59.片桐沙耶の話をしましょう……。
片桐沙耶の話をしましょう……。扇がそう切り出した。
沙耶の前にまず事の始まりを話さなくてはならない。
結論から言うと賀堂が軍事国家東京から依頼された仕事は消滅していた。元々依頼があったのは事実だが事後、取り消されたと言う事だ。
最初は適合者派からの依頼が綾崎結衣に舞い込んだ。美味しい仕事だけあって信頼できる運び屋、賀堂に依頼をしようとしていた。
だが、もう一通の個人依頼が舞い込んだ。
それは『片桐沙耶を福岡へ連れて行ってほしい』という内容だ。もちろん詳しい内容も添えて。
個人が支払うのに破格の金額が記入されていた。綾崎は依頼の内容を吟味した。そして選んだ依頼は後者の個人依頼だった。
その中間には情報屋綾崎結衣が一枚噛んでいる。付き合いの長い賀堂は手を目に当て、ため息をついただけだった。
「つまり……てめぇか。扇」
「ヒヒッ……。そうなりますねぇ」
その個人は扇彩華である。不気味な笑み。他人のことを顧みずただ自分の欲求のままに行動するラスターその人である。
「どういった風の吹き回しだ」
「だって……だって、私の沙耶が死んでしまうかもしれないじゃないですか……。あ、いや、話が飛んでしまいました。孤児院が封鎖になってしまったのが原因です。バレてしまったのですよ」
扇彩華は幼いころ賀堂に拾われ育つ。少なからず賀堂の性格が似て子供が好きである。
名古屋を前にしたコミュニティーで沙耶と子供を拉致するが危害を加えずしばらくの間、遊び相手になるほどだ。
その扇が東京で軍部に黙って運営していた孤児院。それが見つかってしまったらしい。軍資金を横流しして運営していたこともあり上層の怒りを買い、孤児たちの今後の扱いもそれなりの対応となる。
それなりとは保護するわけではない。そのまま野に放たれることだ。もちろん扇がそれを許すわけがない。
「対策は考えていましたよ。だから見学をしに行ったのですよ。あのコミュニティーに……」
「てめぇ、それで俺たちを巻き込んだのか」
「仕方ないじゃないですか。理由が必要なのですよ。私も軍人でしてね。反対派閥は適合者実験の護送を信じていますからね。まぁ、私がそのように報告したのですが……。話を戻しますと賀堂さんが出発されてから北条皐月さんに頭を下げに行きましたよ。きちんとお詫びもしました」
賀堂と沙耶が名古屋へ向かった後に扇は北条皐月がいるコミュニティーへ行ったという。残った孤児たちを預かってもらうために。
「人数は少ないのですぐに受けて入れもらえました。皐月さんは器の広い方でしたよ。リーパーがいなくなって助かったと言っていましたねぇ」
「なんというか細かいことに気にしないだけだ」
「えぇ、とてもありがたい。ですが問題はここで終わったわけではありません。沙耶がいたのですよ」
孤児らのほとんどが十歳を超えるか越えないかが大勢を締めていた。その中で一人だけ大きい片桐沙耶は軍部から利用価値があると考えられていたらしい。
だから扇は沙耶を逃がすことにした。小さい頃から面倒を見てきた一番思い入れのある子供。一番のお気に入り。誰かに取られることを良しとしなかった。
「苦労しました。私も軍人ですから下手に手を出すことは出来ません。だから聞こえるように孤児員を殺す計画とかなんかでっち上げたものですよ。適合者計画の話もこちらでキャッチしていましたので使えると思いましてね。沙耶が行動を起こすように筒抜けにしたものです」
扇ら反適合者派は賛適合者派の実験体輸送計画を耳にしていた。これを期に扇は沙耶を逃がそうと計画する。
それは沙耶が行動してこその計画だ。反適合者派の犬である扇が派手に動くことは出来ない。だから夜な夜な聞こえるように計画をわざと沙耶に漏らしていた。
決行日。沙耶は運よく動いた。
扇は置き忘れと見せかけた銃を机に。沙耶は見事に手にして孤児院を脱走する。
適合者実験の被検体は極秘の任務であるため一人で行動することも流していた。だから沙耶は待ち伏せをして本来の荷物である人間を撃ち殺した……。
が、沙耶の銃は空砲。実弾は扇彩華が陰からの発砲である。
人を殺したことがある。それは沙耶の勘違いであったのだ。
そして賀堂の元に現れたのが片桐沙耶であったこと。それが扇の狙いだ。
「冷や冷やしました。根回しはかなりしましたからあとはうまくいくことを願いました。沙耶は私と非常に似ている。あぁ見えて強欲で単純なのですよ。平気で嘘も付くし何よりも……。だから成功しました」
それ以上は言わなかった。だが、私と一緒だと言う事だけを呟く。
「で……今回はこれか……」
賀堂はジャケットから封筒を取りだして中身を広げ扇の前に投げた。
『助けてください。合図はします』
と真っ白の紙に書かれた文字。
「だから理由が必要なのですよ。本来ならば賀堂さんに手を焼いて撤退。そのシナリオを描いていたのですが途中でモータルの噂を聞きましてね。これは私では手に負えません。本当に助かりました」
「モータルがいなかったら俺はどうしていたんだ?」
「それはシナリオ通り私が悪役を務めていますよ。壮大な計画でした。毎日がハラハラとした気分ですよ。もう、それも終わってしまいましたが……」
「てめぇはこれからどうするんだ?」
扇は不気味な笑いを浮かべながら立った。
「私は責任を取らなくてはいけません。東京に戻りますよ。なぁに、大したことではありません。適合者被検体は抹殺完了と報告しますよ」
「……そうだな」
次は不気味ではなく賀堂が幼く頃に見た扇の純粋な笑顔。目を閉じる沙耶の顔を撫で、首輪を触り言った。
「沙耶……君は自由だ。これからは好きに生きるといい。君の人生だ。だけど鈴は外さないよ。これがあれば沙耶の場所が分かるからねぇ」
扇は賀堂に背を向けた。
「賀堂さん。これは沙耶には黙っておいてください。恰好を付けたいのですよ。沙耶に嫌われても私は好きですからねぇ」
扇は扉を開けて出ていった。
つまり東京軍が福岡から撤退する。室内の残るのは賀堂と眠る舞。そして傷が一つもない沙耶。賀堂にもたれ掛かり居心地の良さそうな寝顔を浮かべていた。




