8.霧が出てきたな。気をつけ……ろ?
賀堂たちがコミュニティーへと戻ったのは深夜だ。一通り子供がいそうな場所を探し回ったが結局見つからずに撤収する羽目となる。
太陽は登り朝日が見えるころには賀堂も起きて再び捜索に出かけようとする。だが今回は賀堂の頭を悩ます人物が目の前を塞いでいた。
「だからな。お前を連れてはいけねぇんだよ。もしなんかあってみろ。俺の運び屋としての名が落ちちまう」
「嫌です! 今日は私も探すと決めましたから。出なければここを動きませんからね」
ムスッと腕組をして胸を張る。賀堂も頭をかきながらどうしてくれようかと考えていた。
「まぁ、お前が動かなければ俺は避けていくだけだが……」
「そうはさせませんよ。だからムーちゃんを連れてきているのです」
沙耶の後ろになぜムーがいるのか気になっていたところだがどうやらこの水牛のような生き物は沙耶の味方をするようだ。
「もし賀堂さんが私を置いていくならばムーちゃんと一緒に探しに行きます。いいですよね?」
ムーに話しかけると鈍いうめき声を発して返事をする。なぜ今まで仕事をともにしてきた相棒がこうも簡単にガキになつくのか分からない。
賀堂は深いため息をつく。
「はぁ、わかった」
「聞きましたからね。男に二言はないですよね?」
「もういい。勝手にしろ。ただし俺の側を離れるな。それだけは守ってくれ」
「はい! 任せてください。ムーちゃんありがとうね」
ムーは鈍い声を上げると餌場の方向に歩いていく。
「それで? 決まったのかしら」
二人のやり取りを傍観していた皐月が間に入る。
「賀堂さんが連れて行ってくれるそうです」
「あら、珍しいわね」
「何が珍しいだ。お前からも言ってくれ」
「まぁ、嫌でもこの世界に生きるのだから遅かれ早かれ独り立ちしないと。それができなければ死ぬだけだからね」
皐月は決して沙耶の味方でいるわけではない。自分の身は自分で守らなければ死ぬだけだと厳しく現実を突きつけている。
「でもな……」
「あなた……、少し過保護じゃない?」
皐月の鋭い言葉が賀堂に刺さる。
「あぁ、お前の言う通りかもしれねぇ。だがな、俺は奴を守らなくてはならねぇ」
「ふーん。やはり仕事絡みね。いつものあなたなら放任だもの」
「まぁ、そういうことだ」
皐月もうなずいて二人の関係を察したようだ。やはり付き合いが長いだけあり詳しいことは探りはしない。賀堂がどんな人間か知っているからだ。
「今日はまだ見ていない森に行くとするか」
昨晩はコミュニティー周辺に留まったがそれでもいないとなると離れた場所を探すしかない。そこで目につけたのはコミュニティーからしばらく歩いた所に佇む森林である。
「あそこは危険なのよね」
「昔からリーパーの巣窟になっているからな。だから行くんだよ」
「それってリーパーが絡んでいるってことかしら?」
賀堂はさぁなと答えるが恐らくはそうだろうと考えている。子供が一人でどこかしらいなくなるのは不自然だ。なら誰かが連れ去ったとそう思ったに違いない。
「さぁ、出発だ。もしそうだとしたら悠長なことはできない」
○
場所はリーパーの巣窟と言われる森林地帯。無造作に生えた木々や生い茂る雑草。その中にも人が通ったであろう道は存在する。
薄気味悪い雰囲気は今にも陰からリーパーが襲いかかりそうだ。現に賀堂らの周りからは茂みを駆け抜ける音が響く。これがリーパーなのか、それとも小動物なのかは目で見なくては分からない。
「こんな気味の悪いところには住めないわ。リーパーは住み心地なんていらないのね」
「奴らはそんなこと気にしないだろ。それよりも金が好きだからな」
賀堂はポケットに手を入れたまま進んでいく。後ろには片時もエムナインを離さない沙耶、そして皐月が続く。
「あの、賀堂さん。どこまで奥に入るのでしょうか?」
「そうだな。まぁこの道なりを進んでいって決めるか」
無計画だ。賀堂は森林を歩いていればいずれリーパーが現れると踏んでいたが未だ姿を現さない。リーパーの住処も見つからない。さて、どうしたものかと考えていると道が途切れてしまう。
「……ここらか」
「でも何もないわね。あたりを探してみる?」
「まぁ、そうなるな。俺らは向こうを探すとするか。おい、ついてこい」
「だからおいって呼ばないでください! 沙耶です沙耶!」
「細けぇことにグダグダ言うんじゃねぇ」
賀堂は指さす方向の茂みを越える。皐月はその反対に進んでいった。背中を追う沙耶は皐月が一人で大丈夫なのだろうかと思っているはずだ。昨晩も賀堂と共に捜索に出ていっていた事が気になっている。
「賀堂さん。皐月さんは一人でも大丈夫なのでしょうか?」
「あいつを心配してんのか。気にしなくても大丈夫だぞ。奴はその……俺の口からは言えん」
賀堂は口を閉じる。何かを言いかけたのにも関わらずだ。その部分を聞きたくてたまらない沙耶はさらに問うことにする。
「なんで教えてくれないのですか? あ、わかりました。皐月さんって何か隠しているのですね」
賀堂の顔色が悪くなる。どうやら図星の様だ。
突然振り向いて沙耶の両肩に手を置く。沙耶は一瞬だが心臓が高鳴った。賀堂は目を閉じたままだったがゆっくりと開き沙耶の目を見つめる。
「あ、あの。賀堂……さん?」
恥じらう沙耶をよそに賀堂は何も言わない。ひたすら沙耶を見つめる。思いつめた様子でやっとの事口を開いた。
「よく聞け。俺は皐月に口止めをされている。だから自分の目で見ろ。いいな!」
「は、はい……」
賀堂も女性には、いや、皐月に弱いのだなと沙耶は思う。同時に自分が見ている皐月は本当の顔なのだろうかという疑問が出てくる。しかし賀堂の言い方ではまた違った顔を持っているのは明確だ。
「話はそれだけだ」
賀堂は前を向いて真っすぐと進んでいく。
それにしても不気味である。人の手が全く加えられていない森林。だが、ここはリーパーの巣窟と呼ばれている場所だ。ならばリーパーが一人ぐらい現れてもおかしくない。
「ん? 変だな。霧か?」
奥へ奥へと行くほど白い靄のせいで視界が悪くなる。賀堂は異変に気が付く。そもそもこのタイミングで霧が発生するのはおかしいのだ。なら、考えられる原因は一つ。リーパーが動き始めたのだ。辺りを警戒する。
「おい、気をつけろよ。いつリーパーが出てくるか分からないからな」
賀堂は後ろにいる人物に話しかけるが返答はない。沙耶の事だから無視することはないだろうと不思議に思った。
「話を聞いているのか?」
賀堂が振り返るとそこには誰一人いなかった。
「っち。はぐれたか。まずいことになったな」
冷静に目を凝らして周りを確認するが人物らしき影はない。霧が発生する前までは確かに背後にいたことを覚えている。
ふと足元に目をやると何やら引きずった跡がある。
「……やられたか」
瞬時に状況を理解した。賀堂は後が残る方向へと走っていく。