第十一片-凍てつく蒼き樹氷-
今回はリューカメインのお話。案の定長い内容となっておりますので閲覧の際には御注意を…。
「す、すみませーん!!そのバス乗せてくださーい!!」
「クルァッ!このクソガキャアアアッ!ナニ考えてるんだ!死にてぇのか!?バカ野郎ォオオオオ!!」
リクスと牧志、ドンドン進展していく関係性に憤慨しつつも部活に遅刻する事を恐れ二人に釘を刺して家を出て行き、近場のバス停にダッシュで駆け込み、リューカは危うく出発しかけたバスの目の前へ飛び出してそれを強引に阻止するという危険な止め方をしてバスの運転手に怒られつつもなんとか乗ることに成功し、遅刻だけは見事に免れた…。
禍津町・無間台女子学園の屋内プールにて。
(…はぁ…)
水泳部員のリューカは周囲にいる談話したり、泳ぎのタイムを計るべく熱心に泳ぐ他の部員同様に競泳水着姿でプールに仰向けで何をするわけでもなくプカプカと身体を浮かばせてる事に反してその表情は浮いていなかった…というのも、それはここ最近の出来事が原因である。
それぞれの理由から居ることが出来なくなってこちらの世界にやって来たサンディアやリクスといった人間ではない人外の存在…自分や牧志、響などが住む人間界とは別の次元にあるという魔界に住む魔族というものの存在を初めて知った。二人から聞いた話では魔界の住人がこちらの世界を狙っていた事、それらを画策していた権力者達に代わって新たに魔界の支配者として台頭した燐神嵐率いる『不死鳥の軍勢』なる恐ろしい集団が魔界全土で猛威を振るっていること…話が大きくなり過ぎてこちらの事はよく解らないものの、悩みの種としての問題は別にあった。
(…全く、マキ君ったら…どうしてリクスさんとそうなっちゃうのかな…?不安は無いの?怖くはないの…?)
実弟とはいえ周囲から見ても行き過ぎなくらいに愛を注いでやまない牧志が偶然とはいえ魔族であるリクスと出会い事もあろうに二人は恋仲になってしまうという有り得ない関係になってしまったのだ。リューカとしては牧志とリクスの恋に関しては今尚猛反対の抗議中だがその理由はリクスが人間じゃないからだとか彼女の実年齢がどうなのか知らぬが幼い牧志と歳が明らかに離れ過ぎているからだとかそういう偏見的なものでは断じてない…認めるのも悔しい話ではあるがリクスの事は嫌うどころかむしろ好感が持てる魔族らしからぬ気品があり、弟には勿体無い程よく出来た女性である。だが二人は所詮人間と魔族、種族違いの恋故には大きな壁が伴い、永遠に一緒に居られることはまずないだろう…きっと必ず、そう遠くない未来…辛い別れが待っており、二人の心に決して癒えない傷を負うだろう。それがリクスと牧志の恋仲を反対する最大の理由であり、考えただけで胸がズキズキと痛んだ…。
(それに響君とサンディアさん…あの二人って性格上そういう関係じゃなさそうだけど、その時が来たら何を思うんだろう…。)
最初こそ自分と牧志が知り合ったもののどういう経緯で出会っていたのか?どういうわけかいつの間にか奇妙な同居生活を共に過ごす様になったあの二人…他人どころか自分自身の事すら無頓着でドライな響、リクスと違いこちらは魔族らしく基本的に他人を信じずに見下しては自分勝手に振る舞う粗雑で乱暴な性格のサンディア、当初こそは内心では絶対に反りが合うわけがないだろうと思っていたものの意外な事に本人達はどう感じてるのか知らないが不思議とそこまで険悪な仲には見えてこない。これはなんら根拠も可能性も限りなくゼロに近いかもしれないが…もしかしたら二人もまたリクスと牧志の様な関係性に進展するのではないか?と見ており、仮に二人にもいずれ別れが来たらその時に何を思うのか…?響とサンディアならば平然と割り切る事が出来なくもなさそうだが果たして…。
(それならいっそ、初めから出会いなんて無かったらいいのに…無かったことに出来たらいいのに…って、最低だな…ボク。)
一度起きた事など当然ではあるが取り消せる訳がない、リューカはほんの一瞬とはいえ自分がどんなに都合の良い無神経な事を考えてしまっただろうとその身勝手さを恥じた。気づけばリューカは無意識の内にプールから上がり、更衣室に駆け込んでいた。
「…ボクにもそんな出会いとかあれば、少しは皆の気持ちが解るのかな…」
濡れた身体を拭くこともなくバスタオルを頭に被せながらベンチで俯くリューカは『自分には皆への理解が足りてないのでは?』と、もし自分にも皆みたいに何かしらの変化をもたらせる様な…そういう誰かとの出会いや繋がりがあれば或いは…そんな自問自答にふけ入っていた時…。
「なーに、黄昏れちゃってんの?らしくないじゃん!」
「ん?あ、春居ちゃん…いつの間に…」
「えへへ♪お邪魔してまーす…っと♪グビッ…んぐっ…ぷはぁっ♪で、どうしたのさ?何か悩み?ゴクッゴクッ…」
気づけば更衣室に一人の女子生徒…基本的に水泳部員しかいない屋内プールにも関わらず、女子バスケット部員のユニフォーム姿をした一際目立つピンクの髪のセミロングヘアーの元気の塊の様な明るく人懐っこい笑みを浮かべる女子生徒…リューカと同じく高校二年生であり親友の春居静希が堂々と不法侵入するや否や、親友の隣に座って彼女の普段見せない様な暗い表情を察してか、スポーツドリンクを飲みながらその隣に座って事情を聞こうとする。
「うん、ちょっとね…人間関係で悩んでさ…春居ちゃんはさ、好きな人とかいるの?」
「ンブフゥウウウウッ!?ゲホッ!ゲホッ…!!ナ…ナニ!?何事なの!?」
まさか過ぎるリューカの想定外な悩みにシズキは飲んでいたスポーツドリンクを盛大に吹き出して驚愕した。なにせシズキが知る限り、自分と同じく青春真っ盛り、色恋沙汰の絶えない華の女子高生であるはずのリューカから聞かされる大抵の男に関する話題といえば耳にタコが出来るくらい聞かされ続けてきた末期レベルの弟ラブなブラコンエピソードの数々のみ…そんな彼女にも遂に本格的な異性への興味が出来たのかと思い、噎せる喉を押さえながら話の続きを聞く。
