてアンタも結局力業じゃない!どんだけ石にするのが好きなのよ!?そんなに石ッコロが好きならあのガキんちょよりも岩礫魔人(アトラス)族や虚塔魔人(ネフィリム)族とかとベタついてりゃいいんじゃない!?」


「ウルサイ、ダマレ、牧志以外の男などと誰がくっつくか、タワケ。即座に解除は出来るが、問題はその後だ…本格的な治療を出来る場所に移動させないと。」


リクスの邪眼による石化は肉体のみを石に変化させるものの意識だけはハッキリとしており死んではいない、オマケに石になってる間は怪我などの症状が進行する恐れも無い上に彼女の任意で解除は容易に可能ながら、欠点は解除した直後にすぐさま傷口がまた開いてしまう事だった。それをどうするか考え込んでいると…。


「あの!ボク、アテがあるよ!正確には響君の方にだけど!!」


「「!!?」」


リューカの方から思いも寄らぬ助け船の存在が明らかになる。


???


「…此処、は…?」


…気づけば蒼牙は白い天井を見上げていた。死後の世界…ではなく、何処かの施設内、恐らく病院と思われる場所のベッドで今まで寝ていたらしい。


「…オレ、生きてるのか…?」


起き上がり、特に重傷を負っていた自身の脇腹などを中心に巻かれた包帯を見て、あの脇腹を抉られてる重傷で生きてるなど自分でも信じられないようであり、察するに誰かか此処まで運んで来てくれた上に医師が…それも、とびきり腕の良い者が治療してくれた様だ。


(…あそこで死ぬつもりだったんだがな…)


暴走した凍牙を止められさえすれば後はどうでも良かったのだと半ば自暴自棄な思考に陥りつつも、こうして助かるとは…自身の悪運と生命力の強さにつくづく呆れてしまう。


「ふむ、お目覚めかな?」


「…アンタはっ、ぐぅっ…!痛っ…てててて!?」


「おいおい、落ち着きたまえ。今の状態で身体を動かすのは医師としてオススメしないよ?なにせ脇腹が抉れてたんだからね。他にも細かい傷がアチコチに、一体どうやったら…いや、すまない。原因(りゆう)を詮索するつもりはないので安心してくれ。」


突然何者か…年齢的には少なくとも四・五十代か?若しくは更に上の年齢かくらいの掠れた様な渋く物腰の柔らかい声の中年男性の、恐らく治療してくれただろう医師らしき人物の声がかかり、蒼牙はそちらの方へと視線を向けようとしたが運良く生きて目覚められた代償故か脇腹の痛みが身体を走ったため、医師は無理に動こうとする蒼牙に安静の意味を込めた『待った』を掛ける…しかも普通ならばこんなワケありな傷を作った者である蒼牙に対して詮索は一切しないという気遣い付きで。


「いや、なにね?突然、甥っ子の響から電話が掛かってねぇ、『今にも死にそうな人がいるから助けてくれ』と…よもや怪我や病気の類とは無縁だと思っていた甥っ子からああいう電話を貰おうとはね、初めてのことだったがそれでも車を走らせて君が倒れてた場所まで飛ばしてきたよ。ハッハッハ…。」


リューカが思い出した事、それは響には医師をやっている母方の兄にあたる叔父がいる事だったのだ。響経由で連絡を受けた彼は自動車で速やかに蒼牙の元までやって来て彼の本格的な治療をするため此処に連れてきたというのだ。因みに医師が来るギリギリまでリクスは石化を続けるも、当然ながら異形のこの力を何も知らない一般人に見せる訳にもいかず彼が到着したタイミングを見計らって邪眼による石化を解除、可能な限り傷を抑えた状態で後は専門家へと全てを託したのだ。


