バケモノと迷子
学祭用に書いた短編です。前作『最高にクールでイカしたバケモノ』と併せて読んでいただけると嬉しいです。
1
強さは自由をくれる。一匹のバケモノには持て余すほどに。
その日も俺様は、ヒトが好んで楽しむ遊園地という場所を訪れていた。にしても人が多いな。老若男女――老いたヒトはあまり見られないが、とにかく多種多様なヒトの群れがうごめいている。楽しそうに嬌声を上げるものも居れば、ヒト混みの多さに愚痴をこぼすものも居る。実に様々だ。
ヒトたちは遊園地にあるアトラクションで遊ぶためにここに来ているようだ。俺様の目的でもある。
ヒトたちがどう楽しみ、それが俺様をも楽しませるものであるのかどうか。
俺様はバケモノでありながら見た目や気質はヒトとよく似ている。故にこれまでもヒトの生きる国や街を見て回り、あらゆることを見聞きし体験してきた。ヒトと同じように楽しむことが出来たものもあったが、生物としての規模が違うせいだろう、俺様にはつまらんものも多々あった。
遊園地は後者だ。俺様には物足りない。
ジェットコースターのどこが早いのか。自分で飛んだほうが速い。
お化け屋敷のどこが怖いのか。あんな貧弱なものに怯えようがない。
メリーゴーランドのどこが楽しいのか。回っているだけだろう。
コーヒーカップのどこが楽しいのか。これも回っているだけだろう。
観覧車やその他多くのアトラクションや見世物を試したが、どれもヒトならざるバケモノの俺様では楽しむことが出来なかった。
不満もある。最高にクールでイカしたバケモノである俺様は最高に美しくもあり、ヒト目を引きすぎるのも煩わしいので姿を変えて、ヒトでいう六歳くらいの姿で遊園地を回っていたのだが、それでも「お嬢ちゃん、お父さんとお母さんは? 迷子かい?」とか、やたらと声をかけられるのだ。ああ、鬱陶しい。お前たちも今の俺様の姿と同じ年頃の子供を連れているじゃないか。六歳の子供が一人で遊園地を歩いていて、何がおかしい? 迷子なものか。俺様の足取りはまっすぐ軽やかだ。
あまりに面倒なので殺してしまおうかとも一瞬思ったが、俺様は別にヒトを殺したいほど憎んだことなど一度もないし、今はお腹も空いていない。仕方がないから、俺様は自らの外見年齢を十六歳まで引き上げ(もはや普段の姿にほぼ近いが)、再び遊園地で遊ぶことにした。遊園地内全てはまだ回り切れていないので、もしかしたら俺様の気に入るアトラクションがあるかもしれない。そのために行動をとりやすい姿を選んだ俺様だったが、逆効果となってしまった。
迷子と勘違いされなくなった俺様は、逆に迷子を保護しなければならなくなったのである。
2
迷子を保護した経緯は短い。
歩いていた先にたまたま泣きじゃくるヒトの女児が居た。
「……ひっく、……おとうさん、おかあさん、……ぐすっ」
「泣くな、鬱陶しい。今の俺様はすこぶる機嫌が悪いのだ。疾く失せよ」
「……わたしのおとうさんとおかあさんどこ? きれいなおねえちゃん」
「ほう! 俺様の姿を美麗と認めるその審美眼。幼いながらも中々のものではないか。良いだろう。俺様がお前の親のところまで連れて行ってやる」
という訳だ。ヒトでも幼い女児に救いの手を差し伸べる俺様、最高にクールでイカしている。褒めてくれても良いぞ。えへん。
遊園地には、確か迷子センターなる所があったはずだ。そこまで迷子を送り届ければ万事解決するだろう。
迷子の手を引きながら、俺様はすこぶる拙いヒトの女児と会話を交わした。
「なあ、お前。お前は両親と来たんだよな?」
「うん。でも、……わたしがはしっちゃったから、……はぐれちゃって、」
「ああ、わかったわかった! わかったから泣くな! うるさくしたら食ってやるからな」
「くう? わたしおいしくないよ?」
「……ふぅ。食わねえよ。俺様は子供は食わねえ主義だ」
「ふうん……?」
「ところで、お前はこの遊園地を一人で回ろうとは思わんのか?」
「ひとりで?」
「ああ。他の奴と来たら、そいつらの都合に合わせなきゃならんだろう。一人なら自分で自分の行きたい所に行ける。好き放題にな。その方が楽しいと思わないか?」
「うーん。でも、わたしはおとうさんとおかあさんといっしょがいい」
「何故だ?」
「うんとね、おとうさんね、ジェットコースターがすきでね、わーってね、してるの。わたしもわーってするよ。おかあさんもおとうさんとわたしをみて、にこにこしてるよ」
「…………そうか。お前の言いたいことはわかった。俺様にはわからんが」
「わかる、の? わからない?」
「ほら、着いたぜ。迷子センターという奴だ。ここの連中に助けてもらえ。すぐにおとうさんとおかあさんに会えるぞ」
迷子の表情はぱあっと明るくなった。そんなにも嬉しいものなのか、と俺様は一人で目を見張っていた――一人で、な。
迷子は遊園地の制服を着た奴らの所まで駆けて行った。が、立ち止まってこちらを振り返り、
「きれいなおねえちゃん、ありがとう! ばいばい!」
満面の笑みを浮かべて手を振ってきた。俺様も手を振り返してやる。
「じゃあな、迷子のガキ。もう迷子になるんじゃないぞ」
迷子センターから立ち去り、手を繋ぐ相手の居なくなった俺様は、再び一人で歩き出した。しばらくすると、アナウンスが聞こえてきた。迷子のお知らせ。あの迷子の名前が告げられ、両親を迷子センターに呼んでいる。いずれ、迷子は両親と再会できることだろう。
あの迷子とは二度と会うことはあるまい。
精々俺様の腹が減っている時に出くわさないよう気をつけることだな。
3
一人でただ遊ぶだけでなく、誰かと笑い合うことこそが楽しい。故に、一人でいることが寂しい。
あの迷子が言いたかったことはつまり、そういうことだろう。必ずしも弱いから群れているというのではないらしいな。俺様にはわからない。
俺様の名は、オルトリア・グリュントリヒ・イーヴィルロード。
不死身にして最強のバケモノ。誰も俺様と並び立てる者は居ない。
弱さを理由に群れることを求めたことはないが、それ以外の理由からは考えたことがなかった。
俺様は寂しくない。だが。
寂しく思えないことが、少しだけ寂しかった。