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【完結】終末世界の不死商隊  作者: 稚葉サキヒロ
名古屋軍討伐隊
31/63

28.お前もそろそろ女が恋しくはならないのか?

「だーかーらー、いつになったら奏は僕に振り向いてくれるのだい」



 綾崎が机にジョッキを叩きつけると酒臭い吐息を目の前の男にかける。返答を聞かずして再びジョッキの中身を飲み干すとウエイトレスを呼んで新たな酒を注文する。



「はぁ、綾崎さん。少し飲み過ぎなのでは?」



 食事を楽しむどころか酔っぱらいの面倒を見る羽目になる沙耶は苦笑いをしながら不可解な行動をし始めそうな綾崎を諭す。

 当の本人は「酔っていない」の一点張りで飲んでは食っての繰り返しだった。そう言う奴に限って酔っているのは明確なのだが言っても無駄なので何も言わないようにしている。



「賀堂さん。なんとかしてくださいよ」

「んん? あぁ、……分かった」



 沙耶は自分では対処しきれなくなり賀堂に助けを求めるがそれは叶いそうにない。沙耶の目から見ても普段の様子とは違うのだ。目がトロンと垂れ反応もやや遅い。それに食事をとる手もおぼつかないのだ。

 三人は名古屋の中でも大きな酒場に来ており最初は食事を楽しんでいたのだが綾崎が酒を飲み始めると



「奏、久しぶりに飲まないか?」

「久しぶりだから少しだけな」



 と言ったのにも関わらず二人は留まることも知らずに飲み散らかしていた。賀堂の周りには空いた酒瓶が転がっている。テーブル上だけでなく足元にも何本も転がっているところ、少しとはいいがたいだろう。



 酒場の雰囲気は騒ぎ飲み歌い、そして至る所で罵声や殴り合いの喧嘩が起きる無法地帯といってもおかしくはないところだ。ここを選ぶ綾崎の趣味が垣間見えた気がすると沙耶は思うだろう。



「賀堂さん! 賀堂さん! しっかりしてください」

「うるせぇ奴だな。俺は至って普通だ」

「どこがですか! あぁ、もう、お酒こぼれていますから」



 賀堂は口に付けたグラスの隙間から中身をこぼしていたが気にも留めない。沙耶が代わりに布巾で拭いてやるが「まめな奴だな」と笑うだけであった。



「もう、賀堂さんが楽しそうな姿が見られたのは良いですが……。そういう顔が出来るならいつもしてくださいよ」

「してるじゃねぇか」

「しーてーまーせーん!」



 きっぱりと言うと沙耶は食事を口に運んだ。久しぶりに食べる肉は柔らかく味付けも香辛料を効かせた味わいなので酒のつまみにはもってこいである。当然、沙耶はジュースを飲んでいるのでどの料理を食べたところで甘さと打ち消されるのだが。



「怒られてやんの。沙耶ちゃんは怖いぞー」

「なぜ俺がこんなガキに怒られる必要がある」

「賀堂さん! またこぼしていますから! あぁ、綾崎さんも口にソースが付いています」



 この二人は私がいなかったらどんな状況で飲み食いをしていたのだろう。散らかすだけ散らかして帰るのではないだろうか。沙耶の苦労も知らずに二人は陽気に話し合っている。



「なぁ、奏。お前もそろそろ女が恋しくはならないのか?」

「ぶっ!」



 沙耶は綾崎の突然の言葉に飲み物を拭きこぼしてしまった。慌ててテーブルを拭いていると賀堂はゆっくりと首を振った。



「さぁ、俺にも分からんな」

「なんだそれは? 男なら女を抱いてとっかえひっかえするものじゃないか」

「それが出来たら苦労はしないな」



 賀堂が言う苦労は物理的問題ではない。精神的問題の事だ。何か思想に耽っている賀堂は沙耶の顔を見ると口を開いた。



「……似ているな」

 すごく小さな声だ。

「ん? 似ている? 何がだ?」



 綾崎は聞き逃さず賀堂に問うがはぐらかして答えることはない。やれやれと綾崎は酒を飲み干すと再びウエイトレスを捕まえて酒を注文する。



「ったくそろそろ僕をもらう気にはならんか?」

「あぁ、気が向いたらな」

「ほう、中々いい返答だ」



 いつもならはっきりと答える賀堂だが濁した。意外な返答に綾崎自身も驚いて何やら恥ずかしそうにもじもじとし始めるので沙耶にとっては勝手にしてくれという状況だ。



「ところで綾崎さん。なぜ賀堂さんをそこまで好きなのですか?」

「沙耶ちゃん。中々恥ずかしい質問をしてくるのだね」



 綾崎は珍しく頬が赤い。恥ずかしいのか照れなのか、それともアルコールのせいなのか、どちらにしろ綾崎には似合わない姿だ。



「そうだね。僕と賀堂が出会った日は覚えていない。ずっと昔の事だからね」



 懐かしむように昔を語り始めるかと思いきや端的に終わる。



「簡潔に話すと僕がピンチの時に奏が現れて救ってくれたのだよ。つまり、僕の王子様さ」



 だが、綾崎はその言葉を満面の笑顔で言った。誇らしげに、そして思い出を大切にするように。ずっと思い寄せている王子を目の前に臆することなく話した。



「まだそんなことを覚えていたのか」

「そんなこととは何だ。僕は生と死の狭間だったんだよ。その時から僕は奏に思いを寄せている!」



 胸を張り告白同然の言葉を賀堂に浴びせる。酔っている勢いもあるだろう。綾崎ではなく沙耶がなぜか恥ずかしそうに賀堂を見ていた。



「賀堂さんってモテますね」

「いや、そうでもないはずなのだが」



 自身の厳つい顔つきは自覚している。性格も大して良くないことも知っているのになぜこうも綾崎に言い寄られるのか分かっていないのだ。



「まぁ、いいさ。でも、いつか僕は奏を振り向かせてみせるよ」



 それを言われる本人は何を言っていいかも分からず黙っている。もちろん綾崎は返答がもらえないことは昔から知っているのでただ言うだけ言うというものだ。

 言いたいことは言ったと一気に酒を飲み干すると追加注文をする。賀堂の酒瓶もだ。



「二人とも大丈夫ですか? 後で歩けなくなったりしませんよね」

「ん? 大丈夫さ。たまに二人で地面に寝ていたことなら何度かあるけどね」

「やっぱりだめじゃないですか!」



 どうやら二人は沙耶を頼りに帰宅することを企んでいるかのようだ。後の事は考えずに今だけを楽しむために料理を食べ、そして酒で流し込んだ。



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