38.……そうか。よく、やったな
「恐らくここらのはずなんだが……。いまいち場所が分からねぇな」
「仕方ないさ。既に第2大隊は壊滅している。今は少数で戦線の維持が背一杯さ」
賀堂、綾崎、そして沙耶の3人は補給部隊を離れ前線までやってきた。賀堂が司令部と連絡を交わし救援を強く要望したが『待機』の1点張りで話は終わってしまう。
だが、簡単には頷かない。補給部隊は『竹トンボ』の山下らだけでも十分運営できると判断し任せてきた。山下も「司令部は気に入らない。賀堂君。僕らの分も頑張ってくれ」と背中を押されていた。
つまり、賀堂らは司令部の命令を無視して動く独立した小隊。誰の命令も受けずに第2先行大隊がいるであろう戦線へとやってきたのだ。
場所は名古屋近郊の市街地。何百年と時を重ねてもなお立ち続けるコンクリートの建物。鉄筋が丸出しで天井が抜け落ちた建造物まで存在した。
辺りは瓦礫や草木が無造作に生え人間が足を踏み入れることはない土地。自然が人工物と混ざり合い不気味な雰囲気を作り上げていた。
「本当にここで合っているのでしょうか? 生き物やその……人の姿もありませんし」
沙耶が言う生き物や人の姿は戦場の痕として残る死体のことを指す。賀堂らも辺りを見回すがそれらしい物体は確認できない。むしろ誰も手を付けていない。
「場所を間違えたか……」
「いや、確かここらで無線を使ったのを確認しているからね。そんなに遠くはないだろう」
綾崎が構えていた『R3-カルセドニー』を肩に掛けると近くのコンクリート片を拾って戦場痕がないか調べ始めた。
「それにしても勝手に動いて大丈夫なのでしょうか? 後から怒られたりしないでしょうね」
「お前が言うか。まぁ、それについては問題ない。俺らはそもそも存在しない小隊だ。書類上だと今も補給地点で働いているからな」
「あははは……。確かにそうですね」
苦笑いをする沙耶だが心ではまぁ何とかなるだろうと高を括っているに違いない。それも信頼できる『竹トンボ』がいるものだからなおさらだ。
「さぁ、笑っている暇はないよ。こうしている間にも戦線は決壊するかもしれない」
綾崎は釘を刺すが痕跡がなくては探しようがない。本来なら人間の声や銃声が鳴り響いていてもおかしくないはずだ。正確な位置情報が分からない賀堂は騒音を頼りにしていたこともある。
突如、地響きが鳴る。大地が揺れたと思うと銃声が鳴り響いた。
「向こうだ! 付いてこい!」
真っ先に走り出した賀堂に引き続いて綾崎、沙耶も駆けだした。
騒音が響く方向に近づけば近づく程、音は明確に耳に突き刺さる。それは耳鳴りがするほどの発砲音だ。
瓦礫の山を越えると戦場は目の前にあった。横たわる人間、元は生物だったであろう肉片の塊。それは血の海という言葉が相応しい光景だった。
遅れてたどり着いた二人もその惨状を目にする。綾崎は小さく息をつくだけだったが沙耶は目の前の状況に慣れていない。言葉は発せず手を口に当てた。
だが、今は構っている暇はない。賀堂は瓦礫を越え、応戦をしている生き残りを探した。どこにいるか察しは付いている。丁度遠くの方で生物たちが勢いよくある地点に集中していることが分かったのだ。それも目と鼻の先にある場所だ。
「近い。いいか、俺がいつでも助けてやれるとは限らねぇ。その時は分かっているな?」
賀堂は沙耶に話しかけた。沙耶が手にしているのは日本が崩壊したロストエコロジーの起こったLE以前に製造された『エムナイン』
賀堂が沙耶と出会った日に渡した者だ。試し撃ちをして以来、一度も発砲はしていない。
沙耶は黙って頷いた。「よし」と言った賀堂は目的地に向かい再び走り出した。
「いたいた! 奏! あそこだよ」
綾崎が2階建の建物に向かって指をさした。割れた窓からは銃口が伸び、粉塵をまき散らしながら襲い掛かる感染生物を銃撃していた。しかし見える銃口の数と生物を比べる圧倒的に人間が少ない。
