第十二片-凍蒼狂芽-
今回も超絶アホみたいに長くしてしまいました(汗)閲覧の際は休憩を挟みながら適度に読むことをお薦め致します(泣)
翌朝、鳴我家・リューカの自室にて…。
「…………。」
部屋のカーテンを開けもせずに薄暗い部屋の中…今日も水泳部の活動がある日だというのにリューカは頭からすっぽりとおフトンを被って寝込んでいた…『昨日の出来事』からのショックが全く抜けておらず、やる気が削がれてしまったからだ。
(…嘘つき、最低、あんな人だったなんて…あんな人殺しだったなんて…!!)
半ば強引に親友であるシズキに誘われる形で来たバイト先で出会った青年・カムイ、男が苦手な自分の露骨な態度や失敗さえ気にせず接してくれたあの温厚で優しく彼はどこへ行ってしまったのか?否、最初から居なかったのだ…そんな人物など。
(…そもそも、サンディアさんやリクスさんが例外的だったんだ…あれが本来の魔族なんだ…!)
その正体が魔界の『不死鳥の軍勢』の誰かの差し金で送り込まれた殺し屋紛いのケダモノ…旧・上層部の息がかかっており尚且つ逃亡中のリクス同様に今後組織に対する反乱分子になりかねない可能性が少なからずあるサンディアを殺すためだけに…要はそういった反逆の残党を摘み取るためだけにとはいえ、手段を選ばず無関係な人間を大勢巻き込んでおきながら『そんなこと頼んでない』などと支離滅裂な言い分で狂笑するあの禍々しい顔をした人格破綻者の狼の姿が未だに脳裏に浮かんでしまい、震えが止まらなくなる…リクスやサンディアの様な魔族としては比較的マシな人格者の存在に慣れてしまった弊害がこんな形で襲うとは思いもしなかったのだ。
「…リューカ姉?…リューカ姉?…あ…あの、聞いてる?学校、どうすんの?春居ちゃん、来てるけど…?」
「………っ!………ごめん、マキ君…『具合悪いから』って言ってきて………。」
「………ん、解った……。」
気づけば牧志が部屋のドアをノックしていたがリューカは愛する弟の声にさえ反応が遅れるほど、こんな下手な嘘で自分を迎えに来てくれた友人・シズキについてまで登校拒否してしまうほどに精神的に参っていた…昨日に姉の身に何が起きたかまだ知らない牧志はそんなリューカの気持ちを察してか、敢えてそれ以上は踏み込まずに、静かに部屋の前から立ち去った。
「…なにやってんだろ?ボク…これじゃまるで…っ!?ち、違う…違う違う違う!!同じなんかじゃない!!」
こんなどうしようもない私情で弟も親友も巻き込んで…と、これではあのカムイとやってることが大して変わらないではないか?という事に気づいてしまい、すぐさま否定してアイツとは違うのだと自分に言い訳する…。
「ちがう、ちが…ぅあぁあああん…!!うっ…ううっ…うぇっ…グスッ…。」
一人で一体この問題をどうしたらいいのか解らずにリューカは顔を枕に押しつけ、昨日の様に声を押し殺して涙した…。
一方、鳴我家・玄関前ではというと…。
「悪いんだけど、今日はリューカ姉は具合悪くてさ、学校行けそうにないんだ…だから…。」
「そっか…解った。水泳部の顧問の先生や部長さんには伝えておくから…うん、それじゃあ『お大事に』って…」
牧志はリューカに言われた通りの事をそのまま伝えた。シズキは彼女が休むことを気にせずに有りもしない体調不良を心配しつつ学校へ向かおうと背を向けるが…
「…いや、これは違うな…えぇとね?牧志君、リューカに『ごめんね』って伝えておいて…」
「…?あ、うん…」
その場で立ち止まり、リューカへの謝罪の言葉を追加で伝言として頼んだ…シズキはいくら切羽詰まっていたからといって苦手な男がいる職場のバイトを手伝わせた事が原因で塞ぎ込んでいるのではないだろうか?と思ったせいか、いつもの太陽の如き元気さはなりを潜めてその顔には翳りが差し込んでいた。
「…牧志?どうしたんだ?そんな暗い顔をして…」
「リク姉、実はさ…。」
トボトボと落ち込みながら無言で去っていくシズキと入れ替わる形で今度はリクスが現れる。どうやら暗い感情というものは知らない間に伝播するもののようで普段の牧志らしからぬ沈んだ表情に首を傾げて事情を尋ねる…。
「リューカ姉、昨日帰ってきてから…なんか様子がおかしいんだよ。部屋閉め切って夕飯も食べに来やしないし、今日も部活を仮病で休んで友達追い返えさせちゃうし…それに…」
「…それに、どうしたのだ?」
「…時々、啜り泣く声が聞こえるんだよ、何かを怖がってるように…」
「な、なんだと?一体どういうことだ…!?」
「オレだって知りたいよ!昨日何かあったんだろうけど全然話してくれなくて…!!」
「…義姉上はきっと何かそれだけ辛いことがあったのだな、今はそっとしておいてやろう…そういえば義姉上は響少年とあの女とで一緒に出掛けていたハズ、結局二人も帰ってきた後で何が起きたかを話さなかったが関係有りそうだな。」
「それだ!行こう!リク姉!!」
牧志から語られた事はリクスにとってもショックだった。あのリューカが泣くなんて何事かと聞きたくとも肝心の本人は何も話したくないときた…そこでリクスは傷心で完全に冷静さを欠いている彼女の傷が少しでも癒えるまで待つとして同じく昨日帰宅して以降同じように何も語らないサンディアと響の方がまだ少しはマシだろうと思って直接聞く事にし、牧志もそれに即座に賛成して早速久我山家に向かう…。
禍津町・久我山家。
「…あぁもう!クッソがぁあああ!!なんなのよ!?あの狂犬野郎ッ!!私を誰だと思ってんのよ!!」
「騒ぐなよ、僕だってやられてるんだ。頭にキてるのは同じなんだから…。」
「それも含めてムカついてんのよッ!!」
