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第十三片-雪解けの芽覚め-

今回で決着を着けるつもりが予定を大幅に変えて蒼牙の過去編をやります!申し訳ありません!

魔界(ヘルブラッディア)魔氷河(ヘルグレイシャー)・コキュートス大氷原にて…。


その昔…雪のような白銀の体毛に包まれ、宝石の様な輝きを持つ蒼と紅の眼と氷の牙を持ち、スノードロップの花を身体に咲かせた二人の小さな狼型の獣人の子供達…縛鎖狼(フェンリル)族の双子の兄弟がいた。


二人には親など居なかった…生まれながらの孤児であり、最初は自分達の名前はおろかどちらが兄か弟かさえ解らず、頼れる者さえも居ないまま、今までたった二人だけで生きてきたものの、いつの日か片割れがこう言い出した…。


「オレが兄貴でお前が弟な!」


「…?なんで?」


「だってお前いつもオレとケンカしても勝てねぇじゃん!この世界じゃ強い奴が威張ってもいいんだし、お前より強ぇーオレが兄貴ってことでいいだろ?」


「なんだよ、それ。時々負けるクセに…でも別にいいよ、そんな事くらいなら。」


…『兄』の些か強引な取り決めに若干不服だったものの『弟』は不思議と悪い気はしなかった。生まれてからずっと一緒に生きてきたから互いに気心の知れた仲だからだろう。


「あと名前も考えてやったぞ!今日からオレ達は(ヴォルフ)!ヴォルフ兄弟だ!で、オレは凍牙、お前は蒼牙!!どう?」


「…あ、それはちょっと良い名前かも…?」


「ちょっとだけかよ!?良いのは!!」


「…ッ痛ぇな!?いきなりド突くなよ!」


「ハッハッー!!またやるか!兄弟喧嘩!!」


「いくらでもやってやるよ!!オラァッ!!」


喧嘩というよりはむしろじゃれ合う感覚で無邪気な笑みを浮かべ、二人の兄弟は自分達が仕留めた氷の角を生やした青い体毛に包まれている鹿型の獣人・尖鹿獣(アクリス)族の亜種・馴鹿(カリブー)の集団の死体の返り血を拭うこともせず、その中心の中での取っ組み合いに夢中になっていた。




…数分後。




「チッ…また負けたか…!ったくよー…しゃーねーなー…。じゃ、改めてヨロシクな。凍牙『兄貴』、頼りにしてるぜ?」


「おう♪頼れ頼れ♪オレはお前の兄貴なんだからな!『蒼牙(おとうと)』!!」



ボロボロに打ち負かされたというのに弟…蒼牙は静かに微笑みながら兄…凍牙とこの日、正式な『兄弟』となった。


「「フー…!!フー…!!ヴオォオオオオオオオオン!アォオオオオオオオオ!!」」


それから数百年程経ったある日の事…

ほんの少しだけ成長した二人の兄弟はまだまだ幼い身でありながら早くも時期や種族・個体差こそあれど大半の魔族ならば何時しか必ず目覚める殺戮本能が疼きだし、咆哮を上げながら魔族・魔獣を問わず自分達以外の視界に映る者全てに無差別に襲い掛かり、次々と殺し回っては食糧などを奪い取る強盗紛いの事をする生活をしていた。本来ならば立派な犯罪行為だが法も秩序もクソも無い無法地帯の魔界においてそれら全てが許される故に彼らの行いを咎める者など誰も居ないため問題は何も無い。ましてや互いが互いの凶行を止める役割など一切持っていないので一度キレたら二人して歯止めが利かず、常に暴走状態であった。


「ヒャーハッハッハー!!オラオラァッ!!まだなんか持ってんだろ!?隠さず出せよ!!あぁッ!?」


「ヒッ…ひぃいいいい!!も、もう何もない!!本当だって、ば…がふぁああああ!!?」


「チッ…!!コイツもロクなモン持ってねぇな…ったく、時間と労力の無駄だったじゃねえか!?クルァッ!!」


「ぎゃああああっ!?げはっ…や、やめ…ぐご、ぶっ……!!」


幼児とは思えぬドスの利いた声で凍牙は両眼の瞼が氷柱で閉ざされている青白い体毛に覆われた雪豹型の獣人・氷幻豹(ヴィイ)族の頭部の毛を掴んでは近場の氷山に顔面を何度も叩きつけては生えてる歯を全てヘシ折り頭の形が変形するまでそれを執拗に続けて殺害し、蒼牙は頭部以外の全身が紫の薄氷で出来たボディでありその内部から骨格や臓器が透けて見えるシャチ型の魔族・冥鯱(レプン)族をマウントポジションへと持ち込んでは魔族殺しの鎖…貪食紐(グレイプニール)を巻いた拳で殴りつけて相手の眼を潰した上で氷のボディがバラバラに砕け散るまで滅多打ちにした。


「なぁ、収穫あったか?蒼牙。」


「あ?ダメだ!ダメだ!これっぽっちしか持ってなかったよ!!」


「あーあー!!またかよー!!ったく、最近シケてやがんぜ!ペッ!!」


「同感だぜっ!!ペッ!!」


二人は殺害した魔族から強引に奪い取った魔獣・極北羆魔(ポーラーベア)の干し肉の一欠片や魚妖・鮭王(キングサーモン)の尾鰭の切れっ端などあまり大した事の無い収穫に苛立って不満を爆発させると、自分達が始末した氷幻豹族と冥鯱族の死体に唾を吐き捨てながらその場を立ち去った。


「物足りねぇーなー!こんな端っこの部分じゃなくて丸のまんま食いたいよー!」


「我慢しろって兄貴、オレだって…ん?おい、あれ…。」


「ラッキー♪また獲物が…って、あぁん?」


先程の盗品をガムの様に何度もクチャクチャと音を立てて咀嚼しながら駄弁っていた時だった。目の前に幼い少女を連れた女性が歩いている…それに気づくや否やすぐさま彼女達を次の獲物と見定めた時だった。


「サァ親子仲良ク風穴開ケラレタクナクバ、大人シク身グルミヲ置イテイケ。ソレトモ、潰レテ死ヌカ?私ハドチラデモ、一向二構ワンガナ。」


「だ、誰が渡すものですか…!!」


「お、お母様…。」


獣の皮を被った頭の後頭部から棘状の氷の結晶を髪の様に生やし、不気味な暗い橙色の単眼を発光させ、肩に無数の猪の牙が突き出ており、毛皮で覆った胴体の下に金属的なメタリックボディを覗かせ、案山子の様に足が一本しか生えていないという異形の魔族・一本踏鞴(イッポンダタラ)族の野盗が兄弟が獲物にしようとしていた青い髪に丈の短い白い和装姿の雪女(ユキオンナ)族の親子に向かって何故か機械的な口調で猟銃と氷の結晶で出来たハンマーを突きつけ荷物を寄越せと脅迫してきたのだ。母親は不安そうな顔ですがりつく娘を後ろに下がらせて胸元から氷柱状のクナイを取り出して身構えるが…。


「ハアハア…♪うふふ…♪そ・れ・と・も♪お姉さんと一緒に…イケないことしちゃう?」


「お母様、あの人…」


「見ちゃダメよォオオオオオ!!絶体見ちゃダメェエエエエエ!!」


(何シニ来タノ、コイツ…???)



樹氷化した青い蔦植物を絡ませた自分の毛髪で何故か自身の肉体を所謂亀甲縛りで完全な拘束状態にしながら息を荒げて興奮状態に陥ってる霜がかった青い革製のボンテージファッション姿をした女性型の魔族・樹縛霊(ポレヴィーク)族の別の野盗も魔獣・貪食獣(ハイエナ)の如く現れ、一応は強盗行為をしに来たらしいのだが…ぶっちゃけセルフSMプレイしに来ただけにしか見えない、どう見ても子供に悪影響なのは明白なため雪女の母親は娘の眼を手で覆い隠し、ますます警戒心を強め、一本踏鞴族も突然の珍入者の登場に『なにがなんだか…』とそちらにも注意しなければならなくなってしまった。


「ウルァッ!!」


「ナ…!?誰ダ!?コノ餓鬼…ゴバァアアア!!」


「死んでろや!!変態女が!!」


「いやぁあああん♪でも激しいのは…好き、だ、わ…カハッ…」



この膠着した三つ巴の状況と樹縛霊族が僅かな隙を作った好機に乗じて突入したヴォルフ兄弟達…凍牙は一本踏鞴族の後頭部に永久凍土の塊で殴りつけて即死させ、蒼牙は樹縛霊族の首を貪食紐で締め上げて絞殺した…何故か彼女は苦悶よりも恍惚の表情を浮かべながら死んでいったが気にしてはならない。


(よし、邪魔な連中は片付けた…後はあの親子を始末して荷物を奪い盗れば…)


邪魔者二人の魔族を始末したヴォルフ兄弟はこれからいよいよ本命である雪女族の母娘達から荷物を奪い盗り、いつも通り二人で独占して楽しもう…蒼牙が思った時、魔族らしく力ずくでの他者からの略奪こそ至上の生き甲斐であると考えていた幼い彼のそんな生き方そのものを大きく変える全く予期せぬ出来事が起きた…。


「あ、ありがとう!あなた達のおかげで荷物が盗まれずに済んだわ!」


「…え?」


「は?」


あまりにも突然の事に事態を飲み込めず暫しの間固まっていた雪女族の母親はまたもや突如として現れた二人の乱入者(こども)によって助けられたとようやく理解し、明るい笑顔で礼を述べたが逆に蒼牙と凍牙はその行為がまるで理解出来ず、むしろ『何言ってんだ?コイツ?』と言いたそうな怪訝な顔つきで不思議そうに首を傾げた。


「これ、ウチの店のモノなんだけど…良かったらどうぞ。」


「お、お兄ちゃん達にあげるね…」


(…え?え?ちょっと、待って…!?う、嘘だろ…?こ、こんな事…あっていいのか…?)