「…その、すみません…見ず知らずのオレを助けて下さって、えぇと…。」


「影沢纐纈。」


「…?」


「失礼、私の名だ。御覧の通りの、しがないこの町でチンケな診療所をやってるタダの老いぼれさ…それ以上でも以下でもないよ。」


自身の治療を務めてくれた事に対して頭を垂れて礼を言う蒼牙に白髪混じりの枯れ草色の髪、青い服の上から白衣を羽織り、顔には丸いサングラスといったいでたちをしており、年相応に皺や口髭などはあるものの不思議と四・五十代とは思えぬくらい若々しく見える落ち着いた雰囲気と貫禄有るベテラン医師の風格を漂わせてる影沢纐纈(かげさわ・コウケツ)と名乗ったその中年男性の町医者はあれだけの重傷を見事なまでに治療を施したにも関わらず『自分は大した者などではない』などと謙遜をした。


「…ありがとうございます。影沢先生、なんと御礼を言ったらいいか…」


「待て待て、その言葉はまず先に『彼女』に言うべきだろう?おーい。今、起きたぞー。」


「え?」


影沢がそう言うや否や、病室のドアがブチ破れんばかりに勢い良く開かれ、真っ先に飛び込んで来たのは…。


「…蒼牙さんっ!!」


「…リューカ…?痛っ!!?ちょ、待って!待って!?ギブ!ギブ!傷口まだ塞がってねぇって!!」


勿論、リューカであった。大胆にも寝ていた蒼牙にダイブしてこれでもかと言わんばかりに精一杯必死に彼を抱擁したが如何せん治療を終えたばかりの今の蒼牙にとっては塞がってない傷口を刺激しまくりな逆効果(ごうもん)でしかなかった。


「良かっ…良かった…良かったよぉおおお…そ、蒼牙さんが…ふぐぅうう…!!生きっ…生きてて…くれて、グスッ…ふぇえええええん!!うわぁあああん!!わぁああああ!!」


「ちょっと落ち着こう!?顔から出る水分全部出てるから!女の子がしちゃイケない顔しちゃってるからな!?今の君ィイイイイ!!ってか、痛っぎゃああああああああ!!?お願い!傷口の方に顔を埋めないでェエエエ!ガチで痛くてマジに死ぬるわァアアアアア!!」


いつぞやの醜態を晒した時のサンディアに負けず劣らず涙・鼻水・汗・涎…全ての水分を出し尽くさんばかりに大泣きしながらリューカは溢れ出る感情を抑えられず興奮しているせいか?前が全然見えないため蒼牙の傷口に顔を埋めてる事に気づかなかったため、彼から堪らずツッコミという名のギブアップ宣言を訴えられてしまう。


「…なぁ、リューカ…その…オレ、は…生きていても、いいのかい?」


「…それは、どういう…?」


…暫くして、漸く落ち着いたのか?蒼牙は大人しくなったリューカを真っ直ぐ見据え、一つの問いを投げ掛けた。


「…人間界(ここ)にもう何年も居るがオレって奴は何も変わっちゃいねぇ、認めたくねぇが…凍牙と同じの…今すぐにでも全身から抜き取って、捨てたくて捨てたくてしょうがねぇ…クソみてぇに薄汚れた同じ血が流れてる…そんでもって生きてる価値なんざそれこそ生まれた瞬間から、もしかしたら生まれた事そのものが間違いだってくらいに微塵も無ェ、オレはそういうクズ野郎なんだ。」


「…蒼牙、さん…」


「…ただ単にそれ以外の事全てで凍牙と同じになりたかねぇように…足掻いて、足掻いて…抗っていただけだ。それが、今回みてぇな事を引き起こして、すまな…!」


「…蒼牙さん、もう…いいんだよ?」


「…リューカ?」


唯一の血の繋がり故に凍牙を殺せなかった過去(かつて)の甘さ、凍牙の何から何まで全てから目を背けて『もう自分と無関係だ』と言い訳をしながら生きていた蒼牙…その結果、偶然とはいえリューカを巻き込んだ最悪の事態を招いてしまった自身に生きてる価値など無いと断じるも、そこから先に続く言葉をリューカが遮る形で切り出す。