「ん…ありがとう、春居ちゃん…もしもね?もしも…ずっと一緒に居たいほど好きな人と結ばれても、ある日、どうしても別れなきゃいけない事情が出来て、離れ離れになって二度と会えなくなったら…どうすればいいのかなって…」
お気楽な性格ながらも親身になって悩みを聞いてくれるシズキの厚意に感謝しつつリューカはプールで思いふけっていた皆のいずれ来る運命についての事を詳細を省いての形で打ち明けた。
「OH…よく解らないけど思った以上に深刻なお悩みだねぇ!生憎と私もンな経験無いから何とも言えないんだよなー!だけど…今この時、この瞬間、一緒に居られる時間を精一杯楽しんじゃいけないって理由にはならないと思うよ?」
「…え?」
「上手く言えないけど、遅かれ早かれ別れなんてのは必ず来るって、でもさ!バカやって笑い合ったり、色々遊んで楽しんだり…『君に出会えて良かったよ!』って、そう胸張れるくらい最っ高の思い出を今の内に出来る限り作って後悔の無い様にしたら良いんだよ!私とリューカみたいにね♪」
いつか来る別れは確かに辛い、だからこそその悲しみに負けないくらいの楽しく思える後悔の無い思い出を積み上げる事が大切だということを説き、シズキはリューカの髪をクシャクシャと撫で回し、太陽の光の如く明るく笑ってみせた。
「うっ…うぇえ…春居ちゃん…あ、ありがとう…ヒック…グスッ…うわぁあああん!!」
「お?どうした?どうしたー?今日のリューカは泣き虫さんだねー?えへへ♪よしよし♪」
親友からの思わぬ助言に強く感銘を受け、それが余程心に響いたのか?リューカの涙腺は崩壊し、暫くの間シズキの胸でボロボロと泣いていた…。
この様にシズキは親友であるリューカは勿論の事、どんなに無関係な他のクラスメイトだろうと些細な悩みあらば我が事の様に親身になって元気つける優しさと女子バスケ部にて第一線で活躍する男子顔負けの活発さを兼ね備えてるせいで一部の女子生徒から『おっぱいのついたイケメン(美乳)』などという明らかに女扱いされていない不名誉な渾名を付けられている事を本人は知らなかったりする。
「…その、ええとですね…こ、こんな時になんだけどさ…御相談に乗った御礼にちょっと君に頼みたい事があって…本当はそれを伝ようとしただけのために部室に来た訳だけど、ハハ…。」
「…ん?」
数分後、リューカが泣き止んだのを見て突如、シズキがどこか申し訳なさそうな顔になる。実は頼み事があるらしく、その用事で部活動違いの屋内プールにまでわざわざやって来たそうで…
「お願いしますゥウウウウ!バイト手伝って下さいィイイイイ!!リューカ様ァアアアアア!!」
「オィイイイイイイッ!!?どういうことなの!?春居ちゃんンンンンーッ!!」
…先程の感動全てをブチ壊しにするかの様な頼み事の内容を叫びながらシズキはプライドもクソも無く全力で額を床に擦り付けて土下座をしてきたためそのあまりの情けなさにリューカの目にほんの少しだけ残ってた涙も完全に引っ込んだという…。
その後、禍津町・六道商店街にある人気の大手アイスクリームショップのチェーン店『ホワイトアウト』店内にて。
「うう、まさか本当に手伝わされるとは…」
「ごめん!本っ当にごめんね!リューカ!!」
友人の頼みとはいえリューカは急遽部活を切り上げて此方に赴き、職場の制服姿で落ち着きなく、未だに困惑したままでいた…なんでもシズキによれば今日のシフトで欠員が何人か出てしまい、彼女ともう一人…同じバイト仲間の店員の二人だけという少人数で回さなければならない悲惨な状況に陥ったとのこと、ちなみに他に何人かに声をかけてみたものの全員からNGを食らい途方に暮れていたところにリューカからのOKをもらった時のシズキの喜びようはそれはそれはオーバーなものだったのはここだけの話である。
「それはいいけどボクはどうすればいいのかな…?バイトなんてしたことないから何がなんだか…」
「私はレジ担当するからリューカは店の先輩と一緒に販売するアイスの担当して。大丈夫!あの人、ちょっと無口で無愛想な感じするけど優しいし、すぐ仲良くなれると思うから♪」
「先輩さんか…どんな人だろう…?」
ただでさえアルバイト経験の無い事も不安点の一つでもあるのにその上シズキの同僚にあたる人物とはいえ、いきなり面識の無い初対面の先輩と二人きりでアイスクリームの販売担当を任されるというシズキからの無茶ぶりがリューカのプレッシャーをより重くした。
「おーい!カムイさん!カムイさーん!昨日言ってた助っ人の子来たからー!この子の事よろしくお願いしまーす♪」
「すみません。春居さん…いくら手慣れてるとはいえ流石にオレだけでどうにかっていうのはちょっと厳しいですから…助かります。」
(え?お、男の人!?)
シズキに呼ばれてこちらに来たのは外見年齢的には二十代前半の大学生かフリーターだろうか?身長は約180㎝程の長身、毛先と前髪の一部が青くなっている雪の様な輝く薄く青がかった銀髪、両目は右が蒼で左が紅の光彩異色となっており、目つきこそはまるで氷の刃の切っ先が如く、冷たく鋭く…近寄り難い雰囲気こそ漂ってはいるが、その見た目に反してとても物腰の柔らかく丁寧な口調で話すカムイと呼ばれた青年であり、リューカはまさか先輩のバイト店員というのが男性と思わず動揺してしまった。
(うああっ!?あうあうあう…!ど、どうしよう!?き、聞いてないよ!こんなの!春居ちゃん、ボクが男の人苦手だって知ってるよね!?ひどいよ!なんで黙ってたのッ!?)
シズキの同僚と聞いててっきり女性だと思っていたのにまさか男性とは思わずパニックに陥り、リューカは恨みがましそうな目で当日までにこの事を打ち明けなかったシズキを睨みつけた。実をいうとリューカは男性への免疫はほぼ皆無に等しく、軽い男性恐怖症に近いものを抱えており、平気で話せるのは牧志や響といった年下の幼い少年が相手の場合であった。その苦手意識の徹底ぶりは進学先を中学・高校共に女子校に選ぶ程であり、同年代はおろか年上の男とは道で擦れ違うだけでガチガチに緊張してはビクつくくらい重症だったのだ。
(ごめんっ…!!重ね重ね、マジでごめんなさいっ…!!こうでもしないと来てくれそうに無かったし…何せ人手不足で切羽詰まってて…!!)