雪女族の母親とその娘である幼女は礼のつもりか、荷物から魔氷河の銘菓・氷饅頭を取り出して幾つかを蒼牙に手渡してきたのだ。しかし、蒼牙は彼女達の思わぬ厚意に対して逆に酷く狼狽していた…今の今まで蒼牙は凍牙と共に幼い身ながらも早くから奪い、殺し、壊し…魔族らしい弱肉強食の精神に染まり、自分達以外の者から投げ掛けられるのは決まって怒りと憎悪に満ちた恨み言だけだったためこの様な純粋な感謝の気持ちに満ちた言葉も、ましてや必ずしも相手を必要以上に傷つけたり殺さなくても物を貰えたという事実自体が歪んだ思想に染まった彼にとって未知の衝撃だったのだ。


(いやいや、待て待て待て!そんなアッサリ信じていいのか!?オレ達を騙そうとしてるんじゃねえのか!?例えば…そう!毒とか…って、あのバカ兄貴ッ!?何、躊躇い無く食ってんの!?バカなの!?死にたいの!?)


「あ、うまっ…」


(しかも毒、無かったのかよ!?必要以上に疑っていたオレもバカだったよ!チクショウ!)


だが蒼牙も馬鹿ではない、見知らぬ相手から手渡された物をはいそうですかと普通に食べる訳が無かったものの対照的に凍牙は無警戒に氷饅頭を食べてしまった。しかも普通に美味だったらしく、蒼牙は自身の警戒心の高さが馬鹿馬鹿しくなってしまった。


(…オレ達がアンタらに何しようとしていたかも知らずにバカだなぁ、でも…今日は…特別に…や、やめてあげようかな…?)


本当ならばこの場で有無を言わずに母娘を殺して荷物から氷饅頭を数個どころか全て奪い盗る算段だったのだが、何も知らない二人からの思わぬ感謝に蒼牙は初めて獲物に対して見逃そうという考えが浮かんだ。勿論、自分自身そんな判断を下した事に大きく戸惑っている。だが不思議とこれが悪い気がしなかったのだ。


「なぁ、兄貴…っ!?」


…『この母娘は見逃そうよ』と言いかけた蒼牙の声は一つの銃声により掻き消された。


「チッ…ケチケチしてねぇで全部寄越せよ、ババア。」


「…兄、貴…!?」


凍牙は先程殺害した一本踏鞴族が所持していた猟銃で雪女族の母親の胸元を撃ち射殺した挙げ句、彼女の荷物を全て奪い盗っていた…いつもならば見慣れた光景なのだが、今日この時に限っては凍牙の行動にどういう訳か?蒼牙は無意識の内に身体を震わせながら顔を青褪めさせ、絶句した。


「お、お母様…?う、うわあああああん!!あぁ…ああああっ!!」


「うっせ。」


「ぎゃっ!!?」


雪女族の娘は白い素肌の胸元を鮮血で赤く染め、二度と目覚めることの無い母親の死体にすがりつき、悲しみの慟哭を響かせるも凍牙は空気を一切読まずに猟銃で情け容赦無く娘の背中を撃ち貫いた。


「こ、この…鬼…!恩知らずの鬼畜生共ォオオオ!ハァッ…ハァッ…!殺してやる…殺してやるッ!!お前らなんか殺してやッ…!!」


「いや?っつーか、頼んでねぇし?食いもんくれとか一言も言ってねぇんだけど?ってか、オレら最初(ハナ)ッからテメーらの荷物が目当てだったんだよねー♪」


娘の恨み言を最後まで聞く事無く凍牙はトドメと言わんばかりに頭部目掛けて猟銃をブッ放し、自身の白い体毛を汚い赤で染まるほど盛大に返り血を浴び、既に目から光を失い事切れた娘に向かって自分達の企みを悪辣に吐き捨て嘲笑った。


(オレは、オレは…もしかして…コイツと、兄貴と同じ事を今までしでかしてきたのか…?)


ゲラゲラ笑いながら娘の死体を蹴り飛ばしてる凍牙(あに)を横目に蒼牙(おとうと)は底知れぬ不安と恐怖に駆られていた…同じ様に殺し、同じ様に奪い、同じ様に喰らってきた。それが当たり前だと信じてきたのだがこの雪女族の母娘の無償の善意への反応の違いがキッカケか?自分と凍牙は同じ姿と同じ顔をしていても全く別の生き物であるという事を初めて実感してしまったのだ。


「あの二人、遅いな…なにやっ…キャアアアアアア!!?雹禍様…!?それに雪琉御嬢まで…!!」


「ウソ…ウソでしょう!?嫌ァアアアア!!」


「誰がこんな…っ!?おい!!そこのお前らっ!!」


…その直後だった。いつの間にか音も無く現れた大勢の露出度の激しい雪の如く白い忍衣装姿の雪女族の女忍(くのいち)の集団が先程凍牙が殺害した同じ雪女族の母娘二人…母親の雪崩雹禍(なだれ・ヒョウカ)、娘の雪崩雪琉(なだれ・ユキル)の変わり果てた姿を見て、彼女達の遺体にすがり付いて涙を流す者、ショックのあまりに顔を青褪めさせてその場に崩れ落ちたり呆然と立ち尽くす者など反応は様々だった…と、ここでその内の一人が蒼牙と凍牙の存在に気づき何かを察したのか、声を荒げて二人に近づく…。


「…お前らか?お前らなんだろう…?なぁ?そうなんだろう?なぁっ!!どうなんだ!?えぇ!?オイッ!!なんとか言えよッ!!」


「…その小僧共か、頭領と御嬢を殺ったのは…!!」


「貴っ様らァアアアア!!我々が『凍影』と知っての狼藉かァアアアア!!許さん!許さんぞォッ!!」


(ヒッ…!?い、『凍影』だって…!?嘘だろ!?実在してたのか!?)


凍影(イテカゲ)』、雪女族のみで構成される女忍の集団であり如何なる任務をそれこそ凍てつく氷の如き冷徹さと精神を以って完遂させるという影に生きる女達…普段は氷饅頭の老舗『ミゾレ屋』での店員を装っているが一度動けば相手は逃れる術は無く、その恐ろしさは魔氷河全土に伝わっている。しかし、蒼牙が恐怖したのは目の前に本物の凍影が居る事ではない…。


(なんだよ…なんなんだよ!その目…!?)


全員、頭領たる雹禍とその娘である雪琉を殺された怒りと憎悪に満ちてるせいで顔を酷く歪めて剥き出しの殺意を露わにしているのもそうであるが、それ以上に一人一人のその目から大切な者を失った悲しみの涙を溢れさせていた事だった…。


「はぁ?ナニ言ってんの?訳解んねぇ…っつーかオレらがナニしたっての?関係無くね?」


「…兄貴、ナニを…!?」


「なんだと!?じゃあなんだ!?その返り血は!!」


「これ?さぁ?知らね。あ、そっか…もしかして、コイツら殺しちゃった事怒ってんの?ヒャッハッ♪オレ頼んでねぇーし!『死んでくれ』とか、『荷物奪われてくれ』とか一言もよぉ!!死にたくなきゃ銃弾避けりゃ良かったのにな!ナニ勘違いしてんだか食いもん寄越してきやがったけどこれも頼んでねぇよ、元々ぜーんぶ奪い取るつもりだったんだからな!!ぎゃっはっはっはっ!!」


「殺せぇえええええええ!!この悪魔共を殺すんだァアアアア!!頭領と御嬢の仇だァアアアア!!」


蒼牙とは対照的に凍牙は雪崩母娘を殺害した事や彼女達の善意に関して『頼んでない』などと抜かし、さも当然の様に…要するに自分達の企みを全く読めなかった二人が悪いなどと理不尽な言い分を吐き捨てたが相手の心を読める(サトリ)族じゃあるまいしそんなことをどう予測しろと言うのか?神経を逆撫でるかの様に雪崩母娘の死を侮辱しながら爆笑する凍牙の態度は凍影の女忍達のドス黒い怒りを爆発させるには充分過ぎた。


