40.『死を呼ぶ悪魔の子』さ
「おい、気持ちは分からんでもないが言い過ぎだ」
賀堂は綾崎に追いつくなり声を大きくすることなく静かに言う。綾崎も深いため息をついて
「あぁ、そうだね」
と半ば後悔したような趣であった。
二人はゆっくりと第2大隊が立てこもるコンクリートの建物から離れていく。沙耶は黙って二人について行くことしかできなかった。何度か声を掛けようかと思うが今は自分が手を出すところではないと判断したのだろう。
「思い出したんだよ。名古屋で舞ちゃんと出会った後に少女の適合者の話をね。清水が言っていただろう? 不幸を呼ぶって……」
賀堂も名古屋に住んでから随分と長い年月が経つが他人に疎い性格から人の名前を覚えることはほとんどない。実際、舞と呼ばれた少女の事を知らなかった。
「不幸? そんなに運がない奴なのか」
「その通りだね。運がない。いや、そもそも運に見放されているような子だね」
「……そんな不確定要素が何を意味するか分からんな」
「座敷童子は聞いたことはあるでしょう? 小さな子供がやってきた家は幸福に見舞われる奴さ。そして去った途端、不幸になってしまう。舞ちゃんはまさにそれだ。いや、少し違うか……」
綾崎はすべてを言わなかった。余りにも舞の境遇を憐れんでか口にできなかったのだろうか。
「家にやって来た途端、不幸が訪れるか……」
「そういううことだね」
賀堂が代わりに答えると小さな声で答えた。
綾崎が舞に肩入れするのは適合者として生きた賀堂なら理解できる。誰しもが適合者を受け入れているわけではない。非難する者は少なからずいるからだ。
それだけではない。賀堂が綾崎と出会った境遇に重なるところがある。記憶の彼方の引き出しにひっそりと閉まった物を掘り起こせば舞を擁護する気持ちも出てくるだろう。
「舞ちゃんが関わった商隊はことごとく消滅しているのさ。それでつけられた名前が『死を呼ぶ悪魔の子』さ」
死を呼ぶからして舞が在籍し商隊員のその後は察しがついた。現に『青風』として対応してきたのは清水のみだと考えると他の人間がどうなったのか考えたくもない。
「よく『青風』は向かい入れたな」
「そんなわけないだろう。恐らく反対意見が多いに決まっているさ。『青風』は風間のワンマン商隊である事が大きいね。人物にも優れ、勇敢で仲間思いの人間さ。風間がイエスと言ったらそれがまかり通ってしまう」
どの商隊にも特色はある。商隊長がすべてを決めるところもあれば皆で方向性を決めるところもある。恐らく舞は前者の商隊で過ごしてきたのだろう。
「本人は自覚しているのか? それほど商隊を潰していたら噂ぐらい耳にするだろう」
「そりゃ、知っているだろうね。見た目は子供でもそこらの人間よりは長く生きている。それでも彼女は商隊に入り続けないといけない。君ならわかるだろう?」
賀堂は言葉にはしないが理解できる。舞は適合者・スリーパーだ。この世界で生きるに誰かの助けなしに生きてはいけない人間。普段の眠りとは違い突如として襲ってくる。目を閉じてしまえば何があっても起きることのない体質となってしまっているのだ。
賀堂のグラトニーは大量の食糧さえあれば一人で生きていける。ラスターであれば自身が満足できる快楽さえあれば普通の人間として生きていける。スリーパーはそうはいかない。
「そうさ。僕たちはこの世界では生きにくい。他の人間よりも強くて丈夫で、それで変な体質だ。だからこそ嫌われる。精神的に辛くなる時はあるさ」
「今更グダグダ言っても仕方ねぇ。それにお前らしくない」
「うん、そうだね。僕らしくもない。今のは聞かなかったことにしてほしい。よし、もうこの話はやめるとしよう」
苦し紛れの笑みを浮かべるのであった。後ろから傍観していた沙耶は綾崎の意外な一面を見てしまった。平然と合理的な人間かと思っていたが感情的になる部分があるとは。やはり、人間の表の部分だけで判断するのは間違いだと改めた事だろう。
賀堂たちは第2大隊の拠点から離れてしばらくたった。怪物たちが襲ってくるかと思えばそうでもない。
一度、見渡しのよい建物からビル群を眺めるとその理由が一目瞭然であった。ウイルスに感染した生物たちはビル群を包囲するように徘徊していたのだ。時折、爆発音が聞こえることが希望を持たせる。
「さぁ、やるか。俺たちの仕事を」
「ここからが正念場だね。一瞬の判断ミスが死を招く。沙耶ちゃんいいかい? もし、危険だと思ったらすぐに逃げる事。それだけは約束ね」
「それは賀堂さんからも散々言われています。だから綾崎さんだけ助けて賀堂さんは置いていきます!」
「て、てめぇ……」
賀堂の苦笑いをよそに綾崎は笑いを隠せないようだ。そして「そうならないように気を付けるよ」と吹き出しながら沙耶に言った。
沙耶は今一度ビル群を見つめる。あそこでまだ戦っている人がいるのだ。そして私たちは救出に向かう。果たして自分は何が出来るのだろうか。未熟者の自分は足手まといにならないだろうか。それだけが心配だった。
「あいてっ!!」
「何をしてんだ。さっさとしろ」
賀堂が沙耶のヘルメットを勢いよく叩くと我に返った。そして「女の子を叩くとは何事ですか」と怒り混じりに仕返しをしようと試みるがどれもうまくはいかないようだ。