(昨日の良いこと言ってくれた君は何処行ったのっ!?)
(…こ、この際、男嫌いを少しは克服するための荒療治だと思ってくれたまえ…ははっ…)
(この…このド外道ォオオオオオオッ!!)
無論、この事に関してはシズキも知ってはいたのだが…如何せん、シフトの人手不足やそれに伴い対応不可能な忙しさが予想されるだろうという焦りから心苦しい事ではあるが、仕事と親友…天秤にかけた結果、仕事を取ってしまった裏切り者に対してリューカの中での彼女との友情は音を立てて崩れ去ったのは言うまでもない…。
「あーーー…ええと…その、もしかして…?緊張していたりしますか…?」
「は、はひ…」
「すみません。ウチの同僚が御迷惑をおかけして…春居さんは悪い子じゃあないんですけど如何せん押しが強いところがどうも…あ、オレ、カムイと言います。今日はよろしくお願いします。」
「は、は、はひ、な、なるっ…鳴我、ががが…りょ、りゅっ、りゅ…流霞、どす…!」
(どす?)
元々この店と無関係な人物をお調子者の同僚が恐らく強引なノリで引っ張り出してきたんだろうな…などという同僚の人格を疑うような失礼な想像を頭に浮かべるとそれだけで罪悪感が生じてきたのか?カムイは実にすまなさそうな顔で自分の目の前でブルブルと震えてるリューカに軽い自己紹介も兼ねて話しかけるが肝心の本人は壊れたロボットと化していた。オマケに噛んだ…。
「心配しなくても大丈夫ですよ。最初から最後までオレが付きっきりでサポートしますので、覚えることが多くてミスとかもあるかも知れませんがそこはキチンとフォローしますから…。」
(ひょ…?この人、普通にイイ人…!?でも…でも…んあああああっ!!今はその優しさが怖いし、申し訳ないよォッ!!ボクもうおうち帰るゥウウウウッ!!)
「アーッ!店が!店がリューカの震えで…!?リューカ!リューカァアアアアア!!気を確かにィイイイイイ!!」
カムイは少しでもリューカの緊張を解きほぐして安心させようと思い、優しい口調で謙虚に頼れる先輩アピールをするもののかえって逆効果だった。男が怖いリューカにとって彼の存在は下手をしたら魔族以上の未知の恐怖でしかなかった…ブルブルしていくスピードはますます加速していき、その震動で店全体がグラグラと揺れてしまっているという有り得ない現象を引き起こしていた。
そんなこんなでリューカはこれからカムイの指導とフォローの下、彼と共に注文が入ったアイスクリームを専用のカップやコーンなどに詰める作業をするわけなのだが…
「鳴我さん、すみません…名前は似てますがそのアイスじゃないですよ?和風抹茶カフェオレではなく洋風抹茶ミルクティーはそこのビターチョコバナナ明太子の下ですね。」
「ご、ごめんなさい!!」
商品の種類の豊富さ故にか、似通った名前のアイスと間違えかけたり…。
「こちら、新商品のレバニラ胡麻豆乳です。もしよろしければ一口お試しください…っと、鳴我さん…?こちらのお客様のお連れ様にも同じものを。」
「あばばばば…ぼばばばば…」
「あれ?リューカ姉?なんでこの店に???」
「うーむ、このアイスとやら…甘くて冷たい。気に入った。」
新商品のアピールとして客に試食をお薦めするのを忘れてしまったり…尚、全くの偶然か?商店街デート中の牧志と天敵が来店していたのだが緊張のあまり眼前にいる二人の存在さえ認識出来ずに高速ブルブルをしていた。この後、牧志とリクスは極悪小学生・爪木氷雨とその恋人(裏切り前提)である天ノ葉銀羅の強襲を受けることになる事など露知らず公園に移動してしまったという…。
その後、気づけば時刻は午後十七時を過ぎ…
「いやー♪お疲れ様♪今日は本当に助かったよ…って、自分で頼んでおいてなんだけど、リューカ…大丈夫、かな?」
「これが大丈夫に見えるならこんなに苦労してないよ、春居ちゃん…」
幸いクレームに発展する程の大きな失敗こそ無かったものの初バイト経験の不安と緊張ならびに野郎との協同作業はやはり荷が重過ぎるらしく、レジ係のシズキの目から見ても相当に危なっかしいものだった…バイトの助っ人が無事に終了したという安堵により真っ白に燃え尽きているリューカには元凶に恨み言を言う気力さえ消滅していた。
「お疲れ様です。後の仕事はオレと引き継ぎの人達でするので上がって構いませんよ。」
「はーい♪」
「(お疲れ様です)あぁ、ようやくこの苦行から解放されるのか…」
「え。」
この後の勤務のために残るカムイは店内を軽く清掃しながら二人に退勤するように告げた。今時の女子高生ならこれくらいの帰宅時間でもなんら不思議は無いが流石にこれ以上遅くなるのはよろしくない。呑気なシズキを余所にリューカは精神的疲労困憊のあまり本音と建前とが逆な発言を言ってしまい、カムイがショックを受けていた事など…。
「…………。」
…そして彼の鋭く険しい視線がリューカ自身の背中を追っていた事など露知らずに、店を後にした…。
翌日、禍津町・バス停前にて
「早くバスって奴に乗せなさいよ!いつまで待たせる気なの!?…ったく、フフッ♪」
「…はーっ…昨日の今日で元気だな。」
この日、響は不測の事態の際、昨日の様に仮に頼るべき彼や鳴我姉弟達が不在の場合でも一人で町中での買い物が出来るようにするために町の案内やバスの使い方をサンディアに教えていた。究極の変態男色中学生・武見遥夜にあれだけ痛めつけられたにも関わらず彼女は悪態をつきながらも内心では楽しそうにはしゃぐぐらいに元気だったがそこは人間とは違う魔族、既に傷は一つも無くなり完全復活していたが…。
「リクスさんといい、サンディアさんといい、ボクの服をボロボロにしたのによくもまぁ元気だこと…。」
「う!?」
「あの二着、お気に入りだったのに、もうっ!!サンディアさんとリクスさんのおバカ!!」
