32.私も……ついて行ってはいけませんか?
朝になるとムクムクと布団から這い上がる綾崎は頭を押さえていた。原因は飲み過ぎに間違いない。うなり声をあげるので見かねた沙耶は綾崎の元へ行く。
「飲みすぎですよ。全く。困った大人ですね」
「うぅ、僕だって飲みたい日ぐらいあるさ。それよりも水が飲みたい。のどがムカムカするんだ」
「仕方ないですね。支えてあげますから案内してください」
二人は寝室を後にすると厨房に向かった。綾崎は二日酔いのせいでまだ足元がおぼつかない様子。沙耶の支えがなければ真っすぐに歩けないほどだ。
沙耶の力もありやっとの思いで厨房までたどり着くと中から物音がする。扉を開けると中央に長方形の机。白いテーブルクロスが敷かれている。木製のチェアの茶色の色合いが洋館の雰囲気に適している。
「って賀堂さん。何をしているのですか?」
食堂に隣接するように厨房が備わっていた。賀堂は包丁を持っていたのだ。
「見りゃ分かるだろ。飯を作ってんだよ」
「なんか似合わないですね。それよりもお水をください。綾崎さんが二日酔いですので」
「そこらにほかっておけばいいものの」
ぶつくさと小言は言いながらも冷蔵庫からボトルを取り出し、食器棚から透明なグラスを取り出した。沙耶はその間に綾崎を椅子に座らせる。
「ほらよ。飯もすぐにできる。お前も少し待ってろ」
沙耶に言うと賀堂は厨房へと戻り包丁の音を立て始めた。綾崎はまだうねり声を上げている。
「ほら、お水ですよ。少しは楽になりますから」
「うん。分かった」
沙耶よりも大人であるのに幼子のように受け答えをする。沙耶はその分自分がしっかりしようと思った。
何かを火にかける音が厨房から聞こえると料理の匂いが漂う。丁度、お腹が空いている沙耶にとっては食欲が増しそうな匂いだ。
「できたぞ」
と賀堂が言うと卵とベーコンと野菜を載せた皿を三枚持ってきた。その後にご飯と味噌汁を入れた碗を人数分。
「美味しそうですね。実際にこうした食べ物を食べるのは初めてです」
「そりゃ、この時代、缶詰や保存食しか食えるものがないからな。せめて名古屋にいるときはこういうものを食べるさ」
実際、新鮮な食料を確保するのは難しい。少しでも日持ちをさせるために加工してしまうのが現状だ。それに賀堂のように食材を保存しておく保管庫を持ち合わせている人間のが圧倒的に少ない。となれば缶詰を毎日食べるしかないだろう。
「そ、それにしても多いですね」
賀堂が席に着くとその間に広げられた皿の数が違う。最初は人数分、同じような量で持ってきたのは良いが追加で何枚も持ってきたのだ。
「そりゃ、食わねば誰かを喰うことになるからな。お前も俺の飯になりたくはないだろう」
「まぁ、その通りですが……。さ、さて、いただきます」
初めて食べる新鮮な食材に沙耶は感動する。この時代に保存食以外の物を口にできるとは生きることも悪くはない。
食事をとるうちに綾崎の体調も徐々に戻ってきた。後は休養を取るだけだ。
「あぁ、そうだ。綾崎、今朝これが届いていた」
賀堂がテーブルに出したのは一枚の封筒。綾崎は封筒に手にして中身を引っ張り出した。
「あぁ、招集令か。じゃあ、今日までだな」
「今日まで? と言いますと」
「そのままの意味だよ。招集されてしまえば忙しくなるからね。ゆっくりできるのは今日までってことさ」
つまり討伐隊が結成されるという事。そして平穏な日々ではなくなってしまうこと。それらを意味している。
「あー、しかも商隊の申請は今日じゃないか。あ、間違えた。小隊だ」
指令書には商隊ではなく小隊と書かれていた。普段は物資を運ぶ商隊だが討伐隊が組まれるとなるとそれは商隊ではない。武力行使を行うため小隊と呼ばれる。とはいえ口にすればどちらにしろ同じことだ。
「それで? 奏はどうするんだい? 僕は頭数に入るからあと一人だね」
「人数が決まっているのですか?」
「そうだよ。原則三人からなんだよ。奏は必ず参加しないといけないからどうにかして集めたいといけないね」
綾崎は口にはしないが沙耶に視線を流した。その様子に気が付いた沙耶。恐らく綾崎は沙耶を誘っているかのようだ。もちろん沙耶が参加すると言えば賀堂は許可するとは思えない。どうにかしないといけないのだ。
「賀堂さん。私も……ついて行ってはいけませんか?」
「ダメだ」
即答だった。しかし率直に答えられると反抗したくなる年頃である。やり取りは何度も繰り返されるが賀堂の回答は同じだった。そして、時は昼を前にする。