「…ッ!!逃げるぞ!!兄貴ッ!!」


「は?おいおい、蒼牙…何ビビって…うぉっ!?」


「「「マテー!!」」」


「「「このクソガキィッ!!」」」


「「「剥製にしてやるゥッ!!」」」


「うわぁああああ!?あぁあああああ!!ひぃいいいい!!」


「アッヒャッヒャッヒャッ!!たーのしー♪」



蒼牙は今の最悪の状況が全く飲み込めていない愚兄の手を掴み、持てる限りの全力を以って逃走した…とにかく逃げて逃げて逃げた…常に背後に刃を突きつけられてる感覚に襲われながら後ろから音も無く高速で疾走する凍影の集団から無我夢中で必死に逃げた。子供の足ながらそこは魔族…空気を読まずにこの状況を楽しんでる凍牙はともかく蒼牙は情けない悲鳴を上げ、とにかく死にたくない一心から何時しか二人の足音から音が消え、スピードが徐々に倍増していった。


「あっ!?うわぁああああ!?つ、冷たっ!?死ぬ!おぼっ…溺れ、助け…!!」


「うぉっ!?やっべぇ!逃げてる最中に海に落ちるとかウケるわー♪っつーか、蒼牙テンパり過ぎだろ。落ち着けってー♪」


「クソがァアアアア!!アイツら海に飛び込みやがった!!」


「追いかけたくともこの荒れようじゃ…チクショウ、チクショウ!!」


「頭領…御嬢…申し訳、ありま…グスッ…せ、ん…う、ぐっ…!!あぁああああ!!わぁああああ!!」


そのスピードの勢い余って蒼牙と凍牙はいつの間にか来ていた崖になってる部分から墜落して氷塊や凍死した魔族の死体がプカプカ浮かぶ極寒の氷海に飛び込んでしまっていた。凍影達もそれに続いて追いたかったのだが運が悪い事に激しく荒れており、常に荒波が波打つ上にそもそも絶対零度のこの氷海に飛び込む事自体が無謀であるため、雪崩母娘の仇を結局取れなかった無念の悔し涙を流し、慟哭した。


「はぁ、はぁっ…!!ゲホッ…ゴボォッ…!?かはっ…此処は、どこだ…?」


氷海の荒波に流された蒼牙は苦し気に海水を吐き出し、周りを見て初めて気づいたが明らかに魔氷河とは違う見知らぬ場所…彼は知らないが此処は魔界の広大なる海域・魔海(ヘルディープ)のとある島国の海岸だった。どうやら命こそは助かったものの代わりに故郷から遠く離れた未踏の地に行き着いてしまったらしい。


(…クソッたれがァアア!!アイツの、クソ兄貴のせいでこうなったってのに…!!今、この場に居ねぇたぁどういうことだ!?此処に居たら真っ先に殺してやるつもりだったのに!チクショウ!!)


どうやら流されてる間に凍牙とはぐれてしまったらしい、彼が余計な事をしたせいで自分もそれに巻き込まれ、危うく凍影に殺されかけ、そして今ではこんな未知の世界に独りで漂流し…蒼牙が凍牙に憎悪を抱くには充分であり、兄弟の間に明確な深く埋めようがない大きな溝が出来た瞬間だった…が、ここで蒼牙はあることに気づいてしまった。それは…。


(オレが、オレがもし兄貴を殺してでも止めていればあの母娘は死なずに済んだんじゃないのか?あの母娘も死なず、生きていられたんじゃないのか?そもそもあんな優しそうな人とその娘は、殺すどころか狙う必要さえも…凍影の人達も、母親を殺された時の娘と同じ目をして…本当なら、止めずにいたオレも死んで、当然、で…)


ただそこにいた偶然目に留まっただけの獲物に過ぎず、当初は蒼牙も殺すつもりだったが、初めて触れた善意というものに困惑したが世の中は捨てたものではないなと思った矢先、凍牙の暴走により雪崩母娘は死んだ…そして凍影達はその二人の命を無惨無為に散らされ、単なる怒りや憎しみだけでない悲しみに満ちた自分達に向けられたあの目が忘れられない。あんな目を向けられた事さえも…この世界に親愛の感情を持つことが出来る者が誰一人として居ない孤児の蒼牙だったからこその初めての経験であった。仮に今、時間を巻き戻せる事が出来るのならば凍牙とその暴挙を止めずに案山子の様に突っ立ってただけの自分も殺してしまいたいと思いつつも今更ながら激しい後悔に陥り…。


「うぐぅっ…あ、あうっ…うわぁあああああ…あぁああああ!!おぉおおおおおん…!!」


…蒼牙は泣いた。生まれて初めて泣いた。弱肉強食至上主義の魔界においてたかだか殺人をしたところで誰から咎められるわけでも法で裁かれる事もないのだが、かと言って泣いたところでこの罪が未来永劫許される訳がない…雪崩母娘、否、彼女達だけでなく今まで命を軽々しく奪ってきた全ての魔族達の中には家族や仲間など大事な人達がいて、その者達もまた大切な者が傷つけられたら凍影同様自分達を恨み、一生掛かっても見つけ出して、被害者が味わった苦しみの百分の一にも満たないだろうがそれ以上の地獄を見せつけて殺し、復讐してやりたいと思っているだろう。その事実の重みと自分達の幼い故の無知無策の愚かしさがのしかかり、感情を抑えきれずボロボロと後悔の涙を流した時だった。


「どうした?坊主、ここらでは見たこと無い種族だな、名は?言えるか?」


見知らぬ土地で初めて出会う見知らぬ魔族の大人…故郷に居た全身が雪で出来た氷の牙を持つライオン型の魔族・雪獅子(スノーライオン)族にどことなく似てはいるがそれとは別種である仮面を付けたライオン型の獣人が嗚咽する蒼牙に声をかけてきたのだ。


「そ、蒼牙…うっ、ぐすっ…ひっく…」


「おいおい、泣くな泣くな。此処は我の治める島だが別にお前を咎めようとか考えちゃあいないからそんな暗い顔するな。それで、蒼牙といったな?親は?どこから来た?」


「そ、そんなの…いない…魔氷河、から…ぐすっ、うぇ…バカ兄貴のせいで、流されてきた…すん、すん…」


「魔氷河!?あんな果てしなく遠い極寒地獄の氷海からここまで流されてきたというのか!お前!?」


厳つい屈強な肉体と恐ろしい外見に反して力強くも穏やかで優しい口調のそのライオンの獣人はこの島国の領主らしく、本来ならば外部からの侵入者でしかない蒼牙に対して責める訳でなく、むしろ悲しそうに泣きじゃくる彼の姿を見かねて思わず声をかけたという感じであった。しかし、流石に魔氷河という遠方遙々から魔海の彼の治める島国まで流れ着いて無事に生きていられる蒼牙の生命力の強さには驚きを隠せなかった。


「事情はよく解らぬが、何がそんなに悲しいのだ?故郷にもう戻れそうにない事か?親がいない事か?」


「ち、ちが…う…お、オレ…とんでもないことした…もう死にたいし、兄貴も殺したい…」


「待て待て待てィッ!何ナチュラルに海へ向かおうとしている!?我で良ければ話相手になってやるから早まるなッ!!」


蒼牙が漂着してきた理由は理解したが彼が泣く理由が解らずライオンの獣人がそれも尋ねようとしたがいきなり蒼牙が衝動的に海へ向かって歩き出し自殺しようとしたため慌てて止めて、改めて話を聞いた。


「…ほぉ?そんな些事を気にするなど変わってるな、蒼牙は。」


…数分後、蒼牙は自分と凍牙の犯した過ちを包み隠さずライオンの獣人に話した。無法の魔界に生きる魔族である彼だからこそ平静でいられるしよく聞くありふれたものであったがその内容はもしも人間ならば聞けば非常に胸糞悪くなるものであり断じて許されるものでは決して無い。


「我も長いこと多くの魔族を見てきたがその様な人間みたいな考え方をする者を見たことがない。」


「…人間って?」


「なんでもこの魔界とは別の次元の世界に住む種族らしい…何かしらの悪逆を働く点では我々と大差無く、外道は外道のままだがどうもそういった負の感情に対してどういうわけか後悔の念を持つ者も少ないないとか…尤も、我も話でしか聞いたことない存在だが。」



「…オレ、変なのかな?こんなこと思ってるの…魔族なのに、誰かを殺して後悔するの…」


「いや、我は良いと思うぞ?むしろそんな奴が居たって可笑しくない、この我も似たような変わり者よ。」


「え…?」


普通ならばむしろ別次元の生き物…人間の如き異端である蒼牙のこの後悔の念に関して真っ向から否定するどころか逆に受け入れるかの様に肯定するライオンの獣人は自身にも心当たりがあると言うや否や蒼牙の横に座り込み、己の事を語り出した。


「我も今でこそはこの島国を治めている身だが、元々は海賊でな…それも誰一人逆らう者が居ない程巨大な艦隊の一員だった。その名も『デスブリンガー』というんだが、聞いたことないか?」


「ごめん…知らない…。」


「あー…いや、聞いておいてなんだが、すまなかった。流石に魔氷河生まれのお前では知らぬのも無理もないし、途方もなくかなり昔の話だから尚更か?まぁ、それは置いておいて…ある日の事、デスブリンガーの大艦隊全体が壊滅しかねない程の大嵐が起きてな、その直撃を受けた戦艦から落下しかけた艦長を庇い、代わりに我が流された。」