隣にいたリューカのその怒りの一言で騒いでいたサンディアは押し黙った。昨日キッチリとサンディアと共に説教しておいたリクスもそうであるが揃いも揃ってこの魔族の居候共は事情が事情なだけに仕方ないことだが、昨日の遥夜とランプマン、氷雨と銀羅との一悶着のせいで自分の服…それも本人の許可も得ずに母・笑美子が無断で貸し出したものを二度と着れなくなるレベルでボロボロにされたのだから堪ったものではない、彼女が怒るのも無理もない。彼らの付き添いとして着いてきたのもついでに犠牲になった私服の代わりを買うためでもあった。
「…わ…悪かったわよ…っていうか、その…ご、ごめ…」
「え?」
「…ッ!なんでもないっ!!」
気のせいだろうか?本人が途中で言うのをやめたため本当にそう言ったかどうかは解らないが…今確かに、あのサンディアがリューカに対して謝ろうとしていた様に見えた…。
「ねぇ、響君…サンディアさん、何かあったの…?」
「…知りたいのは、こっちの方だよ…」
「???」
昨日一日で一体何が起きただろうか?しかし、それを響に聞こうとしたが彼も彼で遠い目で虚空を見つめており、いつもの低いテンションは更に低いものになっていた…と、そうこうしている内にバスが一台やって来た。
「おう、今日はちゃんと乗れるんだな?頼むから昨日みたいな事はもう勘弁してくれよ?俺だってお客さんには怒りたくはないんだ…解るだろう、お嬢ちゃん?」
「あ、あはは…ど、どうも~…。」
尚、そのバスを運転していたのは昨日リューカが危ない止め方をしたために当然ではあるが思いきり怒鳴りつけてきたあの時の運転手だった。顔を合わせたリューカは気まずそうにしつつ恐る恐るバスへと乗り込んだ…。
「ねぇねぇ、この乗り物、武器は無いの?武器は!大砲とかミサイルとかそういう強そうなの!」
「戦車じゃあるまいし、そんなのあるわけないだろ…」
「えー?なによ?つまんないわねー!」
六道商店街を行き先として走行中の車内先頭座席にて初めてのバスにサンディアは搭乗前よりも更にはしゃいでおり、何故か武器を搭載していることを期待していたが響から無いと告げられると途端に不服そうに不機嫌面になる。
「サンディアさんの居た所にも乗り物みたいなものはあるの?」
「あーら?知らないの?私は行ったこと無いから解らないけど魔工都ってところで造られる重機械兵は色んなタイプがいるけど特に戦車型は最高の殺戮機械よ!敵を機銃や砲弾による一斉掃射で皆殺しにしたり、逃げる相手をキャタピラでブチブチって芋虫みたいに踏み潰したり、それからそれから…!!」
「なにそれこわい。」
「流石は魔族、超戦闘特化型だよ…しかも使い方が悪趣味…。」
魔界の乗り物について尋ねるとサンディアは眼を輝かせながら唯一の機械化文明都市・魔工都で量産されている人間で言うところの自動車ばりに普及している乗り物代わりの存在…人造魔族・重機械兵の事やその機体性能、如何にそれが人を殺すことに向いているかを嬉々として語り始めてきた。普段の彼女ならまず有り得ないハイテンションぶりと並々ならぬ情熱を込めた熱い重機械兵トークにリューカと響はドン引いた…。
(…あれ?あの人、確か…あ!)
ふと、ここでリューカは先頭座席にいる故かすぐに前方の光景が目に入ったが、歩道から道路を介して向こう側へと渡ろうとしているのか?このバスが通り過ぎるのを待つように立っている人物を見て何かに気づいた。
(カ、カムイさん…だよね?)
ここからでは顔はハッキリと見えず、昨日の制服姿と違って白いファー付きの黒のジャケットに青のダメージジーンズといった服装であるもののそれはバイト先で右も左も解らぬ自分のフォローを終始努めてくれたあの銀髪の青年・カムイだった。まさかこんなところで出くわすとは思わず、予期せぬ偶然にリューカは驚いた。
(あの人には悪い事しちゃったな…)
ミスの連続ばかりしたにも関わらず一度も怒らずに最後までサポートしてくれた彼の優しい恩を仇で返すかの様に昨日やらかしてしまった醜態や苦手意識剥き出しの臆病な態度はそうなると予測していたシズキならともかく、とてもではないが初対面のカムイに少なからず不快感を与えてしまったに違いない…いくら男が苦手だからといってそうとは知らないカムイに酷いことをしてしまったと胸にチクリと刺さる罪悪感に心を痛めるリューカ…だが。
次の瞬間、彼女の心を修復不可能なまでにズタズタに傷つけ、この世の何もかもが信じられなくなる程の残酷な運命が牙を剥いて無慈悲に襲い掛かってきた。
「…!?危ねっ!?」
何を考えてるのか?カムイはバスが走行中であるにも関わらずゆったりと歩き、道路を渡り切る気の無い亀の歩みの如き鈍足でダラダラ、ノロノロ…やがて歩くことさえやめてその場で平然と棒立ちし始めたため、運転手は急ブレーキをかけてバスを緊急停止させた。
「ちょっと!?一体なんなのよ!?」
「危ないな、あの人…なに考えてんの?」
「カ、カムイさん…?」
突然のブレーキにざわつくサンディアや響を余所にリューカは何故カムイが昨日の朝の自分の様な馬鹿げた愚行を犯したのか信じられずに困惑したもののすぐさまそれとは違う事に気づく…自分の場合は遅刻の焦りから仕方無くやった事だがカムイの場合はイタズラ感覚でやっているかのような故意の妨害の様に見えた。それも、悪意全開で、タチの悪いタイプの…。
「御客様!申し訳ありません!発車再開まで暫くお待ちくださいませ!…ったく、昨日といい、今日といい、踏んだり蹴ったりだな!おいコラ!てめぇ!!何してくれてんだ!?このボケェッ!!ラリってんのか、この…!?」
まさか二日連続で運転の妨害をされるとは思ってもみなかった運転手は乗客達に謝罪しつつ、バスを止めた馬鹿者を叱責しようと外へ飛び出すや否や、カムイの胸ぐらを掴みながら激昂するが…。
