12.性欲の適合者・ラスター
森林の奥底に住処である大きな屋敷が佇む。実際は屋敷というには格式高い。建築技術のない人間が試行錯誤して造り上げたつぎはぎだらけの建造物だ。材料は木材やトタンなど様々だ。よくここまでできるものだなと感心する。
「もう片付いたかしら。よくもまぁこれだけの人数のリーパーをまとめ上げているものね」
二人の周りには既に動くことのない人間が多く倒れている。無残にも抵抗するすべもなく命を落としていったリーパー。本来なら狩る側が狩られる側に立つとどのような気持ちだろうか。下品に笑い命の価値はパンの一欠けらにも満たない。だから人を襲い集落から食料、女を奪う。これほど最高な人生はないと生きていただろう。それも今日までとなった。
「ったく、ここでも爆薬を使う必要はねぇだろ。まぁ、いい。どれだけの玉か知らねぇが長居は無用だ。やることやったら帰るぞ」
「子供が心配だわ。無事だといいけど」
「それについては問題ない!」
なぜ分かるのと賀堂に尋ねようとしたが声質が賀堂の低い声ではない。男口調だが女性らしさを兼ね備えた声だ。
「誰だ? 姿を見せろ」
「既に見せているのだがな。どこを見ている。こっちだ」
二人の視線は岩に腰を掛ける軍服を着た女に向けられる。星が装飾された官帽を被り背中まで伸びる艶やかな髪が特徴の軍人だ。
賀堂と女が目を合わせると女は立ち上がり官帽を外し敬意を示すように姿勢を正す。
「お久しぶりです。賀堂さん」
ニヤリとただならぬ笑みを浮かべる。賀堂はため息をついた。これまで以上に深く長いため息だ。
――会いたくなかった。
賀堂の第一声は聞き取れないほど小さい。隣にいた皐月でさえ気が付かないほどだ。
「あなたとお知り合いなのかしら?」
二人の関係を知らない皐月は戸惑いの様子を浮かべる。味方なのか。いや、賀堂の様子を見る限りそうではなさそうだと。では、一体何者なのか。
「あぁ、奴は扇彩華。昔の馴染みだった。てめぇがいるってことは東京絡みか。一体何の了見だ?」
「そんな敵意を持たないでくださいよ。私は賀堂さんと戦闘を起こす気はないですから」
官帽を被り再び岩に腰を掛けて腕を組む。
「なら何しにここにいる。おめぇがいるとロクなことは起きねぇ」
「さすがに私も傷つきますよ。命の恩人の賀堂さんにそんなこと言われるとおかしくなりそう」
狂った表情を出す。言葉の通りに頭のおかしい人間である事は変わりない。公然の場にいるのに関わらす快楽神経を刺激しようと試みるが一発の銃声により遮られた。
「……ヒヒッ。だから戦闘をするつもりはないですから。私は賀堂さんを助けに来たのですよ」
突如として訳の分からない事を言い出す。もちろん皐月はおろか賀堂も理解できない。
「お前……、等々、壊れたか」
「壊れた? 何を言っているのですか? 私は正常ですよ。実に人間らしく生きています。いや、そんなことよりも文字通り助けに来たのですよ」
「助けるだ? 何にだよ」
「そうですね。最初から話すと長くなってしまいますので端的に言えば東京の不手際。軍の上層が揉めていましてね。あぁ、揉める原因は適合者賛成派と反対派です」
賀堂も東京の内部までは知らないが東京軍が適合者に対しての扱いが二極化していることは耳にしている。おそらく扇が賀堂を助ける話は東京からの依頼が揉め事に巻き込まれているというところだろう。
「……何が言いたい」
「そんなの決まっているじゃないですか。片桐沙耶ですよ」
「……やはりお前も知っているんだな」
扇が軍に所属しかつある程度の地位に座ることは賀堂も承知している。つまり沙耶の任務は扇も把握しているということだ。
「だがいいのか。勝手に適合実験なんかしたら反対派は黙っていないだろ」