「え?えぇ!?よく無事に生きてられたな!アンタ!?頑丈過ぎんだろ!!おい!!」


実はこのライオンの獣人は、元海賊…それも魔海に暮らす者ならば知らぬ者はいない強大な海賊艦隊『デスブリンガー』のメンバーだという過去をカミングアウトしたものの魔氷河出身の蒼牙からは知らないと言われ若干ヘコみつつも気にせず不幸にも嵐に巻き込まれて海に転落してしまった事を明かすと蒼牙は驚愕し、今目の前で彼の生きた姿を信じられないと言わんばかりの表情剥き出しで激しく動揺した。


「…で、だ。気づいたらこの島に居た、ちょうど今のお前みたいにな…。漂着して早々、別の海賊が上陸して暴れていたのを見かけたので全員ブチ殺してやった。我としては船と物資を強奪して早急に島からおさらばするつもりだったのだが…そこで出会ったのが…おーい、隠れずに出てこーい。居るのは解ってるぞー?」


「…ぴっ!?」


ライオンの獣人はこの島に流され、幸先良く脱出の準備が整った後の事を語ろうとした時に、振り向きもせずに誰かに向かって声をかけると背後の黒い椰子の木から獅子の耳と尾を持ち巫女服姿をした一人の幼い少女が驚きながら恥ずかしそうに顔を赤らめさせながら出て来た。


「は、初めまして…私、凪・ククルです…。」


「あ、えぇと…オレ…蒼牙・ヴォルフ。」


狛犬(シーサー)族の少女…凪・ククルはライオンの獣人の背中に隠れ、亀の頭の如く顔を何度も出したり引っ込めたりしながらこの島では明らかに見慣れない種族である幼い少年…蒼牙に赤面した顔で見つめながらか細い声を絞り出して軽い挨拶をし、蒼牙もまた慣れない様子で返した。


「我がデスブリンガーの艦隊に戻らずこの島に居続けた理由はナギだ。」


「え…?まさか、ロリ…」


「冷たい海の上に浮かびたくなければ今言おうとした言葉を引っ込めるんだな、タワケ。」


艦隊に戻れる手段があったにも関わらずライオンの獣人がこんな辺境の島に残った理由がこの凪という幼い少女だと聞かされた蒼牙は『そういう特殊な性癖の持ち主なのでは?』という大変失礼な疑惑からだと思い軽く引いたが…本人は青筋浮かべながら怒気が含まれた低い声で即座に全否定し、これ以上あらぬ戯言を言わせぬ様に釘を指した。


「ナギは本来この島を治めていた長の娘でな…海賊共に長である父を殺された。」


「…!?」


「意図せず助けたとはいえ…我とて海賊、凪の父達を殺した連中と同じ人種だ。その上もし一足違っていたら助けられたかもしれぬから尚の事…故に、恨まれる前に速やかに島を出るつもりだった。」


(この人…どことなく、似てるな…オレと…)


その言葉に蒼牙は絶句した…聞けば凪は当時、流れ着いたライオンの獣人より一足違いで先に上陸していた海賊達の手によって彼女の唯一の親族である父は他の島民達と共に殺害されてしまい、凪もまた海賊達に殺されそうだった所を彼に助けられ、難を逃れたそうだ。立ち位置や事情は違えどライオンの獣人が自分と凍牙同様にもし過程が違っていたら凪父娘を助けられたかも知れなかったのにそれが出来なかった。凪もまた雪崩母娘同様に親を殺されてる…この場合は勿論、魔界に於いて弱肉強食は当たり前であり殺される程弱かった凪の父親が悪い、しかしそれでも幼い凪が納得するわけも無ければ謂わば命の恩人とはいえ同じ海賊であるライオンの獣人もまた恨みの対象、決して許すわけがない上に例え『どうして助けられなかったんだ』と容赦無い罵詈雑言を浴びせられても文句は言えないのだが…


「私は…恨んではいません、確かに御父様が死んだのは悲しいことです…もしあの時、間に合ってくれたら、と…今でも思う時があります。それでも…御父様は無理でも、私を助けてくれました。命の恩人に代わりはありません。」


「で、でも…言っちゃ悪いけどさぁ?あの人はアンタの父親を殺した奴等と同じで海賊なんだぜ?どうして…」


「海賊だとは後で教えてくださりましたが、それだけで恨むのは筋違いです…父を弔った後、悲しくて、寂しくて…海岸で一人泣いていたら、どういうわけかまだ島から出ずに…それどころか必要なハズの海賊達の船を壊してるところを見かけました。」


「嘘だろ!?何も壊さなくても…!!」


意外にも凪は決して彼を責めたりはせず、寧ろ命を救ってくれた事に感謝さえしていた程だった…それだけでも信じられないことだが、ライオンの獣人は唯一の島からの脱出の手段である海賊の船を自ら破壊したというのだ。蒼牙は彼のその不可解な行動を理解出来ずに狼狽してしまう。


「我にはもう必要無いと判断したまでだ。そんなものを残してたらナギや他の島民達が襲われた時の事を思い出し不安に駆られる。それにどういうわけか…この娘の悲しむ顔を見たくないと思い、我は決めたのだ。己のこの力をナギ達、島の者の為に使ってみようと。」


「他人の為に、だって?その子、いや…この島の人達全員、アンタにとっちゃ見ず知らずのアカの他人、なのにか?バッカじゃねえの!?魔族が誰かの為に何かするなんてよぉっ!!確かナギだったか?例えその子だけは良くても島の人達が受け入れてくれる訳無いだろ!あぁ!?オイ!!ましてや余所者で、しかも海賊…!!」


蒼牙の言うように魔族の力とは自分の経験上の認識では己が生きてくため、己の欲望を満たすため、他者を踏みにじり奪い取り殺すための力…それをこの目の前の男は今なんと言った?家族や親族などの血縁者や気が合ってつるんでる仲間などにならまだ解らなくも無いがよりにもよって助けたところで何ら得にもならないアカの他人共に尽くそうだなんて麻薬か酒でもやってるのかと疑ってしまう様な正気の沙汰ではない行為、異端も異端だ。それに加え決意こそは勇ましいがどう頑張っても何処から沸いて出たか知らない余所者で島の襲撃者達の仲間ではないものの彼らと同じく海賊であるライオンの獣人が受け入れられる訳が無い。そんな事は魔界全土が逆さになったとしても有り得ない…普通ならば。


「あぁそうだ。我の様な流れ者の屑が受け入れられる訳がない、重々承知の上での決断よ。だから最初は村には一切近寄らず海岸で生活したし島民達もまた我には近寄らなかった。まぁナギだけは何度も注意したにも関わらず押し掛けてきたのだがな。」


「ひゃっ…!?それは、あの、その…!!」


「いや、文句があるわけではない、むしろ感謝さえしている。この娘に支えられてきたお陰で今日まで外敵を退けてこられたのだ…と、言っても無論良いことばかりではなかった。我一人では当然限界はある。守りきれなかった者も中には居る…墓標に民の名が刻まれる毎に歯痒い思いをしたものよ。」


(…うっ!?よく見たら、なんだこの傷の数は…細かいのから大きいのまで、幾つ有るのか数えきれねぇ…一体何をどうやったらこんなに沢山付くんだよ…?クソ兄貴とバカやっていたオレなんかより、スゲェ事じゃねぇかよ…)


元々この島とはなんら関わりの無い余所者の男でしかないためライオンの獣人は当然ながら凪以外の島民からは避けられ、その反応も容易に予想出来たので海岸に強引に住み着き、海賊などの外界からやって来た侵略者相手に彼は一人で立ち向かい島民を守ってきたもののそれでも犠牲は避けられず、救えなかった者の死を未だに後悔していた。最初こそ馬鹿馬鹿しいと吐き捨て、話の大半を聞き流していた蒼牙もライオンの獣人のその大きな身体の至る所に付いた細か過ぎて見えない物から決して完全に塞がりそうにも無い一生ものの傷まで…一見小汚く見えるそれら一つ一つが途端に輝かしく見えた瞬間、先程まで彼を馬鹿にしていた自分がとても小さな存在に思えてきてしまい、恥ずかしくなってしまう。


「何時しか気がつけば全員に認められていました。私だけではなく見てくれてる人は見ているものです。」


「…そんなつもりは無かったのだがな、今じゃ何の因果か…皆の推薦でこの島の長をやらせてもらっている。全く、どう考えても御門違いにも程があるだろうに…。」


「…なんか、その人達の気持ち、なんとなくだけど、解る気がする。アンタになら任せられそうだなって、オレでも思えてきた。」


「お?なんだ?急に?さっきまでとはエラい違いだな?」


努力の積み重ねと継続、決して折れぬ強き意志、そして時の流れは人の頑なな心を動かしていくようであり、最初こそはライオンの獣人は島民の申し出を固辞したもののあまりの熱心さに折れて観念し、今ではこの島国の長の座にまで成り上がり島の誰からも認められる存在になるという異例の待遇を受け、現在に至る。そして此処にも一人…そんな彼の話を聞き終えて頑なな心が動いた者がいた。


「さっきはゴメン、何も知らないくせして馬鹿にして…」


「ハッハッハッ…気にするな、その様な些事、今更なんとも思わんよ。それにな、案外悪くないものだぞ?守るべき者を得るというのは。」


「…で、でもなんでそこまで頑張れるのさ?本当にナギ達の為だけ?本当に、それだけ…?」


「あ、あー…その、なんだ…そ、それだけだが、他に何がいるというのだ?」


「「…?」」


蒼牙は頭を下げて先程の非礼を素直に侘びたが元よりライオンの獣人は怒るどころか微塵も気にしていなかったのか笑って許した。しかし、蒼牙としてはどうしても凪達島民を本当に何の見返りも無しで守るためだけに島から出ずに居たことが解せなかった。ライオンの獣人はその事を聞かれると妙に歯切れの悪い曖昧な返事が返ってきたため蒼牙と凪は揃って不思議そうに首を傾げた。


(…言えるか、そんなこと!ハズカシイ!!初めて会った時からそうだったが、我の様な屑相手でも感謝してくれるナギを、島の長となった今でも健気に我に尽くしてくれるこの子を…!何時しかこの世の何よりも可憐で、愛おしく、尊いなどと…思ってしまったからだっ…なんてっ…!!)