「…♪」
「ひっ…!?」
特徴的な蒼と紅のオッドアイを歪ませ、ニィッ…と裂けるんじゃないかというくらいに口の端を限界まで吊り上げて歯を見せる様に不気味に笑うカムイの異常な表情を見て運転手はまるで見てはいけないものを見てしまったと言わんばかりに青ざめた顔で悲鳴を上げようとしたが…。
「~~~♪~~~♪」
「え?あ、え…?」
…カムイはそれすら許さず、鼻歌混じりにポケットから二本のコンバットナイフを取り出し、クルクルと器用に回転させながら運転手の両膝に音も無く突き立てた。
「ぎっ…!?ぎゃああああああああ!!」
「~~~♪~~~♪」
両膝から全身に駆け巡る激痛と夥しい出血量のあまり運転手は情けない悲鳴を上げながら膝を屈し、カムイは両耳に手を当ててその悲鳴がよく聞こえるように全神経を集中させながら悦に浸っていた。まるで上質の音楽でも聴くかの様な感覚で…。
「~~~♪」
「た、助け…ぐべぁああああ!!」
カムイは再び鼻歌を続け、運転手の命乞いなどガン無視してその頭を右手で掴み、楽々と持ち上げるとバスのフロントガラス目掛けて勢い良く投げつけた。
「…ちょっ…何事ッ!?」
「しっかり!ダメだ…もう。」
頭部からフロントガラスを突き破り、破片を撒き散らしながら車内に放り込まれた運転手の無惨な姿に驚くサンディア、響は運転手に声をかけるも既に息絶えていた…。
「「「う、うわぁああああ!!」」」
「「「きゃああああああああ!!」」」
他の乗客達はこの突然現れ、常軌を逸した行為に走る狂気の男…カムイの所業に恐怖を感じ、パニック状態に陥って我先にとバスから脱出を図るがそれが不味かった…。
「~~~♪~~~♪」
「ぎゃああああ!!?」
「やめてく、ぐべぼっ!!」
「嫌だぁああああ!!がびゃあああっ!!」
カムイは獲物達が自分から這い出て、しかもその数が増えた事が嬉しいのか?今度はジャケットの裏から隠し持っていたサブマシンガンを取り出し、両手持ちの二挺構えでの一斉掃射で逃げ惑う女・子供・老人…老若男女を問わずに容赦無く射殺し、飛散する血飛沫で辺り一面を汚い赤で染め上げた。
「ひぃやぁああああ!!に、逃げなきゃ!逃げなきゃ殺され…!」
「~~~♪」
「…ころさ…れぼっ!?」
サブマシンガンの銃撃から運良く逃れられたがカムイの真横を通って逃げようとして運悪く…目にも止まらぬ速度で振るわれたコンバットナイフの一撃により喉を掻っ切られ、絶命した。
「~~~♪ンーーー♪OK!パーフェクト!」
逃げようとした乗客全てを殺害したカムイは終始歌っていた鼻歌をストップし、コンバットナイフを軽く宙に放り投げて回転させながらキャッチするという仕草をしながら血溜まりに沈む数人の死体の山の中心に立ち、ゲームか何かをクリアしたような達成感に歓喜した。
「カム、イ…さん…?」
リューカはまるで悪い夢でも見ている気分になった。今、目の前で何が起きた?昨日知り合ったばかりで全てを知っている訳ではないが、あの銀髪の優しい青年は少なくともこんな血と暴力とは無縁で…そのはずだったが、これが現実、非常に非情な形で突きつけられた現実である。
「おっと、まだ残ってたな?『本命』がなァッ!!」
「…ッ!?」
「サンディア!!」
カムイはジャケットの裏からハンドガンを取り出し、車内に残って難を逃れていたサンディア目掛けて発砲…サンディアはすかさず顔を反らしたのが幸いして弾丸は頬を掠めたものの直撃は免れる。これ以上この場に居ても危険なため三人は車内から脱出した。
「…チィッ…!やってくれたわね…!何処の誰かは知らないけど…私、アンタみたいなイカれた奴にいきなり殺されるような覚えがないんだけど?」
「つまりそれって心当たりが多過ぎて逆に解らないって事だろ?なぁ?サンディア・オルテンダークちゃん?」
「「…!?」」
「…なんのこと?」
「おいおい、スッとぼけんなよ?先遣隊隊長…いや、元・隊長さん? 権力者のジジィ共の息の掛かった連中を残してはおけないって言う神経質な御方からの依頼でね、既に人間界に潜り込んでいる数人を残して全員始末している。」
「…ふーん。」
カムイの真の狙いはサンディアらしい、人間から命を狙われるほど恨まれるような覚えが無いもののカムイのその言葉…名乗ってもいないのにサンディアのフルネームや彼女の魔界での立場について知っていた事で疑問が晴れた。この男…どうやら魔族らしい、それも口振りから察するに『不死鳥の軍勢』から差し向けられた殺し屋の類。リクス同様サンディアもまた神嵐達から邪魔者として見なされているようで、元・同僚の先遣隊達も人間界にいるサンディアを含めた残り僅か数名以外のメンバーをその手にかけていたが当の標的は既に先遣隊達とは見切りをつけてるため興味の薄い反応しかしなかった。
「今までの連中はあまりにも呆気なく死んだからな、アンタなら少しは楽しませてくれそうだな?なぁサンディアちゃん…」
「…なんで…カムイさん…」
「…?」
「なんで…この人達を殺したの…?狙っていたのは、サンディアさん、だけでしょ…?」
「…ん~?そうだな、頼まれちゃいねぇよ?っていうか、オレも『頼んでねぇ』し、死んでくれなんて一言も。」
「…?」
「何言ってるんだ?コイツは…」
騙され、裏切られ、傷つけられ…絶望で潰れかける心を必死に支えながらリューカは何故サンディアとは無関係な人間達を殺したのか?会話を遮る様に尋ねたが、最初は無反応だったもののカムイから一応返ってきたのは理由どころか話にすらならない返答だったため、サンディアも響も意味が解らず怪訝な顔で彼を睨みつける…。