「これ以上、自分を責めないで、それを言うならボクだって貴方から謝られる資格は無いよ…最初、あの人を蒼牙さんだと間違えて疑っちゃった。信じたかったのに最後まで信じられずに、酷い事言って…あの時は、ごめんなさい…。」


「リューカ…」


凍牙の凶行を目の当たりにした結果、蒼牙に対してまで激しい拒絶をしてしまった自分も謝るべき人間じゃないと自嘲気味に語りつつ無礼な振る舞いをした事を謝罪した。


「やっと、謝れた…ふふ、ボク…男の人は苦手のハズだったのに、不思議と蒼牙さんの事は今じゃ全然怖くないんだ。ねぇ、蒼牙さん…」


「…?」


「もし、どうしても生きれないって自分を責め続けた自信の無い生き方をするつもりなら…」




「…ボクが、一緒に…貴方の側に居るから。その傷が癒えるまで、貴方が自分自身を許せる日が来るまで、ずっと…側に、居るから…。」


「…っ!?な、な!?な、なっ…!!?」


男性恐怖症であったものの今のリューカの心には蒼牙に対する恐れは微塵も無く、むしろその逆…愛という名の感情で満たされていた。大胆にもリューカはベッドで寝てる蒼牙を自身の胸元に抱き寄せては彼の白銀の髪を優しく愛おしそうに撫でるという行為に出たため、これには蒼牙も顔を赤くし、どうすればいいか解らずに化石の様に固まってしまう。


「リュ、リューカ…オレ、まだ自信は無いけど、君となら…!!」


「蒼牙さん…♪」


大変いい雰囲気ではあるがこの二人は肝心な事を忘れている…。




(ハッハッハ、場所を選ばず、この私の眼前で良くやれたものだな…その様なイチャラブムードをッ!!だが悪くはない、最近の若人(わこうど)もまだまだ捨てたものではないなッ!!どういう経緯での関係か知らんが中々イイ感じに進展している気がするッ!!おめでとうッ!!)




この病室には既にその名の如く『影』の様に存在を忘れ去られつつある影沢がまだ居たことを…だが二人のいずれ成就しつつある愛に対して嫉妬している訳ではない、年長者故の余裕か、はたまた経験か…純粋に祝福の激を心の中で飛ばしていた。


(…クッ…!えぇい!見ていて焦れったいなァ!?オイ!どれ、一丁この私が…ヤラシイ雰囲気にでもしてやろうかなぁッ!!)


しかも、なんか…要らんお節介をしようとして机の引き出しから媚薬的なアレやら大人の玩具的な怪しい道具を取り出して、まだ十八禁な知識など殆ど無い恋愛初心者二人に対して本気で渡そうとしている始末…そんなものはハッキリ言って幼稚園児に無修正のAVを見せるが如き暴挙である。


「不肖、この(ワタクシ)!影沢纐纈めが大人の×××というもののワビサビをレクチャーして進ぜようッ!!服を脱げッ!そこのシャバ僧と小娘ッ!!」


「は!?ちょっ…影沢先生ッ!?アンタ、何言って…アッー!!」


「え?えぇ!?なんで貴方も脱いでるんですか…!?や…やぁあああああん!!?」


完全に暴走した大人の手本どころか手本にしたくない大人の代表じみた影沢(しかも全裸)の大暴れにより、蒼牙とリューカは危うくまだそんな意志さえ無いにも関わらず全裸に剥かれ、即情交させられそうになるという大惨事となったという。


※二人の必死の抵抗により未遂に終わりました。


尚、一緒に来たサンディアとリクスはと言うと…。


「うるっさいわねぇ!?何やってんのよ、あいつら!?」


「くぅ、くぅ…リュー…んにゅう…リューカ、むにゃむにゃ…リューカ…」


廊下の待ち合い用の椅子でリクスは大暴れしたのに加えて邪眼の力を使った事により疲れ果ててしまったか?病室で現在進行形で大暴れしまくってる三人の喧しさにイライラしつつあるサンディアの肩に寄り掛かっては枕代わりにしているという形で寝ており、寝息を立ててリューカの名を何度も何度も呼びながら深い眠りについていた…仮にこの場に牧志が居て、その愛らしい寝姿を直視しようものならば確実に変な声を上げ、悶絶しながら床を転げ回るだろう。