…このライオンの獣人、やはり蒼牙が初めに危惧していた通りのロリ○ンであった。しかも初対面からの一目惚れだというから人は解らないものである。だが、彼の名誉のために言っておくが決して凪に対してイヤラシイ劣情など抱いておらず、むしろ純粋な愛情から来てるものであった。尤も…魔界には人間界と違って誰かと結ばれるにあたっては年齢差どうこうで罰せられる様な法律など皆無なので仮に二人がそんな関係になったとしても何ら問題も無いのだが…如何せん、筋骨隆々で大柄なライオンの獣人と小柄で華奢な体つきの幼女の組み合わせなど絵面的には完全にアウトである。


「と、ところで話は変わるが!コホンッ…!蒼牙よ、行くアテが無いのならどうだ?この島に、否、我と共に暮らす…というのは?」


「…え?い、良いの、か…?だって…オレ、魔氷河から来た余所者だし…。」


「おいおい、さっきの話聞いていただろ?我とて元は余所者、今更一人や二人増えたところでそれが何になると言うのだ?なぁ?ナギ。」


「はい♪私は勿論、大歓迎ですよ!」



「…あ、ありが、とう…」


強引に話題を切り替えたライオンの獣人は漂流してきた上に凍牙とはぐれて完全に孤独な状態の蒼牙にこの島にて自分と共に暮らしてみてはどうかと提案してきた。蒼牙は最初こそは遠慮したもののそれがどうしたと言わんばかりにライオンの獣人と凪は見ず知らずの余所者にも関わらず彼を大いに歓迎した。二人のこのアッサリとした受け入れ体勢に自然と顔が綻び、蒼牙はこの世に生を受けて以来、恐らく誰かに対して初めて使うだろう言い慣れない言葉(ありがとう)を紡いだ。




「そういえばアンタの名前…聞いてなかったけど、ええと…?」







「我こそはゼオム・ガイラ、この島国の長にして誇り高き戦獅(バロン)族の戦士だ。」







そして蒼牙は長い年月をこの魔海の島国で過ごす事となった。ライオンの獣人…ゼオムに引き取られ、蒼牙はゼオムを養父として受け入れ、ゼオムもまた血の繋がりなど皆無どころか種族も出身地も違う彼を本当の息子の様に育てた。


別の地域から来た余所者ながらも蒼牙はこの島国の人々からも受け入れられ、それが幸いしてかあの暗く冷たい魔氷河の環境の如く自分と凍牙以外の他者を拒んできた氷の心は氷解し、あの時とは比べ物にならないくらい真っ直ぐに育っていったという…。




「チクショオオオオオ!!また海賊退治かよぉおおおお!!ついさっき終わったばかりだろ!?秒で沸いて来んなやぁあああああ!!ひっ!?ひぃいいいい!!死ぬッ!死ぬッ!?死んじまうゥウウウウ!!大体この島でまともに戦えるのがオレとアンタの二人だけとかフザケンナよッ!?てンめぇええええッ!!こんなハナクソみてぇな人数だけで勝てるかよォオオオオ!!」


「ハッハッハッ!!悪い悪い!これも訓練だと思って諦めろ!蒼牙!!生きて勝ったらまた新鮮な魚妖の肉を腹一杯食わせてやるからなー!!」




…時には海賊など余所からやって来た侵略者相手にこの島や近隣の離島を戦場にした実戦形式で鍛えられ、銃火器やナイフ等の刃物の扱い方などゼオムから戦う術を徹底的に叩き込まれ、蒼牙は戦いに駆り出される度に何度か本当に死にかけたのだが気にしてはならない…。


更に数百年の月日が経ち、幼さは完全に消え大きく成長した蒼牙はゼオムと初めて出会った海岸にて彼とある話をしていた。


「ゼオム。オレ、この島を出るよ。ちょっと、興味のある所があってそこに行きたいんだけど…。」


「フム…そうか、いつまでも子供だと思っていたがお前ももう独り立ちする歳頃になったのか、己の見聞を広めるにはいい機会だ。我に遠慮せず好きにするといい。」


(おいおい、いいのかよ?そんなアッサリと…反対されるかもとか思ってたけど全く引き止められないのもそれはそれで寂しいっての…あ、でも、この人は元々こういう人だったか?ハハッ…マジ、不器用過ぎんだろ、お互い。)


どうやら蒼牙はこの島を出てある目的地に向かいたいらしくそのための許可を得るためにこうして話を切り出したものの肝心のゼオムからは特に反対すべき理由も無いので割とすんなり話は通ってしまい、少し寂しく思いつつも、蒼牙は長年連れ添ってきた故にゼオムの不器用さを理解していたので彼は彼なりに自分の背中を押してくれてるのだろうと思い、穏やかな笑みを浮かべ、真っ直ぐとゼオムに対して一言だけ、今までの事全てを含めて感謝の気持ちを述べた。


「ありがとう、ゼオム…いや、『父さん』」


「そ、蒼牙…おまっ、お前ぇえええー!!反則だろ!?別れ際にその言葉ァアア!!本当は我とてお前には出て行って欲しくない!しかし…『好きにしろ』と言った手前取り消すわけには…うぉおおお!!我はどうすればァアアア!!」


流石にこの予期せぬ言葉には動揺せざるを得なかった。何百年と連れ添ってきてるにも関わらずロクに何もしてやれなかったどころかロクな事にしか付き合わせてやれなかった事を後悔していたため島を出ると聞いて少しは自身に対して何かしらの文句や憎まれ口を叩かれるだろうと腹を括っていたものの実際はむしろその逆で、蒼牙は既にゼオムを一人の『父』として認めてくれており、嬉しさと寂しさが入り混ざった本音(ボロ)が出てしまい頭を抱えながら身悶えした。


「そう思ってくれてるだけで充分だよ!じゃあな、ナギと結ばれる事を祈ってんぜ♪」


「ゲッ…!?お前、知っていたのか!?」


「はあ!?ったり前だろ!何年一緒に暮らしていたと思ってんだ!?普通に気づくわ!っつーか、やっぱアンタ、ロ○コンじゃねぇか!!」


「バカ言え!貴様!!ナギは蒼牙どころか我よりも歳上の××××歳だ!!だからこれはロ○コンではないッ!断じてロ○コンではないッ!!合法だッ!!」


「はっ…はぁあああああ!?マジかよォオオオオオ!!あのちんちくりんが、オレらより歳上だとォオオオオオッ!?嘘だろ!?オィイイイイイイイ!!」



…別れ際の最後の最後でとんでもない事実が発覚したが気にしてはならない。狛犬族の男は雄々しくも荒々しい獣じみた大柄な外見をしてるが逆に成人女性は総じて見た目は完全に人間の小学生ぐらいの幼女にしか見えない外見だがそれに反してそこら辺の魔族より遥かに年食ってる場合があるのだ。非合法(アウト)だと思われていたがまさかの合法(セーフ)合法(セーフ)である。それ以上でも以下でもないので悪しからず…。


「…そういや、あのチビッ娘、昔からやたらと『お姉さんって呼べ』とかしつこいくらいオレに言ってきたが道理で…って、ンな事ァこの際どうでもいいっつーの!ナギに見つかると面倒だからズラかるわ。またな♪」


「あーあー、行け行け。サッサと行ってこい、蒼牙。戻りたくなったら何時でも戻ってくるがいい、我らが居る限りお前の帰るべき場所は此処だから…なっ!?って、おい!!待て待て待てぇい!!そっちは砂浜の洞窟…まさかお前、行きたい所って!?」


島でゼオムと暮らすようになって以降、蒼牙をまるで自分の弟みたいな存在として認識し、受け入れてるものの年々心身ともに成長していく彼に対して凪は一向に変化の無いその幼く見える小さな身体を背伸びさせながら必死に大人の女性として…何より、彼にとっての『頼れるお姉ちゃん』であろうとしているためか?懸命に年上アピールしていた意味とゼオムが仮に凪と結ばれる事があったとしても問題無い理由が漸く理解出来たものの即座にどうでもいいと切り捨てられた。蒼牙が砂浜にある洞窟という想定外の場所へと向かうのを見てゼオムは驚愕し、制止の声をかけるも時既に遅し…