「だーかーらー…死んで欲しいなんて頼んでねぇんだよ、オレは。死にたくなけりゃ避ければいいだけじゃん?『撃たれてくれ』とか『刺されてくれ』とか、全然頼んでねぇよ?オレ?勝手に当たって死ぬのが悪ィだけじゃん?アイツら?ナイフも銃弾も避けられねぇとか…ククッ…プッ!ヒヒッ…!本っ当、人間ってつくづく平和ボケしたノロマしかいないんだなぁッ!ヒャーハッハッハッハッハー!!」
支離滅裂、滅茶苦茶…カムイとしては別に彼らを巻き込む気も殺す気も無かったらしいが無論、嘘である。むしろ勝手に巻き込まれて死んだ彼らの方に非が有り、斬撃や銃撃を避けられれば助かったのに、そうなることなんて望んでもなければ頼んですらない…というのが彼の言い分らしいが予告無しで振るわれる無音のナイフとサブマシンガンによる一斉掃射などそんなものを何の訓練もしていない普通の人間が回避するなど不可能である。自分が殺した人間という種族が如何に殺されやすい人種なのかと見下しながらゲラゲラと笑い飛ばした。
「ハッハッー!!さぁて、楽しいお喋りはオシマイだ!オレさぁ…関係無ェ奴に『巻き込まれてくれ』とか『死んでくれ』とか一切頼んでねぇからよ?死にたくなきゃ必死に避けなァッ!!」
自分勝手且つ無茶苦茶な暴論を言いながら前髪を掻き上げ、顔の右半分から首までにかけていつの間にか浮かび上がった黒い狼の紋様を見せつけ、人間には決して有り得ない通常の歯とは異なる薄っすらと蒼く輝く透明な『氷の牙』を剥き出しに口の端を限界まで吊り上げて狂笑し、全身から冷気を発しながら『本来の姿』を見せた…
「ガルルルル…ゥルルルルルル…!!ォオオオオオオオオオーーーーーンッ!!」
凍てつく冷気の中から遠吠えと共に現れたモノ…狼を象った黒い鋼鉄製の仮面からは蒼と紅の眼光が暗く冷たく輝き、顔の右半分から首筋や右肩までにかけて鎖をくわえた黒い狼の紋様が走り、氷で出来た鋭利な刃状の突起物を両肩・背面・両腕・両肘・両膝・踵などにアチコチに生やしており、身体を覆うダークブルーの装甲から白銀の体毛が覗き、右腕全体には複数の錠前付きの幾重にも黒い鎖が巻かれており、首周りから胸元にかけてスノードロップの花を咲かせ、先端が氷柱状に凍りついてる尾を持つ狼型の魔族…縛鎖狼族。
「カムイさん、本当に…魔族…だったの…?」
リューカは最後の最後まで信じたくなかった…だが、これでハッキリと証明されてしまった。カムイという男が血も涙も無い鬼畜無頼の権化たる魔族でしかなかったことが…。
「グルルル…ゥルルルル…!!」
全身から冷気を発し、歩く度にその足跡から逆立つ氷柱を発生させながら戦闘形態に変化したカムイは低い唸り声を上げてこちらに向かってユラリと歩き…。
「ガッ…!ぐ、あ…!?」
「~~~♪」
いつの間にかカムイは鼻歌混じりに意気揚々と無音の高速移動で響の眼前にまで接近し、無防備な彼の腹部目掛けて強力なボディブローを叩き込んだ。
「響君ッ!?」
「ぐっ…うぐぅううう、あっ…!!」
「~~~♪ん?あらら…悪ィ悪ィ♪間違えちまった♪でもオレ殴られてくれなんて頼んでねぇし?勝手にオレの拳がドテッ腹にブチ当たったこのノロマが悪いんだろ?だからさっき避けろって言ったのに…」
「ふ、ふっざけんなぁああああッ!!」
リューカは腹を押さえてうずくまる響に駆け寄る…魔族の力で殴られたものだからその痛みは尋常ならざるものであり彼からしてみれば堪ったものではない。カムイは口では誤爆だと言うものの明らかに標的への挑発のための故意でもあることが見え見えのため、サンディアは激昂し、戦闘形態に変化して右腕を鳳仙花の花弁で包んで爆発させ、焔の種子の散弾を放つ…だが。
「~~~♪~~~♪」
「…なッ!?」
信じられないことに全弾がカムイの身体に命中したかに見えたものの、全て虚しくすり抜けてしまった…より正確に言えば目にも留まらぬ速さで必要最小限にして高速の回避をしており、それがまるでその場から動きすらしないで種子弾を素通りしているかのような錯覚をサンディアに見せていたのだ。
「ンなスローモーな動きでよく今まで生きれたな?これが戦場だったらとっくに死んでるぜ?ま、今死ぬけど…なぁああああッ!!」
「あぐっ…!んぁああああ!!?」
カムイが無音で飛び掛かる…口を限界まで開いて特徴的な氷の牙剥き出しでサンディアの首筋に噛みつき、更には両腕に氷の刃を纏わせたコンバットナイフを突き立てた。
「ギギッ…ガゥウウウウ!!ヴルルルルル…!!」
「身体が…凍ってる!?これヤバイッ…冗談じゃないっ!!とっとと離れろォオオオオ!!」
「…ガウッ!?」
噛まれた箇所と氷刃のコンバットナイフで刺された箇所とが不吉な氷結音を立てながらジワジワと凍りついてきた…このままでは氷漬けにされかねないと危機を察知したサンディアは両腕全体に鳳仙花の花弁を咲かせて爆発させ、攻撃ついでに自分に組ついているカムイを引き剥がしつつ、爆風を利用してでその場から離れた。
「…はぁ…はぁ…!!」
「なるほど、なるほど…やり方は悪かねぇ、文字通りの捨て身って奴か?氷漬けにされるくらいなら確かに腕捨てた方がマシか、だが同時に軽率な判断だなぁ…どうせ再生とかするんだろ?時間もかかるよな?」
息を切らすサンディアの目の前の黒煙が晴れるとそこには火傷一つ負うこと無くピンピンしているカムイが氷の牙剥き出しで不気味にニヤリと笑う、彼としてはサンディア得意の自爆戦法を用いた離脱のやり方はよくやったものだと感心したものの、再生前提のこの攻撃はあまりにも迂闊であると指摘した。この自爆攻撃で欠損した身体の一部が再生するのにはどんなに早くとも1~2分程のタイムラグが生じてくる上、数分足らずの短時間とはいえ両腕が無いという事は致命的なデメリットだ。
「それがなんだってのよ!!」
「だーかーらー…当たんねぇっての!!グルァアアアッ!!」