サンディアは未だかつてない程に激怒していた。昨日の帰宅後からこんな調子で終始イライラしており、居候二号から『何かあったのか?』と聞かれてもカムイの強襲と一方的に追い詰められた様が余程屈辱的だったのか?彼女の質問には一切答えず、また、響も余計な事を言ってはサンディアを怒らせかねないと察して敢えて説明しなかったという。何よりサンディアが許せなかったのは殺したいのは自分のハズなのにあの狂犬が無関係な響にまで手を上げた事だ…しかし、どうして此処まで怒りが沸くのか解らなかったため尚更腹が立った。
「荒れてるな、腹が減るだけだぞ?」
「はぁ?何?戻ってきて早々、喧嘩売ってんのかしら?この箱入り蜥蜴娘は…それにガキんちょまで何しに来たわけ?」
「昨日二人やリューカ姉に何があったか知りたいんだよ、話してくれない?」
「…マッキがそう言うなら…。」
そこへ丁度タイミングが良いやら悪いやら…リクスと牧志が到着し、昨日の出来事と特に関わり合いの無い二人の姿にサンディアはイライラしたがリューカの弟である以上は姉の身に何が起きたのか知る権利があるだろうと思い説明を求めてきた牧志に対して響は特に隠すつもりもないのか…二人に粗茶とお茶受けを用意しながら、一から十まで全てを明かした。
人間の姿に擬態した男がサンディア達を乗せたバスを襲撃した事、男がリューカの知り合いらしき者だった事、正体が魔族であり尚且つ『不死鳥の軍勢』から差し向けられた殺し屋だという事、その事実が判明した事でリューカは深い悲しみに陥っているという事…。
「…昨日起きた出来事は以上だ。」
「…ったく、余計な事を思い出せんじゃないわよ、ますますムカつい…!!」
「「…ふざけんなッ!!」」
「ひっ!?」
包み隠さず全てを話した響に対してカムイの一件が脳裏に浮かんだサンディアがキレ気味になった彼女の発言を遮るかの様に怒声を張り上げてそれ以上にキレたのは牧志とリクスであり、あまりの気迫にサンディアは思わず怯えてしまう。
「殺す!迷わず殺す!!リューカ姉をよくも!!」
「お、落ち着け!マッキ!!何処の誰かも解らないのにどうやって!?」
「義姉上の心を深く傷つけた事を生きながら石にして後悔させてやろう…!!」
牧志は最愛の姉の心を踏みにじられ怒りの感情を剥き出しにしながら思わず湯飲みを握り潰すという彼らしくない激情に気圧されながらも響はどうにか抑えるよう宥めており、リクスも同様に湯飲みに思わず魔族パワーによる握力を加えて粉砕してしまいながら牧志に負けず劣らず我を忘れながら激昂していた。
「お、弟のアイツが怒るならまだ解らなくもないけど…嫌われてるクセにアンタまでなんでキレてんのよ?あんな女のために…意味、解んない…。」
「私が義姉上から牧志との関係をよく思われていない事は承知だ。だがな、私は義姉上を…鳴我流霞というヒトをこれっぽっちも嫌ってなどいないさ。」
「…?」
顔を合わせれば何かとリクスに対して敵愾心剥き出しなリューカの態度を日頃見るようになってるためサンディアは何故リクスがこれ程までにそんなリューカのためだけにここまで怒れるのか不可解だった。サンディアから見ればリューカはむしろ牧志との仲を引き裂こうとしてる邪魔者という認識でありてっきりリクスは彼女の事を嫌ってるものだとばかり思っていたのだがその本心は全くの真逆だった…。
「あの人は聡明だ。人間と魔族、本当の意味で結ばれたとしてもきっとそれは永く続かないのかもしれないとでも思っているのだろう。」
なんという偶然か、それとも勘が極めて鋭いのか…?リューカが牧志とリクスとの恋仲の関係に反対する理由を恐ろしくほぼ正確にリクスは察していたのだ。
「リク姉…!?そんなこと…!!」
「例えば寿命だな。残念だが…これだけはどうしても埋めようもない種族としての差なんだ…失礼だが、君達は何歳だ?」
「え?オレは十歳だけど…」
「僕は十四…」
「私は1540歳だ。お前はどうだ?」
「は?1880歳だけど?ってか、アンタ、私よりも全然ガキじゃない?年上相手にタメ口叩くなっつーの。」
「な、なんだそりゃあああああ!?単位間違ってない!?二人共!!」
「流石魔族、常識外れの桁違いな年齢だ…。」
牧志は『そんなことない』と言いたかったがリクスには『そんなことある』様で彼女は突然『寿命』という生物なら誰もが抗えない運命の事を口走りながら牧志と響の歳を聞き、そして自分とついでにサンディアの実年齢を打ち明けると当然ながら驚かれた…それもそのはず、百どころか千を越えてるなどとまるで小学生がイタズラで決めたようなデタラメな数字が飛び出てきたのだから無理も無い。
「ましてや君達人間はもって百年程度らしいな?我々にとっては瞬き程度の時間であるが。それに寿命だけじゃなく何時どんな形で別れの時が来るか解らない、が…私はそれでもいい、それでも私は牧志が好きだから、後悔など微塵も無い。」
「ぐすっ…リ、リク姉…」
「マッキ、ほら、ハンカチ。」
「同時に義姉上の事も好きだ。牧志は勿論の事、人外の者でしかない私のためを思って嫌ってるような素振りを見せてるようだがそういう気遣いの出来る優しさに惹かれたよ。こんなに素晴らしいヒトに私は出会った事がない。」
(そういえば…そんなこともあったわね。)
何時何時来るか解らない別れ、だが真に愛する牧志と共に可能な限り生きられればそれでも構わないと啖呵を切り、尚且つ、リューカの事も尊敬出来る大切な人であると言ったリクスの言葉に思わず涙目になる牧志とそんな彼にさりげなくハンカチを渡す響であった。それにサンディアは思い当たる節があった…彼女としてはもう思い出したくもない出来事だが、人間界先遣隊隊長として初めてやって来た時にまだアホな頃の牧志に翻弄された挙げ句連行され『人間に飼い殺し』にされると思い屈辱の全裸土下座したがリューカは牧志に振り回されて気の毒だと思いつつも人外である彼女に対して優しく接してくれたため、リューカの事がどうでもいいなどとは一概にも思えなかったのだ。
「だから、そんな義姉上を悲しませたその外道が許せん…響少年、そいつは一体どんな奴だ?覚えてる限りでいいから教えてくれ。」
