53.さぁ、仕事の時間だ
賀堂と舞は福岡に滞在する。適合者二人は身体的に疲れることはないが荷を背負うムーの休息が必要だ。ムーは荷を運ぶのに優れた生き物だ。一日、二日ほど休めば後は名古屋まで一直線帰ることが出来る。
宿を決めなければならないがその前に小腹が空いたと賀堂は近くのカフェに入る。
研究国家は名の通りあらゆる研究をする国家だ。遊ぶ場所もなければ回る場所もない。唯一、ゆっくりと過ごせるカフェが存在したのは都合が良かっただろう。おかけで食料にありつける。
「ここは何もないな。私らにはつまらない場所だ」
「仕方ねぇ。俺らと違って偉い学者の国だ。場違いにもほどがある」
客は二人以外にもいる。しかし運び屋のようなみすぼらしい姿ではなく身なりを整え鉛筆を片手に頭を抱えながら物書きをする人間が多い。
福岡の技術は五国に伝えられ活用されている。栽培法は札幌に。軍事技術は東京に。経済は名古屋に。心理は大阪へと流れる。もちろんその他の細かい分野も対象だ。
研究の成果である貴重な嗜好品のコーヒーが飲めるのも福岡の学者あってのことだ。さもなければ湯を飲むことになる。
賀堂もカップに口を付けながら窓から見える雲を眺めていた。それも非常につまらなそうにだ。
舞も砂糖、ミルクをたっぷりと入れた甘ったるいコーヒー。賀堂の顔をまじまじと眺めながらちびちびと飲む。
沙耶と別れたあの後、賀堂の様子はいつもと違う。見た目こそ変わらない無表情だがどこか遠くを見つめている。
情が移ったのだろう。運び屋にもいろんな人間がいる。淡々と仕事をする人間。人との関わりを大切にする人間。本当に様々だ。
賀堂は外見と内面が不一致。口は悪い、厳つい顔もしている。しかし情はある。舞は賀堂のような人間が居ることも何の不思議と思っていない。なぜなら舞も同じような人間だからだ。
「……なんだそれは?」
賀堂が取りだしたのは封筒。出発する日の朝にふと渡されたものだ。福岡に着いたら開けてみてくれと言われていた。そして、君の依頼人からだと。
「さぁな。俺も良く分からん」
「誰からだ?」
「……俺の依頼人だとよ。正直、開けるのをためらう」
「次から次へと問題を運び込むものだな」
「好きでやっているわけじゃねぇ」
封を切って中身を取りだす。そして差出人を確認すると……。
「……扇?」
小さくつぶやいた。
扇彩華。軍事国家東京の軍人で顔を知った仲だ。賀堂ですら複雑な環境下に身を置く扇の目的が分からない。
適合者ラスターでありながら反適合者派に身を置き好き勝手しているのは知っている。名古屋へ向かう途中に沙耶と子供をさらうが危害を加えるわけでもなく賀堂が来た途端、東京へと撤退をした。
その扇が直筆で綾崎を通して賀堂に手紙を送るとは考えにくい。だが、事実手元にある。
「私は知らない人間だな。知り合いか?」
「まぁな。関わると面倒だ」
「……貴様の知人は面倒な奴ばかりだな。まともなのはおらんのか」
「……そういえばいないな」
話をしながらも手紙を開く。
――内容は。
ものの数秒で読み終えると息をついた。手紙を封等に戻すとジャケットへしまう。
「早いな。きちんと読まねば差出人に失礼だぞ」
「たった一文の手紙を出すぐらいだ。無礼なのはどっちだ」
「一文? 不思議な手紙だな」
たった一行の手紙。文字数にして三十文字と行かない文章だ。しかし賀堂はその短文で扇が賀堂宛てに手紙を出した理由が分かった。
扇の性格、幼少の頃に扇彩華を拾い育てたのは賀堂奏だ。扇の趣味嗜好を考慮して手紙の内容を考えれば目的はただ一つ……。
そして思うのだ。誰に似たのやらと。
「舞、今から面倒なことが起きる。てめぇは参加せんでもいいがどうする?」
「それが仕事の範疇なら商隊員として動くがどうなのだ?」
「……まぁ、仕事だな」
「なら答えは決まっている。仕方がないから私も手伝ってやろう」
誇らしげにそう言った。
「それで、何をするのだ?」
「今はこうしてゆっくりしていろ。しばらくすれば分かる」
「ん? 分かった」
何の仕事だと問いただしたくもなるが残りのコーヒーを飲み干して目を瞑りくつろぐ賀堂を見て今は時間が流れるのを待った。
静かなカフェはカリカリと物書きの音が聞こえるほど静まり返っている。学者たちが必死に研究書類を作っているのだろう。舞も目を閉じるとウトウトし始める。
時が来た。轟音。窓がビリビリと騒ぎ出すと目を開いた。
「な、何だ?」
舞と同様の反応が店内にも起こった。賀堂は怯む様子もなくゆっくりと立ち上がりテーブルに金を置いた。
「さぁ、仕事の時間だ」
「貴様……、その仕事とは何だ?」
「依頼内容は詳しくは分からねぇ。まぁ、人助けってところか」
「はぁ? っておい! 待て!」
賀堂は颯爽と店内から出ていく。舞も慌てて賀堂を追ってその仕事をするために目的の場所へと向かう。