近づかれてはマズイと思いサンディアは両膝から鳳仙花を咲かせて種子を飛ばすも、カムイは無音の高速回避でまたしても攻撃をすり抜け、サンディアの眼前まで瞬間移動と見間違う高速移動で接近し、彼女の胸元目掛けてその心臓を貫かんばかりの勢いでコンバットナイフを突き立てようとした。
「…かかったわね?バーカッ!!」
「…!!」
サンディアは口悪くいつもの調子で罵りながら、胸元から燃え盛る焔の枝を生やしてカムイを逆に刺し貫こうとした。枝は槍の如く素早い動きで伸び、流石のカムイもこれは避けられずに顔面に直撃…
「ガウッ!ヴルルルルルルッ!!ウヴォオォオオオオオオオオオ!!」
「は…はぁああああッ!?正気っ!?そんなもの食うなんてっ!!」
…したかと思いきや、なんとカムイは延びる焔の枝の槍を高速で絶えず氷の牙で噛み砕いて防ぐという強引な荒業に出たのだ。こんな防御のされ方など前代未聞なため、サンディアは激しく動揺してしまい、伸びる枝の勢いを思わず止めてしまった。
「ペッ…!生憎とオレの牙はガキの頃から虫歯一つ無く丈夫なのが取り柄なんだよ!その気になりゃ魔氷河の永久凍土すら噛み砕けるぜぇ?ヒャッハッハッー!!」
「がっ!?くぁっ…あぁああああッ!!?」
口に含んでいた枝の破片を吐き出すと同時に自身の牙に欠けた部分など一切無い強固さをアピールしながら牙を見せつけてニヤニヤするカムイは右腕に巻きつけてる黒い鎖を飛ばし、まだ両腕が再生されていないサンディアの無防備な首に巻きつけ豪快に振り回して放置されていたままのバスの車体に叩きつけられた衝撃で戦闘形態が解除されてしまう。
「こういう危ねぇトカゲは鎖で繋いどかないとな?似合ってんぜ?サンディアちゃん♪」
「な、舐めるなァッ!!私をバカにしてるのかッ!?この犬畜生ッ!!こんなもの、食い千切って…ぐぅっ!うあああっ!?首が、絞まっ…かはっ…!!」
「食い千切るだぁ?出来るわけねぇだろ?アホか?ソイツは『貪食紐』、もがけばもがくほど絞まってく呪いの鎖だ。いくら暴れても無駄だよ?無駄ッ♪」
正確には狼だが犬野郎に首に鎖を付けられるという屈辱を受けたサンディアは必死の抵抗として巻きつく鎖を食い千切ろうとしたものの砕けるどころかかえって首に深く食い込んで締めつけられ、苦悶を溢す…この鎖は『貪食紐』という縛鎖狼族に伝わる一族伝統の工芸品であり、如何なる魔族や魔獣が暴れようが壊れない程の強靭な硬度を誇り、しかもどんなに拘束を解こうともがいても逆に絞めつけられるという特性から『魔族殺しの鎖』と呼ばれているシロモノだった。
「ぐっ…うっ…あ、ああっ…!」
「詰んだな…あばよ♪サンディアちゃ…ん?」
「サンディア!!」
「サンディアさん!!」
両腕の付け根から蔦植物が腕の形を象る様に編み込まれ徐々に腕の再生は進んでるものの今の状態では首に絞まる貪食紐を押さえることすら出来ないサンディアの死は目前と思われていたが、突如、響とリューカが乱入してきた。
「クソッ!鎖が固いし、締め付けが強過ぎる…!!」
「この…!外れて…!外れてよッ!!」
「ば、ばか…カハッ…!アンタら…!!サッサと、うぐっ…逃げ…!?」
「~~~♪」
響とリューカは必死にサンディアの首から貪食紐を外そうとアレコレするも魔族ですら絶ち切れないものを人間の力でどうこう出来るわけがない、構わず逃げろと言おうとしたサンディアが目撃したものに眼を見開いて愕然とする…陽気な鼻歌と共に銃身の所々が凍りついているハンドガンを構え、その銃口を響とリューカの背中へと向けるカムイの姿だ。彼はこれで先に邪魔な二人を始末するつもりらしい。
「じゃあな、人間のガキ共♪GOOD-BYE♪」
「やめ…ろ…!やめろッ!!」
サンディアの訴えは銃声に紛れるように虚しく掻き消され、カムイはなんら躊躇いもなくトリガーを弾き発砲、無慈悲な銃弾が無力な二人の人間の背中に迫る…
「…ンだとっ!!?狙撃!?この距離を…!!」
しかし、その弾は届かなかった。カムイのハンドガンから放たれた銃弾は別方向から何処からともなく飛んできた別の銃弾に全て撃ち落とさた。どうやら遠方に潜む何者かからの狙撃によってそれは行われ、おかげで二人は事なきを得た。
「誰だァッ!?邪魔しやがっ…ガゥッ!?」
全く予期せぬ妨害を食らうもカムイは構わず二人をまた撃とうとしたが今度はハンドガンが右手ごと撃ち抜かれてしまい、使い物にならなくなる。
「がぁああああああああ!!」
「…ァオッ!?…っの、クソアマァ…!!」
狙撃に気を取られた隙に両腕の再生を終えたサンディアの渾身の右ストレートがカムイの顔面に命中した。高速回避を駆使してくるため殆どの攻撃が通らずに困難を極めていたがここで一発のみながらも漸くまともな反撃が初めて成立した。
「チィッ!あーもう!!やめ!やめッ!やめだッ!邪魔は入るし、殴られるし、最悪じゃねえか!?そんなの頼んでねぇーんだよ!オレは!!誰が『邪魔してくれ』とか『殴ってくれ』なんて言った!?もういい!帰るッ!!ガゥアアアッ!!」
「ま、待てっ!うっ!?前が…!!」
カムイは謎の狙撃手によって邪魔されたことが余程気に食わないのか?完全にやる気を削がれてしまいワガママな子供じみた事を言いながら貪食紐を回収、目眩ましのために口から吹雪を吐いて無音の高速移動でその場から姿を消した…。
「クソッ…!何がどうなってんのよ!?まさか私まで殺しの対象になってるとか…こういうのはあの御嬢様の役割でしょ!?」
「…こっちに話を振るなよ、サンディア。返答に困るし…っていうかその指やめ、ろ…?」
「うっさい!別にいいで、しょ…?」