「前々から興味あったんだよ、『人間界』にな♪」


蒼牙がかねてから行きたかった場所…それはなんと人間界だった。興味を持つキッカケはゼオムと初めて出会った時に言われた自身が人間の様だと言われた時だった。魔族と大差無いどうしようもない悪党はごまんと居るものの自分と似たような思考の持ち主が多いと聞かされ、どうしてもこの目で確かめて、出来うるならば彼らと関わってみたいと思っていたのだ。もしかしたらゼオムと出会えた時以上に自分の中で何かが変われると思い…


「いざ、人間界へ!!」


…期待と不安を抱きながら蒼牙は洞窟の奥にまで進むと其処にあったのは白骨化した状態で横たわる魔海最大の魔獣・海竜(シードラゴン)の骸、その開かれた巨大な口の部分にくわえられてる形で存在する鎖が厳重に絡みついた魔界と異界とを繋ぐ次元の扉・地獄門(ヘルズゲート)の鎖を引き千切って威勢良く飛び込んでしまった…


「ぜぇ、ぜぇ…!!はぁ、はぁ…!!チィッ!クッソ、もう行ってしまったのか…?少しは躊躇えッ!!何を考えてんだ!?あンのっ…!!『バカ息子』がァアアアアアア!!」


息を切らしながら洞窟に駆け込むが息子(蒼牙)の姿は最早何処にもなく、人間界という自分達魔族にとって未知数な異世界に行ってしまった事に対し、何処に旅立つかも聞かずに許可してしまった自分にも落ち度はあるものの、それでも怒りが治まらない父親(ゼオム)の洞窟を崩さんばかりの勢いの咆哮が上がった。




…だが魔界を出て行ってしまった蒼牙は後に知ることになる。自身の人生に大きな影響を与え、父として誇りに思っていたこの島国の守護者たる海獅子…ゼオム・ガイラという男が『不死鳥』達の一斉蜂起による魔界の完全制圧がキッカケで、堕ちるところまで堕ちてしまった事を…。



こうして魔界から人間界にやって来た蒼牙・ヴォルフは狼威蒼牙(かむい・ソウガ)偽名()を変え、人間の姿に擬態して禍津町の隣町・根之国(ねのくに)町に住み、人間として振る舞うために必要なこの世界での一般常識などを試行錯誤の独学ながらも身に付け、様々なバイトを転々として生活費を稼ぎ、現在ではボロアパートながらも自身の活動拠点とも呼べる場所を得ており、自画自賛するつもりは無いものの天職と言っても過言は無いアイスクリームショップ・ホワイトアウトの店員としての今に至る…。


尚、様々な事情あって現在では辞めてしまったバイトは数多あるもののホワイトアウトでの仕事だけは現在進行形で比較的長続きしている方である。これは何故かというと最初こそは戸惑ったものの同僚に良心的な人間が多く互いの関係が極めて良好な事に加えて時給も良い点もあるが、蒼牙にとって最も理解したかった事を自分で確かめることが出来る仕事である点が大きい事だった。


(『あの時』の母親はどんな気持ちで氷饅頭をオレ達にくれようとしたんだろうな…。)


それは他の魔族の野盗に襲われていた所を意図せず助けられた時に何故ただ助けられただけとはいえ普通に御礼として氷饅頭を渡そうとしたのかその気持ちを彼なりに理解したかったからだった。後で解ったことだが雪女族の母親・雪崩雹禍は凍影の隠れ蓑である氷饅頭の老舗・ミゾレ屋の女将兼凍影の頭領だったというが、大事な店の商品をその辺の野良犬同然の小汚いガキだった自分を相手に無償の善意を以って渡すことがどういう意味なのかを同じ氷菓子繋がりであるアイスクリームショップで自身も実践してみて知りたかったからだ。極稀にふざけたクレームを付けてくる糞客(クレーマー)が居た事に目を瞑れば結果は概ねどの客もワンコインちょっとの料金を払いながら家族連れ、友人同士、恋人同士など親しき者同士で誰もが組み合わせを多少変えただけのアイスクリームを笑顔で受け取ってくれたり、中には『ありがとうございます』と本来ならば店員であるこっちが言うべき台詞を逆に言われたりと嬉しい反応があり、気づけばこの仕事に対して真剣にやり甲斐を感じ始め、ただでさえ人間に近い感性の持ち主な彼がますます人間じみていき始めたのだ。


(これがあの母娘(おやこ)への『罪滅ぼし』なんて甘いこと、考えちゃいねぇよ…クソッタレ兄貴の凍牙…いや、あんな野郎はもう兄弟でもなんでもねぇが…いくら取り繕っても所詮オレもアイツと同じクソな血が流れてるだけの同じクソでしかないんだよ。本来ならオレは殺されて然るべきの、死んで当然のクズだという事実は一生涯…消えやしないんだからな。)


…だからと言ってこの働きが免罪符に成り得る事は断じて有り得ない事は痛いほど身に染みている。


『きっと自分はこの先、ロクな死に方はしないだろう。』


『何時か必ず、何かしらの形で然るべき「報い」が返ってくるだろう。』


…などと成長してその時の出来事を思い出してはネガティブな思考に陥りがちな蒼牙に一つの出会いが訪れた…そう、鳴我流霞である。


(おいおい、なんつーテンパりようだよ?臨時とはいえ、この娘…本当に大丈夫か…?)


初対面の第一印象としてはバイト未経験者特有の上がり症がちょっとどころではないくらい酷く、見ていて危なっかしかったものの、経験を積み重ねてきた蒼牙の抜群のタイミングによるフォローにより甚大な被害(ミス)を出さずに済んだのは幸いだった…しかし、いつもならば瞬く間に過ぎ去る勤務時間も何故だかこの日だけはやけに遅く感じていた。と、いうのも…。




(…あー…マジかー…?オレが?人間の、女の子に…?ロ○コン親父…じゃなかった、ゼオムの事もこれでバカに出来なくなっちまったな…ったく、マジあの人に似てきたわ、オレも…ハハッ…。)



あろうことか、蒼牙は初対面であるにも関わらず、知らず知らずの内にリューカに一目惚れしてしまっていたようである…無論、フォローこそはしているのでどうにかなったものの店の信用問題に関わりそうなレベルの壊滅的なドジ一歩手前の危うさやこの時こそ彼女が男嫌いだということを知らなかったもののどういうわけか自分を見ながらプルプルと震えてる小動物チックな怯えようさえも愛おしく見えてしまい、リューカの事が気になれば気になる程時間が経つのが遅く感じていたのだ。このまま帰らずに側に居て欲しい…と、思った瞬間、めでたく散々ロ○コン扱いして弄っていた父親(ゼオム)と同類になってしまったと気づき、苦笑した。


だが…その翌日にリューカに謝罪しようとバス停に向かおうとした時、最も会いたくなかった『あの男』と再会してしまい、蒼牙はつくづく己の身に流れる汚れた魔族の血と運命を呪いたくなってきた。


(なんだ?アイツ、なんかオレに似てい…ッ!?まさか…?う、嘘だろ!生きていたのか!?あ、あの野郎ッ…!!此処で一体何してやがるッ!?今更出てくんじゃねぇよ!!チクショウ!!)


そう、忘れたくとも忘れられない蒼牙の人生を大きく狂わせた元凶たる狂獣(あに)…凍牙・ヴォルフである。海に落下した際に離れ離れになり、生き延びた蒼牙と違っててっきり死んだものとばかり思っていたものの…なんの因果か?人間の擬態姿まで瓜二つなのですぐさまコイツが凍牙である事に気づき、あのイカレ野郎がよりにもよって何故人間界に?それ以上に此処で何をしでかすか解らず気が気でなかったものの幸い向こうがまだ自分の存在に気づいてないのでコッソリと尾行してみたが…事態は最悪なものとなった。


(おい…?なんだよ?これ…?オレと似た姿で…何、してんだよ…!?あの娘の目の前で何やってんだッ!!テメェエエエエエッ!!)