「もちろん。適合者は抹殺すべしと理念を掲げていますからね。将来的にモータルになるのを恐れているのでしょう。まぁ、恐ろしいことは身を持って体験済みですので分からなくはないですが」
「助けに来たってのは忠告ってことか? それにしても手荒な真似をしたもんだ。お前の事だから目的があるだろう」
賀堂に隠しきれないかと言わんばかりの笑い声をあげる。口先だけでは通用しないとは思っていたが実際にそうなるとどうしても笑いがこみ上げてしまう。
「賀堂さんには敵わないですね。いいですよ。教えてあげましょう。第一に上からの命令で賀堂さん並びに沙耶の拘束。手段は問わないと言われていますけど無理に決まっているでしょ。私が殺されてしまう!」
「……狂っているわね」
皐月がぼそりとつぶやく。黙って傍観者となっていたがどうにも怯える様子もなければ恐怖すらない扇の不審な言動に言葉が出てしまう。
「だーかーら、形だけは実行したが失敗しましたって上に報告するのですよ!」
「てめぇ……その言い方だと……」
いや、それはあり得ない。もしそうだとしたらお前は一体何がしたいんだ。
「そうですよ! 私こそ反対派の追手ですよ。ヒヒッ」
「意味が分からねぇ。お前……適合者だろ」
賀堂は扇が適合者だということは出会った時に知っている。この崩壊した世界に昔から顔を知る一人でもあるのだ。
適合者・ラスター。人間の三大欲求の一つ性欲を意味する。常に快楽を求めさ迷い刺激を求めるためだけに生きるしかなくなる。扇もまたラスターとして自身の快楽のためだけに生きているのだ。
「そうですよ。私は適合者・ラスター。私は自分が犯りたいと思ったことしかやらない。反対派に適合者が混ざっていことは一部の人間しか知らないから大丈夫です。今回もそうですよ。沙耶で遊んで賀堂さんと久しぶりの再会。このままベットインも悪くない。でも、そうしたいですが私も軍人でしてね。上がうるさいのですよ」
「沙耶は無事なんだろうな」
「えぇ、もちろん。利用価値があるので傷はつけませんよ。ただ、マーキングはしておきました」
無事だと聞いて多少は安堵する。が扇を対処しなくてはならない。
「あぁ、このまま助けに行ってもいいですよ。中には誰もいません。私は一度東京に帰りますので」
賀堂の心中を察してか手で屋敷に誘導すような素振りをする。
「一体何考えてやがる」
「単純ですよ。自分のやりたいことをするだけです。さっき見つけたんですよ。犯りたいこと。だから賀堂さんはこのまま沙耶を無事に福岡に送り届けてください。邪魔はしません。正直適合者を生かすか殺すかなんてどうでもいいのですよ。ただ、反対派に入れば面白そうと思いましてね。現にワクワクしてたまりません」
「いまいち信用ならん」
「嘘はつきませんよ。これでも誠実を売りにしいていますから」
どこの虚言だと一括しようとするが思いとどまった。ラスターの扇に何を言っても無駄だと分かっているからだ。
「なんだ?」
木々が騒ぎ出す。それも外的要因によってだ。
「お、来た来た」
扇が見上げた先をつられて顔を向けると軍用ヘリコプターが近づいてくるのが分かる。見えたと思うと急速に接近し風圧でまともに見上げるのが難しい。
屋敷の上部に留まるとはしごロープが垂れる。
「それでは賀堂さん。また福岡で会いましょう」
一言だけ言い残すとロープを掴む。
「てめぇ、待ちやがれ!」
雷針で照準を定めようとするが急上昇した扇を狙うのは至難の技だ。空の彼方へと向かって行くのを眺めていることしかできない。
「奏と扇……だったかしら。何があったか知らないけど今はやることがあるでしょ?」
「全くその通りだ。今度奴に会う時はしつけをしないとな」
皐月はそうねと答えるだけで早々に屋敷の中へと入っていく。賀堂も皐月を追うように重たい足を前に出した。