サンディアは腹を立てながらバスに蹴りを入れて八つ当たりした。カムイにほぼ一方的に痛めつけられたのもそうだが、今までリクスのみが『不死鳥の軍勢』の抹殺対象だと思われていたものが故・権力者達と繋がりがあったばかりに自身も含まれていたという事実に魔界特有の理不尽さの極みを感じたからだ。納得のいかない怒りがまだ治まらないのか?響の顔を指でグイグイ押しながらの嫌がらせをしてきたので響はやめるように言う…と、ここで二人は気づいてしまった。
「リューカ、さん?」
「え?ちょっと、アンタ…泣いて…?」
「…ッ…ック…ウッ…」
…リューカが声を押し殺して泣いていたことに。
男が苦手な自分でも、出会ったばかりで本人のことは何も知らないとはいえ、もしかしたら…『この人なら信じてもいい』、そう思えたかもしれない人の突然の豹変、ならびにその本性に絶望したからだ。無理もない…あの優しい青年の正体が目的のためならば無関係の人間を平然と巻き込んで殺害した挙げ句、自分勝手な理屈でそれを押し通すどうしようもない外道だったのだ。
「グスッ…ううっ…もう、やだ…きらい、きらい…だいきらい…」
そんな残酷な事実に耐えられる程リューカの心は強くはなかった。彼女は所詮人間、脆く、繊細で、傷つきやすい…ただの一人の少女なのだから…。
…そんな彼女の様子を見ていた者が一人いた。
「………!!」
バス付近から遥か遠く離れた場所…何処かの建物の屋上にて全身黒ずくめの格好でどんな容姿をしているかは不明だが、その手にはスナイパーライフルが握られていた。どうやらあの時に狙撃をしてリューカと響、サンディアをピンチから救った謎の狙撃手らしい。スコープ越しに涙を流すリューカの顔を食い入る様に見つめていた。スナイパーライフルを握るその手をまるで取り返しのつかないことをしてしまった罪悪感で震わせながら…。
皆様、こんにちは、作者です。前回の後書きにてリューカメインの出会いの物語の予定とは書きましたがその実際の内容は御覧の通り…最早いじめとしか言いようがないくらいリューカに対する壮絶なハートフルボッコ回です。シズキに慰められて泣き、カムイに裏切られて泣き…なんだか泣きっ放しで水分枯れ果てそうな勢いでの泣き虫と化してしまいましたね(酷)
前回に続いてリクスと牧志の通常回に繋がるようにしてみました。学校に行ってる間に自分の服をボロボロにされてるとは露知らず水着のサービスシーン披露してるとは…(汗)今尚牧志へのブラコン的な愛は変わらずリクスとの仲こそ認めてないものの単なる偏見的な差別からではなく、むしろ二人の身を案じての心配からですね。当然ながら種族が違えば寿命だって違うため、例え結ばれているとしてもいつまでも永久に二人一緒に居られる保証は無ければリクスが突然止むを得ずに魔界に帰りかねない事だってあるので別れに関しては避けられません。まだそんな関係でないにしろこれはサンディアと響にも言えることで彼らの事までもリューカは我が事の様に心配しておりました。
こういう時のアドバイス役として学校の友人・シズキ登場、別れを惜しんで未来を恐れるよりもそれを乗り越えるための今現在を積み上げていくことの方が大事と説き伏せたり、底抜けの明るさと男顔負けの包容力でリューカを励ます良い子な天使…と思いきや、ンなわけないです(おい)恥も外聞も捨ててバイトのヘルプ頼むわ、リューカの男嫌いを知ってて後述のカムイが居ることを隠してるわ…やっぱ悪魔ですよ、このピンク髪(汗)
そして今回の話の中心であり問題人物であるカムイ(仮)…男嫌い故に無礼千万やらかしたリューカにさえ一度も怒らずに優しく接してくれたものの…駆け足気味にはなりましたがまるで人が変わったかの様に豹変した挙げ句、その正体である魔族としての姿を披露、久々にバイオレンスな描写全開で書けて良かった(←良くない)。ようやく主役復帰したサンディアをこれでもかと言わんばかりに高速移動やら貪食紐やらチート能力で無双したり、挙げ句になんだ?『頼んでない』って…どんな理不尽な持論だ(←おい作者)
主役復帰のサンディアの好きなものとして明かされた存在である魔工都産の人造魔族・重機械兵、現実のもので言えば戦車や戦闘ヘリなど殺傷力高い武器が搭載された乗り物全般が好きという意外な一面が、やはり魔族は魔族ということか…(汗)
カムイからの手酷い裏切りのあまりリューカの心はズタズタのボロ雑巾、潰れたトマト、魔族であるサンディアやリクスと関わって以降ハチャメチャなところを見せたりはしますがその実誰よりも繊細で壊れやすいガラスハートの持ち主、結局のところ理不尽な暴力と悪意の前では無力なただの女の子に過ぎません。
サンディア達の危機を救った謎の狙撃手の存在、一体コイツが何者なのか?なんのつもりで助けたのか?リューカを見つめていたのにはどんな意味が…謎だらけですがそれに関しては次回に明かしたいと思います。
春居静希(イメージCV:小松未可子):とにかく元気一杯で明るくお調子者、笑顔で歯を見せながら笑うのが似合いそうな女の子の友人ポジションキャラのイメージとしてICVもそれっぽい人で男勝りな少女役や少年役の似合う小松さんが合うなと思いました。
カムイ(仮名)/縛鎖狼族(イメージCV:浪川大輔):悪い意味で歯を見せながら笑うのが似合う悪党のイメージで書きました(←コラ待て)。種族のモチーフは北欧神話の魔狼・フェンリル、尚、いずれ明かしますがこの名前は便宜上人間界で名乗っている偽名な上に魔族としての本来の名前も別にあります。現時点では恐ろしい本性を隠し持っていた男ですが不審な点もあり、まだまだ謎が多い存在です。声のイメージは浪川さん、特撮で言えば某炎神やからす座の戦士だったり、主役級や悪役どちらもこなせるこの人が強烈に浮かびました。
次回は心が折れたリューカを更に追い撃ちするかの様なカムイの凶行、ならびにサンディア達のリベンジを予定しております。
それではまた、次回、槌鋸鮫でした!