バス襲撃現場から遠く離れた建物の屋上にてスナイパーライフルのスコープ越しに凍牙の凶行の一部始終を見ていた蒼牙は激しい怒りの感情に駆られたのも無理は無かった。凍牙が標的らしき魔族の女性…否、この時にはまだ面識の無かったサンディアのみを狙って始末するだけならまだ理解は出来たもののそこはやはりあの狂犬、彼女とは全く無関係なバスの乗客を殺害しただけに飽き足らず、貪食紐に絡め取られたサンディアを助けようとしたリューカと同じくまだ面識の無かった見知らぬ少年…響、二人の背中を撃ち抜こうという暴挙に走ろうとしたのを見て最早我慢ならず、スナイパーライフルの引金(トリガー)を迷わず弾いて逆にクソ兄貴の手を撃ち抜いた。


「逃がすか!あの狂犬野郎ッ!!」


予期せぬ狙撃により事件現場から退散した凍牙を逃すまいと蒼牙は怒りに任せてスナイパーライフルを投げ捨て、無音の高速移動で追跡をはじめた。


「痛っ…てぇな…ったくよ~。誰だよ?この手『こんな』にしたのはよぉ?誰が撃ってくれなんて頼んだ?頼んでねぇっつーのッ!このクソッたれッ!!」


一方、その頃…戦闘から離脱し、戦闘形態を解いて人間形態と化した凍牙は先程のサンディアとの戦いの際の謎の狙撃によるダメージでポッカリと風穴の開いた右手を乱雑に包帯代わりの布切れでグルグル巻きにし、緊急の臨時避難先にした路地裏のゴミ捨て場のゴミ箱にイライラをぶつけるかの様に蹴り飛ばし、中身の残飯などの生ゴミを盛大にブチ撒けた。


「それに油断したとはいえあんなスットロイ女に殴られるなんて、誰かにこんなことされたのは…ガキの頃に喧嘩した蒼牙以来だな…なぁ?オイ?『誰かさん』?よぉ♪」


「なんだ?もう気づいたのか?」


サンディアに殴られた顔を擦りながら弟との昔の思い出を語りつつ、素早くサブマシンガンを抜いて背後に居た誰かさん…否、自分に向けてハンドガンを構えていた当の弟である蒼牙に向けて口端を大きく吊り上げながらニヤリと不敵に笑った。


「ククッ…ヒャーッハッハッハッ!!久っし振りィ~♪元気してたー?蒼牙ー♪お前も生きていて何よりだったぜ?ヒャッハッ♪ってか、お前だろ?これやったの?なぁ?狙撃なんて何処で覚えたんだ?」


「…。」


先程の怒りは何処へやら、油断と隙を突いた想定外の狙撃という屈辱的な出来事はむしろ弟の成長を感じさせた出来事の一つとして転じられ、兄として純粋にその事を数百年ぶりの感動の再会と共に喜んだ。しかし、肝心の蒼牙はと言うと無言で憎々しそうに凍牙を睨みつけていただけだった。まるで凍牙の歪みきった自身へ向けられた偏愛を見透かし、軽蔑するかの様に…。


「…んん?なんでだんまり決めこんでんだ?変な奴だなぁ~?ところで、今お前、何してんの?あ、オレさぁ、今、殺し屋やってんだよねぇ~♪」


魔氷河からの脱出の際、荒波に流されて以降…魔海のゼオムの島で新たな『家族』を得て幸せに過ごしていた蒼牙と違い、行方知れずな上に一人孤独の身だった凍牙はというとやはりそれがキッカケで何かが変わるなんて事は一切無く、己の欲望を満たすためだけにたまたま漂着した魔界の密林地帯である魔密林(ヘルジャングル)の魔族達を手当たり次第に次々と殺しながら他の各地域を転々とし、蒼牙と同じく青年へと成長した頃には気づけば何処の暗殺組織にも属さぬフリーの殺し屋をやっていたのだ。


「今度の依頼主様がこれまた神経質な面倒臭ェ野郎でな~。確か…燐神嵐…だっけか?あの鳥女(アマ)。ソイツの下っ端に頼まれて、とある女共を殺してくれって言われてな、それでこのチンケな世界にだな…」


来る日も来る日も血と殺戮に満ちた実戦により磨きに磨かれた殺しの腕を見込まれ、『不死鳥(フェニックス)軍勢(レギオンズ)』の頂点(トップ)にして魔界の現支配者たる女帝・燐神嵐に仕える下っ端…と、凍牙から大変無礼にして不敬極まれない称され方をされてしまったが正確にはその側近にして最高幹部の一人であるマウザー・インフェルテインからの依頼により、組織の反乱分子になりかねない旧支配者たる魔界上層部の息がかかったサンディアをはじめとした先遣隊、ならびに魔樹原(ヘルフォレスト)最後の生き残りにしてヴァジュルトリア家の当主たるリクスの殺害をしに人間界にやって来た…と、まるで久々に再会した友達と近況報告するかのノリでヘラヘラ笑いながら、それこそ普段から凍牙が言う『頼んでねぇ』と言いたくなるくらいに本当に頼まれもせずにペラペラ勝手に喋っていた。これも相手が愛する弟だからだという気安さと安心感からだろうが…。


「テメェの事情なんざ、どーでもいいんだよ、カス。今よぉ…オレはキレてんだよ?アンタに対して…なぁッ!!」


「は?ちょっ、ちょっ…!?お前、何してんの!?正気かよ、危っぶねぇなあ!オイ!」


…逆に蒼牙から沸き出てきたものは忘我の極地に到達する程に駆り立てられた激情、己の身が破裂しかねんばかりの激怒、逆撫でされた神経を一つ残らず潰しかねん程の激昂、そういった三つの激動の波濤に全身を突き動かしながらショットガンを取り出して派手にブッ放す。よっぽど想定外だったのか?凍牙は動揺しつつも銃口から放たれた散弾を得意の無音の高速移動で全て回避する。


「それはこっちの台詞だ!間抜けェッ!!いいか!?テメェ!ゴラァッ!!此処はオレ達みたいな奴が居た魔界じゃねぇ!人間の住む人間界なんだよ!!其処へ魔族(オレたち)常識(ルール)を持ち込んで!ましてや!何も知らねぇ無関係な人間達を巻き込むんじゃねぇよ!!それもオレと似た紛らわしい姿でよォオオオオッ!!」


「…ぐぉっ!?な、なぁ?お前、本当にあの蒼牙か?随分と、見ない間に変わっちまったなぁ…何時からお前は人間みたいに、なっちまったんだ?あぁ?」


「…フゥーッ…!フゥーッ…!!『変わった』…?変わっただと?人間みたいだぁ?ハァッ…ハァッ…!!オレが、か?ケッ…笑えねぇジョーダンだぜ…ンな訳、無ェだろ…。」


標的のみならず幼い頃から未だに治ってすらいなかったその身勝手さで全く以って無関係な人間、特に自分と似た人間態の姿を使ってリューカを巻き込み彼女の心を深く傷つけたんだのが最も許せずその行為が逆鱗に触れてしまい、凍牙は見たこともない弟の剣幕に圧され、蒼牙から胸ぐらを掴まれ思いきり塀に叩きつけられる…そのあまりの気迫とどういうわけか知らないがこの人間への肩入れ様から『目の前に居るのは本当に自分の弟なのか?』と疑るがそれも無理はない、あの自身と同じく血に餓えたあの幼少期(ころ)の人格と明らかにかけ離れている。少なくとも常識がどうこうなどと説くような奴では無かった。その有り得ない変貌ぶりに凍牙は困惑したものの蒼牙は自身の『変化』に対して意外にも否定的だった。


(オレが…人間みたいだと?いいや、それは有り得ねぇよ…オレとアイツが別の生き物の様に魔族と人間も別な生き物だ…どう足掻こうが人間になれるわけねぇだろ!ましてやオレの様な奴が!)


人間界に興味を持ったのも、人間界で働き、自分なりに生き甲斐を朧気ながらも見つけたのも…もしかしたら『自分は人間になりたいのでは?』などと思ったが即座に切り捨てた。自分自身の存在そのものが凍牙と大差無い悪でしかないと思ってる蒼牙が…魔族が人間になどなれる訳がない。それは例えどんな奇跡にすがりつこうが不可能極まりない事だ。


「…ふ、ふーん?あっそ?別に良いんだけどね。それはともかく、お前も手伝ってくんねぇ?また昔みたいに仲良く…」


「は?誰がテメェなんかとツルむか…オレが一緒じゃねぇとなんにも出来ねぇガキか?テメェは?いや、テメェは永遠にガキか…それも、死ななきゃ治らねぇタイプのバカのようだなァッ!?あぁっ!?オイ!?」


「なっ…!?」


「今すぐ死ね!!この害悪がッ!!」


…いくら何も考えてない凍牙とて気づかぬ程愚か者ではなかった。否、気づきたくはなかったものの狙撃が蒼牙の仕業であった時点で薄々感じはじめた凍牙の『嫌な予感』が的中した時には既に遅し…実弟に何があったのかは知らぬが、本人は否定していたが幼少の時から明らかに変わってしまった彼からのまさかの明確な拒絶の意志を乗せたコンバットナイフの一突きが迫る。本能的に危機を察知して顔を真横へ反らしてその凶刃を自慢の氷の牙で噛み砕く…直撃こそ免れたものの凍牙の頬を掠め、一筋の赤い雫が静かに流れ落ちる。


「…ペッ!!あ?あぁ~?あー…あー…あぁーッ!?そうかい!そうかい!そうかい!そうかよッ!同じ血を分けた兄貴の言うことが聞けねぇってのかよ!?誰が『反抗してくれ』なんて頼んだんだよ!あぁ!?頼んでねぇよ!そんなこと!そーゆーことするってんならこっちにも考えがあるぞ!クルァッ!!」


「一体、ナニ言ってんだ…?ゴチャゴチャ訳解んねぇ事言ってんじゃ…!!」


「確か『無関係な人間を巻き込むな』とか抜かしやがったなぁ?お前ぇッ…そんなクソみてぇヌルイ事抜かす程人間が好きだって言うんならよぉ?ヒャハッ…盛大に巻き込んでやる!!此処の世界の人間共がどうなろうが関係ェねぇよ!!」


「…ッ!?ざっ…ざっけんなッ!!ナニ考えてんだ!?お前ェエエエエッ!!この町だけで何人居ると思ってんだッ!?」


「うるせぇ!そんなの知るか!バーカ!!女子供老人、目のついた奴等は手当たり次第!この町中の人間全部ブッ殺してやる!!あぁそうだ!!ブッ壊してやるよ!!何もかもなァッ!!」


「ゲボッ!?がはっ…!!」


噛み砕いたコンバットナイフの刃を吐き捨てながら、指で頬を伝う血液を軽く拭いそれを見開かれた血走った眼で凝視した後、凍牙はいつもの狂楽的な性格破綻者故の余裕は何処へやら…彼にしては珍しく癇癪起こしたお子様さながらに感情を爆発させ、聞き分けの無い弟を無理矢理従わせようと脅迫として事もあろうにあのバス襲撃をも上回る大規模な無差別殺人(テロ)行為の宣言をしたのだ。流石に蒼牙もこの狂気の極みとしか言い様の無い企みに先程までの勢いが掻き消されて動きを止めてしまい、反撃として凍牙からの蹴りをまともに腹に受けて壁に打ちつけられ、掴んでいた胸ぐらから手を離してしまう。


(クソッ!ヤベェ事になった…コイツなら間違いなくやりかねねぇ!!今、コイツを…凍牙を興奮させたまま放置するのはマズイ、取り敢えず此処は適当に話を合わせて…!!)