「そうだった!響兄もさっき言ってたけど、何処のどいつなのさ!?」
「待ってくれ…よっと、こんな感じの奴だったな。」
「絵、上手っ!?まさか響少年にこんな特技があろうとは…!?」
「あ、リク姉は知らなかったっけ?響兄は学校の美術部で何度も色んな賞を取ってるくらいだからね、これくらい朝飯前なんだ。ってか、また腕上げたんじゃない?」
「へー?アンタが日頃やってる落書きもたまには役立つもんね?ま、上手に描けてんじゃない?」
現場に居合わせてなかったリクスと牧志のために響はその辺にあったチラシの裏に赤・青・黒の三色ボールペンで何かを描く、待つこと数分後に完成品である黒い氷の狼…襲撃者の特徴を表した絵をほぼ正確に描き上げて二人に見せると、この中で唯一響が部活に入るほど絵を趣味にしており、且つ、それが得意な人物であることを知らないリクスからは大層驚かれた。
「コホンッ…失礼、ふむ…この野犬、特徴的に魔氷河の魔族だろうか?」
「リク姉、サン姉、魔氷河って?」
「十の地域で構成される魔界の地域の内の一つで雪と氷とで閉ざされた極寒地獄だと聞く…もっとも私は資料などでしか他の地域の事は知らないためそういう感じの場所という認識しか無いが…あ、氷饅頭なる銘菓が旨いと聞く。」
「私もその程度の認識しか無いわ。寒いだけで何にも無い田舎って感じね。血で血を洗う、くだらなくって不毛な争いが絶えず起きてるって点は魔界全土の共通だけど…そういえばかき氷も美味しいわね。」
「二人して食い気に走らないでよ!?」
リクスとサンディアの説明通り、魔氷河とはその名の通りの魔界に存在する氷雪地帯の事であり、時として其処に住まう魔族でさえも油断すれば死ぬ危険性のある程に凍てつく猛吹雪が常に吹き荒れる不毛な大地である。ちなみに名物は雪女族の経営する老舗『ミゾレ屋』が作る氷饅頭と氷嵐獣族の経営する『ブライニクル』という店で作られるかき氷であった。
「そういえばそんな事、言ってた気がする。それとこっちも、アイツ人間の姿に化けてたんだ。」
カムイが『自分の歯は魔氷河の永久凍土でさえも噛み砕ける』などと嘯いていた事を思い出しつつ響は先程見せた戦闘形態状態のカムイのものとは別に人間に擬態していた時の青年の姿の絵も見せた…すると。
「え?う、嘘でしょ?この人が?」
「バカな、何かの間違いではないのか?その男がそんな凶行をするとはにわかに信じられんのだが…?」
「はぁ!?アンタら、脳ミソ腐ってんの!?さっきは『殺す』とか息巻いてた癖に!何、急に庇い立ててんのっ!?」
「もしかして…二人も知り合いだったの?」
「「イエス」」
「バカなの!?アンタらァアアアアアアア!!会ったことあるんなら先に言えぇええええ!!」
…こんな偶然があるだろうか?牧志とリクスは人間に擬態していたカムイと既に面識があったらしく、それも『有り得ない』といった風に困惑しており、先程まで見せていた殺意がまるで嘘かのようにその勢いを弱め、サンディアはもっともな意見で盛大に吠えた。
禍津町・六道商店街のアイスクリームショップ『ホワイトアウト』にて…。
「…………。」
バイト上がりなのか?更衣室にて制服からファー付きの黒の革ジャンに青のダメージジーンズ、ベルトに狼の尻尾を模した灰色のファーをぶら下げているといった私服姿へと着替え終わったカムイはロッカーのバックの中から取り出したハンドガンやコンバットナイフなどの凶器を何か思い詰めたような…複雑な苦悩に満ちた深刻な表情で眺めつつもそれらを仕舞い、同僚の店員達への挨拶へと向かう。
「すみません、店長に先輩…無理を言って早退きなんて頼んでしまいまして…。」
「ハハッ、良いってことだよ!カムイ君!最近働きづめだったんだし、息抜きだと思ってさ。」
「店長の言う通り、良いってことよ。確か人に会うとか言ってたろ?誰となんだ?まさかお前…彼女とか出来たんじゃねぇだろうなー?」
「…へ?いやいや、まさか…そ、その手の冗談は勘弁してくださいって、オレにそんな人なんて…」
カムイはどうやら人と会う約束のために本来の勤務時間よりも早くに早退したらしく店長と引き継ぎの先輩店員に自分の都合を通してくれた事の感謝のため申し訳なさそうに深々と頭を下げるが二人はカムイの仕事に対する真面目さと誰にでも懇切丁寧に接する善良な人格…そういった人となりを理解しているため快くそれを承諾した。先輩店員が彼の会う相手が彼女だとか冗談混じりに冷やかしたがその手の話題に慣れてないのか?赤面になったカムイは困惑しながらそれを否定したその時だった。
「ちょっとアンタ、そのツラ貸しなさい。」
「…!?」
ズカズカとわざとらしく強めた足音を響かせながらホワイトアウトの店内に
殴り込むかの如く現れた少女…否、サンディアが静かな怒りを宿らせた暗い金色の瞳でカムイを睨みつけながら目の前に立ち、彼を動揺させた。
「なんだお前…ぐぁっ!?」
「誰が喋っていいなんて言った?いいから来いって言ってんのよッ!!」
「く、首は止せ…!!コイツ、力強ッ…ぐぁああああ…!!」
カムイの発言を一切許さず一言も喋らせる事なくサンディアは彼の胸ぐらを尋常ならざる握力で締め上げ、このまま絞殺してしまうんじゃなかろうかというくらいに力を込めて引きずり、強引に外へと連行していってしまった…。
「店長、アイツ…やっぱり女と…。」
「それもヤバそうなタイプの、彼まさか何か良からぬトラブルに巻き込まれたんじゃないだろうね…?」
一連の流れを唖然としながら眺めるしか無かった先輩店員と店長はカムイとサンディアの関係性に関してあらぬ誤解を抱いてしまったようで、実に無関係な者達らしい呑気な感想である…。
禍津町・苛公園。
「オラァッ!!」
「ぐっ…!?」
「まさか昨日の今日でこんなに早く見つかるとはね、覚悟はいい?」
「…待ってくれ、君はオレを誰かと間違えていないか?こんなことされる覚えなど無い…。」
