26.……これは脅しの道具じゃないぞ?
賀堂らは声の主を見物する為に人をかき分けて奥へと進んでいく。無論、野次馬らの多くが一見しようとするので人が集中し始めた。
たどり着いた先はカウンター席を設置する露店だ。店を囲うように人が溜まりその中心に声の主と思われる顔を真っ赤にした男と後ろに一人立っていた。
「俺らの事を知らねぇようだな。謝るなら今の内だぜ?」
「ふん。私はお前らの事を知らないし、それに謝る道理もない」
騒動の中心にいるのはカウンター席にグラスを片手に座る少女だった。それも年端も行かない少女だ。例えるなら小学生ぐらいの少女だ。
黒い髪の毛に後ろで一つに縛り、黒いレザーコートを羽織りジーンズと少女にしては洒落た格好だ。
「おいやべぇよ……」
そうつぶやいたのは賀堂の隣にいる野次馬だった。恐らく小さな女の子が荒くれものらに絡まれているのを見て率直にそう思ったのだろう。しかし、賀堂と綾崎の見解は違う。
「奏……、あの子は適合者だね」
「恐らくな。お前、知っているか?」
「知らないね。よそ者だと思うよ」
「まぁどちらでもいい。それに、喧嘩をする相手を間違えているな」
賀堂と綾崎は不敵な笑みを浮かべながら喧嘩の行方を見守る。だた、沙耶はまだこういった状況に慣れていないのか賀堂の腕を引っ張ってあたふたとしている。
「発言も行動も三下だな。お前ら私のような子供に顔を真っ赤にして恥ずかしくないのか?」
グラス内のミルクをぐっと飲み干すと片肘をカウンターに置いた。周りから見て余裕の表情であることは明かだ。それに対して男は今にも銃器を取り出しそうな勢いで怒り狂っている。
「あ、兄貴……」
その中で冷静な男がいた。リーダーらしき男は少女の隣の席に座る。
「ミルクをご所望の子供が大人をからかっているんじゃないよ。さぁ、早くお父さんやお母さんの元へ帰りな。それとももう一杯ミルクが欲しいか?」
少女は何も言わない。それが返答のようだ。男は店主にミルクを注文すると少女の目の前に置いた。
「さぁ、飲むといい」
少女はグラスを受け取ると口に付けようとする。だが、飲むことはなかった。グラスの中身は全て隣の男にかけたのだ。
「生憎、両親もいなければミルクもいらない。それに、貴様らから施しをもらうのはもってのほかだ」
「いい加減にしろよ!」
堪忍袋が切れたのか冷静だった男はホルスターから拳銃を抜くと少女の額に銃口を当てた。一方、少女は避けるどころか動じない。
「……これは脅しの道具じゃないぞ?」
と少女が言うと銃声が響いた。
誰もが少女の額に穴が開いたと思うだろう。しかし、地にひれ伏したのは男のほうだった。足を必死に抑え声にもならない叫ぶ声が響いた。
「ふん。先に手を出した貴様が悪い」
少女は見下すように言い捨てる。
発砲すれば観衆から悲鳴が聞こえるのが普通だがここでは歓声が上がる。盛り上がりのクライマックスのように口笛や声援があちらこちらから無責任に言い放たれるのだ。
「見たか奏。まだあの旧式を使っている奴がいるぞ」
「確かに珍しいな」
二人がまじまじの見つめるのは少女が使った拳銃だ。
携帯性に優れた小型の拳銃。装弾数は一発のデザイン性はよくない『H1-獅試』
荒廃した日本で製造された初めての拳銃だ。自衛手段として今後猛威を振るう火器になるだろうとして獅子を試作と掛け合わされた名前。しかし、射程距離は短く、戦闘継続能力も低いので猛威は振るえなかった。ただ、単純な部品のため拡張性が高いこと以外はマニアか罠として使うのが一般的になっている。
「てめぇ、よくもやりやがったな!」
壮絶な痛みで泣き叫ぶ男のもとに駆け寄った子分らしき男。手は既にコートの中にある。
「なら拳銃を出した時点で撃てばいい。何度も言うがこれは脅しに使う道具じゃないぞ」
少女は硝煙が漂う銃口に鼻を近づけて嗅いだ。
「ならお望み通りにぶっ殺してやるよ!」
そういった男はコートから回転式拳銃を取り出すと少女に向かって撃ち込んだ。しかし弾丸は少女の真横をかすめ地面に刺さっている。拳銃を握りしめる手以外に小さな手が照準をずらしていたのだ。少女はニヤリと笑った。
「貴様は遅いな。それでは私を殺せんぞ」
「お、お前何者――」
遮るように少女は宙に飛び強烈な蹴りを首元めがけて放った。たかが小さな少女の蹴りぐらい何ともないと思うだろう。
気が付くと男は吹き飛ばされていた。それも白目をむき泡を吹いてだ。強烈な一撃を生身で食らったのだ。しばらくは立つことが出来ない。
まるでアクションシーンを見学したかのような光景に大盛り上がりの野次馬は少女に喝采を送った。だが、周りの状況を気にも留めない。
「ちっ。しらけてしまった。別で飲み直すか。マスター、荒らしてすまないな」
少女は口を開けた店主に謝るとポケットから取り出した金をテーブルに置いた。
「騒がせてしまってすまないな。それでは私は失礼するぞ」
と周りに声を掛けると野次馬たちは綺麗にいなくなってしまう。もちろん残って少女に話しかけようとする者もいるが明らかに普通とは逸脱しているので話しかけづらいのだろう。周りをうろうろしている。
少女もその場を立ち去ろうとしたときにたまたま賀堂は少女と目が合った。別にそのまま無視されるのが当たり前だが少女は賀堂に向かって真っすぐと歩いていった。