「俺らは奴らの脇腹をつく」
「よし来た。沙耶ちゃん! しっかり付いてきてよ」
二人は意思疎通が出来ているかのように一直線に生物らに気が付かれないように移動する。沙耶も慌てて二人の背中を追いかけた。
第二先行大隊の生き残りが二階建ての建物に籠り正面から突っ込んでくる生物を迎え撃つ。しかし弾丸は中々当たらない。生物との相性が悪いのだ。
襲い掛かる生物は前歯が異常に成長したネズミのような生き物。『ブラッドラット』と呼ばれる生き物だ。噛みつかれたら最後、肉を引き裂き血をすすられてしまう。
小さくそして素早いネズミたちは群衆で行動をする。より、弾が当たらなければ圧倒的な数の差で建物にたどり着いてしまうだろう。
「ここならよく見えるな」
銃撃に置いて有効な戦術に十字砲火がある。賀堂らは生き残りの大隊員らの火砲と丁度十字に結ばれる地点で伏せている。
小さな家屋で一階には賀堂と沙耶、二階には綾崎が配置される。
「いいか。おめぇは近くの奴だけにしておけ。無駄にばら撒いても仕方ねぇからな」
「わ、分かりました」
「今日は聞き訳がいいな。いつもそうだと助かる」
「うるさいですね! 私はいつもいい子にしているじゃありませんか!」
「さようで……」
賀堂の獲物は『S2-アジアンタム』拳銃弾を使用する短機関銃でありながら大容量のパンマガジンを採用しバイポットを装着できるまるで機関銃のように運用できる代物。
バイポッドを素早く展開し狙いを定める。標準にブラッドラッドが侵入すると引き金を引いた。反動制御が難しいと言われるアジアンタムだが適合者である賀堂にとっては容易い。距離にして約40メートル。短機関銃の有効射程範囲内に収まる。
狙いを付けられたラットらは次々と被弾する。同時に射撃位置を確認すると5匹が賀堂に向かって右へ左へと移動する。
狙いを定めて撃ち続けるが小さく素早いブラッドラッドに命中しない。銃口から硝煙が出ると同時に弾切れを伝えられる。
「綾崎! 頼んだ」
叫んだと同時に5匹のラットに次々と命中させた。使用する銃は『R3-カルセドニー』スライド式の滅多に見ない給弾方式のボルトアクション小銃だ。
「やっぱり僕のが上手だね。適当に撃ち過ぎなんだよ」
顔の見えない綾崎の声が小さな家屋に響いた。「うるせぇよ」と小さくつぶやいた声は隣に伏せる沙耶にしか聞こえないだろう。賀堂はマガジンを付けかえると再び打ち始める。
思わぬ伏兵が現れたことによってラットの群衆の数は目に見えて減った。恐らく統率者が撤退と判断したのだろう。
だがその時、目の前の瓦礫の隙間から1匹のラットが現れた。存在に気が付いた賀堂が狙いを定めて引き金を引く。が、弾は出なかった。
「くそっ、ジャムった!」
角度から綾崎の支援は望めない。間に合え。賀堂は立ち上げり内ポケットのホルスターから『H2-雷針』を取り出した。早急かつ冷静に照準を定めた。そして引き金を引こうするときラットは血を吹き出しながら転がった。
「――ハァ、ハァ……」
息を荒くした沙耶が隣で立っていた。エムナインを構え、その先にはラットの死体が1匹。沙耶はゆっくりと銃を下ろすと賀堂の顔を見上げた。
「が、賀堂さん。私も……出来ましたよ」
沙耶は目を見開き笑みを浮かべた。それは、賀堂が見た中で一番の満面の笑みであった。
「……そうか。よく、やったな」
ここは褒めるべきなのだろうか。それとも……。いや、銃を渡したのは自分だったかと賀堂は思う。だが、成人に満たない少女が感染した生物とはいえ殺生を行ったのは事実だ。いや、出会った時に人を殺めたと言っていたか。正確には賀堂が初めて見たと言う事だ。
生きるためなら仕方ないだろう。誰だって死にたくない。だが、少女の目は生への欲望よりも生を奪った快感に浸っているようにしか見えなかった。