「どうした!?オラァッ!!」


「…チッ…解った。解った。凍牙、やっぱ…アンタには昔から敵わねぇ、降参だ。すまなかった。さっきの件だがオレにも手伝わせてくれ。」


「…プッ…プヒャヒャヒャ!!冗談!冗談だっての!オレがお前に対してマジに怒る訳無ェじゃん?勿論大歓迎だぜッ☆まっ…最初に訳解らねえ事言ってイキッてたのには驚いたがねぇ?蒼牙君~?少し遅めの反抗期かな~?ヒャッハッ♪」


「(堪えろ!堪えるんだ…今は!ヤツにはほざくだけほざかせろ…!!)その話…アンタが殺したいっていう女について明日、詳しい話を聞きたい、場所はそうだな…」


凍牙は昔から冗談や悪ふざけが多かったが殺す事となると話は別である。この男は冗談でもなんでもなく本当に禍津町の人間、いや、下手をしたら他の町も含めて全てに殺戮をもたらすつもりだ。蒼牙は本心からではないもののすまなさそうな顔をして心底したくない謝罪をしてさっきの非礼を詫びると凍牙はというと何時もの調子に戻り、先程の暴挙はむしろ多少気難しくなってしまった弟の反抗期特有のソレだと勝手に理解して蒼牙の頭をグシャグシャと乱暴に撫で繰り回した。クソ兄貴のその行為を不快に思いつつも蒼牙はするつもりの無いサンディア殺害についての打ち合わせを翌日指定の場所として選んだ廃工場でする事にし、今日のところは取り敢えず話は一旦切り上げて解散した…。


…だが蒼牙は翌日、凍牙に待ち合わせの時間という余裕を与えた事を後悔することになる。何故ならば。


(何処まで、何処までオレの周りのものをグチャグチャにしたら気が済むんだ!!ド外道ォッ!!)


翌日、凍牙をこの手で殺す算段だった蒼牙はサンディアに無理矢理連行されるという想定外のハプニングに出くわしてしまい困惑したものの、店の客として既に面識のあったリクスと牧志と思わぬ再会をした蒼牙は身の潔白を訴えていた最中怒りを抑えきれず長年愛用してきた携帯(スマホ)を破壊してしまった事さえも気にする余裕すら無かった。またもや、凍牙は無関係な人間に手を出した…それも既に心がズタズタに傷つけられたリューカを今度は恐らく、その身までも…。


だが蒼牙には勝算は有った。何の因果か?凍牙が標的として付け狙っていたサンディアとリクス、奇しくも『打倒凍牙』という利害が一致している二人の魔族、それに響とリューカの実弟・牧志…己一人だけだったならば凍牙に勝てるかどうか不安ではあったものの現状に於いてこれ以上に心強い味方はまず居ないだろう。同時に皮肉だと思った…嘗ては誰一人信用しなかったこの自分が誰かを信じて共に敵と戦おうだなんて…。


愛すべきリューカのために、いざ目的地に向かう際…ふと、脳裏に初めて出会った頃のゼオムから聞いたあの言葉が鮮明に浮かび上がった。





『案外悪くないものだぞ?「守るべき者」を得ることは。』





(…ありがとな、ゼオム。アンタは魔界最高の、誇るべきオレの親父だッ!!今行くから堪えてくれ!!鳴我さんッ!!)




それは紛れもなく人間の持つ愛と呼ぶべき感情だった…今この瞬間の蒼牙は誰よりも人間に限り無く近い存在と化していた。



どうも皆様、作者です。次回で決着を着けると言っておきながら予告なしで蒼牙の過去編から現在に至るまでの過程をやる…という暴挙をしてしまいました(汗)本来ならば軽く触れる程度にするつもりが例によってまたまた長く…この次こそは必ずしますので御容赦を!


幼少期の蒼牙は現在とは比べ物にならないくらい魔族らしく狂暴な上に今では信じられないくらい凍牙とは上手くやっていました。魔界の魔族は個人差こそありますが何時しか必ず殺戮本能に目覚めて衝動的に他の魔族を殺害してしまいます。今回の蒼牙は勿論、サンディアやリクス…魔族という種族はは最低でも一人以上必ず殺しております(酷)


ふとしたキッカケ…雪崩母娘との触れ合いやゼオムとの出会いによって魔族らしからぬ人間じみた感情に目覚め、同時に今まで仲が良かった凍牙に溝を感じてしまい、人間界での再会時に至ってはサンディアの殺害をしようとした際にリューカや響、多くの無関係な人間を巻き込んだことを知り完全に拒否反応を示してしまいました。


今回明らかにしましたが前々回で凍牙を狙撃したのはかなり強引な展開にしましたが蒼牙です(汗)蒼牙は元々サンディア達とは勿論、神嵐達とも一切無関係な魔族です。ただ平穏に人間界で暮らして、それこそ本人は否定していますが人間の様になりたかっただけなのですが凍牙の件でそうも行かなくなり今に至ります。


何気に過去編にサラッと登場した現『不死鳥の軍勢』幹部・ゼオム・ガイラと彼を支える少女・凪・ククル、凍牙と離れ離れになり孤独だった彼を受け入れ、血の繋がりこそは無くとも数百年の時を経て本当の家族みたいな関係になっていきました。まだまともだった頃のゼオムが何故あんな狂気に陥ったのかに関してはいつか別な話で明かしたいと思います(←本当か?)。尚、本人も言っておりますが凪が成人女性という合法ロ○(しかもかなり年上)なだけに断じてロ○コンじゃありません!


次回は間違いなく決着、本当にごめんなさい…(汗)それではまた、槌鋸鮫でした!


最後にゲスト紹介ならびに魔氷河の魔族の紹介


雪崩雹禍(なだれ・ヒョウカ)/雪女(ユキオンナ)族(イメージCV:井上喜久子):雪女族のみで構成された女忍集団『凍影』頭領にて雪饅頭の老舗『ミゾレ屋』の女将、彼女と娘の雪琉との出会いと善意が蒼牙を大きく変えるキッカケとなりましたが娘共々…凍牙の餌食に。母性溢れる大人の女性なので声のイメージは井上さんです。


雪崩雪琉(なだれ・ユキル)/雪女(ユキオンナ)族(イメージCV:潘めぐみ):雹禍の娘でもし生きていれば凍影の二代目頭領を継いでいたであろう悲劇の少女。声のイメージは潘めぐみさん、どこぞの忍ばない忍と戦っていた狐面ではありません。


尖鹿(アクリス)族・馴鹿(カリブー):幼い蒼牙と凍牙によって皆殺しにされたトナカイ達。元ネタはプリニウスの『博物誌』に登場する鹿に似た架空の生物・アクリス。


氷幻豹(ヴィイ)族:殺戮本能の思うままに凍牙に殺された哀れな雪豹型の魔族。元ネタは東スラヴ神話の地下世界の住人であり長い瞼で目を閉ざしているという珍妙な姿の怪物・ヴィイ


冥鯱(レプン)族:殺戮本能の思うままに蒼牙に殺された哀れなシャチ型の魔族、元ネタはアイヌ民族の伝承にあるシャチの姿をした海の(カムイ)・レプンカムイ


一本踏鞴(イッポンダタラ)族:雪崩母娘を襲ったもののヴォルフ兄弟の襲撃によって殺害された野盗である金属的な異形型の魔族、元ネタは一つ目に一本の足という珍妙な姿をした日本の妖怪・一本だたら。


樹縛霊(ポレヴィーク)族:雪崩母娘の目の前で何故かセルフSMプレイをしていた変態チックな痴女…ではなく、蔦植物が全身に絡まった女性型魔族。元ネタはロシアの民話に登場する野の神(または畑の精霊)・ポレヴィーク


雪獅子(スノー・ライオン)族:名前のみ挙がった本編未登場の種族、全身が雪で出来てるライオン型の魔族ということしか解っていない、元ネタはチベット仏教に登場する神聖な生物・スノー・ライオン

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