27.精々、その胸をもっと育てることだな!
少女が賀堂に近づいてくるので何かと思い三人は動かずに立ち止まっていた。そして賀堂の目の前で止まると顔をまじまじと見て口を開いた。
「貴様、もしや賀堂という奴か?」
頭一つは確実に違う身長だ。それでも腕を組み堂々とした立ち姿だ。
「あぁ、確かに俺のことだが何か用か?」
「そうだ。綾崎という情報屋を紹介してほしい。なに、ただとは言わん。金なら持っている」
すると隣にいる綾崎が身を乗り出した。
「おっと、綾崎は僕の事だね。仕事の前に名前を教えてくれないか?」
「それもそうだな。私は舞だ。訳あって名字は知らない。だから、ただの舞だ」
その言葉に賀堂はピクッと動いた。腕を抱きしめている沙耶はその変化に気が付いた。どうしたのだろうと賀堂の顔を覗いたが至っていつもの険しい顔つきであった。
「なるほど。舞ちゃんは見たところただの子供ではないね。適合者と見えるがどうなんだい?」
綾崎が尋ねると舞は頷いた。
「確かに私はスリーパーだ。幼いころに感染してから成長をしないとは不便なものだな。おかげで面倒ごとには良く巻き込まれてしまう」
「その見た目ではね。となると随分と長く生きているのかい?」
「そうだな。百年ぐらいまで数えていたがそれ以降は面倒になってしまった。姿は幼い娘だが中身はそこらの奴らよりも大人だからな」
舞はレザーコートのポケットに手を突っ込むと二カッと笑みを見せる。やはり見た目が見た目であるので小学生が無邪気に笑っているようにしか見えない。それでも中身は賀堂と同じく通常なら考えられないほどの年数を生きているのだ。
「おっけ。舞ちゃんは僕に何か用なのかな?」
「ここらの商隊で人員を募集しているところはないか? 私はスリーパーである以上一人では生きられないからな。それにこの身だと働き口はそこぐらいしかない」
平然と言いのけた。その小さな体では考えられないほど逞しく、この荒廃した世界を生き続けている。体は小さいとはいえ沙耶よりもうんと年上である少女。世界に絶望する様子もなく淡々と受けている姿は輝かしいものであると見えるだろう。
「そうだな。いくつか心当たりがあるね。でも、適合者がいる商隊はいないし何より舞ちゃんよりも歳下ばかりになるけど」
「そればかりは仕方がない。私は今までいくつも商隊を転々としてきた。まぁ、それも……」
表情を曇らせ言葉が詰まる様子だ。俯き気味になるがしばらくすると顔上げた。
「いや、何でもない。それで情報屋。見繕っては貰えないだろうか?」
「うん。話は理解したよ。見つけ次第連絡をするから時々僕の事務所に顔を出してくれよ」
「了解した。それでは……」
「もしもし、少しよろしいですか?」
また後日と言おうとしただろう。その会話に入り込んだ好青年がいた。
「お前は?」
賀堂が尋ねると青年は改まって話をした。
「申し遅れました。僕は青風商隊長の風間と言います」
会釈をすると風間の容姿は女性なら一目は振り向くほどの美青年である。それに身なりも落ち着いたカジュアルなジャケットを着るところを見ると裕福な暮らしをしていることが分かる。
「青風と聞くと最近、力をつけている商隊だね。それに今回の討伐隊の筆頭商隊候補じゃないか。そこの商隊長が私らに何か用かい?」
情報屋を生業としているだけあって青風の二文字で彼ら商隊の状況を理解する。青年は頬をかいて自身の商隊が褒められているのを照れ隠ししている。
「いえ、用があるのはそこの少女です」
「私か?」
意外にも風見が指名したのは舞であった。本人も思いもしなかったことに目を丸くして驚いている。
「先ほどの話を聞かせていただきました。もしよければですが青風に入ってはいただけないでしょうか。急所を外した的確な射撃、それにあの身のこなしは一目見ればただ者でないことは分かります」
「私は構わない。だがそうあっさりと決めてよいものなのか? 貴様にも商隊員の意見を聞く義務はあるだろう」
舞の言うことはもっともだが風見は首を振った。
「いや、構いません。実力がある人は大歓迎ですから」
風見の言葉を聞いて少し間を置いてから頷いた。
「ならいいだろう。よし、今から詳しい話を聞かせてもらえるか」
「えぇ、もちろん」
二人の話は解決したようだ。どうやら綾崎の出番はない。
「すまないな。こちらから仕事を振っておいて勝手に解決してしまって」
「別にいいさ。相談料は無料だからね」
「いや、そうはいかん。この金は支払いのために用意したものでな。私が使う予定はない」
といって綾崎に金が入った袋を押し付けようとしたが商売にも理念があると綾崎は断固として受け取らなかった。
「仕方ないな。おい、そこの小娘」
「わ、私の事ですか!」
突如、蚊帳の外だった沙耶が舞に呼ばれた。そして舞は金袋を沙耶に押し付ける。
「いやいや、貰えないですよ」
「そこの情報屋が受け取らないのが悪いのだ。これで美味い物でも食ってこい。見ると貴様はこの世界を良く知らないようだからな」
賀堂は「ほう」とつぶやいた。それに驚くのは沙耶である。舞と会話もしてなければただ野次馬として喧嘩を見ていた程度だ。それでも適合者の少女は沙耶の不慣れな様子を見て取れたようだ。
「精々、その胸をもっと育てることだな!」
大声に沙耶は人々の注目を浴びるので頬が次第に赤くなる。
無理やり胸に押し付けると少女は風間と共に夜の街へと消えていった。人込みの中に紛れるとすぐのことである。
「しかし、面白い奴がいるものだ」
「お、奏が人に興味を持つとは珍しいね」
同じ匂いがする。適合者ではなく別の何かが自分と同じであると思ったのだろう。それに名前も
「舞」という名前が賀堂の頭の中に残っていた。
「ふふっ。臨時収入だね。これでたくさん酒が飲めるね!」
「さっきは受け取らないと言っていたではありませんか!」
「しかし、受け取ってしまったなら使うしかない。おい、奏、何をしているんだ?」
既に見えなくなった舞の方向を眺めていた賀堂は呼びかけに気が付くと振り向いた。そして綾崎の気に入る店に向かって再び歩き始めた。




