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15.別れ、そしてせき込む。

 支度を済ませ集落の出口へと向かった。そのころには人々が田畑を耕す時間となりちらほらと活動を開始している。



「それじゃ、世話になったな」

「もう行ってしまうのね。次はいつになるかしら?」

「一通りの仕事が終わったらまた来る。そん時は多めに物資を持ってくるさ」

「いつも悪いわね」



 気にするなと賀堂は返事をした。



「それじゃ、爺さんによろしくな」

「一応、言っておくわ。ほんと、頑固なんだから」



 この場に皐月の父親はいない。賀堂と因縁の中であることからさっさと出て行けと見送ることをしないのだ。だが、これが一度目ではない。毎度のことなので慣れたものだ。



「そりゃ無駄だな」

 と苦笑いをした。あの爺さんがそんな人物なのか賀堂はよく分かっている。今さら別れを惜しむような関係ではない。



「じゃあ行くか」



 荷をつんだムーを叩いて合図を促す。鈍い声を上げるとゆっくりと振り向いて前進を始める。



「沙耶ちゃん、また遊びに来てね」

「はい、ぜひ!」



 それが叶わないかもしれないのになと一人沙耶の心中を察する。まぁ、可能性が無いわけではないが厳しいだろう。

 賀堂と沙耶は歩くにつれて遠くなる皐月に手を拭って別れを告げた。

 皐月らがいた集落から名古屋までは歩いて三日はかかる。荒廃した土地とは一転して緑溢れる森林地帯の街道を通っていく。



「ねぇ、賀堂さん。皐月さんたちはなぜ名古屋で住まないのでしょうか?」

「そりゃ、在住権がないからだろう。いや、皐月は確か持っていたな。他の連中は持っていないはずだ」

「えっ、自由に住めないのですか?」 

「なんだ、知らないのか。その都市も在住権ってのがあってだな、誰でも住めるわけではねぇぞ」



 要するに都市が許容できる人数には限界がある。皐月らのように都市に住まず集落に住まう人間は無数にいる。それは都市の在住権が取れないからだ。

 元々、都市に住んでいた人間。財を築いた裕福層。無くてはならない技術者、職人たち。そして、都市拠点に活動をする商隊。



 結局は金を持つか技術を持つかで都市に住めるかが決まる。持たざるものは持たざるものらで集まり身を守らなくてはならない。

 都市に人が集まる理由として者が溢れ流通し不自由のない生活ができることも確かだがそれよりも安全を求める。都市は頑丈な壁で覆われている。それに都市ごとに軍や自警団などの自衛組織を備えている。リーパーに襲われる危険は極めて低い。



「では、私はなぜ東京の、壁の中にいたのでしょうか?」



 沙耶は東京生まれ東京育ちだ。賀堂と出会うまでは壁の中で過ごしていたことになる。となると在住権を持ち合わせていたということになるが沙耶自身、いつ取得したのかも知らない。



「恐らく孤児だからじゃねぇか? 孤児院や教会で育てられただろ」

「えぇ、確かに孤児院も運営している協会でしたけど」

「じゃあ、それだ。運の良いこと奴め」



 運が悪かったらどうなるのだろうと沙耶は考えるだろう。恐らくだが心あたりがある。沙耶も東京暮らしで何度か目にしている。役人に見つかった時点で壁外追放。逆らう者なら容赦なく鉛玉の鉄槌を食らうだろう。



「まぁ、大体子供を育てる組織ってのは軍の手がかかっているだろうな。特に東京なら顕著に表れる」

「そういうものなのですか?」

「そりゃ、このご時世だ。余計な人命救助なんてするはずがない。子供の内から軍人になるべく訓練させられるだろう。お前もそうだっただろ」

「あぁ、確かに」



 沙耶が通う高校は一般的な授業の他に簡単な火器の使い方の講義や演習があった。崩壊世界で生き残るためにやるのかと思っていたことが軍による教育の一環だとは気が付きもしなかった。



「ですが、今はそのおかげで私も少しはこれを扱えるのですよ」



 沙耶はボルトアクション拳銃、H6-改双を指さした。まだ一度も発砲をしていない新品だ。左手でコッキングするため右足のホルスターに閉まっている時はレバーを縦に遊ばせている。



「期待はしてねぇ。せめて自分を守るために使いな」

「全くひどい言い方ですね。いつか痛い目を見ますよ!」



 賀堂に軽くあしらわれた沙耶はふくれっ面だ。いつか見返してやると心に強く誓う。

 橙色の太陽も沈みかけ適当な場所を見つけては火を起こす。本日のキャンプ地は樹木に囲まれている。



「うぅ、何か変な生き物が出てきそうですね」



 火の周りはそれなりに明るいが森林の奥は真っ暗で何も見えない。誰かがこちらを監視していても気が付けそうにない。



「安心しろ。人間以外早々、火に近づいたりしてこねぇから」



 人間なら近づいてくるというニュアンスが心残りではあるが気にしない方がよさそうだ。



「いや、だってヘルハウンドに襲われたじゃないですか」

「火が消えていたんだよ。襲ってくるだろ」

「賀堂さんはあぁいえばこう言う人ですか」

「はぁ? 何意味わかんねぇ事言ってんだ?」



 沙耶の問いには全く答えようとしない。半ば面倒だとでも思っているのだろう。いや、そうに違いない。



 確かに火が消えてしまっては襲われる可能性は無きしも有らずだが近づかれたらまず賀堂は気が付くので問題ない。何年も運びをやっているのは伊達ではないのだ。

賀堂はムーの荷物から大きめの鍋と食材を取り出して簡単に切っては鍋に投げ入れる。料理の美は求めていない。栄養がとれ腹が満たせればそれでいいと言わんばかりの調理だ。最後は調味料を雑に入れ火にかけて蓋をする。



「んで、おめぇと扇はどんな関係なんだ?」



 その言葉に沙耶は心臓が急激に締め付けられる。慌ただしくせき込み始めた様子は動揺を隠せないようだ。


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