「…ったく、このウルサイ中よく寝てられんわねぇ!?真っ先に寝てんじゃないっての…このっ、おい!コラ!?戻んなっ!向こうで寝てろ!」


「ん、ぐ…むにゃ…うぐぅ…」


寄り掛かるリクスが邪魔で仕方無いサンディアにとってはいい迷惑だった。最初こそはリクスの頭部を手で退()けて肩から離すも、すぐさま傾いては元の位置に戻ってしまう…何度も何度も。


「…ん゛あ゛ぁあああっ!!このチビ、ウッザァアアアアアッ!!?いい、加減にっ…起・き・ろ・ッ!ってーの!」



この繰り返しに我慢ならず、寝てるために完全に無防備なのを良いことにリクスのコメカミを容赦無くドスドスと人指し指で執拗に小突きまくっては無理矢理叩き起こそうとしたが中々起きない…当然ながら堪え性など皆無に等しいサンディアは遂にイライラがピークに達してしまい、マジで張り倒そうかと思い至り、平手状にした右手をリクスの顔目掛けて振るおうとした時…


「…っ、め…て…」


「…はぁん?」


「…やめ、て…いた、い…痛い、の…やだ…やだぁ…」


「え?ちょ、ちょっと…?そ、そんなに強く叩いてなんか…」


…明らかにリクスの様子が変だった。寝ている間ながらも無意識に両腕で頭を庇い、まるで自身の身を守るアルマジロかなにかの様に身体を丸め、普段からのリクスからは想像がつかないほど酷く怯えた様子なのも信じられないが、何かを恐れてるのか?まるで小さな子供みたいな…聞いたこともない様な普段の彼女らしからぬ今にも泣き出しそうな弱々しいリクスの声に流石のサンディアも振り上げた手を降ろさざるを得なかった。



「ごめんなさい、ごめん…なさい…×××様…」


「…ッ!?」




…未だ悪夢らしきものから目覚めずうなされ、震えているリクスの…本人的に決して明かしたくない秘密の一部と思わしきその言葉にサンディアから怒りは消え、逆にリクスの心を支配しているだろう何者か…名も顔も知らぬ人物に対して得体の知れない恐怖と悪寒を感じた。


(…今のは、あのバカ姉弟達には聞かせらんないわね…特に、あのガキんちょの方、には…ん、眠っ…)


リクスをぶつ気など最早完全に消えたサンディアは壁に背を預け、足を組みながら天井を見上げ、いつの日かリクスの隠している事が鳴我姉弟に明かされるかもしれない、その時に恋人である牧志はどう思うのだろうか?それを考えながら、体力の限界がサンディアにも来てしまい、静かに目を閉じて深い眠りについた…。


その頃、降り頻る雨は未だ止まぬ中…禍津町の隣町にして蒼牙が住んでいる根之国(ねのくに)町・斬首(きりくび)神社へと続く約一万以上ある階段にて、謎の『異常現象』が発生していた。


「フゥッ…ハァアアアア…。」


最初の一段目から始まる出発地点の階段には巨大な蛇の様にうねりながら逆巻く渦潮にも似た巨大な『水柱』が。


「キャハッ♪キャハハハッ♪」


五千段目付近には大地さえも裂かんばかりに絶えず落下しまくる落雷によって響き渡る轟音に奏でられると同時に眩い雷光を撒き散らす『雷の柱』が。


「ヌゥウウウン…ンガァアアアアアッ!!」


七千段目付近には大小様々な土混じりの岩石を巻き上げ、大地を揺るがし、穿ち、抉りながら築かれていく『土の柱』が。


そして頂上の斬首神社の屋根には天をも焼き尽くさんと言わんばかりに上空の遥か彼方にも届く程にどこまでも終わりも果ても無い高みを目指しながら真っ直ぐに伸びて炎上する『炎の柱』が立てられた。