「はぁああああん!?私をナメてんのかぁっ!!記憶力、皆無なの!?このチンピラがァアアアアアアア!!」
無理矢理ここまで引っ張ってきたカムイを放り投げ、サンディアはようやく昨日の雪辱を晴らせると思うとそれだけで嬉しいのか?拳を鳴らしながらニヤニヤ笑いながら詰め寄る…が、なんということだろうか、カムイは昨日出会って早々にあのような凶行に走ったにも関わらずまるで『初めまして、こんにちわ』と言わんばかりに初対面ムードを押し出したのだ。単に惚けてるだけなのか?それとも昨日一日の記憶さえ抜け落ちる程の素晴らしき健忘症の持ち主なのか?その態度が逆鱗に触れたらしく地面に倒れて尻餅をついてる状態のカムイの胸ぐらを乱暴に掴み、殴りかかろうとした時…。
「やめろ、確認のためだけだと言っただろう?」
「はぁ?此処で殺した方が良くない?私、コイツに恥かかされてムカつい、て…。」
「…お前を石像にしてこの公園に永久に飾ってやろうか?」
「フンッ…はいはい、解りました。私が悪ぅございましたよっと…チッ!」
公園で響や牧志と共に待機していたリクスがサンディアの腕を掴んで制止した。苛烈な性格のサンディアとしてはこの場でカムイを始末する気満々だが不必要な暴挙をしようものならば
石化の邪眼を使うことも辞さないリクスの血の如く赤く染まりかけている発動前の両眼を見てサンディアは誠意の欠片もない軽い謝罪と共に舌打ちしながらリクスの腕を振り払う。
「君達はあの時の…?」
「すまないな、この様な手荒な真似をして。」
「ど、どうも…アイス、美味しかったです。あはは…」
カムイはリクスと牧志の顔を見て二人の事を思い出した。それは一昨日の事…牧志がリクスに町の案内、もといデートの最中にホワイトアウトに立ち寄ったと同時にそこでアイスを買いにやって来ていたのだ。二人の方も最初こそは初バイト+男に耐性が無く人間振動兵器と化していたリューカの方に目が行っていたが銀髪に蒼と紅のオッドアイという特徴的な外見の彼から新作アイスを薦められたためその顔をよく覚えていたのだ。更に、話は一昨日のリューカのバイト終了後に遡る…
「ごめんね、リューカ!さてと、それじゃ私も…」
「待ってください、春居さん…」
「え?」
「貴女にはちょっとお話が…理由は、解りますね?」
「あ、あははは…お、お手柔らかに…」
心労がピークに達してフラフラなリューカに続いてシズキも帰ろうとしたが突如、カムイに呼び止められる…その声は若干トーンを落とした重々しいものであり、ジト目でシズキを睨み、如何にも『これから説教しますが、およろしゅうございますか?』と言わんばかりの表情であった。彼が聞きたい事というのは無論、終始ガタガタブルブル震えるだけの人間震動兵器になっていたリューカの異常な緊張ぶりの事であるのは言うまでもない…。
「はぁっ!?男が苦手ッ!?何故黙っていたんですか!?春居さん!!早く言ってください!そういうことっ!!」
「ご、ごめんなさーい!!」
「謝るなら鳴我さんにしてください!道理で緊張してるだけにしては変だと…っていうか、その理屈で言うならオレの存在そのものがアウトじゃないですか!?」
「うひぃいいいい!!」
…やはり悪い事は出来ないもので、観念したシズキはリューカの男嫌いを承知で男であるカムイのいるシフトに誘った事を黙っていたのを全て白状し、当然といえば当然の自業自得であるがシズキはカムイからお叱りを受けてしまい、この説教は暫く続いたという…
禍津町の住宅地にて…。
「この辺だって聞いたんだけどな…」
クーラーボックスを提げてるカムイはシズキの簡易的な手書きメモを見ながらリューカの自宅である鳴我家を探していた。リューカの緊張が自身に対する怯えであると知り、その謝罪のためにと御詫びの印にホワイトアウトの新作も含めたアイスクリームの数々を渡そうとしており、彼女の自宅を探していたところ…。
「あれー?昨日の店員のお兄さんじゃん?どうしたの?こんなところで?」
「何かお困りか?」
「君達は確か昨日来ていた…実は人を探しているんだ。オレは隣町に住んでいるからこの辺りの地理には疎くて…」
この日も町の案内と称したデートへ向かうつもりだった牧志とリクスに偶然
出くわした。これ幸いにとカムイは二人にメモを見せながら鳴我家の場所を訊ねる…。
「なんだオレん家じゃん!すぐ近場だから案内するよ!」
「な!?君は鳴我さんの弟だったのか…!!」
「そうだけど、それが…!?」
「…?」
牧志は自分の家に行こうとしてると聞いて快く案内しようとしたが、彼がリューカの弟と知るや否や…
「すまないっ!!」
「え?いや、あのー…何に対して謝ってるのかサッパリなんだけど…?」
「どういうことだ?まるで話が見えてこないぞ???」
「彼女に無理を言って引っ張ってきた同僚の無礼もそうだが、君のお姉さんが男が苦手だとか…知らぬこととはいえ鳴我さんには不快な思いをさせてしまった。だからどうしても謝りたくて…。」
「あー…だからリューカ姉、昨日帰ってきた時に物凄く疲れた様な顔をしていたのか…ったく、恨むぜ?春居ちゃーん…」
突然深々と頭を下げたカムイの謝罪を受けて困惑する二人だがその理由を聞いて納得した牧志はシズキの舌をペロッと出しながら『ごめんねっ☆』と悪気の無い笑顔を脳裏に浮かべて呆れ返っていた。
「牧志、義姉上は男が苦手なのか?」
「うん、春居ちゃんっていうリューカ姉の友達から一度だけ聞いた話だけど…なんでも小学生になったばかりの時にクラスの男子から意地悪されたらしくって、それがキッカケで中学も高校も女子校を選ぶほど苦手、に…!?」
