16.もう少し騙されてくれませんか?
鍋が出来上がる前に缶詰を大量に開けては口に書き込む賀堂。次々と開けては食べを繰り返す姿は味わっていると言うには難しい。その様子を既に見慣れた沙耶は驚きもしなくなった。
「えぇ、とですね。お恥ずかしい話ですがご主……、扇は私の姉のような育て親のような主従関係のような……」
「なんだそれは」
余りにもハッキリとしない沙耶の言葉に突っ込まざるを得ない。だが沙耶もうまく説明できない。むしろしにくいだろう。
「実は私が育った教会は扇が管理していたところなのです。そこで目を着けられてその後は色々……」
「色々?」
賀堂は何かモゾモゾとし始めた沙耶の言葉をおうむ返しで尋ねる。だがしばらく返答は帰ってはこない。
「わ、私だってしたくてしたんじゃありません!」
「すまえねぇが話がよう分からん」
沙耶は扇にされたこと逆らえずに快楽のまま受け答えたことが頭の中で駆け巡った。結果、中身を省いて賀堂に弁明をする形となる。
いや、無理やりと言われると難しいところで一時はこれでもいいと思ったことは嘘ではない。だが、扇がいるときだけだ。いなければ正常な、恐らく正常な自分でいられる。この心境は自分でも分からない。
「要するにお前と扇はいかがわしい関係ってことだな」
鍋の蓋を開けて中身を確認するが煮えるまで早かったようだ。再び蓋を戻した。
「ち、違います! そうじゃないですけど、だけど……、違います!」
どうやら言葉が出てこない。無理やり否定するしか考えが浮かばなかったようだ。その後は気まずいのか恥ずかしいのか顔をうつ伏せて再びモゾモゾと動いたり止まったりを繰り返す。
「分かった分かった。それよりもだ。お前、扇をどう見る?」
「……どう見るとは?」
「今回もそうだが奴は福岡に行くと言っていた。俺らが福岡に行くことを知られているのは当然だがなぜ道中で邪魔をしない。一応は反適合者派だろう」
本来の軍人なら沙耶を発見次第拘束し連れ帰るのが道理だ。適合者である賀堂も抹殺対象であるはず。ただ、場を乱してさよならとなるのは変に思うのも仕方がない。
大方、東京の分裂が思う以上にややこしいのだろう。現に扇が好き勝手やっているのも手を焼いているはずだ。
「さぁ、私にはあの人の考えはよくわかりません。昔から唐突に行動をする人でしたので」
「その意見には同感だ。少々、頭のおかしい奴だとは思っていたが適合者になってからは更にひどくなる一方だ。」
「賀堂さんって扇の事を知っているのですか?」
その言葉に賀堂は言葉が詰まる。一呼吸を着いてから重たい口を開く。
「……まぁな」
「どんな人だったのでしょうか?」
そうだなと昔を思い出す。何か懐かしむように賀堂は鮮明な記憶を言葉にする。
「初めて出会ったのは丁度、奴がガキの時だ。そん時は東京にいた時だな。各、村々や集落に物資を届けている時にリーパーに壊滅させられたとこがあってよ。扇はたった一人そこで呆然といやがった」
賀堂の話に沙耶は固唾を飲んで聞いていた。話が嘘ではないのかと疑う様子はない。真実だろうと受けとるだろう。
「まぁ、そこからは連れまわして奴が大人になったときに適合者になっちまった。後は色々あったが別れることにしたんだよ。すぐに軍人になったってのを耳にしたな」
「扇とは付き合いが長いのですね。賀堂さんでも動向が読めないとは不思議です」
「付き合いは十年ぐらいだ。今と昔では性格が違う。まぁ、昔も読めん奴ではあったのは間違いではないけどな」
鍋の蓋を開け、煮えているのを確認すると碗に注ぐ。食べては注ぎを繰り返し腹を満たしていく。
「考えても答えは出ないことは分かった。今はとりあえず名古屋で情報を集めるとしよう」
賀堂はそう言うが沙耶は扇がなぜ福岡を指したのか心あたりがある。それは牢屋で言われた言葉だ。
研究員の殺害、及び研究資料の破棄。恐らくはこれが狙いだろう。扇が軍の名の元に殺戮をできる機会だからだ。もし、それだけの為だったら賀堂や沙耶に福岡で会おうとは言わない。まだ目的があるのだ。
自身でも薄々感じているだろう。執拗以上に執着し愛玩動物を愛でるように接する沙耶がいるからだ。扇が福岡に出向く理由はそれだけでも考えられる。快楽でしか行動ができないラスターなら尚更だ。
「ったく、名古屋で問い詰めてやる」
ぼそっと賀堂がつぶやいた。
「誰を……ですか?」
「前にも少し行っただろう。優秀な情報屋だよ」
「あぁ、そういえば言っていましたね」
沙耶は苦笑いをするが賀堂はため息をついた。
食事を取りながら沙耶は考え事をしていた。本来なら私がいるこの場所は別の人だったはず。だけど無理やりすり替わってここまで来たことを賀堂は全く知らない。
いつかは話そう。私の目的、そして今回の依頼は既に破綻している事。絶対に怒るだろうな。だって報酬はもらえないと思われるから。だから心に決める。
私が生き残ったのなら今回賀堂に支払われるはずだった金は必ず払う。扇から逃げられるなら私は何だってする。この身を売ってもいいくらいだ。だから賀堂さん。もう少しだけ騙されてくれませんか。
「――い。おい、聞いているのか?」
「は、はい!」
火を一点に見つめて虚ろな様子の沙耶を心配したのか賀堂が声を掛ける。が、一回では返答をしなかった。賀堂の声に気が付いた沙耶は慌て返事を返す。
「な、なんでしょうか」
「何を考え込んでいる。飯を食ったならさっさと寝ろ。まだ歩かねぇといけねぇからな」
「まだかかるのですね。お風呂に入りたいです」
「名古屋に着けばいくらでも入れるから安心しろ」
その言葉に元気をもらったのか少しだけ表情が明るくなる。賀堂はその点清潔に疎い。決して不潔でいるわけではないが沙耶よりは環境に対応できる。
「おやすみなさい」
沙耶は火を背に向けて目をつぶる。今まで起きたことを思い出し、また次に起こることを想像する。夜はどうも感傷深くなりがちになってしまう。私がしてしまったこと。これからするであろう事柄。いつか後ろ指を指されるだろう。
だがそれでもいい。私は東京から、扇から逃げて自由になりたい。だって一人で生きるための力がほしいのだから。