10.お楽しみはここまで。
「かっ……、あがっ……」
沙耶は何をされたのか分からなかった。だが注射器から打ち込まれる液体が体に流れるに従い目を開き呼吸が上手くできないでいた。声を出すこともできない。液体がすべて注入されたことにより体に異常が起きる。
扇は注射器を投げ捨てて再び沙耶の背後に回り体を触り始めた。
「心配するな。すぐに体に馴染むはずだ」
沙耶は必死に息を吸う。だが体の異変は呼吸すら困難にさせる。いや、呼吸事態はできるのだ。だが沙耶は息を吸うたびに体に電気が流れるような感覚に陥っている。また、扇が衣服の隙間から肌を執拗に触る行為が脳から命令を下さなくても体は逃げようとする。
「いやっ……」
「嫌じゃないだろ。お前はもう何回も体験しているはずだ。前みたいにかわいい顔しておねだりしてみろ」
必死に首を振る。時間が経つたびに体中が火照り、頭の思考回路は断線したかのように考えることができない。それでも沙耶は耐える。東京にいたころの様に逆らわず、本能のままに服従はしたくない。覚悟を決めて東京を出てきたのだと。擦れる視界の中、懸命に意識を叩き起こして呪文のように心でつぶやく。出なければ自分に負けてしまいそうになる。
「ほぉ。面白いな。たった一言いえば苦しみから解放されるというのに。でも、沙耶が悶えている姿を見るのもまたいい。さぁ、もっと顔を見せておくれ」
扇にとって形は何でもいい。沙耶の喜ぶ顔、苦しむ顔、快楽に墜ちる顔。どれもが扇の心を満たしてしまう。結局、沙耶は何をしても扇を喜ばすことには変わりない。だが、沙耶自身は扇の言いなりになることを良しとしない。そう思っているのは確かだが液体を注入された体は正直だった。
自身の体に悶え、耐えしのいだとしても沙耶の顔は正常ではない。口を閉じることはできずよだれを垂らし白目を向き始める。
「あぁ、いい顔だな。何度見ても飽きない。全く、口の閉まりがなっていないな。まぁ、ここだけの話ではないのだけどね」
扇はスカートに入れていた手を取り出して湿った指を舐める。すべてを吸い尽くすように舐めた後は沙耶の口に指を突っ込む。指を舐めろと言わんばかりだが沙耶は反応する力が残っていない。
「おいおい。気絶するのは早いな。もう少し楽しもうぜ」
再び右手をスカートに入れる。同時に左手で胸を鷲掴みして両手で攻め挙げると沙耶の体は反応して体を大きく痙攣させた。既に白目になっていた目に薄っすらと黒色が戻る。
「ゆ……許して……」
感情はない。いや、込められないほど意識が朦朧としている。
助けて……賀堂さん。たった一人だけ私を助けてくれる人がいる。必ず助けに来てくれると信じている。だから、ここは耐えるしかない。昔と違い、今は希望がある。
「ん、なんだ?」
扇がそう口にする前に大きな爆発音がした。地面は揺れ天井から削れた砂が舞う。
「ちっ! もう見つかりやがったか。せっかくいいところだったのに」
お楽しみはここまでかと寂しそうな顔をして沙耶から離れた扇は牢から出ようとした。だが惜しんでか再び沙耶に近づく。
「私は一度東京に戻るよ。確認することは終わったからな。また福岡で会おうぜ」
一体どういう事? と声を出すことができなかった。扇は牢から出てどこかへと行ってしまう。再び暗闇で一人になってしまった。
だが目が覚めた時とは違うのだ。耳にするのは無数の足音、爆発音、そして発砲音。賀堂が助けに来てくれているんだと希望を持ちながら静かに目を閉じた。
○
目の前には大量の爆薬を用いたために起こる爆風と爆音。手ごろな木の陰に隠れて身をやり過ごしていた。それでも目を開けていられないほどすさまじい破壊力と鼓膜が破れたと錯覚するほど耳鳴りを患う。
「おい、皐月! いつの間にそんな爆弾を持っていたんだよ!」
一方、皐月は手ごろな岩陰に潜み笑みを浮かべながら答える。
「そりゃ、戦争をするからね。持つべきものは持つわ」
「ったく、戦闘狂が……」
ため息を混じらせ懐から回転式拳銃、『H2-雷針』を取り出す。
賀堂はさらわれた沙耶を救出すべく森林をさ迷っていたところリーパーが出入りする洞窟の入り口らしきものを見つけた。もちろん、正面から堂々と入らせてはもらえず反撃に苦戦していたところ音を聞きつけ皐月が到着する。
状況を見るなり背負うリュックサックから大量の爆薬に火を着けて入り口に投げ込んだ始末だ。
大方、洞窟の入り口で応戦をしていたリーパーは木端微塵だろう。再び銃声が聞こえることはない。それよりも賀堂が心配していたことは爆発で洞窟の天井が落ちるのではないかに向けられていた。
「しかしいい音ね。何回聞いても飽きないわね」
「俺はそうでもないんだが。ったく死体を見ても平気なお前がうらやましい」
二人は警戒しながら洞窟の中へと踏み込んだ。まだ火薬の匂いが充満している。それよりも肉が焦げる音や生臭い臭いが鼻に突く。
リーパーとは言え人間だ。黙らせるにしてもかなり残酷な手法には違いないが皐月には詫び入れる様子もない。死んで当然。いや、殺す機会にめぐり会えたというべきか。
「貴方も善人ぶっているんじゃないよ。人数は私よりも多いのだから」
「その顔を沙耶に見せんじゃねぇぞ。刺激が強い」
沙耶が集落で見た皐月の顔はどこにもない。賀堂が戦闘狂と言い表すにふさわしい狂気じみた顔だ。
「沙耶ちゃんは良い子だからね。でも……、好きなものは好きなのよ」
「はぁ……、ほどほどにな」
狂人とは付き合いきれない。味方でいてくれるだけまだましだった。賀堂は多少、リーパーに憐みの感情を持つ。
洞窟内は人が歩いても不快にならない程度に舗装され明かりも取り付けられ視界は良好。ただ迷路のようにあちらこちらに穴が掘られ、いつ後ろを取られるか分からない状況だ。
しかし、皐月はそんなこともお構いなしに進んでいく。道が分かっているかのように進んでいるが耳を頼りに少しでも物音が鳴っている方向に進んでいるだけだろうと思っている。結局、手掛かりがないのだからそうする他はない。
リーパーに遭遇することなく奥に進むと風と共に光が見えてくる。
「あら……変ね。外に出てしまったわ」
二人は短い洞窟探検を終えると再び森林地帯に出る。しかし視界には森林だけではない。二人に照準を合わせるリーパーらが待ち構えていた。