34.まるで武器商人ですね
本日の昼、正式に討伐隊の出動が言い渡される。賀堂は名古屋の筆頭守護官であるのだが商隊ではないたった一人の運び屋。即席で小隊登録をしたのだが戦略的小隊とは考えにくいがため事前会議には招集されていない。
つまり作戦内容は知らされていないのだ。名古屋軍略本部前でどの部隊に編制させるか言い渡されることだろう。
それまでくつろぐとはいかず武器、防具は各自で用意をしなくてはならない。要請をすれば弾薬や食料の補給は可能だが補給体制が整っている場合のみだ。名古屋から離れるほど補給は厳しくなる。最低限は各自で用意しなくてはならない。
「まるで武器商人ですね」
沙耶がそうつぶやいた。現在は賀堂邸の地下室の武器保管庫。ひんやりとする空間は白熱灯で照らされていた。
「前に言ったろ。傭兵まがいの仕事もあるからな。今も時々舞い込んでくる」
「あぁ、そうだね。奏を名指しの依頼も数件あるよ。また受けるかい?」
「それは今回の仕事が終わってからだ。その仕事も今や後回しなんだけどな。依頼人になんて説明しようか」
とはいえ、賀堂は綾崎の仲介を通しているので依頼人の顔すら知らない。当の綾崎も東京軍の無線の連絡のあと正式な書類が届いたぐらいで当事者を知らないのだ。
「それについては大丈夫さ。僕が手を回しておくよ」
「あぁ、頼んだ」
そもそも依頼なんて放棄されているに等しいがという綾崎の考えを賀堂は知らない。いや、正確には賀堂だけが知らないということだ。そのことを悟るように綾崎は沙耶の後姿を見ていた。
「ところで賀堂さん。ここには何を取りに来たのですか?」
二人の会話をまるで聞いていなかったかのように振りまく沙耶は黒色の髪を耳に掛けるしぐさをしながら尋ねた。
「まずは装備を整える。お前は……そのままでいいがこれを着ておけ」
奥から1式戦闘服と書かれた箱を持ってくる。中からは金属が擦れる音を立てていた。
「……これは?」
渡された箱の中を開けると各部位に着けるボディアーマーだった。なめした皮で全身を覆い、関節部以外を超極薄の金属板で補強する戦闘服。
「お前はこれだな。軽いから着ても苦にはならんだろう」
「本当ですか? 何やら重そうにも見えますが」
箱の中で金属が擦れる音を立てる戦闘服。白熱灯で金属が光を反射させる様子は重量があると思えてもおかしくはない。
「あ、本当に軽いのですね」
沙耶でも易々と持ち上げることが出来る。女子高生でもすんなりとなると心配なのは防御能力だ。少しばかり不安そうな顔が浮かぶ。
「あぁ、察しのように期待はするな。ないよりはマシぐらいだ」
「あははは……。ですよね。賀堂さんは着ないのですか?」
「俺はこっちだ」
0式戦闘服と書かれた箱を奥から引っ張り出してくると中を広げた。1式と同様になめし皮がベースとなるのだが金属の量が違う。1式と同じ個所に金属板が張り付けられているのだが厚さが異なり、細かな部位に薄い金属で覆う。見た目から重量が大違いだ。
「別にもう一着あるがこっちがいいか?」
「い、いえ。私はこちらでいいです」
どうせ着たところで動くことは出来ないだろう。人間と適合者の違いというよりも男と女の力の差を思い知った。結局、もう一着の0式は綾崎の物となった。
「お、いい物持っているね。これを使わせてもらってもいいかな?」
綾崎が壁に掛けられているボルトアクション小銃を手にした。長さは女性の平均身長の肩ほどだ。機関部以外は木製で作られている。だが、一つだけ際立つ箇所がある。給弾方式だ。
通常の小銃なら着脱式のボックスマガジンを使用するか、そもそも固定式かのどちらかだ。しかし綾崎が持つ小銃の給弾方式はスライド式。名を『R3-カルセドニー』という。
Rシリーズの3番目に生産された小銃。設計思想に装弾数及び戦闘継続能力の向上が掲げられた。
資源の少ない荒廃した世界ではマガジンを用意するのも困難になるだろう。かつ、装弾数を上げるにはどのようにするべきかと考えられたのがハーモニカのような形をしたスライド方式だった。
丁度、長方形の鋼材に弾薬を装填する穴が存在する。10発を横並びにする形だ。鋼材は小銃のボルト部分の前に固定され一発撃つごとに右に自動でスライドをしていく。そして全部打ち切ったら手動で左にスライドをさせていくという変わった給弾方式が採用された。
安定した命中率、使用感から人気のある小銃だが構造から弾薬が野ざらしになることから荒れ地帯や湿地帯での運用が難しい。
「あぁ、構わねぇ。けど、弾薬は自分で調達しろ」
「なんだい。用意してないのかい?」
「持っている分はこれだけだ」
と小さな箱を手渡した。見るからして精々、20発入っているかどうかの大きさだ。綾崎も仕方がないねとつぶやいて受け取る。
「それで? 奏はその『雷針』だけで行くわけには行かないだろう」
賀堂が常に携帯しているのは『H2-雷針』安価で丈夫な回転式拳銃だ。ただ、命中率の悪さには定評があり、ある程度離れると弾が当たらないという事態が起きてしまう。
普段の賀堂ならたった一人で旅をする人間だが今回は集団戦だ。一人だけウイルスに感染した生物に立ち向かう訳にはいかないだろう。後ろから仲間たちの発砲弾が飛んできてしまう。
「俺はこれだな」
賀堂が手にしたのは拳銃弾を使用する短機関銃だ。『S2-アジアンタム』と呼ばれる。『S1-ガーベラ』で酷評された故障率の多さを改善すべく設計された短機関銃。その代わり重量が増加し射撃時の反動が大きいことでも知られる。ただ、制御さえうまくやれば命中率もよく優秀な火器として扱える。装弾数は42発。パンマガジンを採用しバイポットまで取り付ける軽量化を無視した設計である。
「また面白い物を持っていくね」
「まぁ、普通の人間から重いだろうが俺らは大丈夫だろう」
つまり適合者であるならば重量は無視しても大丈夫であるということだ。となれば『S2-アジアンタム』は適合者にとってみれば優秀な火器となる。
「色々と揃えるものはあるだろう。時間もあんまりねぇから急ぐぞ」
賀堂の言葉に二人も頷いた。持っていく武器を決めると武器庫を離れ弾薬を調達しに街へと出かける。そしてすぐに名古屋軍作戦司令部に集まるのだった。