リューカがまだ小学一年生の頃に幼稚園児の時からやんちゃで悪戯っ子な性格だったとある男子からスカートを捲られ、給食のプリンを盗られ、髪を引っ張られ…事あるごとにいじめられては泣かされてきたらしく、当時まだ友達ではなく別のクラスだったものの正義感が人一倍強かったシズキが偶然その現場を見てガチギレしてしまい件の男子生徒を生みの親でも判別つかないレベルで顔面どころか頭の形までもが変形してしまうくらい死ぬほど殴り飛ばしてやったとのこと、シズキ曰く『超物理的顔面整形手術』らしい。これが男嫌いになった理由と同時にシズキと今現在まで続く親友同士になった理由でもあったという…そう語り終えた牧志が見たものは…。
「は?なんなんだその男は…それに御友人もそんな程度の制裁など生温いぞ、むしろ殺すべきだったのでは…?」
「リク姉!?落ち着いてー!後で解ったけどその男子、リューカ姉の事が好きだったんだって!よく言うじゃん!?『好きな子ほどいじめたくなる』って!!」
「バカを言うな!本当に愛してるならば何故傷つける!?そんな形の愛があってたまるかっ!!義姉上の方は堪ったものではないだろうッ!!」
…当時のシズキも同様にしていた修羅の顔のリクスだった。荒ぶる彼女を必死で宥める牧志が言うように真相としてはその男子はリューカの事が好きだが気恥ずかしくてどう接すればいいのか解らずつい意地悪してしまったらしいが、人間を純粋に愛する身として互いが互いを想い支え合う事こそが至上の幸せだと感じるリクスにはそんなふざけた理屈が理解出来るわけもなく、むしろ軽蔑の憤慨をするばかりであった。
「…彼女の言う通りだ。無理もないな、子供の悪ふざけとはいえそんなことされたら鳴我さんでなくともトラウマになる…うーん、本当ならば本人に謝るのが一番なんだがオレが姿を見せたらもっと怖がるだろうな、あぁ…あと親御さんにも謝らないと…。」
((見た目に反してイイ人過ぎるだろ…))
この時のカムイはというと本来ならば彼自身が気に病むほどのものでもなければほんの一日バイトに付き合ってくれた程度の関係に過ぎないリューカに対してバイト中もそうだったが態々御詫びの品持参で謝罪しに来たという誠意と責任感の塊の様な彼の人格に牧志とリクスはすっかり感心してしまっていた。
「…あ!そういや、今日はリューカ姉達も出掛ける予定だったんだ!?ヤベェな…今の時間だともうすぐでバス行っちまう!!お兄さん、このアイスはオレ達が家に持って帰るから早く行った方がいいぜ!」
「え?でも…」
「貴方が如何に優しい人なのかよく解った。大丈夫だ…多少怖がられるのは仕方ないが義姉上ならばちゃんとその気持ちは伝わる。恐れず行ってくるといい…。」
「…そうだな、ありがとう。会ったばかりの君達にこういう事を言うのも変な話だがおかげで目が覚めた気がするよ。あぁ、名乗り遅れたがオレはカムイ…狼威蒼牙だ!それじゃ!またどこかで!!」
牧志とリクス、二人に背中を押されて勇気付けられ、決心してリューカに直接謝るために彼女の元へと走り出し、最後に彼は振り返りもせずに手を振りながらカムイ…いや、狼威蒼牙と名乗りバス停まで疾風の如く走り去っていった…。
「…ということがあったんだよ。」
これが牧志とリクスの知る限りでのカムイ改め、狼威蒼牙との出会いと彼に対する印象だったが…二人の言い分が正しければ話は非常におかしなことになってしまう。そうなると蒼牙という男は昨日の様な無関係な人間を大勢巻き込んだ大量殺戮という凶行に及ぶような極悪人ではなく、ただのちょっとお人好し過ぎる善人ということに…これではサンディア達のイメージとリクスと牧志のイメージとの乖離があまりにも激し過ぎるし最早別人ではないか。
「バッカじゃないの!?アンタ達!!信じられるワケないでしょ!そんなもの演技に決まってんじゃない!!さっきも惚けてて…!!」
「…悪かったな、覚えてないなんて言って。本当は君とそこに居る白い髪の少年の事も知っている…だが、例え事実だろうが嘘だろうが君みたいな冷静じゃない状態の奴に何を言っても無駄だと思ったからだ。」
「「「正論過ぎて返す言葉がありません。」」」
「ア・ン・タ達ィイイイイイ!!人をおちょくるのも大概にしなさいよォオオオオオオ!!まとめてブッ飛ばすわよォオオオオオオ!?」
そんなバカな話を元々猜疑心の強く頭に血が昇ってるサンディアが信じるわけもなく、きっと蒼牙の持ち前のアカデミー賞ものの演技力で二人を騙してただけだと断じるも、聞く耳持たずな彼女にはどんな弁解も聞き入れてくれないだろうと諦めて適当な嘘をつく他無かったのだ。そのどうしようもない悪癖をよく知る響・牧志・リクスの三人が声を揃えて擁護のしようがないことを述べられるとサンディアは口から炎でも吐かんばかりの勢いで怒号を上げた。
「先程はコイツがとんだ無礼をしてすまない…単刀直入に聞きたい、狼威蒼牙…貴方は魔族だな?」
「…それ、は…」
「オラァ!!認めないってんなら歯ァ見せろっ!!」
「ちょっ!?話の最中に何すん…!!あががががっ!?顎!顎が外れるゥウウウウ!!」
「サン姉!気が早いって…うおっ!?歯が、いや…むしろ牙か?これ?氷で出来てる…。」
「間違いない、昨日見たのと同じだ…!!」
リクスは昨日起きた事件の確認のために率直に蒼牙に魔族かどうかを聞くと彼は言い淀んだものの、サンディアが強引に上顎と下顎に手をかけて開くと蒼牙が無理矢理口を開かされてる激痛からか堪らずあの特徴的な氷の牙を見せてしまい、初めてそれを見る牧志と既に同じものを見ている響を戦慄させた。
「…カハッ…!ゲホッ…!ハァハァ…!なんて乱暴な女だよっ…!!あぁ、そうだよ…お察しの通り、オレは魔族だ。狼威蒼牙っていうのはこの人間界での偽名で、魔族としての名は…蒼牙・ヴォルフ。魔氷河出身の…縛鎖狼族の、しがない男さ…。」
そう言い、口から垂れる唾液を拭きながら蒼牙は息を荒げてサンディアを睨みつつも全身から冷気を発し…黒い仮面を付け、氷の刃をとスノードロップの花を生やした狼型の獣人、その正体である縛鎖狼族の蒼牙・ヴォルフとての姿と化して自身が魔族であることを明かした。
