19.ご、豪邸じゃないですか
空いた口のまま沙耶は鉄門をくぐる。道は石畳で舗装され一面は手入れの届いた芝生が色を飾る。二人は石畳を歩いて真っすぐと進んだ。
「ご、豪邸じゃないですか」
まさか身なりがボロボロでネクタイもヨレヨレ。浪人と言われても頷ける恰好をした人間が人並み以上の暮らしをしているとは思ってもいなかっただろう。
目の前には洋館がそびえ立っていた。名古屋の街並みはスラム街の如く、建築士が立てたような建造物ではない。だが賀堂の自宅は紛れもなく職人の手が掛かっているのは一目瞭然だ。
「いや、俺もここまででかい家はいらねぇんだけどな。名古屋のお偉い人に住めと言われて貰ったんだよ」
「い、いやいや、貰えるものでもないですよ!」
「そういうものなのか。まぁいい。ムーの荷物を下ろすのを手伝え」
「あ、はい。ムーちゃんはいつもどこにいるのでしょうか」
「あそこだ」
賀堂が指をさす方向を見ると屋敷に隣接する中々の大きさの小屋が立っていた。二人は小屋に向かって歩く。沙耶が一番にたどり着き中を覗くと藁で床が敷き詰められていた。
「荷物はあそこに持って行ってくれ」
「あの扉ですね」
「あぁ、まずは手前に置くだけでいい」
賀堂がムーから荷を外して沙耶に受け渡す。沙耶はそれを小屋の中の扉、恐らく屋敷に繋がるだろう扉の前に固める。実際に荷を動かすとどれも重量がある。袋も大きいところから積み荷を運ぶムーの重要性が分かるだろう。
「よし、お疲れ様。荷を扉の中に持って行ってくれ。俺はムーに餌をやる」
賀堂は小屋の奥にムーを連れていくと大量の藁を敷いた箇所へ連れて休ませる。沙耶は賀堂の言われたように扉を開けて荷物を抱えて屋敷へと入っていった。
「暗いですね。明かりはないでしょうか」
壁を手探りで探し電灯のスイッチを探す。出っ張りを見つけるとカチッとボタンを押すと煌々と天井の電球が光始めた。
「す、すごいですね」
小屋に隣接する部屋は倉庫だった。食料の缶詰はもちろん、段ボールに入った飲料水。日用品もきっちりと分けられていた。一人で管理するには大きすぎる倉庫を良く整理できるものだなと関心をする。
沙耶はまず持ってきた荷物を運べと言われたが置く場所は聞いていない。勝手に場所を使う訳にも行かないので賀堂を呼びに戻ろうとすると丁度扉を開けて倉庫に入ってきた。
「あ、丁度いいところに来ました。荷物はどこに置いておけばいいですか?」
「じゃあ、そこらに固めてくれ。中身は俺がやる」
二人で作業をすればそれほど時間はかからなかった。
「へっくしゅん!」
倉庫は気温が低く雨で濡れた体を次第に冷やしていった。沙耶は冷え切った体を震わせている。
「まずは着替えるか。その前に風呂でも入ってこい。場所は……、言っても分からんな」
恐らくこの屋敷の大きさでは説明しても迷子になるだろうと判断する。使用人は雇っていないので賀堂自身が案内をするしかない。
「付いてこい」
賀堂は扉を開け倉庫を出ていく。沙耶も冷たい体を動かして付いていった。
「はぁ……。これは……」
扉を出ると長い廊下に直面する。沙耶は思わず吐息を漏らすほど立派なものだ。天井には煌びやかに装飾されたランプ。明かりは付いていないが薄暗い中でも高価であることは分かるほどだ。
だが賀堂は水が滴るスーツで歩いていく。垂れる滴が廊下を濡らしていることもお構いなしだ。沙耶はその姿に驚くがここで服を脱ぐわけにもいかず結局、賀堂と同じことをしなければならない。
なるべく汚さないようにと賀堂が歩いた水滴の道を目印に追いかけた。
賀堂が所有する洋館は二階もあるが基本的に使っていない。空き部屋もそうだが多くは荷物の置き場となっている。つまり居住スペースは一階のみでも十分足りる。
賀堂がいくつかの部屋を横切りたどり着いた扉を開くと脱衣所であった。一人分にして有り余る鏡の大きさに白い大理石の洗面所。椅子も何個もある事から複数人が使用しても問題のない広さである。
まるで一流のホテルに来たのではないかと目を丸くする沙耶。崩壊した日本にも要人や軍のごく一部の上層が使うように建設された施設があるのは知っている。が、一般どころかそれなりの地位を確立しても使用できるものではない。
洋館といい脱衣所の作りといい間違いなく賀堂は日本のごく一部の人間である事は間違いなかった。
「服は……、そこら辺の籠に入れておけ。タオルと着替えぐらい持ってきてやるよ」
「あ、ありがとうございます。その……広すぎではないですか?」
一人で使うにはお億劫。いや、東京では下層の人間であったので身に余る場所なので落ち着かないと言う方が正しいだろう。
「んな事言ってもここしかないからな。あぁ、しまった。湯をまだ入れてねぇ」
賀堂は脱衣所から浴場に移動する。沙耶も付いていこうとする。その時、脱衣所に入る扉が動いた気がした。
はて、何だろう、と顔を傾けて見るが特に気になる点はない。勘違いかと思い浴場に足を踏み入れた。