44.よう……、しばらくぶりだな
次第に大きくなる足音。一つだけではない。複数を確認できる。喜ばしいことに人声も響き始めたのだ。
「人ですよ。助けに来てくれたのでしょうか?」
沙耶は舞を手招いた。ゆっくりと立ち上がり沙耶の横で耳を立てた舞は頷く。
「分からんな。助けだと言ってもここらは第二先行大隊の区域だからな。音から察するに生き残りの人数を考えると多すぎる気もするが……」
舞は辺りに目をやり隙間から外が見られないか探した。丁度、指が一つ分ぐらいの幅のひび割れを見つけ覗いてみる。
「……まさか。いや、あり得るな。ふふっ、これは……人間も捨てたものじゃないな」
舞は外の様子を見てつぶやいた。近くにいた沙耶は何を言っているのか分からないが舞の笑みを見る限り悪い知らせではなさそうだと言う事だ。
「何が見えたのですか?」
「あぁ、望みだな。お前も驚くな。なんせ――」
答えを言おうとした時だった。
「沙耶ちゃん! まだいるかい?」
綾崎の声だ。沙耶は急いて落石により塞がれた瓦礫の壁へと急いだ。
「います! ここにいます!」
「よかった。今からここをこじ開けるから離れて伏せていてくれ」
「……伏せて?」
気になる言葉があるが言われたとおりに離れて伏せたが舞にヘルメットを叩かれる。
「直線上に入るなよ」
舞がそう助言をする。何やら綾崎がやることを分かっているような口ぶりなので沙耶は従うことにした。
「大丈夫ですよ!」
「はいよっ!」
合図を出した瞬間轟音と爆風が吹き荒れた。沙耶の被っているヘルメットには弾け飛んだ瓦礫の破片がコツンコツンと当たる。粉塵が消え去った後に立ちあがり光が入る出口へと向かった。
「よう……、しばらくぶりだな」
目の前には腕を組んだ賀堂の姿があった。沙耶は心配する言葉を掛けなかったのかムッとした表情を作った。
「何がしばらくぶりですか。それに爆弾を使うなんて聞いてませんよ!」
「言ってねぇからな。そう、グダグダ言うな。一個一個除けるのが面倒だから爆薬を使えば一発だろ」
「全く……、これだから賀堂さんは。その……ありがとうございます」
文句は言いながらも小さく礼を言った。賀堂も「あぁ」と返すだけだ。続いて出てきた舞の姿を見るに賀堂は話しかける。
「ようお嬢ちゃん。馬鹿が世話になったな」
「全くだ。自分の飼い猫ならきちんとしつけておけ」
「何言ってんだ。飼い猫でもなんでもねぇよ。それと風間の事だがあれはもう平気だ。今頃、飯でも食ってのんびりとしているはずだ」
賀堂の言葉を聞いてもムスッとしたままだ。しかし、少しだけ緩んだ表情を見せる。同じ適合者として気持ちが分かる賀堂は加えて何かを言うつもりもなかった。
「ふんっ。私が助けてやったのだ。生きてもらわねば困る」
「そりゃ、ごもっともなことで」
「私は失礼させてもらう。ではなっ!」
舞は振り向いて手を振る。そのまま立ち去ろうとした。
「どこに行くつもりだ?」
「私は皆のところへ戻る。まだ残っているのだろう?」
「いや、もういないな」
歩みを止め舞は賀堂の顔を見る。どういう意味だと言わんばかりの表情だ。
「司令部は正式に第二先行大隊を壊滅と決めた。残った人間は後方に行ったさ。つまり、お前も安全なところに帰れる。良かったな」
「……貴様。私が下がるとでも思ったか」
棘のある声調。賀堂は首を振った。どうせそんな事だろうと最初から分かっていたのだ。
「だから俺はお前に言う。一緒に来いとな」
賀堂は手を差し伸ばした。小さな少女に。弩を担ぎ、首だけを振り向かせている。ゆっくりと正面を向く。しばらく考え込んだ後に体を賀堂の正面に向け近づいた。
「私はなぜか貴様が気に入らない。だからこそ、貴様が死んだら清々しそうだ。私を入れたことを後悔するなよ」
舞は小さな手で賀堂の手を掴んだ。その表情は笑みに満ちていた。返答をするように賀堂も不敵な笑みを浮かべる。
やり取りを見ていた沙耶と腕を組んで壁にもたれる綾崎は違和感を覚えた。
「「似ている」」
同時に呟いた。言葉遣い、性格がどことなく似ているのだ。長い人生を歩むとどうやらあのような人間になってしまうのだろうかと沙耶は思った。
「賀堂さん、今からはどうされるのですか?」
「あぁ、あそこに行けば分かるだろう」
賀堂はビル群の細道を抜けて見通しの良い場所へと移動する。そこで見る光景は次なる希望を沸々と沸かせるものだった。
「……舞ちゃんが言っていたのはこのことだったのですね」
沙耶が見たのは人間だ。それも数えきれないほどの人数が行軍をしていたのだ。
「第一、第四大隊の通信は復旧。どうやら無線機がうまいこと使えなかったらしい。問題が起きたらしいからな。第三大隊は敵陣を突破。ガルバニスを発見」
「それってつまり……」
「後続部隊が進軍開始。先行大隊の集結。要は反撃の時だ。俺たちは正式に独立小隊と認められている。さぁ、やるか。最後の締めをやらないとな」
賀堂は三人に目をやった。今から向かう地は破城王ガルバニスがいる。死地であることは間違いない。だが、誰もが覚悟を決めた目をしていた。
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