「ウォオオオオオオオオーッ!!」





空を覆い尽くしていた雨雲は炎によって全て消え去り、雨が止んだと同時に、『ソイツ』は炎の柱から現れた…全身が炎に包まれて姿は良く見えないが、角らしき物が頭部に生えている…『炎の鬼』が。

どうも作者です。前回の話が予想外に長くなり過ぎたことに加えてリアルで起きたスマホ本体のトラブルにより大幅に投稿スピードが遅れまして大変申し訳ございませんでした!(←何回謝る気だ、作者お前この野郎)


蒼牙と凍牙、因縁の兄弟対決の裏でリューカ救出を成功させたリクス(と、サンディア)、同時にリューカの心も氷解し、リクスとの間にある一方的な蟠りも無くなり晴れて人間と魔族の壁を越えた友達同士に…と、思いきや、性別さえも越えたアヤシイ関係に片足突っ込みかけてしまうという…その場の雰囲気とテンションって怖いですね(←すっとぼけ)


それ以上に気まぐれという最も恐ろしい事を平然とやらかす凍牙の強襲再び、サンディアに続いてリクスすらもほぼ完封し、リューカを殺そうとするも話が進むにつれて最早この小説自体の主役と化してしまってる蒼牙によるディフェンスに加え、無音の高速移動

を逃げる場も無くなる程に敷地内全土を爆発させるというクレイジー過ぎる発想の暴挙(酷)に走るサンディアの活躍により遂に凍牙に年貢の納め時が…未遂に終わりましたが蒼牙を連れて…。


ヴォルフ兄弟に咲いているスノードロップ(和名は雪待草)は『希望』や『慰め』という花言葉以外に死に纏わる物騒な逸話もある曰く付きの花であると知り、あまり魔族に咲いてる花に触れずにいましたが今回は初めて花についての話題などを取り入れました。蒼牙や凍牙の死と自身の死を望み、リューカは逆に蒼牙に対して生きていて欲しいという希望と自分が彼の心の支えになるという慰めの二つを与える…と、いった具合です。


辛く因縁のある戦いを乗り越え、運良く生き延びた蒼牙とリューカに進展が…二人が正式に恋人として結ばれるのには時間は要りそうにありません。主に影沢の余計な御世話によって…(←やめろ!)


地上版絨毯爆撃(正式名称『爆焔連導索根(イグナイトルーツ)』)による大爆発によるリベンジ成功以外ロクに活躍してない気がするサンディアと違い(酷い)大奮闘したリクス、しかし寝ている最中うなされながら放った言葉から、彼女には知られざる深い闇と何者かによって心に植えつけられた恐怖が…偶然とはいえ現時点ではサンディアのみがこの事を知ることに、リクスをここまで怯えさせた存在とは何者なのか?明かすのはまだまだ先になりそうです。


そして最後に異常現象として発生した四つの柱…その中にはサンディアと因縁がある『炎の鬼』、『不死鳥の軍勢』に与する者にしてマウザー&ザイオンと同じく最高幹部である彼が人間界に、次回はこの『炎の鬼』について触れる予定ですのでお楽しみに


・今回のゲスト枠紹介


影沢纐纈(かげさわ・コウケツ)(イメージCV:宮本充):響の母方の叔父にあたる人物であり、禍津町にて『影沢診療所』という小さな診療所をやっている町医者にして響の叔父。蒼牙とリューカの恋を応援するどころか要らんことして暴走…アンタいくつだよ?(汗)イメージとしては素敵な中年男性の声に定評ある宮本充さん、最も有名なのは某派出所の御曹司な超エリート後輩、特撮では異世界ギャングのボスなどやってる人です。


それではまた次回、槌鋸鮫でした!

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