「ハンッ…やっと化けの皮が剥がれたわねぇ!これで心置きなくブッ殺せるわッ!!この人殺しの狂犬野郎ッ!!」
「違うッ!!あれをやったのは『オレじゃない』ッ!!」
サンディアは右腕に鳳仙花の花弁を咲かせて蒼牙へと突きつけるがバスの運転手や常客といった大勢の人間を巻き込み、サンディアの命を狙ったのは自分ではないと悲痛な叫びを上げながら蒼牙は己の無罪を訴える…。
「…あぁ…確かに…似てるようで違うな、この絵と…。」
「マジでかよ…俺達今までこんな『見間違い』に気づかなかったってか!?じゃあこの絵の奴、『誰』だよッ!!」
響が事前に描いてきた蒼牙らしき人物の絵…魔族としての戦闘形態ならびに人間への擬態の時の絵と目の前の彼とを見比べてみると細部の違いがあった。今此処に居る蒼牙の特徴的なオッドアイは右眼が蒼で左眼が紅だが…絵の人物は逆に『右眼が紅で左眼が蒼』だったのだ。それだけでなく絵の通りの黒い狼の刻印が蒼牙の顔の右半分には刻まれておらず、代わりに左の首筋から左肩と左腕にかけて鎖をくわえた黒い狼の刻印が刻まれているではないか。後から判明したとはいえこんな簡単な間違い探しに今更ながら気づくハメになるとは…
「ンだよ!?こんな時に…!はい、もしもし…なんだよ?まだ時間じゃねえだろ、急かすんじゃ…えっ…!?」
…と、ここで携帯の着信音が流れ出し、蒼牙が戦闘形態を解いて人間態になるとそれに出て通話する…すると、オッドアイの両眼を見開き、みるみる内に凍りついた様な顔になり、手を震わせる…。
「…テメェェエエエエ…!!ふざけんなよッ!!ゴルァアアアアッ!!『あの子』は俺達となんの関係無ェだろうがッ!?はぁ?『頼んでねぇ』…だぁ?逃げられなかった奴が悪い?相変わらず頭おかしいのな、アンタ…もういい、今からソッチ行くから待ってろ!いいか?絶体に何もするなよッ!!じゃあな!死ねッ!!」
絵の人物の様な狂気に歪んだ顔とはまた違った激しい怒りに満ちた氷の牙を剥き出しに蒼牙は人鬼族も真っ青な鬼の形相で通話相手に向かってこれでもかというくらいに口汚く罵っては怒声を張り上げた。
「ハァー…!!ハァー…!!フゥウウウ…フゥウウウ…!!」
「い、いきなりどうしたのよ?アンタ…誰と話してたのよ?」
興奮が治まらない蒼牙は荒々しく唸り、そのただならない様子に流石のサンディアも恐る恐る声をかけ、通話相手の事を聞くと…。
「…すまない、弟君…!!君のお姉さんを…また巻き込んでしまった…!!」
「「「「!?」」」」
ギリリ…と氷の牙を軋ませて食いしばり、その場に崩れ落ちて顔を俯かせ、信じ難い衝撃的な言葉を発すると一同は事態を察して動揺した…先程まで晴れていた様子の天気が一変し、暗雲に包まれ、無数の雨粒が降り注ぐことさえも気にならないくらいに。
禍津町・とある廃工場(元・『性☆男色宮殿』)。
「ん…んー!んんーッ!!」
廃工場の敷地内にある元は工具などの備品を貯蔵しておく簡易的な倉庫内…灯り一つ点いておらず薄暗いその内部では布での猿轡で口を塞がれ、四肢を鎖で縛られて大の字状に寝かされているリューカが必死にもがくもそんなことで拘束が解けるわけがなかった。
(誰か!誰か助けてっ!!)
涙目で助けを求めて叫ぶも猿轡を噛まされた状態で何が出来ようか…そもそもこの人気の無い場所の倉庫の中で声が外部に届くなど断じて有り得ない。自分が何故こうなってしまったのかを思い出しながらリューカは自分の軽率な行動を今更ながら後悔することになった…。
それはサンディア達がホワイトアウトに向かい、蒼牙を強制連行した後の事だった…
鳴我家・リューカの自室にて…。
(…もうこんな時間か…そういえば、春居ちゃん…あの店でバイト…!?)
時計を見ると丁度一昨日のバイトの手伝いをしていた時と同じ時間帯になっており、今頃ならばシズキはまたバイトに出ているだろうな…と、考え、リューカは顔を青褪めさせていた。
「春居ちゃんが危ないッ!!」
親友がすぐ間近で危険では済まされない程の凶悪な野獣が喉元に刃の切っ先を突きつけてる様な状態に晒されている事に気づいたリューカは慌てて外へと飛び出し、ホワイトアウトまで急いで向かうことにした…。
(ハァー…ハァー…はるっ…春居、ちゃん…よ、良かった…無事だった…!!)
自分の顔は既に『ヤツ』に知られている…存在を悟られない様に息を切らしながら店内を外から覗くとシズキは営業スマイルで接客をしており、尚且つ、あの男の姿は何処にも無かった…その事に安堵してホッと胸を撫で下ろす…。
「…んぐっ!?むぐ、うぐぅ…!!」
「あれー?どっかで見たと思ったら君、サンディアちゃんと一緒に居た子じゃん♪何してんの?こんなところでさ♪」
「ふぐっ…んんー!!んぁああー!!」
「コラコラ、暴れんなっつーの!いやいや、これ簡単に捕まっちゃう君が悪いんだからね?『誘拐されてくれ』とかオレ、頼んでねぇからさぁー!!ヒャッハッハッハー!!」
…が、それがいけなかった。気配を殺してたのか?いつの間にか忍び寄って来たあの男が油断していたリューカの背後から彼女の口を塞いで羽交い締めにし、その辺で調達してきた自動車(盗難)に嫌がる彼女を無理矢理押し込めてそのまま連れ去ったのだ…。
(うっ…うぅ…マキ君、響君…リクスさん…サンディアさん…みんな…)
倉庫内でリューカは己の無力さを悔やんで泣きながら今頃何処で何をしているか解らないあの四人の名を唱えていた…しかし、此処で彼女に対して更なる『追い打ち』が待っていた。
「ゲヒャヒャヒャ!!いいんですかい?あの人間の女を好きにして?」
「んー?いいんじゃねえの?勝手にこんな所に連れ拐われたこの女の子が悪いんだし?後はテメェらヘンタイ共で好きにしな♪ヒャハッ♪」
「「「ヒャッハー!!女だ!女ァー!!」」」
「「「アォオオオオン!!ウォオオオオオン!!」」」
(いや、いやだぁあああああ!!いやぁああああ!!)
「ヒッヒッヒッ…!なんだ?恥ずかしがってんのか?キャンワイィッ♪」
不穏な会話がリューカの耳に聞こえてきたと同時に倉庫のドアを乱暴に開けて入ってきたのは極上の獲物を見るような下卑た笑みを浮かべながら遠吠えしまくる赤茶けた体毛に包まれたボロボロの和装姿の狼型の獣人…山狗族、灰色の体毛に包まれた簡素な西洋風の鎧に身を包んだ人狼族の集団だった。このケダモノ野郎共が拘束された彼女に対して何をやらかそうとしているのかは最早、一目瞭然…自身が彼らの慰み者として弄ばれ、犯され、最悪殺される…リューカは逃れようともがくがそれがかえって山狗族と人狼族の混成集団の魔族らしい残酷な嗜虐心に火を点けてしまった…。
「ガルルルッ…ゥルルル…!!オラァッ!!邪魔なんだよ!!服とかよぉッ!!」
「んむっ!?んぁああああああー!!?」
「んがっ!?痛ってぇな!クルァッ!!大人しくしろってんだ!!」
「んふぅっ!?」
「おい!足!誰かコイツの足押さえろ!!ったく、いいか?このメスガキ!テメェは黙ってこれから俺達の玩具になってりゃいいんだよ!!」
山狗族の一人が鈎爪を使ってリューカの服を乱暴に引き裂いたと同時にブラに包まれたサンディア程ではないものの中々の大きさの彼女の胸が露出し、スカートまでずり下ろされてしまう。せめてもの抵抗でリューカは近くの人狼族に蹴りを入れるも単に怒らせてしまっただけであり、逆に平手打ちされてしまい頬が赤く染まり、無駄な抵抗をされないように両足を押さえつけられてしまう。
「…うぅ…ぐすっ…」
これから身も心も昨日以上にズタズタにされてしまうのだと思っただけでリューカは惨めな気分になり、涙をボロボロ流し、身体を虚しく小刻みに震えさせる…
一方、工場の入り口付近にて。
「ーーー♪ーーー♪…さぁて、そろそろ来る頃かな?」
「…?来る?誰がですかい?」
「直に解る。」
降りしきる雨の中、得意の鼻歌を口ずさみ、これから来るだろう『来客』の到着を待ちわびる男が口の端を限界まで吊り上げて狂笑を浮かべ、手下であるマシンガンの手入れをしながら待機してる人狼族の内の一人が怪訝な顔で訊ねたその瞬間…。
「なんだ!?テメ…ギャアアアアアッ!?」
「野郎!なにしやがっ…!ぐへぁあああああ!?」
「敵襲!敵襲ゥウウウウ!!うがぁあああああ!!」
次々と雨音さえも掻き消さんばかりの
断末魔が響くと同時に現れた三人分の人影…それは。
「どうした!どうした!?これくらいじゃ全然足りないんだから、たっぷり聞かせなさいなッ!負け犬の遠吠えってヤツをね!!」
焔の枝の槍、蔦植物の鞭、種子の散弾…持てる全ての凶器を駆使して手当たり次第に相手を焼き殺し、全てを殲滅させる勢いで暴れるサンディア・オルテンダーク。
「貴様らに用は無いぞ!駄犬共ッ!義姉上を返せェッ!!」
身の丈以上の巨大な石礫の斧を豪快に振り回しては野獣共を薙ぎ払ってはその上半身と下半身、胴体と首を分離させては汚い臓器と鮮血を撒き散らしては雨に濡れた地面を赤く染め、リューカの救出に急ぐリクス・ヴァジュルトリア。
「ド素人のシャバ憎共がッ!!何匹も集まってこの程度か!あぁっ!?ガチの戦場はこんなもんじゃねぇぞ!!クソボケがッ!!」
敵の圧倒的な大群など気にする様子もなく、一人一人確実にまるでタイマンでもするかの様な感覚でハンドガンで眉間を正確に撃ち抜いたり、首の頸動脈を正確無比に素早く切り裂きながら荒々しく吠える蒼牙・ヴォルフ。
「な、なんなんだ!?アイツら!!あんな化け物共が相手なんて聞いてねぇぞ!おい!一体どうすりゃいいんだよ!?なぁ!ボ、ス…んべわっ!?」
「うっせ、耳元で吠えんな。」
三人の襲撃者のあまりの強さに狼狽える山狗族の手下が男に意見しようとしたが瞬時に胴体にサブマシンガンの銃弾をプレゼントされてしまい倒れた。耳に指を突っ込みながら今しがた射殺したバカな役立たずの死体を蹴り飛ばし、一応は彼らを率いる頭目である身でありながらも普通にツカツカと無謀な事に一人前へと出て行く…。
「よぉ?よく来たな♪蒼牙♪偉い、偉い♪ヒャハッ♪」
「…凍牙ァアアアッ!!」
まるで鏡合わせの如く瓜二つの容姿をした二人の男…付近に落ちた雷光に照らされて鮮明に浮かび上がる黒い狼の紋様が刻まれた顔で狂笑する凍牙と呼ばれた方の男は怒号を発して憤怒の形相に歪ませながら、いつの間にか接近して自身の胸ぐらを掴みかかるもう一人の方…蒼牙と対峙する。
「なんだ?なんだ?つれねぇなぁ~?昔みてぇに『兄貴』って呼んでくんねぇのかぁ?お兄ちゃん寂しいぜー♪」
「うるせぇ!!ダマレッ!!顎動かすなっ!!テメェは自分が何をしたか解ってんのかッ!?オレが離れてからますますイカれ具合が上がったと違うか!?真性クズがッ!!」
…そう、この二人は瓜二つの容姿をした双子の兄弟だったのだ。凍牙は兄と呼んでくれぬ弟に対して口では寂しいだのと悲しむ素振りをするもののその顔は長年連れ添った我が子の様に可愛がっている子犬とでもじゃれ合うかのような人懐っこい笑顔だった。だが逆に蒼牙はそんなふざけた彼の態度に神経を逆撫でされ、その眼は実の兄に対して向けるものではなくなっており…最早、嫌悪を通り越して憎悪に満ちていた。
(同じ、顔…同じ、声の…兄弟…?)
(そういうことだったのか…)
蒼牙が犯人であると主張したサンディアと響、逆に犯人ではないと主張したリクスと牧志…何故双方の意見が食い違ったのか、蒼牙が響の描いた絵の特徴と一部違いが見られたのかという理由がこんな形で判明し、サンディアもリクスも複雑な気分に陥っていた。バスの襲撃も『不死鳥の軍勢』に依頼されてサンディアを殺害するために襲いかかってきたのも全ての全てがこの男…蒼牙・ヴォルフの兄である凍牙・ヴォルフが元凶だったのだ。
「おいおい、そんな言い方ねぇだろー?同じ血を分けた兄弟じゃ…」
「リクスゥウウウウ!!サンディアァアアアア!!コイツの相手はオレがする!!二人は鳴我さんを…!いや、リューカを見つけてくれッ!!」
「言われんでもそうさせてもらう!!」
「勝手に仕切るなっつーの!っていうか、なんで私がコイツより後に名前言われんのよ!?」
凍牙が何か言おうとしたが構わずに蒼牙はそれを遮る形でリクスとサンディアへ一刻も早くリューカを捜索するように伝え、この場は自身が引き受ける事を宣言した。
「…やれやれ、無視されるたぁ泣けるねえ…ってか、今から間に合うかー?あの人間の女の子、オレが掻き集めてきた傭兵くずれのゴロツキ共に今頃自殺したくなるくらいにメチャクチャに…うぉ!?あっぶねっ!!」
凍牙は戦力として雇ってきた魔界で傭兵を生業としている山狗族や人狼族のゴロツキ達がリューカを犯そうとしてる事を呑気に口走るや否や、すんでの所で回避したが気づけば蒼牙がなんら躊躇いも無くコンバットナイフで頸動脈を切り裂こうとしていたのだ。
「死ね。テメェなんぞと同じ血がこの身に流れてると思うだけで胸糞悪過ぎてゲロ吐きたくなるぜ。」
「おいおい、蒼牙~。お前さぁ、ガキの頃から一度でも兄弟喧嘩で勝てた試し無ェだろが?そんなお前がオレを殺す?なんの冗談だ?ってか、頼んでねぇし、『殺してくれ』だなんてさ♪」
「…『引き分け』を負けとは認めねぇよッ!!」
「ヒャッハッハッハー!!そんじゃあその負けず嫌いに免じて買ってやんよ!!久し振りの兄弟喧嘩っていう文字通りの大出血サービスを…なぁっ!?蒼牙ァアアアアアアアアア!!」
「凍牙ァアアアアアアアアアアアアアア!!」
ますます強くなる豪雨に身を打たれ、二人は全身から冷気を発して双方見れば見るほどそっくりな姿をした戦闘形態に変化し、全力の殺意を以って…同じ血を、同じ顔を、同じ姿を持って生まれながらも大きく異なる性格を持つ兄弟同士の本気の殺し合いが始まった。
どうも皆様、作者です。書きたいことがあまりにも多くて絞り切れず、それでいて思い通りに進めず予定を変更したりした結果前回よりも更に輪をかけてアホみたいな文量になってしまいましてすみませんでした…(泣)なのでせめて後書きだけでも短くします(←ここも最近充分長いだろ)
前回と合わせてリューカとの出会いはほんのキッカケに過ぎません(←なんだと?)全てはカムイ…否、人間界にて擬態して生活をしていた狼威蒼牙こと蒼牙・ヴォルフとその兄である凍牙・ヴォルフ、二人の殺し合いに収束する様に書いておりましたが性格の違いからそれを判明させるまでの経緯は駆け足気味且つ描写が雑になってる感が否めません…(汗)また、降りしきる雨の中(雷雨なら尚良し)での殺し合いは是非ともやってみたかったためこの壮大な兄弟喧嘩のためだけにずぶ濡れになっていただきました。ちなみにサンディアとリクスはまだ戦闘形態ではなく普段の人間似の通常形態(擬態バージョン)のためめっちゃ濡れてます、透けてます(おい)
リューカの男嫌いのキッカケが素直になれない小学校低学年男子の見栄っ張り達によくありがちなアレの煽りという可愛らしい理由ですが今回はトラウマじゃ到底済まされない非常にシャレにならないもん書いてしまいました…(震)男は!皆!狼なんだよ!!(←ひでぇ暴論)ちなみに今回登場した凍牙の手下として登場した人狼族はオードソックスな西洋風の狼男、山狗族は反対に和風狼男といった感じであり、更に山狗とは日本の送り犬(送り狼ともいう)という妖怪の呼び名の一つから名付けました。
そんなシャレにならない事態を許すわけもなくサンディアとリクス、そして蒼牙が殴り込み、彼らはリューカを救い、凍牙の凶行を止められるか…?
キャラ紹介も改めて…
狼威蒼牙(蒼牙・ヴォルフ)/縛鎖狼族(イメージCV:浪川大輔):良いカムイ、後述の兄貴のせいで濡れ衣を着せられる羽目になった悲しい人でありリューカが一番始めに出会ったのはこちらの蒼牙です。公私の区別をつけるタイプでありバイト中は年上年下関係なく敬語で接し、プライベートだと普通に喋ります、敵対する相手だと普段からは信じられないくらいの暴言や悪口を吐きまくりますが凍牙がどうしようもない外道だから多少はね…?ちなみに特徴の違いとしてはオッドアイの位置は右目が蒼で左目が紅、刻印は左の首筋→左肩→左腕にかけて
凍牙・ヴォルフ/縛鎖狼族(イメージCV:浪川大輔):悪いカムイ、前回大量殺戮をしていたのはコイツです(汗)『頼んでねぇ』という支離滅裂な台詞で理不尽な事やらかしたりする問題人物であり、基本的に他人を殺す事になんら躊躇いもない魔族らしい典型的ド外道ですが唯一弟の蒼牙に関しては如何なる暴言や悪口を叩かれても笑って受け流すくらい激甘対応です。逆に蒼牙以外の奴が同じことしたら即座に殺されます…(汗)特徴の違いとしてはオッドアイの位置は右目が紅、左目が蒼、刻印は右の顔半分→右側の首筋→右肩にかけて
ちなみに両者共に咲いてる植物はスノードロップ。花言葉は『希望』と『慰め』ですが他にも意味がありますのでそこは次回の決着時に明かしますのでお楽しみに、それでは、槌鋸鮫でした!